還って来た男

10月2日(金)曇り

 神保町シアターで『挽歌』(1957、歌舞伎座映画製作=松竹配給、五所平之助監督)、続いて『還って来た男』(1944、川島雄三監督)を見る。『挽歌』はかなりのお客を集めていたのだが、上映後の反応は今一つというところであった。原田康子(1928-2009)の原作小説(1956)はこの時代のベストセラーであり、文庫化もされたが、本屋での立ち読み程度にしか読んだことはない。ただ、1976年に河崎義祐監督、秋吉久美子主演で2度目に映画化された作品は見ており、五所平之助監督、久我美子主演の1957年作品がどのようなものであったのかという好奇心にかられて劇場に足を運んだことは確かである。1957年作品も1976年作品も北海道でロケをして撮影したのであろうが、町も自然もこの20年足らずの間にかなり様子を変えており(さらに生活の様相も変わっており)、1957年作品の方が原作の雰囲気を伝えているのであろうということは理解できた。ヒロインの怜子の異常にも思われる行動が、本人にも制御できないような波紋を彼女と接触した人々に起こしていく。それまでの日本文学には見られなかった新奇な展開を評価するか、それとも物語の不道徳性を非難するかというところで評価が分かれるのではなかろうか。1957年作品における八住利雄・由起しげ子による脚本、五所平之助の演出ともにきわめて丁寧であることは認めておいてよい。

 『還って来た男』の方はお客は少なかったが、それなりの反響があったようである。この映画は織田作之助の短編小説「清楚」と「木の都」をもとに織田自身が脚本を書いたもので、彼と親交のあった川島の監督第1作である。戦争中の映画の題名以外は(スタッフも出演者も)紹介されないことでわかるような不自由な条件の中で作られ、残されたプリントも状態が悪いことなど、あらかじめ承知で見ている観客が多かったと思われる。「木の都」については今年の3月15日付の当ブログで取り上げている。その際に、この映画についても言及したが、もう1つの原作である「清楚」を読んでいない(この短編小説は失敗作という評価があるようだ)ので、あまり詳しく取り上げて論じなかった。

 『還って来た男』は昨年、池袋の新文芸坐で川島雄三監督作品の特集上映を組んだ際に見ているので、これが2度目の観賞である。依然として「清楚」という短編小説は読んでいない。ただ、今回映画を見直して、作品の中で主人公の南方での任務を終えて帰還した軍医=帰って来た男である中瀬古庄平(佐野周二)が見合い相手の名前が小谷初枝だと聞いて「清楚な名前だ」と感想を述べる場面があることに気付いた。名前が清楚だからといって、ご本人が清楚な女性かどうかはわからない。登場人物がそれぞれ名前通りの容姿や性格だというのは芸術作品の人物造形としてはかなり単純で、現実性に欠けるといわれても仕方がない。

 南方から帰って来た軍医中瀬古は、旧制高校の教師をしていた父親(笠智衆)から財産を譲られ、応召中に戦地で栄養状態の悪い子どもたちを見てきたことから、帰国後は日本でそのような子どもたちを健康に育てる施設を作ろうと考えている。父親から、そのためにも結婚すべきだといわれたが、その前にあっておきたい人がいるといって、しばらくの猶予をもらう。帰還の列車の中であった女性(三浦光子)や、知り合いの家を探して道を尋ねた国民学校の先生(田中絹代)と、その後何度か偶然に出会い、戦地でたまたまその最期をみとった中学時代の友人の妹がやはり国民学校の先生であったり、新聞記者をしている中学校時代の友人に会ったりという偶然が重なりながら、日々を過ごしている。

 健康で直情的、本人も認めるようにおっちょこちょいの主人公が国民学校の運動会の飛び入りマラソンで優勝したりする展開は、戦時下でも明るくという製作者の心意気を物語るものであろう。奈良の大仏を見て、自分の目に見えるものが小さく見えていたのが、三浦光子に再会して、見るものが実物大に戻ったと語る場面や、戦地で治療した兵士がバスに乗っている主人公を追いかける場面など、明るい笑いを呼ぶドタバタぶりで、監督の喜劇へのこだわりを感じさせる。主人公が自分の夢の施設について何度も語るのは、同じ佐野周二が『戸田家の兄妹』で妹の高峰三枝子に夫として世話をしたい男性の理想を何度も語るのを思い出させるが、個人的な理想ではなく、社会的な広がりをもつ理想である分、好感が持てる。
 とは言うものの主人公の性格設定には無理を感じるところがある。おっちょこちょいな軍医というのは危なっかしい感じがするし、彼の言動に独善的なものを感じないでもない(見合いは1回しかしない。相手の女性を傷つけたくない――と言いながら、実は物語の展開の中で知り合った何人かの女性を本人は自覚せずに傷つけているようである)。原作者の織田作之助も、監督の川島雄三も体が弱かったから、その彼らが健康で陰のない人物を描くということに無理があったのかもしれない。何か作り物という感じがする主人公よりも、中学校時代の友人である新聞記者が極め付きの「雨男」であるという描き方や、レコード屋の子どもが名古屋に働きに出かけたが、家が恋しくて何度も戻ってくるので、父親と姉も一緒に名古屋に引っ越して働くことにする(これは「木の都」の中のエピソード)という部分などに庶民生活の哀歓を感じさせられるのである。「木の都」の中に描きこまれている石段の続く坂道が映画にも盛んに登場するのだが、原作と違ってあまり象徴的な意味は感じさせない。ただ、こういう風景へのこだわりは、その後の川島の映画にもみられるのは注目すべきことであろう。
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