その壁を砕け

9月11日(金)晴れ後曇り

 神保町シアターで『恋する女優 芦川いづみ』特集上映の中から、『その壁を砕け』(1959、中平康監督)、『散弾銃の男』(1961、鈴木清順監督)を見る。新藤兼人が脚本を書いた冤罪サスペンス作品である『その壁を砕け』が、見応えがあった。

 自動車修理工の渡辺三郎(小高雄二)は、3年間働いて貯めた金でワゴン車を買い、職場をやめて新潟に車を走らせる。結婚を約束した恋人の道田とし江(芦川いづみ)が新潟で待っている。高速道路網が整備されていない時代の話なので、車での旅行は例外的で、時間もかかる。日が暮れてから三国峠を越える場面などかなり危なそうである。

 新潟に入って通過したある集落で、酒屋と郵便局が隣り合っているのだが、その酒屋にいた男が車の通過を見ている。路上に白いコートを着た男がいて、車を止め、駅まで連れて行ってくれといい、三郎はこの男をのせて駅に向かうが、その近くの橋のたもとで、男は降りてゆく。

 郵便局では強盗事件が起きて、隣の酒屋で将棋を指していた駐在の森山巡査(長門裕之)が駆けつけて、本署に連絡する。新潟へと急いで車を走らせる三郎であったが、途中で巡査に止められ、すぐに犯行現場で面通しをされる。重傷を負った被害者の妻(岸輝子)は三郎が犯人だと断言する。

 看護婦として勤めていた病院を退職して、待ち合わせる約束をした新潟駅へと向かっていたとし江は、三郎が強盗殺人事件の容疑者として逮捕されたことを知らされる。しかし、彼女は三郎の無実を信じる。警察署長(清水将夫)は、とし江の様子からあるいは三郎が無実かもしれないと思うが、捜査の流れで起訴せざるを得ないことを彼女に告げる。そして、公判が長岡で行われること、長岡に鮫島(芦田伸介)という有能な弁護士がいるので、弁護を頼んでみてはどうかと示唆する。

 お手柄を立てて本署の刑事に昇格した森山であるが、始まった裁判で被害者の長男の嫁・咲子(渡辺美佐子)が裁判の途中で姿を消したことに不審を抱く。咲子は被害者の長男の死後、郵便局の仕事をしていたのだが、家族ではのけ者扱いにされていて、事件の当日に犯行のあった部屋の隣で寝ていたにもかかわらず、事件について近所に通報したのが遅いということで離縁されて、故郷の柏崎に帰っていったのである。森山が柏崎に咲子をたずねてみると、彼女は結婚して、佐渡に移ったという。佐渡で彼女に会ってみると、事件の当時、近くで工事をしていた石工の1人と所帯を持っている。どうも不自然である。公判では三郎が同乗させた白いコートの男についての情報がないことがもんだいとなるが・・・

 凶器に犯人の指紋がついていないことは法廷での論点になっているし、奪った金の行方も曖昧にされたままである。三郎のアリバイが確認できない一方で、実は犯人が三郎だという物証もほとんどないので、現在であれば、捜査はもう少し慎重に行われるはずである。あまりにも早く、あっけなく犯人が逮捕されたことについては疑ってみる必要があるし、未亡人である長男の嫁と、次男夫婦が同居するという被害者の複雑な家族構成など考慮に入れるべき問題は少なくない。

 この作品で注目すべきなのは、普通ならばお手柄で昇任していい気になっているはずの森山が、あらためて自分の捜査について疑い始め、それを警察の上司たちも認めていくようになるという警察の自浄作用のようなものが描かれているということである。そういう設定は甘い、警察が官僚機構である限り、そんなに簡単にいったん到達した結論を引っ込めるわけがないという批判は当然あるだろうが、警察官たちが改めて捜査をやり直し、またそういう態度を裁判官が認めていくという物語の進行には新藤兼人の正義への信頼を認めてよいだろう。

 実は、私の身内に司法関係者がいて、一審で無罪だったにもかかわらず、上級審で有罪となって刑が確定したが、その後冤罪であることが明らかになって再審で無罪になった事件の一審の判事の1人であった。判決をめぐって上級審の判事jたちに、田舎判事に何がわかるかといわれ、職務の合間に親戚の農作業を手伝いながら、法律の勉強をやり直していた姿が印象的であったと身近にいた人が葬儀の際に語っていた。この映画には官僚機構の中での中央と地方の関係のようなものは描かれていないし、警察署内での上級と下級の関係はかなり親和的に描かれているとはいうものの、実際はもっとぎくしゃくしていることも少なくないだろうし、いったん方向が逸れた事件がこれ程うまく解決しては行かないだろうなあという感想を持つ人が少なくないのではないか。既に書いたが、現在のより科学的な捜査ならば、三郎が起訴されることはないのではないかという意見もあるかもしれない。

 長門裕之、渡辺美佐子が好演、さらに裁判長役の信欣三がいかにも裁判官という感じでよかった。弁護士役の芦田伸介と判事役の大滝秀治は刑事を演じるほうがよかったかもしれない。新潟に住んでいたことがあるので、芦川いづみが万代橋を渡る場面を見て、この橋がその名の如く、何十年もその姿を変えていないことに感動した。もう50年以上前につくられた映画であり、ロケ地の大半がその姿を変えてしまっているのは当然のことであるが、変わらないものもあるのである。
 
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