『風船』、『誘惑』

9月1日(火)曇り、一時小雨が降る

 神保町シアターで「恋する女優 芦川いづみ」の特集上映の中から、『風船』(1956、日活、川島雄三監督)と、『誘惑』(1957、日活、中平康監督)の2本を見る。松竹少女歌劇団・松竹音楽舞踊学校に所属していた1953年に川島に見いだされて、同年『東京マダムと大阪夫人』に出演、1955年に川島の勧めで日活に入社して、その後、1968年に引退するまで主力女優の1人として活躍した。特に中平康の作品への出演が多く、今回上映される15本中5本が中平の監督作品である。彼女を見出した川島と、最も縁の深かった中平の作品を続けてみるのは、意味のあることだろうと思う。

 『風船』は大佛次郎の原作で、もともと画家を目指していたが、カメラの会社を起こして社長になっている村上春樹(森雅之、どうでもいいがどこかで聞いたことのある名前である)という初老の実業家と、その妻でやたらと世間体を気にする房子(高野由美)、父の会社で部長をしている息子の圭吉(三橋達也)、子どものころに小児麻痺を患って引きこもりがちの娘珠子(芦川)の家族を中心に、戦後の世相の中での人間の幸福とは何かを探る。圭吉はバーのホステスである久美子(新珠三千代)と愛人関係にあるが、父親の昔馴染みである都筑(二本柳寛)にそそのかされて、クールで奔放なシャンソン歌手ミキ子(ミッキー、北原三枝)と次第に深い仲になる。その一方で珠子は久美子を慕うようになる。京都に出かけた春樹はむかし下宿していた家の娘であるるい子(左幸子)とその弟のつつましい暮らしぶりに接して、自分の生き方について改めて考え直し始める。圭吉との仲が冷えてきたことを悲観して久美子が自殺を図る・・・・。

 もともとが新聞の連載小説で、戦後の世相風俗を描いただけの内容といえばそれまでであるが、川島のカメラ・アイは同時代の風俗を的確に描いていて、それだけでも見応えがある。今は過去のものになってしまった東京と京都の風景がいろいろと描かれているのだが、祇園の石段のあたりはあまり変わっていない。1950年代につくられた映画を見ると、当時の世相がどのようにとらえられているかを、自分の思い出と重ね合わせて映画の筋とは関係なしに物思いにふけってしまうのが私の習いである。
 ひ弱だが心優しさをたたえている芦川いづみ、暗い影を振り払おうとしている新珠三千代、派手な魅力を振りまく北原三枝、生活感と生命力をみなぎらせる左幸子というそれぞれ違った個性を持つ女優が、それぞれに違った生き方をしていく展開も興味がもたれる。子どものころに小児麻痺を患ったことで、物語の展開の中でやや傍観者的なたち位置に置かれている珠子は、自身が難病を抱えながら映画に取り組んだ川島自身の分身的な要素があるのかもしれない。この後、芦川は『洲崎パラダイス 赤信号』、『幕末太陽伝』で、登場人物のすったもんだの大騒ぎを、少し離れたところで見守る役どころを演じている。そのような設定はこの作品から始まっているのではないかと思ったりした。そういえば、『洲崎パラダイス 赤信号』での役名もタマコ(玉子)であった。
 川島のつくった映画は51本だそうで、中にはプリントが残っていないものや、状態がよくないものもあり、何本みられるかはわからないが、これまでみているのは19本、まだ見ていない作品のほうが多いので、これからもできるだけ見ていこうと思っている。なお、この作品の脚本は川島と今村昌平の共同執筆、助監督は今村昌平とクレジット・タイトルに記載されている。

 『誘惑』は伊藤整の小説の映画化。中平の一番の傑作だという評価もあるようで、ストーリーの展開が散漫な印象はあるが、登場人物の心中の独白が多用され、それぞれの思惑の食い違い、すれ違いが強調されるなど、よくできた喜劇である。銀座で洋品店を営業している杉本省吉(千田是也)は妻に先立たれて娘の秀子(左幸子)と2人で暮らしているが、もともと画家を志していたので、店の2階を画廊にしようと工事中である。店で働いている竹山順子(渡辺美佐子)は有能なのだが、化粧っ気も愛想もなくて、そのために店の売り上げが不振なのではないかと省吉は考えている。
 秀子は前衛生け花を製作していて、仲間と展覧会を企画している。省平の画廊をその会場にしようとするのだが、予算が足りず、知り合いの売れない画家のグループと提携することにする。このグループのリーダーである松山小平(葉山良二)に秀子は惹かれはじめる。グループには、田所(安井昌二)という時々やってきて、自由奔放にふるまうメンバーがいる。省平の店にやってきた田所は順子に自分の荷物をあずけ、君の顔は化粧すればきれいになるといって去っていく。その通り、順子が化粧すると店をはじめ周囲の雰囲気が一変して、物語も急展開しはじめる。
 展覧会の準備をする中で、秀子は同じ生け花教室で、伝統的な生け花を習っている中年婦人の園谷コト子(轟夕起子)に声をかけられる。彼女は省平を生命保険に勧誘したいのだが、それだけでもないようである。田所と順子、小平と秀子の恋の行方は、あるいは省平にも再婚の機会が訪れるかもしれない。実は省平は若いころに栄子(芦川いづみ)という恋人がいたのだが、前途を設計できないままに、彼女のほうが結婚してしまったという過去がある。省平は小平にどこかで出会ったような感じがする…。

 ストーリーが間延びするところがあるのが欠点だが、ところどころドタバタ場面を組み込んで快調なテンポで演出されている。とくに生け花のグループの描き方が面白い。左幸子と芦川いづみがそれぞれ母親と娘の1人二役を演じるというのが見どころの1つ。母親役で回想シーンに登場した芦川が娘の役ではなかなか登場せずに、観客を焦らすのも一つの工夫であろう。轟夕起子がこの時点で既に三枚目的な役柄を演じていることを知ったのは一つの収穫。さらに岡本太郎、東郷青児、勅使河原蒼風といったお歴々が特別出演しているのも見物ではある。なお、この作品の助監督は松尾昭典である。

 この特集は9月18まで続く予定であるが、上映作品のうち何本を見ることになるだろうか。
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