アリ・ブランドン『書店猫ハムレットの跳躍』

9月10日(木)雨が依然として降りつづいている。

 8月31日、アリ・ブランドン『書店猫ハムレットの跳躍』(創元推理文庫)を読み終える。

 テキサス州ダラスで暮らしていた30代半ばの女性ダーラ・ペティストーンは自分がその名を貰った大叔母から、ブルックリンにある建物とその中で営業している書店を相続する。ぺティ・ストーンズ・ファイン・ブックスという名のこの書店には、10年ほど前から黒猫のハムレットが暮らしていて、「典型的な書店の猫なら、入口の近くで枝編みのかごにかわいらしく丸まって寝転がり、ゴロゴロと喉を鳴らして客を迎えるところだが、ハムレットは猫版チンギス・ハーンのように堂々と書棚を徘徊する。黒い毛を輝かせて、緑色の目をエメラルドのように冷たくきらめかせながら」(13ページ)。ハムレットという名前はこの猫が自分で本棚から落として自分専用の小さなベッドにした戯曲の本からつけられたものである。ハムレットは客をランク付けし、もしダーラが店の従業員を雇うとすれば、この猫が好む従業員を雇うしかないとダーラは認めていた。書店には地元の大学で英語の先生をしていたジェイムズ・T・ジェイムズが店長として勤務していた。専門的な知識は十分だったし、ハムレットともうまくやっていたが、彼だけでは手不足である。そのため、パートタイムの従業員を探すのだが、ハムレットのお眼鏡にかなった人物がなかなか現れない。

 ダーラの建物の隣に住んでいるメアリーアン・プリンスキは70代の女性であるが、1階でアンティーク店を経営、上の階はアパートとして貸しているというダーラと同じような建物の使い方をしている。彼女は建物の外でハムレットを見かけたという。彼女のアパートの間借り人が引っ越していったので、あたらしい間借り人を探しているという。ダーラのアパートを借りているのは、元警官で銃撃事件で一生足を引きずることになるけがをしたために早期退職したジャクリーン⇒ジェイク・マルテッリで、新たに私立探偵を開業した。ダーラとジェイクは仲がよく、一緒に食事をしたりする。また、彼らの近くでバス用品とボディケア用品を扱う店を開いているキューバ系のヒルダ・アギラールの店が気に入っていて、ヒルダとも顔見知りである。

 ダーラの店に面接にやってきたティーンエージャーのロバートは、以前にダーラとトラブルがあった青年であるが、メアリーアンの推薦状をもっており、面接の内容から見て十分に仕事ができそうなので、採用するつもりになる。しかも彼はハムレットとうまくやれそうなのである。ところが、ロバートのもとの雇い主であるビルが文句を言いに来た。険悪な展開になっているところにやってきたのが、店の顧客である建築業者のカート・ベネデットでビルは彼ともトラブルを抱えているらしい。ダーラは陽気すぎるカートはあまり好きではないのだが、彼の共同経営者であるバリー・アイゼンには興味以上の気持ちを持っている。ビルは退散するが、カートも建物の外でハムレットらしい黒猫を見かけたという。カートは女好きでジェイクに興味があるような様子を見せる。彼がヒルダの娘で大学生のテラと付き合っていることは、ダーラも知っていることである。

 1週間ほど後、ダーラはバリーから食事に誘われ、外出する。バリーが仕事をしている建物のところまで来ると、市の職員であるトビーが待ち構えていて、工事についてのクレームをつける。建物に入ろうとすると、鍵がかかっておらず、何か不審な様子が見て取れる。建物の中を探すと、カートの携帯が、そして彼自身の死体が見つかる。「カートの死体から、動物の足跡――遠ざかるごとに薄くなっているさび色の動物の足跡が5,6歩分延びていた」(119ページ)。どうもその足跡はハムレットのものではないかとダーラは思う。

 この事件を担当するのは、ジェイクの元相棒でダーラとも顔見知りのフィオレッロ・リース刑事である。カートの死体が見つかったのと前後して、ヒルダの娘で、カートと付き合っていたテラが行方不明になる。事件の少なくとも一部に、ハムレットがかかわり、あるいは目撃している可能性がある。そしてハムレットは不思議な行動をとり、ダーラとジェイムズ、ロバート、そしてジェイクはハムレットの行動を様々に解釈しながら、事件の真相を追っていく。

 これまで書いてきたあらすじから判断して、誰がカートを殺したか、犯人を絞り込むことは容易ではなさそうである。ロバートですら、ダーラから見て不審な行動を見せたりする。犯人が絞り込めないという意味ではよくできた作品で、終盤になって物語が二転三転することも加わって、読み応えがある。実際には、猫が書棚から犯人を示唆するような表題や内容をもつ書物を落とすというようなことはあり得ないと思うのだが、ハムレットという個性的な猫の描写が、そういう非現実的なストーリーの展開をうまく支えている。

 原題はA Novel Way to Dieで”novel"には「新奇な」という意味と「小説」という意味とがあり、おそらくその両方の意味が込められている。翻訳の表題は小説の内容をくみ取ってつけたものだろうが、実際には作品中で猫は「跳躍」しないので、もう一工夫してほしかった。とはいうものの、第4作まで刊行されている書店猫ハムレット・シリーズを主人猫の魅力がいちばんよく伝わると判断した第2作から刊行していくという翻訳者の周到な作業ぶりには好感が持てる。

そういえば、現在読んでいる四方田犬彦『ニューヨークより不思議』(河出文庫)は1987年から1988年にかけてと、2015年に四方田さんがニューヨークで暮らした際の経験を記した書物であるが(ニューヨークといっても、こちらはブルックリンではなく、マンハッタンに住んでいた)、その中の「新しい聖マルクス書店」という文章の中に、「この本屋のことを書こうとしてまず思い出されてくるのは、白い太った猫のことだ。どういう事情ですみ着いたのか、だれが何をやっているのか知らないが、ともかくいつ訪れても、一匹の猫が堂々と客の足の間を歩き回ったり、平積みにされた大型本の新刊書の上で眠っていたりした」(四方田、182-3ページ)という個所がある。本屋の性格はかなり違う(所在地の違いが反映されているのかもしれない)し、こちらは白猫であるが、本屋にネコという組み合わせの実例である。本棚の本にたまる埃と、猫の抜け毛で掃除がたいへんではないかと思うのだが、どうなのだろうか。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR