ダンテ・アリギエリ『神曲 煉獄篇』(11‐1)

8月11日(火)曇り後晴れ

 古代ローマの詩人ウェルギリウスを導き手として、人生の暗闇から抜け出し、地獄を回って煉獄へとたどり着いたダンテは、地球の南半球にある巨大な山である煉獄の麓をさまよい、第9歌でやっとその入り口に達し、門をくぐって、第10歌で山を登り始める。そして山の途中にある平坦な場所で、煉獄にやってくる魂たちに高慢を戒め、謙譲の徳を身につけさせるために神の手で彫られた浮彫を目にする。その前を、地上で犯した罪を重荷として背負いながら、息も絶え絶えになってやってくる魂の行列が通過する。

「おお、我らが父よ。あなたが天空にましますのは、
封じられているためではなく、高き所でなしたもうた原初の事物に
ひとしお愛を持たれているため。

そのあなたの御名と御力があらゆる被造物から
称えられますよう、あなたの優しい力の息吹への
感謝となるにふさわしいまでに。

我らのもとにあなたの王国の平和が来ますよう。
我らは独りでは行くことがかなわぬのですから
到来するのでなければ、全知全能を傾けようとも。
(以下略、160ページ)。 煉獄を歩む魂たちはこのような歌を歌っている。キリスト者の方々はすぐに気付かれると思われるが、これはイエスが弟子たちに教えた「主の祈り」(パーテルノステル)にダンテ自身が説明を加えたものである。

 魂たちはここで、7つの大罪の第一に挙げられる高慢の罪をあがなっている。

このようにあれらの影は、自分たちの、そして生ける私たちの
善き行く末を祈りながら、時に悪夢に見るものにも似た、
あの錘の下になって進んでいた。

皆は程度の差こそあれ、苦悩し衰弱し、
第一の囲いの中を周回しながら
現世の迷夢を清めていた。
(162ページ) その魂たちに、どこが近道かを教えてほしいとウェルギリウスは問いかける。その問いに答えて、道を示したのは、血統ゆえに高慢となった封建貴族であるウンベルト(オンベルト)・アルドブランデスキ(?-1259)の魂である。
…高慢は我にだけ災いを
もたらしたわけではない。それはわが一族郎党もろともを
破滅へと引きずり込んだ。

それがため、我はここで
この錘を運び続けねばならぬ、神が満足なさるまで、
生者の間でできなかったがゆえ、我はそれをここ、死者の間でなす」。
(162ページ) 

 この問答の間に、ダンテの顔を知っている魂が彼に話しかけようとする。ダンテは彼が自分の友人で、教皇庁で多くの仕事をした細密画家のオデリージ・ダ・グッビオ(?-1299)であることに気付く。傍注によると彼の署名のある細密画を載せた聖書が1冊残っており、ヴァザーリの『画家列伝』にも記述があるという。才能ゆえに高慢になったことで彼の魂はここで苦しまなければならないのである。
 彼は今やフランコ・ボロニェーゼという画家が彼に取って代わったという。
今や誉れはすべて彼のものだ。私の誉れなど比べるべくもない。

だが、もちろん私は生きている間に、
今のようにはそうすべき寛い心が持てなかった。
私の心が執着していた優越への大いなる野心ゆえだ。

このような高慢に対する対価がここで支払われている。
付け加えると、罪を犯しかねなかったときに、もしもではあるが、
神に向かうことがなかったならば、まだ私はここにはいなかっただろう。

おお、人の力でなしうる虚しき栄光よ、
緑の梢がはかなく枯れていくにも似る、
野蛮な時代が後に続けばそうではないが。
(168ページ) 人間の力と神の力の間には言語に絶した差異がある。もし平和な時代が続けば、ある才能はそれに続く才能によって乗り越えられるので、自分の才能を過信することには意味がないのである。
 オデリージ・ダ・グッビオと彼を凌駕したと記されているフランコ・ボロニェーゼについては作品が失われているために確かなことがわからないそうである。この後に、オデリージ・ダ・グッビオの口から語られる中世の絵画や詩についての歴史的な評価が、しばしば引用されてきた。その歴史的な評価がどのようなものかについては次の機会に譲ることにしたい。それにしても、芸術創造の歴史性についてダンテが考えをめぐらしているというその点が興味深く思われる。
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