『張込み』と『影なき声』

3月13日(水)晴れ

 昨日(3月12日)、このブログでも何度か触れたNHKラジオまいにちフランス語応用編「映画の話をしよう」の講師を務めていた梅本洋一さんが亡くなられた。わたしよりも若い年齢で亡くなられたので驚いている。謹んでご冥福をお祈りしたい。

 さて、この日、研究会のため出かけたついでに、会が始まる前の時間、神保町シアターで「松本清張と美しき女優たち」の中から、野村芳太郎監督(1919-2005)の『張込み』と鈴木清順監督(1923-)の『影なき声』を見た。前者は松竹、後者は日活の1958年作品、両方に芦田伸介が出演している。『張込み』では警察側、『影なき声』では犯人側の配役である(と書いてしまってよいのかな・・・)。ついでに言うと、この日、ロバート・ファン・ヒューリック『観月の宴』を読んだ。この小説についてもいずれ書くことにしよう。

 『張込み』の脚本を担当したのは橋本忍。執筆に当たっては清張とも話し合い、清張の尽力で警視庁の協力を取り付けたという。逃走した犯人を追って張り込みを続ける刑事たちの姿を描きながら、その監視の対象となる平凡な主婦の平凡に見える日常、そして刑事たちの生活にも目を向けて物語が展開する。

 1958年の横浜駅、若い柚木ともうすぐ勤続20年を迎える下岡の2人の刑事が九州に向かう夜行急行に飛び乗る。満員で座る場所がなく、通路で夜を明かす。京都、大阪までたどり着いてようやく席を見つけることができる。2人は都内で起きた質屋の強盗殺人事件の共犯者を追い、彼の昔の恋人さだ子が住んでいる佐賀に向かっているのである。彼は山口県が本籍地なので、同じ列車には東京から山口に向かう2人組も乗っている。まだ蒸気機関車が主流だった時代。夏であるが、列車内には冷房がなく、男性客はランニング姿である。

 佐賀に到着した2人は地元の警察に連絡し、さだ子が後妻として嫁いでいる銀行員の家の向かい側にある安宿に泊まって張込みを続けることになる。約1週間、彼女は毎日、判で押したような生活を送っている。夫が財布のひもを握っていて、毎日100円ずつ生活費をわたし、これでやりくりしろという。上の子ども2人は学校に行き、帰り、下の子どもは家で過ごしたり、友達と遊んだりしている。決まった時間にミシンを踏み、洗濯物を干し、午後になると買い物に出かける。柚木は見守り続けるうちに彼女に同情し、自分の恋人である弓子のことを思い出す。弓子との結婚に踏み切れぬまま、ある銭湯の経営者の婿養子の件を持ちかけられて答えを引き延ばしているのである。年配の下岡は息子と海水浴に出かける約束が果たせない。そうして時間を過ごすうちに、宿の女中が2人の挙動を怪しんで警察に通報するという一幕がある。祭が始まり、人々の往来が激しくなって、事件が動き出す。

 柚木を大木実、下岡を宮口精二、彼らが追う男を田村高広、さだ子を高峰秀子、弓子を高千穂ひづるが演じている。映画は刑事の視線で描かれていることが多く、近くから姿を写しだす場面はあまりないのだが、規則正しいが生気のない日常と、昔の恋人の出現で急に変わる姿を見せる高峰の演技は見事というよりほかはない。冒頭の列車のシーケンスの長さがかえって緊迫感を盛り上げる。張込みの単調さ、動くかと見えて動かない事件。時々織り込まれる回想場面。クレーン撮影やヘリコプター撮影を使ったらしい画面の展開。事件を解決していく過程で、捜査に当たる刑事たちが追いかけている人物や周囲の人物を観察しながら自分の生活を振り返り、(特に柚木刑事の場合)自分自身を変えて行こうとする。犯人の1人が共犯者をかばう姿勢にも彼なりの人間性が感じられる。清張・野村の人間を信頼する姿勢が映画の中ににじみ出ている。力作であり、その努力が十分に報われている作品である。それ以上に丹念に映し出されている昭和30年代の暮らしが郷愁を感じさせる。

 この作品、野村の愛弟子である山田洋次が参加しているのだが、まだセカンド助監督以下であったらしくクレジットには出てこない。脇役を含め、クレジットを読んでいるだけでも退屈しない。

 『影なき声』は清張の短編「声」の映画化。原作を読んだことはないが、何度かドラマ化されたのを見ている。秋元隆太と佐治乾の脚色は、原作を大きく変更しているようである。新聞社の電話交換手をしていた朝子はある晩、偶然に殺人犯人の声を聞いてしまう。しかし事件は迷宮入りして、3年がたつ。失業して、やっと仕事を見つけた夫とともにアパート暮らしの主婦になっているが、夫の仕事というのがどうも怪しい。毎晩、同じ仲間で賭けマージャンをくり返す。ある晩、仲間の1人で会社の社長である浜崎に電話した際に聞いた声があの時の犯人の声であった。彼女は夫に浜崎と別れるように言うが、なかなか聞き入れてもらえない。やっと、別れる決心をして出て行った夜遅く、夫は汚れた、血だらけの姿で戻ってきたが、この夜に浜崎が殺され、彼は容疑者として逮捕される。

 朝子と同じ会社に勤めて顔見知りであった記者の石川は、浜崎があの時の犯人であったという朝子の話を信じ、事件の真相は別のところにあると考えて取材を始めるが、朝子の夫の仲間たちのアリバイは固い。容疑を固めたと思うと、新たな事実が出てくる。その一方で朝子の夫の自白を裏付ける有力な物証も限られている。どうやら質屋の事件は単独犯ではなかったらしい。では事件を陰で動かしているのはだれか・・・。

 『張込み』がもっぱら逮捕に向けての時間の緊迫を問題にしているのに対し、こちらはアリバイ崩しが中心になっている。『張込み』が罪を憎んで人を憎まずという刑事たちの人情味を描き出しているのに対し、『影なき声』は組織の冷徹さが前面に出ている。わたしの場合について言うと、実は、本当の犯人はかなり早い段階で分かったのだが、理由と方法がわからないまま結末まで引きずられてしまった。他の方々はどのように見ていたのだろうか。ほぼ満員だった『張込み』に比べて観客は少なかったのだが、推理映画としての見ごたえのある映画であった。出演者では朝子を演じている南田洋子がいい。もう少し彼女の映画を見てみようと思った。
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