2013年の2013を目指して

1月31日(木)晴れ

 2013年に遭遇したり、体験したりした事柄を2013になるまで集めようと今年の初めに考えた。その中間まとめ―その①。

 日記を31日分書いた。当ブログも31回書いた(ただし日記と部分的にせよ重なるもの=サブジャンルに「日記」とあるものが3回分ある)。郵便が100通届いた(年賀状96通、寒中見舞い3通、その他1通)。

 神奈川県横浜市、川崎市、東京都品川区、港区、千代田区、渋谷区の2都県、5市区で暮らし、東急(東横線、目黒線)、都営地下鉄(三田線)、東京メトロ(半蔵門線)、横浜高速鉄道(みなとみらい線)、京急(本線)、JR東日本(京浜東北・根岸線)の6社7路線、横浜、反町、渋谷、目黒、神保町、新高島、京急川崎、川崎、桜木町の9駅を利用している。

 三省堂神保町本店、紀伊国屋そごう横浜店の2カ所で合計6冊の本を買った。読んだのはアラン・ブラッドリー『水晶玉は嘘をつく』、『サンタクロースは雪のなか』、ロバート・ファン・ヒューリック『紅楼の悪夢』、村井康彦『出雲と大和』、フェルナンド・ペソア『不穏の書、断章』、井上智勝『吉田神道の四百年』の6冊である。

 映画を『幕末太陽傳』、『狂った果実』、『シェフ』、『スカイフォール』、『ザ・フューチャー』、『バレンタイン一揆』、『カラカラ』、『テッド』と8本見た。出かけた映画館は神保町シアター、109シネマズMM横浜、イメージフォーラム渋谷、アップリンクX、109シネマズ川崎、ブルク横浜の6館である。

 サッカーの試合を6試合見た。全国高校サッカー選手権の第91回大会の2回戦、3回戦、準々決勝のそれぞれ2試合ずつで、すべて三ツ沢球技場で見ている。佐賀商業、実践学園、桐光学園、四日市中央工業、鵬翔、佐野日大、作陽、京都橘、帝京長岡の9チームの試合であった。

 NHKラジオ『まいにちフランス語』を19回、『毎日イタリア語』を18回聴いた(イタリア語は1回聴き逃した)。

 ボールペンを2本、万年筆のカートリッジを4本、ノート4冊を使い切った。

 タンメンを4杯、ねぎラーメンを1杯、たぬきそばを2杯食べている。酒を一滴も飲まなかった日が16日ある。

 こうした数字のなかから適当に選んだものを足し合わせて2013にしようというのである。記憶し忘れたり、計算を間違えたりすることもあるかもしれない。さて、どうなるか。年末のお楽しみ。

 
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フェルナンド・ペソアの“サウダーデ”

1月30日(水)晴れ

 フェルナンド・ペソア『【新編】不穏の書、断章』(澤田直訳、平凡社:平凡社ライブラリー、2013)を読み終える。2000年に思潮社から発行された『不穏の書、断章』を増補改訂したものである。

 フェルナンド・ペソアFernando Pessoa(1888-1935)はポルトガル・モダニズムを代表する詩人の1人であるが、その作品が世界的な名声を得るようになったのは死後かなりの時間が経過してからのことである。本名の他に、アルベルト・カエイロ、リカルド・レイス、アルヴァロ・デ・カンポスなどの異名で詩を発表し、ベルナルド・ソアレスの作品として散文で『不穏の書』を執筆した(未完のまま生前は発表されなかった)。彼の創作活動の特異な点は本名と異名で作品を発表し、異名のアルベルト・カエイロは自然詩人であり、リカルド・レイスは未来派、レイスは秘教的詩人というふうにそれぞれの思想と哲学をもっている存在であったということである。この3人の個性的な異名者に比べると、ソアレスはペソア自身に近い存在と言われている。『不穏の書』はリスボンの小さな会社で会計の事務をしているソアレスの手記の形をとっているが、身辺の観察や様々な思考が入り混じり、その思考が絶えず変化するというところが、作品中でも言及されているスイスの詩人哲学者『アミエルの日記』に似ているが、さらに不安定な雰囲気に満ちている。

 『不穏の書』を読んでいると何度も出会うのが“サウダーデ”(Saudade)という言葉である。「郷愁」のふり仮名として出てくることもあるし、「悔恨」のふり仮名として登場することもある。そういえば、『サウダーヂ』という映画が作られていたが、“サウダーヂ”はブラジル風の発音だそうである。

 ソアレスは書く:
 ああ、私を分断し、不安にするのは私がそうであり得たかもしれないこの別人への郷愁のためだ。(207ページ)
 誰かの子でなかたっという悔恨(サウダーデ)が、たぶん、感情面での私の無関心に大きな影響を与えているのだろう。(同上)
 ああ、決して存在したことがないものに対する郷愁(サウダーデ)ほど心疼くものはない。(256ページ)
 昨日の軽薄さが今日は永遠の郷愁となり、私の性を苛むのだ。(323ページ)

 「サウダーデ」は自分自身の過去に留まらず、共同体の過去や異郷や空想の世界にまで及ぶ。ポルトガル人は大航海時代以来、地球上のあちこちにその足跡を刻んできた。ソアレスは「この世での経験には二つの種類しかない‐普遍的なものと個別的なものだ」(273ページ)とも書いているが、ペソア=ソアレスの「サウダーデ」にも普遍的な意味と個別的な意味の両方が微妙にまじりあって含まれているように思われる。「サウダーデ」は彼自身のものであるとともに、彼を含むポルトガル語使用者すべてのものであり、ポルトガル文学における「サウダーデ」はさらに世界の文学の中で個性と普遍性をもちうるのである。

外国語を学ぶということ

1月29日(火)晴れ

 昨日(1月28日)の『毎日新聞』夕刊の「特集ワイド」は「韓流ブーム続く中 朝鮮語学者の嘆き」として大阪外国語大学で長く朝鮮語を教え、現在も月に1度「ハングル塾つるはし」を主宰して、朝鮮語を教えられている塚本勲さんについて取り上げている。執筆者の鈴木琢磨記者は塚本さんの教え子だったそうである。

 大阪市生野区生まれで、京都大学で言語学を専攻し、日本語の起源に興味をもったことから朝鮮語の学習を志し、京都の朝鮮中高級学校で日本語とロシア語を教えながら、1世の教員から朝鮮語を学ばれたという。23年の歳月をかけて『朝鮮語大辞典』を編纂、ベストセラー『ユンボギの日記』を翻訳、金芝河の詩を日本に紹介するなど先駆者としての道を歩まれてきた。78歳、7年前に脳こうそくで倒れたというが「まあ、どんなきっかけであれ、朝鮮語を学ぶ裾野が広がったのはよろしいが、もっとまともな取り組みがあってええんと違いますか。そもそも大学は学問するところでしょ。それなのに韓国人の会話の先生ばっかり集めとる」と、舌鋒は鋭い。

 近年、語学の学習はできるだけ早期に取り組むことが強調されているようであるが、塚本さんの例は学校を出た後の自覚的な努力が重要であることを物語っている。これは語学に限らないことかもしれないが、継続と反復の必要な語学の場合特に言えることではないか。と同時に、現実の問題に対する対処を怠らないことの必要も示唆されている。

 シャーロック・ホームズの言葉を引用すれば、Education never ends, Watson. (The Red Circle)

テッド

1月28日(月)晴れ

 横浜ブルク13シアター1で『テッド』を見る。

 1980年代のボストン。周囲の同年代の少年たちから相手にされない、孤独な少年がクリスマス・プレゼントにぬいぐるみのクマ(テディー・ベア)をもらい、テッドと名前をつけて生涯の友達にしたいと願うと、魔法の力でそのクマに命が宿る。一時は大騒ぎになって、クマは人気者になるが、調子に乗りすぎて事件を起こしたりして忘れられる。少年は大学を出て就職しても、パートナーを得ても、クマと一緒である。駐車場の受け付けをしながら、冴えない人生を送っている。パートナーからは自分とクマとどちらを選ぶかと言われ続けている。

 テッドは外見はかわいいが中身は全くの中年おやじという設定である。しかし実は主人公の幸福を心から願っている。流れ星に願いをかけると人形に命が宿るのはディズニー流にアレンジしたピノッキオ物語のような設定だが、主人公とクマをつなぐのがマリファナとDVDであるというのは現代風の味付けで、『フラッシュ・ゴードン』を初めとする映画作品が引き合いに出される。クマが誘拐されたのを追跡する場面がクライマックスに用意され、地下駐車場や野球場がその舞台となる。

 冒頭でクリスマスになると悪がきたちがユダヤ人の少年をいじめるという場面がきわめて無批判に描かれているし、主人公のパートナーの上司がスポーツ・グッズを集めているというなかで、ランス・アームストロングがガンで切除した○○が加わっているというのも悪趣味である(ランス・アームストロングがドーピングを認めた後であるだけに一層悪趣味である)。もちろん、「悪は滅びる」結末ではあるが、善悪の境界はきわめて手前勝手である。

 いつまでたっても子どもから脱出できない主人公を描いているようで、脱出できないのはアメリカの映画界、あるいは社会そのものであるかもしれない。それを喜んで見ているこちらも同類であると言われれば、それまでであるが・・・。
 

1月27日(日)晴れ

 葱

レジ袋から
葱をのぞかせて
背の高い ブルネットの
女の人が
通り過ぎて行った

レジ袋から
葱がはみでた
私の買い物姿を
バスの中から見かけたと
世間話のなかで言われたことがあった
むかしむかしのことだ。
自慢するようなことでもなく、
恥じるようなことでもなく、
ただ、食事を作って
食べたということだったが、

あのブルネットの
女性は
いやに颯爽と通り過ぎて行った。
誰のために
何を作ろうとしているのか、
知りたくなるような
歩き方であった。

レオナルド・ダ・ヴィンチの「手帳」

1月26日(土)晴れ

 梅棹忠夫の『知的生産の技術』はよく読まれた本であるが、著者の主張がそれを読んだ人々にどれだけ正しく伝わったかどうかは疑問である。本の読み方、受け取り方は読者の自由であると言ってしまえばそれまでであるが、ある書物の読者がすべて著者の意図を理解することは起こりそうもない。とんでもない誤解が著者の意図とは別に普及してしまうのは不幸なことである。実際、私自身もこの書物を後から読み直してみて自分が内容をきちんと理解していなかったことに気付いた個所が少なくない。

 例えば、この書物を読んでカードを作りはじめた人は多いが、その場合の注意として梅棹は「カードは分類することが重要なのではない。くりかえしくることがたいせつなのだ」(59ページ)と説く。カードを何枚作っても、それを読みなおさなければ、それによって整理しなおさなければ意味はない。結局私はカードをやめてノートに戻ったが、「くりかえしくることがたいせつ」なのはカードでもノートでも、文書ファイルでも同じことである。

 ところで、彼がカード使用に至ったきっかけは若い頃に読んだメレジュコーフスキーの『神々の復活』という書物に出てくるレオナルド・ダ・ヴィンチの手帳の話だというのが気になっている。「この天才には奇妙なくせがあった。ポケットに手帳をもっていて、なんでもかきこむ・・・まったく、なんのやくにもたちそうもないことまで、こくめいにかきこむのである」(22ページ)。ダ・ヴィンチのノートは日本でも何度かその一部が展示されたし、翻訳も出ているが、「手帳」などというものではなくて、かなり大きいのである。ついでに言えば、レオナルドの時代の洋服にポケットがあったかどうかも疑ってみた方がよい。ラブレーの『パンタグリュエル』に出てくるパニュルジュはブラゲットに物を入れている。これはラブレー一流の諧謔なのかもしれないが、まだポケットはなかったようにも思われる。大判のノートを手帳にしてしまったこの誤解がメレジュコーフスキーによるものなのか、梅棹によるものなのかは分からないが、知的生産のためのカード使用という創造的な工夫の発端が誤解に基づいているというのは興味深いことである。

カラカラ

1月25日(金)晴れ

 109シネマズ川崎シアター9でクロード・ガニヨン監督作品『カラカラ』を見る。日本=カナダ合同作品と銘打たれているが、日本とカナダの異文化接触というよりも内容はもう少し複雑である。

 「カラカラ」は日本語では普通、喉が渇いた状態を意味しているが、ここでは酒器の一種である。茶器と同様酒器も酒を入れて使ってこそその美しさが増す。問題は器の中に何を入れるかである。

 沖縄で気功のワークショップに参加していたカナダ人の元大学教授が残る滞在期間、沖縄の各地を旅行しようと思う。博物館を探してうろうろしているところで日本人の主婦の2人連れと出逢い、その一方がアメリカへの留学経験があって、英語が話せるので、博物館まで案内してもらうことになる。博物館で彼は芭蕉布の美しさに魅せられ、その製作現場を訪れようと思う。

 2人連れのうちの英語がよくできる1人=純子は夫の家庭内暴力に苦しんでいて、もう1人の勧めもあって彼の案内役を買って出る。夫の尾行から逃れようと車を複雑に走らせたりして、二人の沖縄旅行は波乱含みである。初めてのアジアに静寂を求める菜食主義者の元大学教授と、享楽的な純子は必ずしも波長が合わないが、それでもお互いに相手のやさしさを感じている。静寂を求める旅行を続ける2人の上空をジェット機の騒音がかき乱す。道中をトラブルが追いかける。

 カナダ人は英語で話しているが、もともとモントリオール出身で頭のなかではフランス語で考えている。二人は英語で話しているが、その周辺を日本語が取り囲んでいる。ラスト・シーンに流れる歌は琉球語である。言語が入り混じり、その中で、風景や民芸品(カラカラもその1つである)のなかに見出される美は言語を越えたものである。

 カラカラには泡盛を入れてもいいし、水を入れてもいい。二人のどちらが泡盛で、どちらが水かを判断するのは観客の自由である。あまり芳しくなかった人生ではあるが、これでおしまいだとは思いたくない。少しでも修正していきたい。二人は旅行を通じてお互いを変えてゆく。元大学教授は芭蕉布により強い愛着を抱き、主婦は沖縄の現状と向き合いそれを外の世界に発信しようとする。二人が見出したのは必ずしもお互いの共通点ではないが、しかし発見の過程に相手の存在は不可欠であったようである。二人の変化はまだまだ大きなものではなく、この映画が描いているのは発端にすぎないのかもしれない。しかし、それは千里の道も一歩よりはじまるという場合の一歩なのである。

風の強い日

1月24日(木)晴れ

 本日はそれほど風が強くなかったが、強く吹く日のことを思いながら、こんな詩を書いた:


 風の強い日

風向きが変わって
面白くないことが
面白くなるかもしれない

自分に言い聞かせながら
黙って歩く
風の強い日

若い頃は
世の中がいい方向に変わるという
希望に
あふれていたから
冷たい風を
世の中を変える風だなどと
強いて思いこんでいたが、

冷たい風は
やっぱり冷たい風で
強く吹かない方がよい
世の中が
どう変わるかは、
分からないままで
悪い方に変わることも
あるかもしれない。

ビルを通りぬけてくる
都会の複雑な風のなか、
季節の終わりを待ち望みながら、
歩き続ける。

バレンタイン一揆

1月23日(水)晴れ後曇り

 渋谷に出かけ【シアター】イメージフォーラムで14時から『the Future』、UP LINK Xで16:30から『バレンタイン一揆』を見る。前者は整理番号4、後者は6での入場であった。両者ともに鑑賞後の感想はすっきりしたものではないが、1月13日の「これから見ようと思っている映画」で取り上げた後者について書いておきたい。

 高校3年生2人、大学2年生1人という3人の日本の普通の女の子がガーナを訪問する。日本で食べられているチョコレートの原料になるカカオ豆の80%がこの国から輸入されており、豆を生産している農場では子どもたちが学校にも通わずに働いているという児童労働の実態について知ろうというのである。児童労働の問題について取り組んできたACEのパートナーである現地のNPOの努力によって児童労働がなくなっている村を一行は訪れる。以前は学校に行かずに働いていたという若者の話を聴き、また実際に農園に出かけてカカオの実を採取し、それを作業場に持ち込んで豆を取り出す作業を体験する。カカオの実でいっぱいのかごは20キロも重さがあり、持ち上げるだけで大変である。それを子どもたちは頭の上に乗せて運んでいたのである。さらに豆を取り出す作業も熟練がいる。NPOの努力によって次第に教育の意義が親たちに認識されるようになり、児童労働は姿を消したというが、その努力が及んでいない村も多い。

 学校を訪問した3人は子どもたちの語る夢に圧倒される。子どもたちから、ではあなたの夢はなにかと聞き返されて、答えることができない。

 日本に帰って来た3人、特に大学生のコッちゃんは、バレンタインデーに本当に愛のあるチョコレートを選んでほしいと、「バレンタイン一揆」を計画する。銀座でフェアトレードで作られたチョコレートを買ってもらうためのキャンペーンを行おうというのである。準備に人が集まらなかったりして、大変であったが、2012年2月11日に実行に至る。300人に買ってもらうという目標を大きく下回る60人のお客しか得られず、それほど反響がなかたことで、悔しさの残る結果となったが、2月14日にガーナの子どもたちから感謝と激励のメッセージが届く。

 この取り組み、今年も行われるのか――というような話題は、上映の後のトークで語られたのだろうが、帰りを急いで出席しなかった。映画のなかでも出てきたが、フェアトレードとは何か、それがなぜ児童労働をなくすこととつながるのかなど自分の頭の中で理解することはできても、他人が理解できるように説明することは案外難しい。だから十分な準備期間が必要だし、現地に行ったことのあるメンバーと、話を聞いただけで手伝おうとするメンバーとの温度差を狭めるのは容易ではない(現地に行ったことがあるメンバーもまた、実際に児童労働を経験してきた人々との温度差を感じているわけである)。出来るだけ人々の注意を集めるようなやり方を選んだのだろうが、もっと地道な情報活動という選択肢もあったのではないかとも思われる。また、もっと長い目で、国際協力にかかわるような自分の進路を見つけていくことも必要であろう。それがガーナの子どもへの回答となるはずである。

 全体として分かりやすい映画ではあるが、「バレンタイン一揆」の企画同様、もう少し時間をかけて準備した方が大きな成果が上がったのではないか、その点が惜しまれてならない。

 

マイケル・ウィナー監督を悼む

1月22日(火)雨、後晴れ

 昨日、英国の映画監督・製作者であるマイケル・ウィナーMichael Winnerさんが亡くなったという報道に接した。日本で一番よく知られた作品は、リメイク版が最近上映された『メカニック』であろうか。『スコルピオ』も比較的よく知られていると思う。しかし、評価されてよいのはもっと早い時期の作品である。

 ウィナーは私が映画をよく見るようになった頃の新進の映画監督であり、昨年亡くなられた石上三登志さんなど一部の批評家によって高く評価されていたことも手伝って注目していた時期がある。特に京都の新京極にあったピカデリーで見た『ジョーカー野郎』(The Jokers)は暇を持て余している兄弟が宮殿から宝冠を盗み出す話で、兄弟をオリヴァ―・リードとマイケル・クロフォードが演じている。途中で仲間割れをしたりするのだが、最後に牢獄で一緒になった兄弟が脱獄の相談を始めるというラストが気に入った作品である。またナチスの捕虜が動物園から象とともにアルプスを越えて逃げるという『脱走山脈』も面白かったし、その一方で大阪・梅田の北野シネマで見た『明日に賭ける』はTVコマーシャル業界の話で、ウィナーの自伝的な要素が多少は含まれている作品のようであるが、業界の裏面を告発する側面もあって見ごたえがあった。出演していたオーソン・ウェルズが『市民ケーン』を思い出したというのは褒めすぎであったとは思うが・・・。

 その後はさらに大作に取り組むようになるが、スタジオ撮影をしないというような独自のスタイルを守り続け、そのためもあってか映画賞とは無縁であったという。映画作りの一方で『サンデー・タイムズ』紙にレストランのレビューを書いたり、コラムニストとしても活躍していた。

 1998年のことになるが、英国旅行中ピーク・ディストリクトのホテルに泊まっていて、TVをつけたら、最近の映画作りについてというような番組をやっていてマイケル・ウィナーが登場したのでひどく懐かしかったのを覚えている。その当時の私はほとんど映画を見なくなっていたのである。

 近年体調を崩していたのは、牡蠣の中毒が原因だと聞いたことがあり、もう少し長く生きられたかもしれないのに訃報を聞いたのは残念である。初期の作品でよく一緒に仕事をしていたオリヴァ―・リードの死因も酒の飲み過ぎであった。今頃は2人で再会を祝してあの世で飲んでいるのかもしれない。

アガサ・クリスティー『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?』

1月21日(月)晴れ

 アガサ・クリスティー『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?』(Agatha Christie, Why  didn't they ask Evans?)(田村隆一訳、ハヤカワ書房:クリスティー文庫78、2004)を読みなおし終える。クリスティーのノン・シリーズものの長編。何度か読んでいるが、何度読んでも面白い。この作品には複数の翻訳があり、創元推理文庫に入っている長沼弘毅の訳は『謎のエヴァンス』と題されているが、もともとの題名をそのまま日本語に訳した田村訳の方が物語の展開との関係でしっくりしている。なおEvansの語尾は辞書によればzと発音するらしい。

 事件の発端はウェールズの海岸の町でのできことである。海軍をやめて求職中の牧師の息子ボビイはゴルフの最中に崖下に転落した瀕死の男を見つけた。男は僅かに意識を取り戻すと「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」とだけ言って、息を引き取った。ボビイが列車の中で偶然に出逢った幼馴染の貴族令嬢フランキーは事件に興味を示す。ボビイの周りでは奇妙な事件が次々と起き、2人はその謎の解明に乗り出す。

 物語の展開の過程で様々な人物が登場し、新たな事件が起き、新たな謎が発生するが、依然としてエヴァンズの正体は分からない。エヴァンズはウェールズではありふれた姓であり、そのため捜査は難航する。ちなみにボビイの姓であるジョーンズもウェールズではありふれた姓である。実はエヴァンズではなく「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか」という問いを問題にしなければならないのだが、それがわかるのは終盤である。

 解説で日下三蔵氏が書いているように、「若いカップルの冒険的推理行を描かせると、クリスティーの筆は実に滑らかである」(461ページ)。日下氏が引き合いに出しているトミーとタペンスものの第1作『秘密機関』も楽しいが、この作品も事件の真相の他に二人の登場人物の恋の行方や捜査のための奇抜なアイデア、二人や二人を取り巻く人物の会話に見られるユーモアなど様々な要素が盛り込まれていて読むものを飽きさせない。

 この作品が発表されたのは1934年で考古学者である二人目の夫と結婚して4年後のことであるが、まだクリスティーは若々しさを保っていたし、それがこの作品の魅力となっている活気ある展開の源であろう。男女二人が事件を捜索(し、その一方で両者の間に次第に恋が発展)する作品としては他に『殺人は容易だ』(終盤でバトル警視が登場する)、『蒼ざめた馬』(女流推理作家アリアドニ・オリヴァが登場する)があるが、クリスティーの加齢を反映して作品から若さが失われているように思われる。

 彼女のノン・シリーズもののなかでは『そして誰もいなくなった』を別格として取り除くと、この作品が一番面白いと日下氏は論じているが、個人的な意見としては『チムニーズ館の秘密』が好きである。もっともこれはバトル警視が登場するから、純然たるノン・シリーズものには入らないのかもしれない。まるで雰囲気が変わっている『死が最後にやってくる』は古代エジプトを舞台にした作品で、もし機会があればこの種の作品を書いてみたいと思っているが、かなりの準備が必要であろう。クリスティーは夫が考古学者であったので、その点恵まれていた。そういえば、クレタ島のクノッソスの遺跡を発掘した考古学者の姓もエヴァンズであった。

無表情

1月20日(日)晴れ

 無表情

パチンコ屋に
出たり入ったり・・・
失意、失意、失意・・・
店は満員だが
得意の顔を
見かけることはめったにない。

出たり、入ったり、
入ったり、出たり
表情よりも
客の動きが
多くのことを物語る。

台の前に座ったまま
動かない客が
この先、どんな目に
出逢うのか?

表情よりも怖い無表情が
未来と向き合っている。







風の言葉

1月19日(土)晴れ

 風の言葉

世界の
至る所で
激しい風 やさしい風
熱い風 冷たい風が
吹いている。

簡単なようで難しく
はっきりしているようであいまいで、
知恵と愚かさが分かちがたく含まれた
言葉を語りかけている。

聴きとった人もいるだろうし、
わかったふりをする人もいるだろう。
分からないままの人もいるだろうし、
聴く耳をもっていない人もいるだろう。

世界の
至る所で
風が吹き、吹き荒れ、
語り、叫んでいる。
そして もっと多くの言葉を、人々は語り、投げつけ、
理解し、理解していない。

アルジェリアにかかわる映画

1月18日(金)晴れ

 アルジェリアにある天然ガス関連施設で働く多くの人々がイスラム武装勢力に拘束された事件について、情報が錯綜して詳しいことは分からないが、出来るだけ無事な解決を祈るのみである。

 本日の毎日新聞のコラム「金言」に西川恵氏が「テロの最初の被害者」という文章を書かれている。「アルジェリアと聞いて、60代以上の世代の日本人が思い浮かべるのは、フランスからの独立闘争を描いた映画『アルジェの戦い』(1966年、ベネチア国際映画祭金獅子賞)だろう。昨年はその独立50周年だった。しかし近年、同国には『無差別テロによって、国際社会で孤独な戦いを強いられた国』のイメージが刻印されている。/91年の総選挙で、アルジェリアのイスラム原理主義政党は8割以上の議席を獲得した。危機感を抱いた軍は実権を握り、同党を非合法化。地下に潜ったイスラム過激派は無差別テロを展開する。文民政権が復活する99年までに殺害された人は、知識人、ジャーナリスト、政治家、外国人など実に10万人に上った。/(中略)[9・11以後]『テロとの戦い』は国際政治の基準となり、遅まきながら『アルジェリアはテロの最初の被害者だった』との認識が共有されていく。」

 この文章を読んでいて、『アルジェの戦い』は記憶に残る限り3度見ているにもかかわらず、アルジェリアの事情については無知であったことに気づかされた。それとともに、昨年見たカナダ映画『ぼくたちのムッシュ・ラザール』の主人公であるラザールについて思いだした。彼は妻子をテロで失ってカナダでの永住申請を求めているアルジェリア人として描かれていた。ある学校で教師が教室で自殺する事件が起き、その後任にラザールが応募、採用される。しかし彼は自分の本当の姿を隠している。教師であったのは妻の方で、彼は教師であった経験はないのである。おそらく彼は妻への愛情から教師として生きることにより、その遺志を継ごうとしているのである。しかし、だからと言って、経歴を偽って教師をすることは見過ごすことのできない行為である。

 『ぼくたちのムッシュ・ラザール』という映画が描いているのは、教師の側からも生徒の側からも多文化化しているカナダの教育の現状であり、その中で人権に配慮し、子どもたちの主張を受け入れる教育を行おうとする新しい動きと、伝統的な教育の良さに固執するラザールの対立であるが、子どもたちとの取り組み、同僚たちとの交流でラザールの心の傷が癒されていく―などというのではなく、様々な問いを投げかけながら、映画は答えを与えずに少し突き放した結末を用意している。そしてそのさらに背後に教師にも生徒にも人間であるかぎり、心に傷を負っている可能性はあるし、それが容易にはいやすことのできないものであるかもしれない、安易な解決は求めるべきではないという主張が読みとれる。さらに言えば、教師には心の傷に加えて、自分の能力を越えていたり、信条に反する行為を子ども相手にすることで、ある種の疾しさの気分が付きまとうことも否定できないということも述べられているように思われる。

 そのような問いと主張を投げかけながら、テロがどのように平凡な人間の生活と考え方、生き方に影響を及ぼすのかということについても、『ぼくたちのムッシュ・ラザール』はわれわれに考えさせようとしていると思うのである。

 

『シェフ~三ツ星レストランの舞台裏へようこそ~』と『007 スカイフォール』

1月17日(木)晴れ

 109シネマズMM横浜で『シェフ~三ツ星レストランの舞台裏へようこそ~』、『007 スカイフォール』を見る。

 前者はパリを主要な舞台とするフランス映画、後者はイスタンブール、ロンドン、上海、マカオ、またロンドンに戻って、さらにはスコットランドへと舞台が移動する無国籍と言えばそれまでだが、英国のパインウッド・スタジオを中心に製作された映画である。前者はフランス料理、後者はテロリストとの戦いに取り組む諜報活動が主な題材であり、一見、共通点を見出すのは難しいようであるが、ともに伝統的なやり方をできるだけ守ろうとする保守的な考えの持ち主と、情報技術の発展に代表される新しい時代の動きとの出会いを描いている。古い世代には経験があるが、体力の衰えは否定できない。新しい世代は時代の流れに乗っているが、経験が不足している。新旧の対立とともに(これも新しい動きでの一つではあるが)、フランスも英国ももはや白人だけの国とはいえず、多文化化していることも自明のこととして描かれている。このような共通する要素を見つけては楽しんでいた。

 映画は視聴覚に訴える表現形式であるから、料理のように味覚、さらに嗅覚と触覚にも関係する領域の表現は難しい。料理を賞味する人々の演技だけでは伝えきれないものがある。だからどうしても料理にかかわる人間関係の描写に重きが置かれることになる。『シェフ』の主な舞台裏は、人間関係ということになり、年長の世代の三ツ星レストランのシェフは娘との親子関係を、シェフ志望の若者は妊娠中のパートナーとの関係を抱えている。物語には、その一方で様々な経歴・能力の持ち主を集めて降りかかる難問を解決してゆく特命物の性格もある。そういう人間模様がいろいろと組み合わされて映画を作り上げているとはいうものの、それぞれがそれほど丁寧に描かれていないのが映画の魅力をそいでいるともいえる。新旧の対立ということで見ると、なかなか物語が結末に至らないところにフランス社会の現実の反映を見るべきであろう。全体として楽しんでみることができたのは、フランス料理にはあまり縁がないとはいうものの、食べることが好きだからである。主人公2人が日本人に化けて他のレストランを偵察に出かける場面がおかしいが、日本人としては釈然としないものを感じないわけにはいかない。どうもフランス映画には日本人をコミック・リリーフとして使う傾向があるように思うのだが、これは私の僻みであろうか。

 このところ、『007』とはご無沙汰していたので、『スカイフォール』が近年にはない傑作であるという評価を確認するだけの材料がない。ただ、2作品を見比べてみると、映画としての出来はともかく、こちらの方には作り手の個性が感じられないことは確かである。それでも面白ければよいという見方もあるだろうし、そのあたりは最終的には見る側一人ひとりの問題である。集団製作による映画と、個性の表現としての映画という見方をすれば、『007』が集団製作の性格の強い映画の1つの極致であることは改めて言うまでもなかろう。ロケ地の選定などは行き届いているように思われる。実際のところ、悪役のシルヴァーの本拠地となっているのがわが日本の軍艦島であることに気づき、それをクレジットで確かめたのが一番うれしかった。

 

再会

1月16日(水)晴れ

 昨日、大島渚監督がなくなった。特に好きな映画作家というわけではないが、一度その謦咳に接したことがあり、ご冥福をお祈りしたい。姿に接したのは京都にいた頃のことである。監督は東京中心に活躍されていたが、もともと京都の出身であったので、京都で開かれる映画関係の行事によく顔を見せられていた。

 その際に昔、京都にあった再会という喫茶店によく出かけたと話されていたことをなぜか覚えている。再会は京都市役所の西側にあった(と記憶する)店である。かなり大きな店であった。現在山科にある同名の店と関係があるのか、ないのかは知らない。

 京都市役所と監督が通われていた京都大学は遠い。それなのにこの店によく出かけたというのは、デモがらみであろうと推測する。私は監督よりも10歳以上年下であるが、学生時代によくデモに参加していた。その際のコースは大学から円山公園の野外音楽堂に出かけて、そこで集会があり、その後京都市役所までデモをするというのが一般的であった。だから、監督の時代から私の時代までこれが変わっていなかったとすると再会に寄るというのはデモの後のことであったのであろう。それも京都の中心部になじみのある人のすることである。大学の近くに下宿している人にはまた別の立ち寄り先があったろうと思う。

 目下、一昨日の雪に苦しんでいるので、以下に書くことは余計かもしれないが、蛇足までに付け足しておく。市役所と言えば、その北の二条通りにはアヌークという喫茶店と、エーメという喫茶店があった。両方とも今はない。

 さはれ、さはれ、去年の雪、今いずこ。(ヴィヨン)

 
 

大雪について

1月15日(火)晴れ

 昨日の降雪に、「ホワイト成人式は一生の想い出になります」とインタビューに答えていた新成人の言葉に若さを感じる。これからの人生を力強く切り開いてほしいものである。

 それにしても気象庁の予報を上回る大雪となったのはどんな理由があったのか。雪が降ってから、大雪についての説明はいろいろとなされたが、十分だとは思えない。時には外れた理由について反省を込めた説明も必要であろう。

 気象予報士の仕事と教師の仕事はよく似ている。間違えたら謝った方がよいが、謝ってばかりだと信用をなくす。今回の場合、この予想が外れた理由の分析が特に必要だと思うのは、地球の温暖化や大気汚染と大雪が関連するのか、しないのかが気になるからである。北京の大気汚染やオーストラリアの山火事というように、我々は断片的に情報を得ているが、それらを総合して判断できるのは専門の機関だけである。単なる一時的な予報以上の情報提供も気象庁には求められるのではないか。

新聞から

1月14日(月/成人の日)雨が雪に変わる、成人式の若者には気の毒な空模様である。

 『毎日新聞』から:

川柳
 辞書引いて書いた字なぜかでかくなる(川越・麦そよぐ)
  身に覚えがある。
 人間に比例したよな異常気象(福岡・猫懐)
  正比例か、反比例かと一応とぼけてみる。

「書物の海を渡れ 東北へ」(赤坂憲雄)
 遠野物語の内容が一地域の伝承ではなく、もっと広い世界の人々の共通の原風景となっていることを説く。この記事にも登場する物語のインフォーマントである佐々木喜善の『聴耳草紙』に出てくる話を子どものころに聞いた記憶がある人間としては、いろいろと考えさせられる。

全国都道府県対抗女子駅伝で神奈川県優勝。住民としては嬉しいニュースである。

東直子さんの「命の歌を読む」は、「冬の動物」を取り上げているが、その中で辺見じゅんさんの
 惜命と名づけし父の杖ありて 小春日の蝶とまらせてをり
という作品を取り上げて、「杖に名前をつけるとは粋な父だが、杖を使い始めたことで命が終わる日が近づいたと悟った切なさも滲む。寒い冬の小休止のような小春日に舞い出て陽射しを浴びる蝶が、杖の主の変わりに「宿命」の心を味わっているようである」と評している。
 辺見さんの父親というのは角川書店の創業者で国文学者・俳人でもあった角川源義(1917-1975)であり、このことを知っているかいないかで歌の理解がかなり変わってくる。多面的な個性の持ち主であった父親を偲ぶ歌の、個性を切り捨てて、より普遍的な性格を見出そうとしている論評である。

これからみようと思っている映画

1月13日(日)

 日曜日ごとに映画についての情報をインターネットで検索することにしている。年をとってくると体力が衰えてきて、大作は疲れるし、現実離れがしすぎたサイエンス・フィクションや暴力過多の映画はついていけない。ヒューマン・コメディが一番性に合うが、それだけ見るつもりもない。多少は、種類の違った映画も見ていきたい。比較的マイナーな作品に好みが集中する傾向があるので、参考になるかどうか。なれば幸いである。

 現在上映中の日本映画で一番気になっているのが、『バレンタイン一揆』である。バレンタイン・デーというとチョコレートが連想されるが、そのチョコレートの生産国では児童労働が当たり前のように行われている。その実態を知った日本の女子学生たちの取り組みを描くドキュメンタリー。渋谷のアップ・リンクで上映されている。ここではそういえば『一杯のコーヒーの真実』を見たことがある。上映時間がこちらの予定にかみ合ってくれるかどうか。
 
 『しんしんしん』はテキや=露天商の世界を描いた映画だそうで、『男はつらいよ』シリーズやマキノ雅弘の『牡丹と竜』(高橋英樹と和泉雅子、それに小林旭)などの昔の任侠映画とは違った切り口からの描写が期待できそうである。渋谷のユーロスペースで上映されているが、これまた上映時間が問題。『ももいろそらを』は横浜の映画館で上映されるまで待つつもりである。

 ということで、興味があり、比較的楽に見られそうなのはヒューマン・コメディをうたい文句にした外国映画の『シェフ~三ツ星レストランの舞台裏へようこそ~』あたりかなと思っている。

 1月19日から上映される予定のロード・ムービーだという『カラカラ』、人間ドラマだという『ザ・フューチャー』にも興味がある。1月26日公開予定の『人生、ブラボー!』も面白いかもしれないね。

 などと書いているが、実際に見るのはどの作品になるだろうか。それはこれからのお楽しみ。




よたろうさん

1月12日(土)

 よたろうさん

  みんな、愚か者が好きだが、
  息子にしたいと思うものはいない。
  ――アフリカのことわざ

よたろうさんはとうなすを売っても、
道具屋になっても、
婿養子に行っても、
うまくいかない。

大工仕事の腕は確かで、
棟梁にも気に入られたが、
家賃をためて、
道具をもっていかれた。

それでも、母親に孝行しているのを
お奉行様に認められ、
ご褒美を頂いた。

ご褒美のお金で、
飴売りを始めて、
時には失敗があったけれど、
街の片隅で、
穏やかに暮らした。

めでたし、めでたし。

イタリアの作曲家ガルッピ

1月11日(金)

 NHKラジオのまいにちイタリア語応用編は1月から関孝弘さん、マリアンジェラ・ラーゴさんのご夫妻による「Salotto Musicale~イタリア音楽への招待~」を放送している。これは2009年の10月から12月まで、また2010年の10月から2011年の3月まで放送されたものの再再放送で、それだけ人気のある番組であるようで、私がイタリア語を勉強しようと思ったきっかけになったのもこの番組である。

 2009年に退職した際に、自分のこれまでの仕事のまとめのために必要だと考えて、フランス語とラテン語の勉強を再開した。その一環としてラジオのまいにちフランス語を聴いていたのだが、終わった後に美しい音楽が聞こえてきた。それがこの番組との最初の出会いであった。

 音楽用語はたいていイタリア語であるし、ピアノやヴァイオリンのようにイタリアを発祥の地とする楽器も多いが、イタリアと音楽の関係については知らないことが多い。この番組はその関係について丁寧に説明してくれるし、それに紹介される音楽にも新鮮な感動を覚えた。音楽そのものにそれほど関心はないのだが、音楽を通じてイタリアの文化や社会についてより深く理解できるのがうれしい。語学番組を2つ連続して聴くのは学習上効果的であるとは言えそうもないが、ラジオ以外の学習機会を増やしていくことで補えるし、フランス語と違って完全に趣味で学んでいるわけで、愉しめばよいのだと自分に言い聞かせている。

 ただ、3回目となると、背景となる知識など自分でも調べるようになり、少しずつ不満も感じ始めている。それが新しい学習の動機づけになればよいのだが、果たしてどうなるか。

 本日は第2回目で、18世紀イタリアの作曲家バルダッサ―レ・ガルッピBaldassare Galuppi(1706-85)について取り上げた。ガルッピはモーツァルトよりも50年前に生まれたが、その透明感にあふれた作品はモーツァルトと共通するもので、ガルッピがモーツァルトに影響を及ぼしたのではないかと関さんは言う。彼は130曲のピアノソナタ、オペラ100編以上、教会音楽を残したという。関さんはピアニストだからピアノソナタと言いたいのかもしれないが、彼はピアノよりもチェンバロのために作曲していたようである。また、オペラと書いているが、厳密にはオペラ・ブッファ(コメディ・オペラ)と呼ばれる領域で活躍し、特に同じヴェネツィア出身の劇作家であり、台本作家であったカルロ・ゴルドーニCarlo Goldoni(1707-93)と協力して多くの傑作を残した。この点については番組で触れられなかった。

 実はガルッピよりもゴルドーニの方に興味がある。モリエールに影響を受けた喜劇を、ミドル・クラスがさらに台頭する新しい世相を背景に作り続けた彼の作品は日本でも翻訳されているし、舞台で上演されたこともある。また2012年の4月から9月まで放送された毎日イタリア語の入門編「アルレッキーノと旅に出よう!」(講師/大崎さやのさん)にはゴルドーニが登場していた。

 ゴルドーニが登場した番組ではガルッピに触れられず、ガルッピを取り上げた番組ではゴルドーニに触れられずというのでは、イタリア語とイタリア文化についての理解がなかなか深まらない。単に番組を聴くだけでなく、学習者の側の自覚的な努力も必要であることも改めて感じた次第である。

 

狂った果実

 「日活映画100年の青春」シリーズの中で、川島雄三の『幕末太陽傳』に続けて、中平康の『狂った果実』を見ると、どうしても見劣りがしてしまう。その後の日活映画に対して与えた影響の大きさからいえば、『狂った果実』の方が大きいので、これは奇妙なことである。影響ということでいえば、『狂った果実』の「非行青春映画」としての雰囲気や、その舞台としてのぎらぎらと光る夏の海の描写など、その後長く日活映画の基調の1つとなったものである。

 もう一つ奇妙なことは、監督の中平康がこのあとに作った『フランキーの牛乳屋』のなかで、自作のパロディを試みていることである。映画には四つ橋大学だか、八橋大学だか忘れてしまったが、怪しげな小説を書く大学生が登場し、へたくそな太陽族小説を書いている。

 いったい、『狂った果実』の方が本気で作った映画なのか、『フランキーの牛乳屋』の方に監督の本音が出ているのか、どうもよくわからない。両方ともそれなりの達成度を感じさせる作品ではあるが、才能を分散させたことが、その後の中平の停滞の原因になったのかもしれないと思うと、もったいないという気分にさせられる。

 書いている私の方も、どうまとめてよいのか分からないような混乱が見た後に残る作品である。

閉店時刻をめぐって

1月9日(水)

 本日放送されたNHKラジオまいにちフランス語の初級編「あなたにきっと起こること」(2011年に放送されたものの再放送)の第39回は閉店間際の店に飛び込んできた客と店員の対話を取り上げていた。興味深く思ったのは、18時に閉店するということが、18時から閉店の準備を始めるということでなくて、18時にはすっかり店が閉まっている状態になっているという意味であること、従って18時前から閉店の準備が始まっているということである。

 英国の地方都市でも似たような事情があって、17時閉店(かなり早い)というと16:15頃から店の掃除を始めている。アイルランドでも買い物をしようと思ったら、店はまだ開いているのに、閉店時刻を過ぎたから商品を売ることはできないと言われたことがある。程度の違いはあるが、ヨーロッパの少なからぬ国で(特に地方都市では)閉店時刻とはそうしたものであるらしい。ヨーロッパは日本に比べて緯度が高いから、夏は日照時間がより長く、冬はより短い、どちらに転んでもそれを有効に使おうという意識があるのかもしれない。もちろん、私が行ったことがないヨーロッパの国の方が多いからこれは仮説にすぎない。

 とはいうものの、より一般的に考えて、外国語の学習には生活習慣の理解も必要である。それは風土や文化の伝統、さらに倫理的な価値観とも結びついているはずである。

ロバート・ファン・ヒューリック『紅楼の悪夢』

1月8日(火)

 ロバート・ファン・ヒューリック『紅楼の悪夢』を読み終える。

 ヒューリックの判事ディー(狄仁傑)を主人公とするミステリ・シリーズに興味をもったのは、昨年5月に映画『王朝の陰謀 判事ディーと人体発火怪事件』を見てからであるからそれほど古い話ではない。この映画は一部で高く評価されたが、正直、それほど感心しなかった。それでも、オランダの外交官で東洋学者であった作者が中国を舞台として書いた小説の登場人物が中国人による映画の中で取り上げられたことには興味をもった。ヒューリックは日本にも赴任したことがあるが、中国の方が気に入っていたようである。

 狄仁傑(630-700)は実在の人物であり、則天武后(中国では武則天というようである)に諌言をしたことで知られる硬骨漢であった。だからヒューリックの小説がなくても、中国の映画でヒーローとして取り上げられる可能性はあるのである。また映画は、ヒューリックの原作に基づくものではなく、彼の小説の設定を延長して作られたものであったが、とにかく小説を読んでみようという気を起こしたのである。

 それで読んだのがハヤカワ・ミステリ所収の『東方の黄金』であり、以下同じシリーズの中から『江南の鐘』、『寅申の刻』(中編集)、『紫雲の怪』、『螺鈿の四季』、『水底の妖』、『沙蘭の迷路』、『白夫人の幻』と読んできて、これが9冊目で、どうやらこのシリーズの過半数の作品に達したことになる。

 酒場、賭場、娼館が集まる歓楽地の楽園島。部下の馬栄とともに都への出張旅行の帰途この地を訪れたディー判事が宿泊することになった部屋は、かつて自殺が相次いだ不吉な一室、紅色で室内を統一した通称・紅堂楼であった。突如美女が闖入したり、悪夢にうなされたり、判事の周辺で奇怪な事件が起きる。悪友の羅知事(この時代の中国では知事は判事を兼ねていた)から代理を頼まれたディーは事件の真相の解明に尽力する。

 シリーズ全体を通じて謎解きよりも、作品の中で描き出されている雰囲気の方に魅力を感じている。中国の公案小説が素材となっているというが、ヨーロッパの眼を通して描かれた中国の伝統社会の姿は歴史的な実際からは遠いのかもしれない。それでも登場人物の飲食の場面など生き生きとしていて、おいしい中国料理店を見つけるのが巧みだったという作者の特徴が生きている。なお、ヒューリックは日本の花柳界にも通じたプレイボーイでもあったという。中国の伝統的な社会にノスタルジックな愛着を寄せるように見せて、実は批判的な目が向けられていたりもする。それでもこのシリーズを読んで中国が嫌いになるという人はいないだろう。

 この作品で登場するディーの部下は女と酒に目がない馬栄だけであるが、シリーズにはもともとディーのじいやであった洪亮、謎を抱えた元軍人の喬泰、いかさま師あがりの陶侃という面々が登場する。旅行中の事件という設定はこのシリーズに時々見られるものであるが、馬栄の働きだけで事件の解決に至るということで、その性格も推測できるわけである。

 

幕末太陽傳

1月7日(月)

幕末太陽傳


 神保町シアターで「日活映画 100年の青春」から『幕末太陽傳』、引き続き『狂った果実』を見る。本日は『幕末太陽傳』について取り上げてみよう。

 時は1862(文久2)年、所は東海道第一の宿場である品川。時間的にも空間的にも境界に位置する設定のなかで、高杉晋作や久坂玄瑞らのイギリス公使館の焼き打ちという歴史的な事件と落語の『居残り佐平次』や『品川心中』の世界が交錯する。最後は落語の『お見立て』でしつこく墓のありかを訪ねる杢兵衛大尽から逃れて、墓地の向こうの海岸伝いに佐平次が走リ去る。佐平次はアメリカにわたって居残りをするというが、実現するだろうか。

 落語では器用でふてぶてしく脳天気な人物に描かれているが、この映画の佐平次はそれに加えて盛んに咳をする。胸の病気らしい。だが、自分で薬を調合したりしていつまでも生き続けようとする。ラスト・シーンにもその意気込みが表れている。難病に苦しみながらもダンディーに映画作りを続けた川島雄三の姿が部分的にせよ投影されていると見るべきではなかろうか。

 佐平次が居残りをする遊郭の相模屋には、ばくち好きの大工長兵衛の娘のおひさが借金の身代わりに女中奉公をしている。彼女は女郎になるよりも、幼馴染でこの店の道楽息子である徳三郎と駆け落ちをして結婚することを選び、佐平次に助力を頼む。その礼金十両は十年かかって払うという。佐平次の言うように、十年先のことは分からない。

 高杉晋作が同志たちのために居残りをしているという設定をどう評価するにせよ、高杉も久坂もこの後、長くは生きていなかったという歴史をわれわれは知っている。川島の意図は、明治維新やそのための志士の活動を賛美することではなかったように見える。もちろん、世の中のはかなさを嘆くという感傷も持ち合わせてはいない。それでは架空の人物である庶民の方はどうだろうか。志士たちが遊郭の払いを済ませ、焼き討ちに成功するのは実は佐平次の才覚あってこそである。その佐平次がおひさの懇願には心を許す。しかし、おひさが十両を払い終えるまでに世の中は変わり、貨幣制度は変わってしまったはずである。

 気になるのは徳三郎がおひさの足相を知ろうとすること。手相ならぬ足相へのこだわりは川島の『人も歩けば』にも見られた(他の作品にも見られるかもしれない)。確かではない世の中で、誰しも確かな手がかり足がかりを求めようとするだろうが、佐平次のように自分の腕を信じるべきなのではないか。

 高杉や久坂の命が短かっただけでなく、この映画の製作後10年を待たずに川島もこの世を去った。しかし、いつまでも生き続けると走り去って行った佐平次同様に、川島の映画魂は生きて走り続けているように思われる。

バオバブの木

1月6日(日)

 バオバブの木


  知識はバオバブの木のようなものだ:
  誰も一人で抱きかかえることはできない。
   アフリカのことわざより

この木は、
ぼくが生まれる前から
そびえていた。
ぼくのじいさんが
子どものころに、
既に大木だったそうだ。

この木には、
ずいぶんお世話になった。
木の実を食べたし、
油もとった。
葉っぱも食べられるし、
樹皮からロープをつくることもできる。
これからもお世話になるだろう。
木はぼくたちとともに生きている。

手を貸してくれ、
みんなで手をつないで、
この木の大きさを知ろう。
文明人たちは
大きいことはいいことだというらしい。
そんなうわついた大きさではない、
大きさがここにはある。

木の寿命は
ぼくたちより長いが、
ぼくたちはそれを知っている。
木の寿命と
大きさを
語り伝えることができる。

大きな木の
大きさを知ろう。

ベツレヘムの星(3)

1月5日(土)曇り

 1802年のことである。物理学者のラプラスがナポレオンに自著『天体力学』を献呈した時に、それを読んだナポレオンが「貴下の書物は天体の運動について論じていながら、神について書かれていないのではないか」と尋ねたのに対し、ラプラスは「私にはもはや、そのような仮説(神の存在)は必要としなかったのです」と答えたという。ナポレオンはサンシールの陸軍士官学校を(成績はよくなかったらしいが)卒業したので、一応理科系で、ラプラスの本をある程度までは読みこなすことができたのであろう。ラプラスの答えは颯爽としていて、科学史、思想史に残るような意味をもっている。しかし、私が書きたいのは別のことである。
 この逸話を書きとめたのが、その場に居合わせた天王星の発見者であるウィリアム・ハーシェル(1738-1822)であったというから役者がそろっている。もともとドイツのハノーヴァーの選帝侯に仕えていて、その後イングランドに移り住んだ。その彼が、フランスの出来事に顔を出しているところがなかなか凄い。
 もう10年ほど前になるが、ロンドン近郊の都市であるスラウにある中等学校を訪問したところ、校長室に写真が飾ってあって、この写真はウィリアム・ハーシェルの息子のジョン・ハーシェル(1792-1871)が撮影した写真を複製したものであるという説明を受けた。彼はスラウの生まれで父親同様天文学者として活躍したが、その一方で写真術の開発者の一人でもあった。天文学者としては、オリオン座のアルファ星=ペテルギウスが変光星であることを発見し、写真のネガ・ポジという呼び方を提案し、青写真を発明したのだそうである。父親がもともと音楽家だったことは既に書いたはずであるが、息子の方もなかなか多才な人であった。この学校の生徒たちがどのくらいこの写真を見るか分からないが、見ることによって様々な方向に世界が広がるのではないかと思う。
 アラン・ブラッドリーの『サンタクロースは雪のなか』というミステリを読んでいたら、「バックショー荘はスラウの町かどか知らないけど」(115ページ)という台詞があり、この町には2度出かけている(架空の地名ではありません)ことを思い出し、さらにハーシェル父子について思い出した次第である。

二等車の運命

1月4日(金) 二等車の運命 

 アガサ・クリスティの『殺人は容易だ』の主人公ルーク・フィッツ・ウィリアムがたまたま一等車のなかで乗り合わせた老婦人は「二等車が廃止されたのが残念ですわ」と言い、普段は三等車に乗っているのだが、今回は重要な用件でロンドンに出かけるので一等車を利用するのだという。この老婦人がロンドンで「事故死」することから物語が展開する。
 19世紀以来、英国では客車に一等車、二等車、三等車の区別が設けられ、一般に社会階層に対応するものと受け取られていた。それが二等車が廃止されたことにより、それまで二等車を利用した人々の間に混乱が起きたようである。そういえば、推理小説に二等車が登場する例をあまり見ない。私の知識が限られているだけなのかもしれないが、どうもそういう印象がある。
 この印象は『シャーロック・ホームズ』から受けたのかもしれない。ホームズには鉄道が盛んに登場するが、利用した客車の等級が示されている例を拾ってみると、「<シルヴァー・ブレーズ)号の失踪」で、ホームズとワトスンはエクセター行きの列車の一等車に乗る。「株式仲買店員」でも依頼人とともにバーミンガム行きの列車の一等車におさまる。「最後の事件」でもホームズは大陸連絡急行の一等車を予約している。モリアーティーは2人の上を行って臨時列車を仕立てて追いかけてくる。(そういえばドイルには「消えた臨時列車」という短編小説がある。)二人はカンタベリーで降りてモリアーティーをやり過ごす。現在のカンタベリーには東駅と西駅とがあるが、当時は駅は1つだったらしい。「ブルース・パーティントン設計書」で事故死するウリッジ工廠の職員キャドガン・ウェストは駅で三等の切符を買っている。「引退した絵の具屋」でワトスンは吝嗇漢の絵の具屋と地方に出かけるが、彼は三等で行くと言ってきかない。最後の例では二等を利用した可能性もないわけではないが、ホームズとワトスンは通常、一等を利用しているようである。これに対して三等車を利用するのは二人以外の人物である。二等車という言葉すら使われていない。
 クリスティは作品の数が多いので、また機会を改めて(時間をかけて)考察してみたいが、やはり一等車を利用する例が多いような気がしている。この客車の等級の問題は推理小説の社会的な性格を考える上で面白い手がかりになりそうである。
 なお、ホームズ物について、翻訳を厳密に選んでいないという手抜きをご容赦いただきたい。
 

風が強く吹いている

1月3日(木)晴れ後曇り

 1月2日、3日と近くの三ツ沢球技場に第91回全国高校サッカー選手権を見に出かけたので、箱根駅伝はTVで途中までしか見ていない。予選会から勝ち上がった日体大の優勝は、後から知った。選手1人1人がそれぞれの力を発揮した結果であろうが、特に山登りの5区と、山下りの6区の選手が起用に応えたことが大きかったのではないか。箱根駅伝を走るためには20キロを1時間前後で走る実力の選手を10人以上そろえることが必要であるが、その中で特定のコースに強いという個性も求められるのである。
 それで、三浦しをんさんの小説を映画化した『風が強く吹いている』を思いだした。映画を見た後で、原作小説も読んだ。現実には起こりそうもないような設定のストーリーではあるが(実際の駅伝では風が強く吹かない方が選手は走りやすいだろう)、それだけに純粋な感動を覚える。映画を見た後で書いた詩があるので、紹介したい。

 風が強く吹いている

10人がここにいる
同じ合宿寮にいるのが
不思議なほどに
一人ひとりが違った
10人がいる。

司法試験に通ったやつ
煙草の煙の中で発明に取り組むやつ
アフリカからの留学生
双子
元神童(惜しむらくは世間が狭すぎた)
クイズに夢中のやつ
漫画の山にうずもれているやつ
そして高校駅伝の選手だった2人

10人がたすきをつないで
箱根を走ろうとする
無謀な冒険に見えるが
可能だと信じるやつがいて、
たすき以前に
一人ひとりの
努力と夢がつながりはじめる。

記録が伸び、
本戦が近づく。

正月の箱根に 大手町に
風は強く吹くだろうか。

元好問に

 元好問に

五十歳はまだ年寄りではない
――と彼は歌った。
鏡を見るたびに
新しい顔に出逢う
衰えを認めるのが嫌な時は、
鏡を取り換えればよいのだ。
ライフワークの歴史の本は
書きかけたままで、
山の中の住まいを拡張する余裕もできない。
それなのにまた、街で仕事をしなければならない。

本当にしたいことがあるのに、
雑用と時間が二人三脚で邪魔をする。
元好問が歌った歳よりも
十歳以上も年をとり、
資料を散らかしながら、
勉強のまねごとを続けている。
時々、彼の国から
黄砂が飛んでくるが、
もっと確かなものは届かないのだろうか。

 
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