シャーロット・マクラウド『にぎやかな眠り』

10月29日(木)曇り、一時雨、その後晴れ間が広がる

 シャーロット・マクラウド『にぎやかな眠り』(創元推理文庫)を読み終える。シャーロット・マクラウド(1922-2005)はカナダ生まれで、アメリカで活躍した作家で、このブログでは、その作品の中からボストンを中心に若い人妻セーラ・ケリングが活躍するシリーズの中から『納骨堂の奥に』、『おかしな遺産』の2編を既に紹介している。この作品は彼女の出世作となったもので、ニューイングランド地方の(架空の)地方都市であるバラクラヴァを舞台として、この町を特徴づけている農業大学の応用土壌学の教授であるピーター(ピート)・シャンディの活躍を描くシリーズ第1作である。

 バラクラヴァの町が人々の注目を集めるのは、クリスマスの時期だけであり、普段は静かな町全体がこの時期はクリスマス仕様に彩られ、見物客の大群が押し寄せる。その見物客を相手の商売で学生たちの懐は潤うし、町と大学の宣伝にもなっているのだが、この騒ぎを喜ばない人もいた。その1人であるピーター・シャンディは、毎年自分の家だけは自分の家にイルミネーションを施さずに過ごしていた。クリスマスは静かに過ごすべきだと考えていたからである。このことをめぐって、彼の同僚で親友のティモシー(ティム)・エイムズの妻であるジェマイマと衝突を繰り返してきた。ジェマイマは自分の身の回りのことや家事はほったらかしにして「大学の人間であれ町の住人であれ、見境なしにおせっかいを焼いて嫌われていた」(62ページ)。彼女は頼まれもしないのに、古くから大学に寄贈され、長い間ほったらかしにされていたバギンズ・コレクションと呼ばれる図書の整理のための司書助手を引き受け、そしてそのことを自慢ばかりして、仕事らしい仕事は一つもしていなかった。

 彼の家にもイルミネーションを施すべきだとジェマイマに執拗に迫られたピーターは、自分の家に思いきって派手なイルミネーションを施して、クリスマスの期間中は気晴らしのための旅に出かけ、家を留守にする。ところが事故のために旅行が予定より短く終わり、帰宅してみると自宅の中にジェマイマの死体が転がっていた。連絡を聞いて駆け付けてきた大学の警備主任であるグリンブルはあまりにもけばけばしい照明の1つを取り除こうとして踏み台から落ちて死んだ事故だといい駆けつけたいしゃのメルシェットやや警察のオッタ-モールもそう考えるが、ピーターには腑に落ちない点がある。彼には3つ以上の数は自分で数えて確かめようとする癖があり、彼が思い出とともに保存していた38個のビー玉が1個見当たらなかったこと、背の高いジェマイマが踏み台を使う必要がなかったと考えられること、さらに彼の家のなかに侵入するには家の鍵を持っていなければならないはずだが、そのカギを持っている人間は限られ、厳重に管理されているはずだからである。

 ジェマイマとティモシーには2人の子どもがいるが、すでに成人して息子の方は南極に出かけ、娘の方は出産が迫っている。そこでピーターはジェマイマの葬儀が終わったら、ティモシーにカリフォルニアにいる娘のところに出かけるように勧める。その代りに、家の留守番としてティモシーの娘の夫の親戚筋にあたるヘレン・マーシュという女性が言えの留守番にやってくることになる。50歳を過ぎて独身のピーターは、空港でヘレンにあって、この40歳を過ぎたばかりの女性に好感を抱く。彼女の方もピーターに好意を持ったようである。もともとニューイングランド地方の出身である彼女は、図書館学の学位と司書の資格を持ち、カリフォルニアで職についていたのが、勤め先で喧嘩をして辞職して、戻ってきたのである。彼女は農業大学を取り仕切っている学長と、その学長を尻に敷いている学長夫人に気に入られ、ジェマイマの後任として働くことになる。

 ピーターはヘレンと会うのを楽しみにしながら、ジェマイマの死をめぐる不審な状況を調べていくが、謎は深まるばかりである。そして、大学の財政を握っていたベンジャミン・カドウォールが彼のオフィスで死んでいるのに出会う。これは事故死ではなく、明白に他殺であり、ピーターの見たところではタリウムを使った毒殺であった。彼の死とジェマイマの死との間には関係があるのだろうか。あるとすれば背後に隠された動機は何か…?

 この作品の原題はRest You Merry であり、翻訳者の高田惠子さんによれば有名なクリスマス・ソングの中の言葉で「心楽しく眠りにつけよ」というような意味であるという。2人の人間が殺され、放火事件が起きるという展開ではあるが、登場人物の性格が詳しく描きこまれ、いかにもその地位にふさわしい性格と行動を示す人間や、自分の能力をわきまえずに出しゃばってばかりいる人間、専門馬鹿に見えて意外に鋭い知性を示す人間、小悪党などどこにでもいるような人間たちと、さらに類型的な描かれ方をする人物がうまく配合されて独特な人間劇が組み立てられている。高田さんは学長夫妻、とくに夫人の描き方が興味深いと書いているが、私は警備主任のグリンブルが面白く感じられた。大学の古参の(あまり出世していない)職員にはこういうタイプがいる(多いとはいわない)ものだと、自分の昔の経験を思い出したのである。

 明治時代に札幌農学校で欧米式の農業と生活様式を教え、「少年よ大志を抱け」という言葉を残したクラークはニューイングランドの名門校であるアマースト大学の卒業生で、マサチューセッツ農業大学の学長をしていた。ニューイングランド地方の農業大学というのはそれなりの実力と威信を持っているのだということを知っておいた方がよかろう。主人公のピーター・シャンディはカブの新種を開発し、それが大学の財政を潤すことになっていると云う設定である。学者としての実力も名声も備えているというわけである。それが身近な人間とのちょっとした行き違いから大きな事件を起こしたということで、責任感を感じて事件の真相を解明しようとする。クリスマスが終わってもイルミネーションはつづき、観光客も多くやってきているし、学生たちもまだ残っているという設定の中で、推理劇が進行していく。事件は次第次第に思いがけない方向に進展し、大事だと思われていなかったものが、実は重要な意味を持ってくる…。

 ベンジャミン・カドウォールの死の原因となったのはタキシンで、これは「どこにでもあるイチイの針状の葉から抽出」(232ページ)できるのである。そのすぐ前にイチイの果実が有毒だという話が出てくるが、その毒を使っているのがアガサ・クリスティの『ポケットにライ麦を』であった(この作品については、当ブログで論じたことがある)。もっと古く、コナン・ドイルの『バスカヴィル家の犬』の中にもイチイの木の並木が出てくるのだが、イチイの毒性についての記述はない。そんなことを考えると余計に楽しめる。私はどちらかというとアメリカよりも、英国を舞台にした推理小説のほうが好きであるが、ニューイングランド地方は英国の文化的な影響が強く残っているので、そんなこともニューイングランド地方を主な舞台とするマクラウドの小説を楽しく読んでいる理由であろうと思う。

 
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