ダンテ・アリギエリ『神曲 煉獄篇』(16‐1)

10月16日(金)雨が降ったりやんだり

地獄の暗黒も、あらゆる星がすべて
消えた貧しい空の下、
雲があたう限り濃くする夜の闇も、

ここに私たちを包み込んだあの煙と同じほど
分厚い目隠しと化して我が視線を遮ったことはなく、
触れると痛みを与える毛織物と化したこともなく、

それゆえに私は目を開けてはいられなかった。
(234ページ) ダンテがウェルギリウスに導かれて歩んでいる煉獄の第三環道は霊たちが憤怒の罪を贖う場所である。怒りは知性を盲目にし、そのためにこの環道では知性を象徴する光が奪われている。地獄のような現世を象徴する闇の中で、視覚を奪われたダンテは<理性>の体現者であるウェルギリウスに支えられて歩む。
私は、「私から引き離されぬよう注意せよ」と
話し続ける我が導き手に耳を傾けながら、
濁った息苦しい大気の中を必死に進んでいた。
(235ページ) その闇の中から声が聞こえる。

…どの声も皆
平和と憐れみを求めて、
罪を取り去ってくださる神の小羊に祈っているようだった。

常に「神の小羊よ」に始まる祈りが繰り返されていたのだ。
皆が声を合わせて一つの言葉、同じ一つの抑揚、
そのために声の間には十全なる調和が顕現していた。
(235-236ページ) ダンテは、ウェルギリウスに祈っているのは霊たちなのかと問う。暗闇の中で霊たちは「怒りの結び目を解きながら進んでいる」(236ページ)のだとウェルギリウスは答える。闇の中から2人の対話を聞いて、彼らが何者であるのかを尋ねる声が聞こえてくる。ウェルギリウスはダンテに、彼がこの質問に答え、また自分たちが正しい道を歩んでいるのかも尋ねるように伝える。ダンテは尋ねてきた声に対して、自分が神の意思によって生きたまま異界を旅していることを告げ、声の主が生前に誰であったのか、また自分たちの歩んでいる道が正しいのかを問う。(これまでの旅によって、ダンテが次第にその知性の力を増してきていることが示されている。)

 すると、声の主は自分が生前にはマルコ・ロンバルドと呼ばれていたことを告げる。その名が示すように、ロンバルディアの出身で、今ではその伝記は詳しくはわからなくなってしまったが、当時の有名人で各地の宮廷に仕えて活躍していた人物のようである。マルコは「古い徳を愛した」(238ページ)と言い、その言葉に反応してダンテは
現世は明らかに、あなたが私に聞かせたように、
あらゆる美徳の一切を失い、
邪悪をうちに宿し、またそれに覆われてもいる。

だが、その原因をこそ私に示すよう頼みたい、
私がそれを理解し、他人に明確に伝えられるように。
(239-240ページ)と問いかける。すると、マルコの霊は深いため息を漏らす。
・・・「兄弟よ、
地上は盲目だ。そして君もまさにそこから来ている。
・・・」(240ページ) なぜ、地上は盲目であるのか、マルコの議論はつづくが、ここでダンテは彼の口を借りて自分自身の政教分離を原理とする政治思想を展開することになる。それがどのようなものであるのかは、また次回に譲ることにしたい。
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