土岐健治『死海写本 最古の聖書」を読む』(3)

9月26日(土)午前中の雨は降りやんだが、曇り空が続くk。

 第2次世界大戦の終了直後、死海の北西岸のクムランと呼ばれる場所の一帯で発見された一連の文書は、今から2000年ほど前にこの近くで俗世間から離れて集団生活を営んでいたユダヤ人たちの集団=クムラン宗団が残したものであり、それらの文書の中には宗団の生活の決まりや成立の事情をめぐる文書のほかに、今日旧約聖書を構成している各篇の写本が含まれていた。

 第6章「死海写本と旧約聖書の関係」は、死海写本の発見が、旧約聖書の本文の成り立ちやその解釈にどのような影響を及ぼしてきているか、また及ぼすであろうかについて述べている。もちろん、死海文書のほかにもわずかながら、旧約聖書の一部を記した断片は発見されているが、これほど大量に発見された例は他にないのである。
 「旧約聖書の原典のほとんどはヘブル語で、全体から見ればごくわずかな部分(エズラ紀4-8~6-18、7-12~26、ダニエル書2-4(後半)~7-26、エレミヤ書10-11、創世記31‐47の2語)がアラム語で記されている。
 ヘブル語とアラム語は横書きで、右から左へと書き(古代ギリシア語も古くは同じ)、そのアルファベットは基本的に子音であり、ごくわずかな文字のみが子音とともに母音をも表す。(アラビア語およびアラビア文字を使って表記する諸言語の場合も基本的には子音だけが記される。
 旧約聖書のヘブル語(一部アムル語)本文は紀元前後ごろまでには標準的なものがほぼ定まりつつあったが、後2世紀ごろまではなお流動的で、写本により本文が異なる。」
(193-194ページ)

 その後5世紀から9世紀ごろにかけて活躍したマソラ(「伝承」の意)学者たちによって旧約聖書の本文が最終的に確定され,その際に発音の仕方が示され、母音符号が付けられた。こうして確定した本文を「マソラ本文」Masoretic Text=MTと呼ぶ。このMTにおける旧約聖書の配列は
 トーラー(モーセ五書=創世記~申命記)
 「前の預言者」=ヨシュア記、士師記、サムエル記上・下、列王記上・下
 「後の預言者」=イザヤ書、エレミヤ書、エゼキエル書、ホセア書以下の12の小預言者の書
 「諸書」=詩篇、箴言、ヨブ記、雅歌、ルツ記、哀歌、伝道の書(コへレトの言葉)、エステル記、ダニエル書、エズラ記とネヘミヤ記(この2つは一書に数えられる)、歴代誌上・下
というものである。これはキリスト教で使っている旧約聖書の配列とは異なるところがある。(たとえば、MTで一番最後に置かれている「歴代誌 上・下」はキリスト教の旧約聖書では、列王記の次に入る。)
 このような区分はMTの成立以前から行われていたものと考えられてきたが、クムラン遺跡から出土したある文書には「モーセの書と預言者たちの言葉とダビデと各世代の年代記」(95ページ)が学習の対象として挙げられている。ダビデは「詩篇」、各世代の年代記は「歴代誌」と考えられ、MTの分類、配列、各篇の評価と異なっている。

 「旧約聖書の原典本文としてMTは最も信頼性の高い本文伝承を伝えているが、…完全無欠ではない。旧約聖書の原典本文研究は、さまざまな古代語訳などや他の伝承資料をも参照しながら行われなければならない」(196ページ)と著者は論じている。さらにつづけて「そもそも、MTに伝えられるヘブル語原典には意味不明、理解不能ないし困難な箇所が数多く存在する。そのことは、アメリカのユダヤ教団が発行した英訳聖書であるTANAKHを見れば、一目瞭然である。TANAKHでは各頁数カ所ほどの割合で、『ヘブル語の意味不明』という脚注が付いている」(196-197ページ)という。これは好奇心を掻き立てる記述であって、今回は、ほんとうかどうか確認できなかったが、インターネットでじっくり調べるか、銀座の教文館に出かけて参考になりそうな本を探してみようと思う。

 旧約聖書は古くから様々な言語に翻訳されてきた。まず前6世紀後半以降エジプトから西南アジアにかけてのオリエント一帯で最も通用する言語であったアラム語。この旧約聖書のアラム語訳を「タルグム」という。「イエスと弟子と使徒たちが、周囲の人々と共有し、宣教活動の前提とした聖書も、タルグムであった可能性が高い」(197ページ)。「部分によって程度の差はあるものの、一般にタルグムはかなりの敷衍ないし解釈を含んでいる。これらの敷衍的解釈には、当時のユダヤ教の中で、伝承として受け継がれてきた聖書解釈の伝統が反映している可能性が高い。クムラン洞窟からはレビ記とヨブ記のタルグムの写本が発見されている」(197-198ページ)。
 次にギリシア語。ヘレニズム時代になると、都市に住んだユダヤ人を中心にギリシア文化との接触・対話が盛んになる。このような中で旧約のギリシア語訳がくわだてられるようになるが、その代表的なものが「七十人訳」である。「LXX(七十人訳)はMTより優れた読みを残して(伝えて)いる(MTの方が元来の形から離れ、LXXのギリシア語訳の背後にあるヘブル語本文の方がオリジナルに近い)と判断される場合も少なくなく、旧約聖書の原典本文研究にとってきわめて重要な、不可欠の資料である」(199ページ)。
 さらにユダヤ教の一派であるサマリア派によって伝承されてきたモーセ五書=サマリア五書は、古い特殊なへブル文字で記されているが、「箇所によっては、MTより古い、よりオリジナルに近い読みを伝えている可能性があり、重要な資料である」(202ページ)。

 クムラン洞窟からは約900の写本が発掘されているが、そのうち、旧約聖書の本文を伝えているのはほぼ200の写本である。その中にはエステル記を除く旧約聖書の全写本のほか、七十人訳聖書の写本(レビ記、民数記、申命記)、レビ記とヨブ記のタルグムの写本、さらにかなりの数の旧約外典・偽典の写本が発見されている。
 これらの写本の内容を調べるとMTと一致する本文をもつものが多く、独自の本文をもつものも少なくないが、サマリア五書や七十人訳の背後に想定される本文も少なからず含まれており、「前3世紀から後1世紀にかけての、旧約聖書ヘブル語本文は極めて流動的で、多様性に富んでいる」(205ページ)と論じている。

 また旧約聖書本文の分布について調べてみると、モーセ五書の写本がもっとも多く、詩篇、イザヤ書がこれに続くという。モーセ五書の中では申命記の写本が最も多く、次いで創世記であるという。宗団の中ではモーセ五書と、モーセ自身が書いたと当時は信じられていたヨブ記が特に重んじられていたようである。
 「新約聖書との関連で見ると、クムラン写本中の旧約聖書写本においてモーセ五書、とりわけ申命記と、詩篇とイザヤ書が突出してその数が多いことが注目される。新約聖書において引用される旧約聖書の中でも、この3つが突出して多いからである」(208ページ)。このように著者はクムラン宗団の持つ思想傾向が、初期のキリスト教徒共通する部分が少なくないことを示唆しているが、直接的な影響関係の有無については(有力な証拠がないので)積極的な発言を避けている。

 今回で終わらせるつもりであった紹介であるが、特に私の関心の向かっている部分を取り上げた章であるために詳しく論じ過ぎ、完結をさらに引き延ばすことになってしまった。モーセ五書の中では申命記が重んじられていたこととか、イスラエル民族の歴史について記し、お互いに重なる部分の多い2書の中で、列王記よりも歴代誌の方が歴史的な記述として重んじられたらしいというようなこともほのめかされている程度の書き方であるが、大いに好奇心を刺激される。詳しく論じるだけの知識も時間的余裕もないのだが、イスラエル民族の宗教文化の伝統の中の、特定の部分がクムラン宗団によって継承・強調され、それはキリスト教の起源を考えるうえで無視できない背景の1つであるというのが著者の述べたいことであり、それがどの程度具体的に語られ、こちらがそれを理解できるかというのが、この書評完結に向けての課題となるわけである。
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