チャルラータ

10月5日(月)曇り

 シアター・イメージフォーラムで「シーズン・オブ・レイ」と銘打って特集上映されたサタジット・レイ監督(1921-1992)の中期を代表する2作品:『ビッグ・シティ』(1963)と『チャルラータ』(1964)をデジタルリマスター版で見た。前者は1963年、後者は1964年のベルリン国際映画祭でともに監督賞を受賞した作品である。『チャルラータ』は1975年に上映された際に見ており、40年ぶり2度目の観賞であった。物語のあらすじは記憶しているが、記憶している画面はほとんどない。意外なことに、ヒロインがベンガル地方の農村で暮らした少女時代の思い出を急によみがえらせる場面が、全体としてはリアリスティックなこの作品の中で例外的に幻想的な場面であるにもかかわらず、記憶に残っていた。

 1879年のコルカタ(カルカッタ)。富豪であるブパチは英国統治下のインドの現状に不満を持ち、英語による政治的な主張を展開する新聞を発行している。新聞の編集の仕事に忙しく、広壮な邸宅の広い庭は荒れ放題であり、若く美しい妻のチャル(マドビ・ムカージー Madhabi Mukherjee, 1942-)が退屈と孤独感にさいなまれていることに気付こうとしない。新聞の経営を円滑に行うためにチャルの兄を呼び寄せて経理を担当させるが、チャルは刺繍をしたり、小説を読んだりして毎日を過ごすだけである。そんなときにブパチの従弟であるアマルが一家を訪問する。文学を愛し、自由奔放にふるまうアマルの出現は、チャルの生気をよみがえらせる。ブパチはチャルが一種の文才をもっていると思っており、それを育てる仕事をアマルに託す。アマルとの交流の中で、チャルは少女時代の思い出を文章にまとめ、その文章は雑誌に掲載される。その一方で、チャルの兄がブパチの財産を横領して逃亡する。アマルは従兄の重荷になりたくないと、自活の道を求めて邸から去っていく…。

 1913年にインド人として(アジアでも初めて)ノーベル文学賞を受賞したラビンドラナート・タゴール(Rabindranath Tagore, 1861-1941) の短編小説『壊れた巣』(ベンガル語 Nastanirh,英語 Broken Nest)が原作であり、タゴール自身の経験が物語の素材になっているという。1870年代から80年代にかけて、インドのベンガル地方ではベンガル・ルネサンスと呼ばれる文化的な繁栄期を迎えており、その時代の雰囲気が物語の背景となっている。ブパチはリベラルな思想をもち、新聞でもそういう主張を展開しているのだが、仕事に追われて家庭を顧みない。自分が抱いているはずの思想と、現実の行動がちぐはぐになっている。妻の気持ちと向き合うことで、ブパチはそのことに気付くことになる。

 興味深いのは、夫であるブパチが英語の新聞を発行し、妻のチャルがベンガル語の小説を読み、また創作活動をしようとしていることで、日本でも男性は漢文、女性は和文という伝統が長く続いたことを思い出させる。そのことが、両者の思想や行動に影響しているとも考えられるのである。伝統は大事にすべきだが、文化的な溝があることは好ましいことではない。レイ監督はカリグラフィーの名手でもあったとのことで、映画の中でアミールやチャルが書くベンガル文字の美しさが印象に残る。美しいといえば、チャルを演じているベンガルの女優マドビ・ムカージーの魅力も忘れがたい。

 インドは世界有数の映画製作国であるが、製作されている映画の大半が歌や踊りにあふれた商業的な娯楽作品であり、その中でリアリズムを基調としながら様々な芸術的実験を展開するレイの作品はあまりにも異質であると論じられてきた。また彼の映画が国際的な名声を博している一方で、インド国内では少数言語である(といっても2億2千万人という日本語に比べてはるかに多い話者人口をもつ)ベンガル語で製作されているためにインドでは多くの観客を獲得できないともいわれた。ハリウッド映画に対するニューヨーク派の映画というのに似ているが、それ以上に懸隔は大きいようである。

 レイ監督の作品がリアリズムを基調としていると書いたが、そのことによって近代化の過程における、また現代のインドの人々のありのままの姿が捕えられていることも評価すべきであろう。8月中旬に見た衣笠貞之助監督の『或る夜の殿様』(1946)が1886年(明治19年)の日本を舞台にしているのを思い出し、日本の欧化がインドのそれと比べるとはるかにぎこちないものであったという感想をもったが、同時にそれは日本が欧州列強の植民地にならなかったことと結びついているということで、必ずしも否定的に評価すべきことではないのだと複雑な気持ちになっているところである。(ただし、インド人の使う英語が独特のものであるとか、インドの女性の大部分がサリーを着ているというように、インドがその近代化の過程で西方の文化に決して同化しなかったという側面も見逃すべきではなかろう。)

 「シーズン・オブ・レイ」の上映は10月8日までであるが、この後、大阪のテアトル梅田、名古屋シネマテーク、京都みなみ会館、神戸の元町映画館で上映されるということで、関心のある方はぜひ見てください。私自身、もし横浜シネマジャック&ベティで上映してくれれば、また見に出かけようと思っているところである。
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