オヴィディア・ユウ『アジアン・カフェ事件簿① プーアール茶で謎解きを』

10月15日(木)晴れ

 10月14日、オヴィディア・ユウ『アジアン・カフェ事件簿① プーアール茶で謎解きを』(コージーブックス)を読み終える。原題はAunty Lee's Delightsで、ヒロインである老婦人アンティ・リー(本名はロージー・リーなのだが、こちらの方が通りがいい)が経営するカフェの店名である。アンティauntyは「おばちゃん」という意味であるが、翻訳者である森嶋マリさんはアンティ・リーという呼び方で通している。日本語訳の題名になっている「プーアール茶」がどこで出てくるかは読んでのお楽しみとして、取っておいてください。

 シンガポールで名物カフェ〈アンティ・リーズ・ディライト〉を経営するアンティ・リーは、知りたがり屋で裕福な老婦人である。自力でかなりの財産を稼ぎ出していた彼女は、大富豪の後妻となり、その死後、莫大な財産を相続した。しかし、このカフェを経営しつづけているのは、料理をする楽しみのためだけでなく、もっと多くの人々と知り合い、仲良くなりたい、必要ならば親切にしたいという気持ちのためでもある。彼女のそばにはフィリピン人のメイドであるニーナ・バリナサイがいて、シンガポールの多くの雇い主が家事使用人に対してそうであるような冷酷な態度をとらずに、自分を信頼してくれる主人の手足となって働いている。彼女はアンティ・リーのおかげで自動車の運転免許をとり、コンピューターを使いこなせるようになっている。そのようなアンティ・リーとニーナの関係だけでなく、アンティ・リーが夫の財産を相続したことについても喜んでいないのが、アンティ・リーの今は亡き夫が前妻との間に儲けた2人の子どもの内の長男マークの嫁であるセリーナ・カウ・リーである。富豪のセレブな暮らしにあこがれる彼女は、本来ならば自分たち夫婦のものであるはずの(実際には夫にはもう1人英国で暮らしている妹が入る)財産を使って、実業界で活躍し裕福な生活を送ることができるはずだと信じている(実際には彼女の夫のマークは事業に失敗して、アンティ・リーの援助でワインの輸入業を細々と展開しているだけなのである)。

 好奇心旺盛なアンティ・リーはシンガポールのセントーサ島で女性の死体が発見されたというニュースに興味をもつ。その日、彼女のカフェではマークとセリーナが主催する〈ワインと料理の会〉が開かれることになっている。そこではワインとともに、アンティ・リー特製のプラナカン料理が提供される。プラナカンとは15世紀以降、マレー半島に移り住んできた中国系の子孫のことで、マレー文化に中国、欧米の文化がミックスして、独自の文化を生み出してきている。特にプラナカン料理(ニョニャ料理ともいう)が有名である。〈ワインと料理の会〉にはアンティ・リーのほかに、主催者であるマークとセリーナ、オーストラリアからの長期滞在観光客であるハリー・サリヴァン、オーストラリアからの観光客であるフランク・カニンガムとルーシー・カニンガムの夫妻、アンティ・リーの隣人であり長年の友人でもあるピーターズ一家の長男のマイクロフトの妻のチェリルだけである。マークとセリーナの友人であるローラ・クィーは欠席するとメールを送ってきた。さらにマイクロフトの妹のマリオンも欠席だという。ローラは前回の〈ワインと料理の会〉で失態を演じていたため、出席しづらいのかもしれない。セリーナは<アンティ・リーズ・ディライト>に否定的な記事が雑誌に掲載されたことに人々の注意を向けさせようとするが、うまくいかない。席が終わりに近づいた時、切羽詰まった様子の1人の女性が入ってくる。カーラ・サイトウと名乗るその女性は、ここでローラ・クィーと会うはずだったという。アンティ・リーはローラと連絡を取ろうとするが、電話は通じない。

 翌日、アンティ・リーは警察のサリム・マワール上級巡査部長の訪問を受ける。発見された死体がローラ・クィーのものだと確認され、リーが警察にローラが行方不明だと通報していたからである。しかも、その後の捜査によって、セリーナが受け取ったメールはローラの死後に発信されたものであり、〈ワインと料理の会〉の最中にカフェの外から送られたものであることが分かる。さらにローラの携帯電話がカフェの外から発見される。捜査が滞っているうちにやはり連絡が取れていなかったマリオンの死体も発見される・・・。

 シンガポールのミステリーが日本に紹介されるのは多分、これが初めてである。この小説がシンガポールでどの程度の読者と人気をもっているのかはわからないが、作者であるオヴィディア・リーはシンガポール出身で、この作品の舞台もシンガポールに設定されているし、描かれているのはシンガポールの多民族・多文化の人間模様である。作品中には華人(中国系)、インド系、マレー系のシンガポール人、フィリピン人のメイド、オーストラリアからの観光客、日系のアメリカ人とエスニシティも文化も異なる人々が登場する。そして民族的なステロタイプを越えて、作中人物のそれぞれの価値観が個性的に描き分けられている。アンティ・リーは多分、作者の理想の存在なのだろうが、エスニックな偏見から自由で、人間をそれぞれの能力・個性で評価する。だからフィリピン人のメイドであるニーナを信頼し、愛情を注ぎ、インド系のピーターズ一家の人々や、マレー人のサリム巡査部長に対しても親切である。さらにゲイやレスビアンに対しても偏見を持たない。彼女と対照的なのがセリーナでアンティ・リーの能力とカフェの成功ぶりを正当に評価せず、ニーナを泥棒扱いし、(出身階層が低いためにきちんとした英語が話せない)インド系のチェリルがマークとワインの話をしているのを秋波を送っているものと誤解し、白人であるハリーを盲目的に信頼している。そしてカフェの経営権を何とか奪おうと策略を廻らしている。おそらくはそのためにアンティ・リーは常に「お馬鹿なセリーナ」と彼女を呼んでいるのである。しかし、「人生をより複雑で、より味わい深いものにしてくれているのは、セリーナなのだから。激辛の唐辛子が料理の味を引き締めてくれるのと同じこと」(26ページ)と彼女の存在をそれなりに評価し、全面的に否定しないのがアンティ・リーの凄いところである。とにかくアンティ・リーとサリム、そしてその周辺の人々の捜査活動がそれぞれに進展したときに、事件は解決に向かう。多文化社会で起きた事件は、多文化の協力によって解決するのである。

 隙だらけの紹介で、察しのいい方には既に犯人もわかってしまったかもしれないし、作者であるオヴィディア・ユウがシンガポールで初めてのフェミニスト作家であるといわれていることも実感しているかもしれない。作者の関心がシンガポールの多文化性やその多文化性をめぐる価値観の葛藤に向かっており、社会経済的な関心に乏しいことが欠点として挙げられるかもしれないが、アンティ・リーが作る料理の多様性はコージー・ミステリの読者の欲求を十分に満たすものであり、東南アジアの料理に関心を持つ人々にとっても見逃せないものであろう。

 とにかく、シンガポール製のミステリというだけでなく、その社会の文化的な特色と、価値観の対立を描いているという点で読み応えがある。シンガポールの事情について料理を中心に適当に解説が施されているので、読みやすい。『アジアン・カフェ事件簿①』とあるからには続編もあるはずだと、次回作以降の展開にも期待しているのである。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

tangmianlaoren

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR