椎名誠『さらば新宿赤マント』

9月12日(土)晴れ

 この度の豪雨の被害を受けられた方々に遅ればせながらお見舞い申し上げます。

 鬼怒川の堤防決壊をめぐって、いくつかメモをとっていたつもりになっていたのですが、今、調べてみたら、全くメモが残っていないという体たらくで、年は取りたくないものだと思っております。ごく一般的な議論ですが、有史以来、何度も鬼怒川は洪水を起こしていて、流域の住民の方々はそのことを熟知されていたのに、河川行政に携わる官僚たちは、あまりに気に留めていなかったという事情があるのではないかと思っています。官僚機構には、腐敗を防ぐという名目で、ある仕事に携わる担当者を定期的に入れ替えるという習慣がありますが、このことが、自分の担当業務に対する無知と楽観主義の根拠になっているのではないかと憂慮している次第です。

 9月10日、椎名誠さんの『さらば新宿赤マント』(文春文庫)を読み終わりました。(今回は、です調で文章を書きはじめましたので、最後までこのスタイルで行くころにします。) 1990年以来ずっと、『週刊文春』に書き続けてきたエッセイが2013年4月4日号をもって擱筆、その最後の部分(2011年5月26日号~2013年4月4日号)をまとめて、2013年10月に単行本として発行されたものの文庫化です。2013年10月29日付の当ブログで既に取り上げているのですが、今回読み直して(といってもほとんど内容は忘れておりましたが)感じたこと、考えたことを書き記してみます。

 好奇心と行動力に任せて、したいことをする、したくないことをしないというある意味で分かりやすい生活を送ってきた椎名さんですが、老境を迎え、いかに人生の幕を引くかということに関心が向かい始めているようです。「簡単にできることで一生やらずに死んでいくのも虚しいのではないか」(20ページ)ということを列挙している「死んでくんだ論」などには、そういう思いが読み取れます。「カラオケのある銀座のB級クラブで、ホステスと『銀座の恋の物語』をデュエットしたことがない。女と一緒にギンコイを歌わずに死んでいくんだ」(21ページ)というあたりには、複雑微妙な思いが見え隠れします。「銀座のB級クラブ」でという前段と、「女と一緒に」という後段の設定の間にはどうも無理があるように思います。「ギンコイ」という略語を使っているあたりに突っ込み所がありそうです。

 そうはいっても、やはり衰えない好奇心の矛先の一つが最先端の自然科学だというのは見上げたもので、「彗星来い、こっちの水は汚いぞ」では「ニュートリノ(中性微子)が光よりも早く進む、という実験ニュースには胸が躍った」(97ページ)とかっこいいところを見せています。本題と関係のある部分ももちろん面白く読めます。世界各地の未知の世界を踏破するという楽しみが若い世代には共有されなくなりはじめているという「距離の暴虐」(これはもともとオーストラリアの地政学的な位置を表す言葉です)という文章では実感とか実体験というものの重要性が強調されています。そして福島で「粗大ゴミ合宿」をしたり、韓国の済州島で「貧困旅」をしたりと、気の合った仲間とともに自分の好みに合った時間の過ごし方をする時間を見つけていく手際にも感心させられます。

 最後から2番目のエッセイである「コロッケパンのような人生」では自分がこれまで読んだ本やその他もろもろの中でのナンバー1を選ぶという作業が紹介されています。SF小説がリチャード・モーガンの『オルタード・カーボン』、自然科学部門がエドワード・ホールの『かくれた次元』、短編小説が芥川龍之介の「鼻」、映画がロバート・アルトマンの『ロング・グッドバイ』、飲み物がビール、食べ物がコロッケ、自分が選ぶとすれば何になるか、それよりもどのような部門でナンバー1を選ぶことにするかのほうが椎名さんとの距離を考えるうえで面白いと思います。例えば、私が選ぶと、SF小説がヴェルヌの『氷のスフィンクス』、推理小説としてコリンズの『月長石』ということで、だいぶクラシックになりますね。それで、私と椎名さんの距離が測れるわけです。

 とにかく、連載は終了されました。終了したのは椎名さんなりの「終活」の一環と思われますが、椎名さんよりも1歳下の私の目から見て、どうも早すぎます。椎名さんの古くからの友人である沢野ひとしさんは、解説で再開を熱望されていますが、果たしてどうなりますか。世を捨て人知れずあの世に赴くのも一つの生き方であり、死ぬまで俗塵にまみれて仕事をし続けるのも一つの生き方です。残念ながら、自分の思う方向を選ぶような自由は、あまりわれわれには与えられていないようです。そういうことから考えても、まだまだ椎名さんには頑張ってほしいという思いが私にもあります。
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