語学放浪記(5)

7月2日(火)晴れ

 1966年4月の新学期はどうも暗かった。留年した――2回生を2度繰り返すことになったのである。それも実に下らない理由で、2月頃だったか、ドイツ語の試験の前日に勉強しようと思っていたら学生運動をしている学部の先輩がやってきて、これから上がったときの組織をどう強化するかの話し合いをするという。こっちは明日試験だと必死になって抵抗したのだが、無理に連れて行かれた。おかげで次の日の試験は惨憺たるものであった。ドイツ語2科目の成績は一方がかなり厳しく、他方はぎりぎり60点台というもので、その60点台の方の授業の試験だったのである。1つだけでも合格すれば仮進級ということになったのだから、この会議の効果は絶大であった。

 その4月のことである。教養部のキャンパスを歩いていたら、前年度の中国語の授業で一緒だったK君にあった。彼は文学部1組で第2外国語はドイツ語であり、さらに中国語を履修しているということであったが、尾崎先生に漢字の字典について質問していたりした秀才である。ドイツ語を落とした一方で、成績表を見ると尾崎先生の中国語の成績を見たら90点(一海先生の方は73点)であったので、どうせ暇だから中国語の中級もとってやろうというような話をしたらしい。K君からいわれたのは「尾崎先生は合格者には90点をつけるんです」ということであった。当時中国語の人気は低かったので、甘い点数も学生獲得の手段のうちということだったのだろう。まあ実際のところ30点くらいの出来だったから、60点でも文句は言えないところであった。

 とにかく中国語中級の授業を履修することにした。今回は2コマ両方とも尾崎先生の担当で、一方は魯迅の『彷徨』(全集からの抜刷版)、もう一方が『年青的一代』という現代の戯曲(日本でも上演されたことがあるのではないかと思う)である。もちろん、ドイツ語を履修しないと進級できないので、ドイツ語も再履修したが、そのうちの1コマは火曜日の朝1限で、先生が厳しく取り上げている教材が難しいという最悪の授業であった。もう1コマはベルとかノサックとかいう現代の作家の作品を取り上げた授業で、それなりに面白かった。結局、前者は60点、後者は80点でどうやら単位を取った。片方はたぶん落第だと思っていた―3年かけて仮進級というのは情けないと思っていただけに、救われた気分になった。さらに、よせばよいのにロシア語を履修した。それまでも履修しようと思っていたのだが、時間割が組めなかったのである。担当は上野巌先生と小野理子先生である。このお二方とロシア語の授業についてはまた機会を改めて書こうと思う。とにかく、火曜日は1時間目がドイツ語で、その後学部の確か臨床心理学の講義に出て、そのあと順序は忘れたが、中国語とロシア語という恐ろしい時間割になった。この他に、フランス語とスペイン語についてはNHKラジオの放送講座を聞いたりしていた。結局こちらの方は長続きしなかった。

 尾崎先生の授業に出席していたのはK君、S君、X君が中国語中国文学志望らしい2回生、東洋史を専攻したいというH君、何をやりたいのか分からなかったが、その後文学部の自治会の委員長になったU君(彼はほとんど出席しなかった)、経済学部で日本経済史を研究しているという学部学生、それに私ということであったと記憶する。それからしばらくしてX君から声をかけられた。工学部にW君という中国人の学生がいるので、彼を囲んで中国語の会話の勉強会をしましょうというのである。それで何度集まったことだろうか。

 夏休みに病院に通った。今はみなとみらいにあるが、当時は別の場所にあった横浜けいゆう病院である。待合室で中国語を話す患者がいたのを記憶している。もちろん、1つか2つ単語を聴き取れただけである。

 大学を卒業してから時々、ラジオの中国語講座を聴くことがあるが、その際に学ぶ中国語が大学時代に勉強したものからかなり変わってきたことを感じることがよくある。魯迅を読むことについて当時はみな違和感を感じていなかったのだが、今の学生は別の感想をもつだろう。

 何かの折に尾崎先生が受講者を研究室に招き入れてくださったことがあり、先生の書棚に並ぶ本が柳田国男集は別にして、全部中国語で、中国語の専門書店で見かけたことがない『金瓶梅』や『千一夜物語』が並んでいたので圧倒されたことを思い出す。中国語の先生というのはこういうものだと思ったものである。そのときに偶然、山口先生が入ってこられた・・・という話は以前にも書いたことがあると思う。
 

日記

7月1日(月)曇り

 空梅雨の中で7月に入った。明日7月2日は1年の183日目で、いわば折り返しということになる。2013年の2013を目指すということで、同じように2012を目指した昨年のノートを引っ張り出して来て、いろいろな数字を比べてみた。

 例えば、昨年の1月から6月までに買った本は60冊、今年は63冊であり、読んだ本は昨年が57冊、今年は58冊である。数字は似たようなものだが、内容には多少の変化がある。語学書が減って言語学の本が増え、純文学が減って推理小説が増えているのが主な特徴ではないかと思う。2年間を通じて哲学・宗教についての本が少なくないのは共通する傾向で、社会科学書がそれほど多くないのは注意して修正すべき傾向かもしれない。今年は柳田国男の本をかなり読んでいるが、ただ読むだけでなく、彼の発想や思考をどのように掘り下げて現実問題の解釈と解決に生かしていくかが課題になりそうである。

 現在読んでいる本では三土修平『靖国問題の深層』がいろいろと役に立ちそうである。ポール・ギャリコの『シャボン玉ピストル大騒動』はギャリコの作品としては退屈な方で、なかなか先に進むことができない。既に読んだ本で堀米庸三『正統と異端』はこのブログで1度紹介しているが、残りの部分をどのように紹介するか苦労している。今野浩『工学部ヒラノ教授』は面白かったが、どのようにこの本を紹介するか、思案中である。

 昨年は6月までに32本の映画を見ていたが、今年も32本で同数である。全体として昨年の方が見た映画の質は上であったような気がする。そのこととおそらくは関係して昨年は川島雄三4本、ゴダール、シャブロル、中川信夫各2本ずつと同一作家の作品を複数見ている例が多かったが、今年は川島の映画を3本見ているきりである。今年の後半にかけては新作とともに旧作、劇映画とともにドキュメンタリーやアニメーションを見て、自分なりにバランスの取れた映画鑑賞を続けていこうと思う。『ある海辺の詩人―小さなヴェニスで―』、『海と大陸』はラジオのイタリア語の時間で取り上げられた作品でもあり、見ておくつもりである。インド映画『スタンリーのお弁当箱』、ドキュメンタリー『台湾アイデンティティー』は何とか見てやろうと考えている。

 ある友人から届いたハガキ通信に大阪市立美術館で「まるでラッシュアワー時の電車内のような『ボストン美術館展』」を見たという表現がされているのを読んで、確か1970年にこの美術館でベン・シャーン展を見たことを思い出した。務めていた会社の研修会で粟津潔さんの話を聞いて、この作家の名前を知ったばかりのところであったので大変興味深くその作品を見たことを思い出す。年金生活を送っていると支出を切り詰める必要が生じて、あれもこれもというわけにはいかなくなる。美術や音楽とは縁が遠くなっているが、全く縁が切れないようにしたいものである。古典もさることながら、モダン・アートへのこだわりも持ち続けていこうと思っている。
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