ある過去の行方

5月1日(木)曇りのち晴れ

 渋谷Bunkamuraル・シネマ1でアスガー・ファルハディ監督の『ある過去の行方』(Le Passé)を見た。『彼女が消えた浜辺』、『別離』の2本が既に日本で紹介され、多くの注目を浴びてきたイランの映画作家の新作である。前2作がイランを舞台にしていたのに対して、この作品はフランスのパリとその近郊が舞台となっている。またフランス人が登場人物に加わり、登場人物についても国際的な広がりがみられる。

 フランス人の妻マリーと別れて4年、今はテヘランに住むアーマドが正式な離婚手続きをとるためパリに戻ってくる。雨の中彼を出迎えたマリーとともに、以前二人で暮らしていた家へと向かうが、そこには新しい恋人の息子が暮らしている。彼女はこれまたイラン人である新しい恋人との結婚のための準備を着々と進めているようである。ところでマリーはアーマドの前に別の男性との結婚生活を過ごし、2人の娘を儲けている。マリーの新しい恋人には妻がいて、植物人間状態になっているということが分かる。しかも、そうなった原因は彼女が自殺を図ったことであるが、なぜ自殺を図ったかをめぐって関係者の証言は入り乱れる。マリーの上の娘であるリュシーはマリーに原因があるというが…

 物語の核心に謎めいた出来事があり、登場人物のそれぞれがその出来事への関与の仕方が違うだけでなく、各自の利害がかかわって証言が入り乱れ、真相がわかりにくくなっていくという展開は、『彼女の消えた浜辺』、『別離』と共通するものである。前2作では、それはイランの個人の自由が制限された社会体制の産物であるようにも受け取ることができたのだが、今回は舞台がフランスに設定されており、しかも題名が示しているように、映画が描く出来事以前に起きた事件が登場人物の行動に大きく影響している点が違う。作者の視点はイランの社会体制よりも、より心理的なもの、人間一般の利己心や相互不信に向けられているようである。空港で出迎えたマリーがいち早くアーマドに気付くのに、アーマドがなかなか気づかず、他人に教えられてやっと気づくという最初の場面から、登場人物たちの気持ちの食い違いが強調されている。

 『彼女が消えた浜辺』はその物語のほとんどが、登場人物の一行が海岸に借りた家で進行し、舞台劇のような作り方であったのが印象に残った。それに比べると『別離』、さらにこの作品は場面の変化も多く、より映画らしい魅力を備えている。『別離』の主人公たちはそれほど裕福ではないが、広いアパートに住んでいるのに対し、この作品の主人公たちの住まいは立派とは言えない。これは海外への移住者一般の生活を考えれば当然のことではあろうが、映画の舞台が国際化した一方で、作者の社会的な視野がさらに広がっているという側面もあるかもしれない。

 ということで、ファルハディ監督の関心は一方で人間一般の心理に向かっているようでもあり、他方でそういう心理の背景となる社会も視野に入れているようにも見受けられる。これからはイランを離れての仕事が多くなりそうであるが、その中でどのような主題と物語を選んで映画を作っていくか、注目されるところである。
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