ビッグ・シティ

10月6日(火)晴れ後曇り

 昨日(10月5日)に見た映画2本のうちの残り1本である『ビッグ・シティ』(1963)を取り上げる。昨日に見た順序と製作年代からいえば、こちらの方が先であるが、物語が設定されている時代が新しいので、後回しにした。昨日取り上げた『チャルラータ』と同様、マドビ・ムカージーがヒロインを演じている。サタジット・レイ監督の映画歴の中では中期に属する作品である。

 1953年(ということは映画が作られた時期の10年ほど前)のコルカタ(カルカッタ)。夫が銀行に勤めている主婦のアラチは、男の子1人の母親であり、専業主婦であったが、夫の両親と夫の妹が同居することになって、家計が苦しくなる。義理の父親は元教師で、その経歴を自慢しながらも、それがまったく世間的に評価されないことを憤り、結局のところ毎日クロスワード・パズルを解いて暮らしている。(パズルに正解すれば賞金がもらえるのだが、それほど学歴のない知人が賞金を獲得したのに、義理の父の方は正解したためしがない。) プライドだけがやたら高く、現実的な能力のない人物はレイの作品にしばしば登場するが、義理の父親はその典型的な1人であり、大学を卒業しているにもかかわらず、銀行の中間管理職という地位にとどまっている、ヒロインの夫にもその片鱗は感じ取ることができる。

 アラチは働きに出ることを決心し、上流家庭に手編み機を売りつけている会社のセールス・レディの職に応募して採用される。夫は渋々それを認めるが、義理の父はいい顔をしない。新しい職場では仲のいい友達もでき、仕事も思ったより順調に展開する。それに仕事ぶりを社長に高く評価される。その一方で、子どもの世話を見ることができなくなり、夫は自分の不甲斐なさを感じて、なんとかアルバイトを見つけ、収入を増やして妻の仕事をやめさせようとするが、そんな中で夫の勤めている銀行が倒産してしまう・・・。

 まだ女性が外に働きに出ることがそれほど一般的でなかった時代の話ということになっているが、それから10年経ったこの映画の製作の時点では、より多くの人々にとって身近な話になっていたのではないかと思われる。夫の両親と同居する妻の苦労とか、嫁姑の関係、外に働きに出ることと子育て、インドのベンガル地方という地域の物語であるが、世界の様々な国・地域で多かれ少なかれ似たような問題を見出す観客が多いはずである。その中で、例えば最近のイラン映画『別離』がイランの普通の人の暮らしの中の問題点を描きだし、世界の様々な家庭に共通する問題と、イランの特殊な問題とを浮き上がらせたことを私は思い出していた。

 ヒロインのアラチは自分の家庭のために働きに出るのだが、正しいと思ったこと、必要だと思ったことはすぐに言葉に出し、行動に打つタイプである。職場で自分の権利を主張するだけでなく、病気で休んでいる同僚の分まで働いたり、その同僚に気遣いを見せるというような外に開かれた心も持っている。とはいうものの、彼女の生活圏は世界有数の大都会に住んでいるにもかかわらず、広くはない。もっと広い世界や、人類に共通の人権を知ることで彼女たちの生活は変っていくはずである。大都会に住んでいるということが、彼女とその一家に希望を与えるはずだということを示す形でこの映画は終わっているが、世界に広く視野を広げることが人間にとって重要だということの、監督であるレイが観客に訴えたかったことの1つではなかったかと思う。
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