永井晋『源頼政と木曽義仲』

8月24日(月)曇り

 永井晋『源頼政と木曽義仲』(中公新書)を読み終える。

 治承4年(1180年)5月に起きた以仁王の挙兵から元暦2年(1185年)3月の壇ノ浦の戦いに至る全国規模の内乱は、専門家によって治承・寿永の内乱、一般には源平合戦と呼ばれている。この内乱は源氏と兵士の対立という単純な図式に収まるものではないと著者は言う。この合戦を平清盛から源頼ともへの単純な権力移行とみるのではなく、内乱の発端となる以仁王挙兵に関わった源三位頼政、その挙兵に呼応して平氏政権を都落ちさせた木曽義仲の2人を通して、当時の複雑な政治背景を読み解くのがこの書物の試みであるという。

 著者は、源平合戦の様子を描いた『平家物語』の諸本の中でも、内容が詳細な読み本系の諸本、とりわけ延慶本と長門本から多くの説話を取り上げ、京都で情報を集めている公家や寺院の資料も活用して、歴史的な事実の実相を拾いだしながら、その中で展開される興味深い人間模様を描きだしている。保元の乱、平治の乱を経て、平家の支配が確立される中で、平家とともに部門を代表する源氏の代表者としての地位を得たが、成り行きで以仁王の挙兵の軍事的な指導者となる頼政、決断力に富む有能な武人である一方で、身近な人々への依存・愛着の気持ちを断ち切れない義仲の2人の人間性とともに、その周辺にいた様々な人々の言動が分析されている。著者は歴史学者として、できるだけ事実に即して客観的に事態の推移を描こうとしているのだが、描きだされた人間模様はかなり文学的な色彩を帯びているように思われる。

 第1章「保元・平治の乱へ」と第2章「平清盛の全盛期」では、平安時代末期の宮廷における複雑な権力闘争と、その中での武士が果たした役割、平清盛がその権力を確立していく過程と、平氏に次ぐ実力を備えていた頼政がそれを補完する存在となっていった過程とが描きだされる。それが一転、第3章「以仁王の挙兵」では、もともと園城寺(三井寺)と興福寺の大衆による嗷訴によって平氏政権に圧力をかけるという意図であったものが、次第に武力による闘争に発展し、頼政が苦悩の末、指揮をとることになる。「77歳の頼政は、一軍の将として、軍勢を指揮できても、一騎当千の武者として戦場に出て戦うには老いていた」(94-5ページ)。以仁王と頼政の死によって内乱は終わるが、落ち延びることのできた武士たちや大衆はさらに抵抗を続け、また各地の源氏が進んで、あるいは状況に押し流されて、蜂起することになる。

 そのような源氏の武将の1人が木曽義仲である。第4章「木曽義仲の激闘」では内乱の前半で大きな役割を果たした義仲の戦歴が概観される。父の帯刀先生義賢が北関東における支配権をめぐって甥(義仲にとっては従兄)の悪源太義平と戦って敗れ殺された後に、木曽に落ち延びて成人した彼は、兄である仲家が頼政とともに戦死したことから、平家との戦いに立ち上がり、信濃、越後、そして北陸に勢力を拡大していく。その一方で、父と敵対した義朝の子で義平の弟である頼朝とは対立を続ける。優れた武将として多くの武士から慕われ、勇戦を続けて平氏を都から追い出した義仲であるが、政治力に欠け、また頼りになる謀臣にも恵まれなかったために京都の政界の中で孤立していく。第5章「木曽義仲と後白河院、そして源頼朝」では、義仲が孤立し、滅亡していく姿が描かれる。そして終章「残された人々」では以仁王・頼政のゆかりの人々、木曽義仲のゆかりの人々のその後の運命について簡単に触れ、最後に頼政と義仲が(おそらく意図せずしてではあるが)「大きな社会変動の幕開きを務めた先駆者となった」(198ページ)と結んでいる。

 源頼政について、これまで知らなかった多くのことを知ったが、彼が歌人であることは触れられていても、歌人としての彼の評価に深く立ち入っていないのはやむを得ないところであろうか。その点がやや物足りない。とはいうものの、私は木曽義仲が好きで、それはこの本を読んでも変わらない。よく言われることであるが、『平家物語』の作者を始めとして、合戦当時の京都の人々は木曽義仲が嫌いで、『平家物語』には彼の挙動が美化されず(平重盛あたりとは対照的である)にありのままに描きだされているが、そのことが、後世の読者にとって義仲を魅力的に思わせている。文学は作者の意図を越えて受容されてゆく場合があるという一例である。

 文学といえば、この書物の中で文学的に面白いのは、既に書いたように父を失った義仲が信濃に落ち延びるエピソード(16ページ)、平治の乱の後に頼朝と義経が辿った運命について語る「頼政と河内源氏」(41-42ページ)あたりではなかろうか。彼らについて文学作品を書こうと思っている人は是非、参考にしてほしい。このほか、何度も出てくる戦闘場面についての分析も行き届いていて、例えば『太平記』について読む時にも参考になる。

 頼政と義仲というこの書物の主役に焦点を当てての紹介となったが、以仁王と頼政だけでなく、平家の池大納言頼盛などの運命にも大きくかかわった八条院(後白河天皇→法皇の妹)や、まったくどうしようもない存在である源行家(義朝の弟、頼朝、義経の叔父)などその他の人物も活写されている。

 著者は長く金沢文庫の学芸員を務めたとのことで、私も以前よく金沢文庫に出かけたことがあり、ひょっとするとどこかですれ違っているかもしれないなどと思う。実は、この書物以前にも著書は読んでいるのだが、どうも著書と著者とが結びつかなかった。この書物を読んで、やっとその仕事ぶりを身近に感じることができた(もちろん、私の不勉強がいけないのであるが…)。
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