芦辺拓『殺人喜劇の13人』

9月15日(金)曇り

 芦辺拓『殺人喜劇の13人』(創元推理文庫)を読み終える。1989年に第1回の鮎川哲也賞を受賞した、作者の芦辺拓名義でのデビュー作である。その後、1990年に東京創元社から単行本として刊行、1998年に講談社文庫に収められ、2015年に東京創元社から創元推理文庫の1冊として発行された。なぜか、A書店の創元推理文庫のコーナーに平積みにされていたので、新刊だと思って買ってしまったが、そういえば、B書店ではそうなっていなかったと気がついたのは後の祭りであった。修業が足りない。おそらく、同じ作者の『名探偵・森江春策』(創元推理文庫)がそこそこ売れ行きが良いので、この際、在庫を一掃してしまおうといった本屋の思惑があったものと考えられる。(余計なことばかり考えている。)

 京都のD**大学のミニコミ&実験的文芸雑誌『オンザロック』の会員たちは、臼羽医院という小さな病院だった建物を1軒借り切って”泥濘(ぬかるみ)荘”と名付け、共同下宿としていた。ここで暮らすのは、”寝たきり老人”の異名を奉られた、この同好会の温厚なまとめ役・堂埜仁志、推理小説マニアで作家志望の十沼京一、バサバサ髪に薄アバタの南瓜面で少女マンガの愛読者である錆田敏郎、落語好き(実は漫才の方が好きであったことが後でわかる)でいつもひょうきんな役割を引き受けている小藤田久雄、一刀彫のような顔といかつい体躯の持ち主で大阪のキタにある全国紙の編集局で補助員のバイトをしている海淵武範、ギョロリとした目の毒舌家・蟻川曜司、性格まことに良好、『オンザロック』の良心といってもよいが、いささかアルコールの影響を受けやすい野木勇、映画マニアで古い映画を8ミリ(⁉)版で収集している瀬部順平、髪を七三に分けたお地蔵さんという感じで内気だが惚れっぽい須藤郁哉の9人である。(”泥濘荘”は2階建てで、錆田と海淵が1階に、残りの7人は2階に部屋をもっている。1階には医院だったときの名残の薬局、診察室、処置室、待合室、それに食堂と浴室・脱衣室がある。)

 『オンザロック』には彼らの他に、軽薄で長広舌の癖がある日疋佳景、キザではしこくて(そして何よりラッキーすぎる)加宮朋正、キャンパス有数の美少女水松みさと、十沼の恋人で背が高い堀場省子、大柄でセンシュアルな肢体の持ち主である乾美紀が加わっており、会員みんなのアイドルであるみさとを独り占めしているのが加宮、そして美紀は有川と日疋に思いを寄せられている。そしてもう一人、十沼の友人で彼が書く推理小説の(トリック、趣向のすべてをすぐに読み取るという意味ではありがたくない)読者である森江春策が客員執筆者である。一癖も二癖もある人物がそろっているだけでなく、その中での人間関係も入り組んでいて、事件が起こらないほうが不思議である。

 物語は198*年12月22日に、京都市上京区河原町今出川にある地下レストランで『オンザロック』のメンバーが忘年会を開いているところから始まる。ほとんどの顔ぶれがそろっているが、加宮は帰省のため新大阪19:57発の夜行寝台急行<彗星3号>に乗るといって不参加、海淵はアルバイトのために途中から退出、そして二次会で、十沼の自費出版短編探偵小説集の収録作品に込めた謎をすぐに読み取った森江は普通の座席急行を利用して、北の方にふと思い立った旅行に出かける。
 翌朝、この建物の三角屋根の望楼で錆田の縊死体が発見される。駆け付けた警察は自縊と判断するが、十沼はいくつかの点に不審を抱く。”泥濘荘”の他のメンバーや、知らせを聞いて集まってきた『オンザロック』の他の会員たちも同じ気持ちらしい。

 2部からなるこの小説のⅠは、探偵小説作家志望の十沼の手記という形で進行する。23日の夕方のニュースで<彗星3号>の車内から加宮の死体が発見されたと報じられる。そして次に・・・ サークルの面々が1人、1人と殺されてゆく。犯人は”泥濘荘”の中にいるのか? 堂埜は犯人は自分たちの仲間の中にはいないと信じ、警察は加宮が過激派の学生運動と接点をもっていたのではないかと疑う…。Ⅱで旅行から戻ってきた森江が事件の謎を解いていく…。

 1980年代のおそらくは前半の京都を舞台に、暗号や密室、時刻表トリックなど本格派の趣向が満載されたミステリーで、登場人物の描写を通じて、コミックや映画、笑芸についての作者の蘊奥が披露されることで読み応えが増している。小藤田の笑芸についての収集を見た「いかにも親玉らしい中年の刑事」が発する賞賛の言葉(⁉)などは、それだけでこの刑事の実力のほどを見せつけている。「ほォこりゃ砂川捨丸・中村春代の”お笑い金色夜叉〟か。あんたら若いから「出た手足に目鼻を付けるのやがな」なんて知らんやろ。なに知ってる? えらい!」(126ページ)

 作者は私より13歳年少だそうで、私より10年ほど後の京都の(実は1980年代になっても、母校とその周辺をうろうろしていた)様子が懐かしく感じられるところがある。四条河原町の駸々堂という本屋(私は、京都書院の方によく出かけたね)、まだ同志社も立命館もキャンパスが京都の市街地にあった時分の河原町今出川、「灼熱の京都御所内グラウンドでの体育実技」(28ページ、英会話の学校で一緒になった同志社の学生がそのつらさについて話していた。いまは大学設置基準が変わって、体育実技というのが必修から外されたようだが、この科目だけを考えると、国立大学のありがたさが身にしみてわかる。東急の目黒線で大岡山の東工大のグランドを目にされる方は私のこの言葉がよくわかるはずである。) そして京阪神と地方とをつなぐ寝台急行も懐かしい思い出ではある(特に、森江が乗ったらしい「きたぐに」はよく利用したね。) 難を言えば、梅棹忠夫の信奉者であったという錆田が残した『知的生産の技術』用品一式の「京大式カード」というのが梅棹の著書の浅読みに思えること。発見のカードは文献カードとは違うものだという梅棹の言葉がどのように受け止められていたかをめぐっては、疑問が残る。
 
 『殺人喜劇の13人』というのは、この小説の題名であるとともに、十沼の手記の題名であるということになっている。登場人物の性格設定は確かに喜劇的な要素を含んでいるが、物語の展開は必ずしも喜劇的であるとは言えない。登場人物も、殺人事件も過剰なのではないか、読者の想像にゆだねる部分がもっと多くてもよいのではないかという気がしないでもない。そのあたり、同じ文庫の『名探偵・森江春策』と比べて、作者の成長を確認するのも面白いのではないか。 
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阿藤玲『お人好しの放課後』

9月1日(金)晴れ後曇り

 8月30日、阿藤玲『お人好しの放課後』(創元推理文庫)を読む。

 「御出学園帰宅部の冒険」と副題がついている。
 語り手である佐々木幸弘は地元の御出(おいで)学園高校に進学する。「お祭り好きで、人はいいけど基本的に怠け者」の生徒が集まる「日和見で和を重んじるが、やる気なし」(11ページ)が(おそらくは影の)校風だという学校である。かなり「ゆるい」学校らしいが、不思議なことに”正式な帰宅部”という不可思議な部活動が認められている。「授業が終われば速やかに帰宅し、平均以上の成績をとり、かつ通学区域で何らかの社会奉仕活動をすること」(9ページ)が求められる、これならば同好会で好きなことをしている方が楽だと思われる。先輩の志野さんから思いがけず、「みんなと同じ」、「楽をしたい」と自分の思っていたのと反対の助言を受ける。決め台詞は「自由って楽じゃないから」(15ページ)である。志野さんから口を酸っぱくして止められたにもかかわらず、佐々木君は帰宅部に入る(若い時代にはありがちなことである)。

 通学路別にAとBに班分けされている帰宅部のB班には佐々木君の幼馴染で、彼とは正反対に社交的で前向きな立花美緒、これまた小学校からの腐れ縁が続いている広田益次(この名づけだけで即断するのは無理かもしれないが、この作者は井伏鱒二の愛読者ではあるまいか。この本の24ページにも井伏鱒二と<山椒魚>が登場する)、同じく「歩く女性週刊誌」と呼ばれる坂口敦、広田と坂口は『怪奇! DAYナイト』というテレビ番組が好きで、そのことからおっさん好きの美少女仁藤晶、彼女の従兄で美男子の誉れ高い仁藤聖とつながりができる。この2人も帰宅部になる。帰宅部の顧問の浅井先生によると、B班は7人ということだが、もう一人は誰だろうか(というのは読んでのお楽しみ。なんと帰宅部に顧問がいるだけでなく、浅井先生のほかにも顧問の先生がいるが、それも読んでのお楽しみ)。

 学園のある御出町には<小出君>というマスコットキャラクターが存在する。ある時、御出小学校が特別授業で、小出君人形を何体も作って、役場に寄贈し、それが御出小学校の通学路に置かれている。ところが、広田によると、その小出君人形が夜な夜な歩くという噂がある。広田はこのネタを『怪奇! DAYナイト』に持ち込むと張り切っている。すでに小出君人形の配置図を作成して、見せびらかしている。
 意外なことに、佐々木君は美緒から呼び出しを受け、彼女のクラスの水島ありすという生徒に引き合わされる。彼女は小出君人形が歩くという噂の真偽を気にしている。彼女の話では、実際に小出君人形が歩いているところを見たという他の女子生徒がいるという。

 ・・・というところから話が進展していくのが、この連作集の最初に置かれている「小出君、夜歩く。」 帰宅部員は地域でボランティア活動をすることになっていて、そこから商店街とのつながりができ、商店街の洋食店で、経営者の姉弟と同居している甥の幼稚園児の行動をめぐる「たたかうにんじん」、在学生で交通事故で2人のうちの1人が死んだ一卵性双生児をめぐり噂が飛び交う「左利きの月」、帰宅部B班のメンバーが商店街と学園のコラボイベント『OIDE商店街・秋の文化祭』の実行委員を任され、女子に人気の仁藤聖が委員であることから参加希望者が増え、実行委員会も拡大するが、いろいろなもめごとが起きる…という「お姫様たちの文化祭」、合わせて4編の短・中編が収められている。

 実は私もそうだったが、集団活動が苦手な人間というのはいるものである。私の場合は、むしろやたらはじけていたという記憶があるが、語り手はできるだけ、一人で自由な高校生活を送ろうと考えている。しかし思惑通りにいかないという集団のメカニズムのようなものの描き方は真に迫っている。さまざまなしがらみが、語り手をとらえる。本人の思うところとは別に周囲の人間の期待が別の自分を作り上げている。何か事件が起きると、問題解決能力を期待されて、関わることになる。特に美緒が放っておかない。いくら否定しても、語り手と美緒とは噂を立てられる。「自由って楽じゃないから」という先輩の言葉が、次第に実感されてくるのである。実際の高校生活の中で起こりそうな出来事と、起こりそうもできない出来事、実際に存在するような性格や特技の持ち主と、ちょっとあり得ない人物とが入り混じって、多少の謎が絡んで物語が進行する。連作のそれぞれが相関している。そういう構成力に非凡さを感じる。この作品は作者が出版社に持ち込んだものをいきなり文庫化したものだと解説されているが、なるほどと思う。

 とはいえ、いくら学園ミステリとはいえ、登場人物が多すぎて、その性格付けが十分に整理されているとは言えない一面がある。特に<美少女>が多すぎる。多いのは結構だが、それぞれの美しさを、描き分けてほしいというのは余計な注文であろうか。語り手を含めて主要な登場人物はまだ高校1年生であり、「解説」で佳多山大地さんが書いているように、帰宅部B班全員の個性がこの連作だけでは十分に発揮されているとは言えないので、(他にも理由はあるが)、続編が書き継がれることを期待するものである。

倉知淳『ほうかご探偵団』

7月4日(火)曇り

 倉知淳『ほうかご探偵団』(創元推理文庫)を読み終える。2004年、”大人にとびっきりの興奮を、子どもに未来の夢を〟といううたい文句のもとに一線級のミステリの書き手を集めて、講談社刊行されたシリーズ<ミステリーランド>の1冊の文庫化。

 僕(=藤原高時)は富士山の裾野にある小都市の、ごく普通の小学校の5年生。おっとりした気風の土地柄に加えて、のんびりした性格の生徒が多く、学校で”いじめ”の話は聞かない。特に彼の所属するクラスはわりに結束が固い。担任の山崎先生がおおっざっぱで、おまけに学級委員の神宮寺のリーダーシップがしょっちゅう空回りするから、その分、学究の構成員ひとりひとりがしっかりしなくちゃと思っているからかもしれない。

 ある日、その僕が登校すると、その神宮寺から話しかけられる。彼の机の上にもう使わなくなったたて笛が置かれている。その真ん中の細長い部分がどこかに行ってしまった状態にされている。神宮寺をはじめ、学級のみんなが騒ぎ立てるのは、この学級に立て続けに不思議な事件が起きているからである。先週の月曜日、みんなが描かされた富士山の絵を教室の後ろに貼り出してあったのが、その真ん中に貼られていた棟方君の図画がどこかに行ってしまっていた。そして水曜日、5年生が飼育当番になっているニワトリが姿を消した。「厳密に言えば、これは教室の中の事件とは言えないけど、クラスの女子が飼育係であり発見者でもあるので、クラスに関係していると考えても構わないだろう。」(23ページ) 飼育係は女子の成見沢めぐみと男子の三浦(ヤス)の2人なのだが、三浦がサッカーの練習に熱心で、仕事は成見沢一人が引き受けているのである。金曜日には神宮寺が「外国の戦争被災者の人たちに、毛布や医薬品を送ってあげたい」と募金用に作ったハリボテ招き猫が姿を消した。明けて月曜日には高時のリコーダーが部品を抜き取られていた。

 昼休み、どう考えても役に立ちそうもないものばかり、姿を消した(→盗まれた?)謎を考えていた高時に、同じクラスの龍之助がやって来る。彼には事件をめぐっての独自の推理があったのだが、それが当たっていないことを知ると、2人でこの事件を調べてみようと持ち掛けてくる。このおしゃべりで少し変わっている龍之介は、高時の一番の親友で、二人とも探偵小説が大好きだったことから仲良くなったのである。

 捜索を開始した2人は昼休みに、まず棟方(彼は絵の天才だということになっている)、次に神宮寺から話を聞く。さらに放課後に成見沢から話を聞こうとすると、彼女と仲のいい女子の学級委員である吉野明里がやってきて、話に加わる。さらに三浦(ヤス)が通りかかって、ニワトリの目撃情報を残してサッカーの練習に出かけていく。吉野は自分と成見沢の二人も仲間に入れてくれと頼んでくる。龍之助は承知して、仲間は4人になった。吉野にひそかに心を寄せる高時は胸をときめかせる。

 4人は、成見沢が第一発見者だという山崎先生のところに事情を聴きに出かける。先生の証言に嘘はなさそうで、事件の謎は深まる。教室に戻った4人は事件について話し合う。次々に、短期間のうちにものがなくなっている――ということは、同じ犯人の犯行と考える方が自然だという龍之介の推理に一同は同意する。さらに、4つの物を消して見せる理由、その動機をもつ人間が犯人であると、龍之介は推理する。あるいは、犯人が本当の目的は1つで、他の3つはカムフラージュかもしれない。4つの物の共通の特徴は何か。なかなか結論は出ない。

 捜索は4日にわたり、アッと驚く結末に至る。その結末を語る「解決編」が作品全体の3分の1近くの量をしめているのが異色である。事件はささやかなもの(途中で、町で起きた宝石泥棒事件が絡む??→シャーロック・ホームズの「青いガーネット」のような展開か??)であるが、4人ががやがやと話し合う中身は推理小説入門的な面白さをもつ。たとえば、この一連の事件が何かの暗号ではないかと考えて、その意味をさぐってみたりするが、解読できない…。

 静岡県出身だという作者自身の小学校時代の想いでが重なっているような学校生活の描き方に加え、登場人物の思考や行動が変に大人びているように思われ、現実感が今ひとつ感じられないのであるが、それぞれに個性的な登場人物の言動が魅力的である。その中で、語り手の高時が影の薄い存在に設定されているのも面白い。
 学校の裏で文具と駄菓子の店を出している吉田屋のおばば、保健室の先生だが、保健室にはいないでそこらを歩き回ってばかりいる仁美先生、同級生で1年生の妹の面倒をいろいろとみている豪史など多彩な人物がそれぞれ自分の見聞きしたことを話す。一見関係がないようでいて、それぞれに意味があったりする。結末は伏せておくが、果たして4つの事件が同一犯人の仕業かということは疑ってかかった方がいい。むしろ、その推理が強調され、すんなり受け入れられる方に謎が潜んでいる。
 終りの方で龍之介がいう「僕たちが連続消失事件を調べようとしたんだから、他にも同じようなことを考えるヤツがクラスにいても、おかしくはないだろう」(237ページ)というセリフ、また「探偵ごっこが出来て、楽しかったじゃないか」(245ページ)というセリフにこの作品の子どもたちに発信したメッセージが込められているように思われる。もちろん、大人にとっても読み応えのある読み物となっている。
 

田中啓文『浮世奉行と三悪人』

5月26日(金)雨のち曇り

 5月22日、田中啓文『浮世奉行と三悪人』(集英社文庫)を読み終える。文庫版の扉に「本書は「web集英社文庫」で2017年2月から5月まで連載された作品に、書き下ろしの「化け猫騒動の巻」を加えたオリジナル文庫です。」とある。ということは、文庫本ながら、この作者の最新作らしい。

 大塩平八郎の乱(1837)が起きてからまだ10年とは経っていない大坂の西横堀に近い浮世小路というまさに浮世の縮図のような一角で竹光屋という聞きなれない商売を営んでいる雀丸が物語の主人公である。もとは藤堂丸之助という武士で、先祖代々の職を継いで大阪弓矢奉行付き与力であったのが、ある事件が元で武士を辞め、器用な手先を生かして竹光作りの仕事を始めた。太平の世が続き、刀を手放したり、質入れしたりして当座の金策に充てる武士が少なくない。本物そっくりの竹光がつくれる雀丸の仕事は、繁盛とは言えないまでも、生計を立てるには十分である。父母はすでに亡く、祖母と2人暮らしであるが、この祖母というのが、豪放で傍若無人、しかもいまだに武家気質が抜けないという肥え太った老婆で、隅に置けない存在である。

 ある日、雀丸は大川端で3人の武士に取り囲まれ、脅しを受けている老人を、助ける。彼の家を探し当てた老人は大坂横町奉行の松本甲右衛門と名乗り、横町奉行の仕事を継いでくれないかと頼んでくる。まだ若いのでそんな仕事はできないという雀丸に、「機転と人望と度胸」が備わった雀丸以外に適任者はいないという。
 しかし、横町奉行とはどういう役職であるか。作者である田中さんは次のようにいう:
「本作に登場する「横町奉行」は、大坂町奉行に代わって民間の公事を即座に裁く有志の町人という設定ですが、これはもともと有明夏夫氏の「エレキ恐るべし」(『蔵屋敷の怪事件』収録)という短編に一瞬だけ登場する「裏町奉行」という存在が元になっちまう。この「裏町奉行」についていろいろ文献を調べ、大坂史の専門家の方にもおたずねしたのですが、どうしてもわかりません。有明氏の創作という可能性もあるのですが、ご本人が2002年に亡くなっておられるため現状ではこれ以上調べがつきません。そのため本作では「横町奉行」という名称にしておりますが、これは作者(田中)が勝手に名付けたものであることをお断りしておきます。」(358ページ)

 この書物の「解説」を担当している細谷正充氏が引き合いに出している田中さんの言葉によると:
「時代小説の役割の中で一番重要なのは、読者を、一時、現実を離れさせて、かつて日本に存在したある種の『空気』に浸らせてやることである。それが出来ていれば、その作品は8割方成功したといえるだろう」(363ページ)という。
 作中で松本甲右衛門lは言う:「この大坂は町人がおのれの手で作り上げ、守ってきた町や。江戸とちごうて、侍の数も少ないさかい、昔から、侍なにするものぞ、という気風がある。けど、近頃ではろくでもない侍が大坂にも増えてきた。そういう手合いが町人をいじめても、お上も見て見ぬふりや。」(40ページ) 大坂の町が本当に町人の町だったかどうかという歴史上の議論はさておいて、そんな雰囲気の中で、町人代表の「横町奉行」(浮世小路に住んでいるので「浮世奉行」と呼ばれるようになる)の活躍を、われわれは歓迎してもよいと思うのである。

 甲右衛門の頼みを辞退し続ける雀丸であるが、甲右衛門を脅していた3人の侍が藩主のものである名刀をこっそり質入れして茶屋への借金の返済に充てたのはよいが、その質が流れてしまった一件(横町奉行が質流れを当然だと裁定し、それが国許に知れて3人の侍は家禄を減らされるなどの処分を受け、何とか刀を取り返そうとする…)の顛末を描く「雀丸登場の巻」、親分の代参で住吉大社に脇差を奉納しようとやってきた江戸のやくざ者が3両という金が入った財布を拾い、落とし主に届けようとすると受け取らないというどこかで聞いたような話が贋金づくりの本拠を暴き出すという方向に発展する「三すくみ勢揃いの巻」、大坂の街の連続放火事件の犯人は化け猫だという噂に挑む「化け猫騒動の巻」の3つの事件を通じて、横町奉行の仕事を引き受けることを決心する。

 もともと奉行の仕事を助けてきた三悪人:悪徳商人の地雷屋蟇(ひき)五郎(ガマ)、女侠客の口縄の鬼御前(ヘビ)、ナメク寺とあだ名される貧乏寺の住職であるからくり好きの生臭坊主大尊和尚(ナメクジ)(ガマ、ヘビ、ナメクジで三すくみ)というそれぞれ表向きは煮ても焼いても食えそうもないはみ出し者に加えて、嘘八百を並べて酒席を明るくすることを業とするしゃべりの夢八といった個性的な面々が雀丸を助ける。同じ江戸時代の大阪を舞台とする『鍋奉行』シリーズにくらべると、町人の生活に関心が向けられ、登場人物が少なくなっている代わりにそれぞれの個性が強く打ち出されているところに特色がある。カバーには「新シリーズ」とあり、これからも続編が刊行されるらしい。楽しみである。

ジョン・ガスパード『秘密だらけの危険なトリック』

4月25日(火)晴れ、気温上昇

 4月22日、ジョン・ガスパード『秘密だらけの危険なトリック』(創元推理文庫)を読み終える。

 この作品のもともとの表題はBullet Catchで、銃から撃たれた弾丸を口で受け止めるというマジックである。「外套の奇術師」という名で知られたマジシャンのテリー・アレクサンダーは零落の果てにエクアドルでこのブレットキャッチを演じている時に死んだ。他殺であったか、事故であったか、謎が残っている。テリーの生涯を描く映画の製作が企画され、撮影中であるが、低予算の地味な映画で、そう簡単にヒットする可能性はない。しかし、主人公が撃たれて死ぬ場面で、それを演じていた主演俳優が本当に死んだら… テリーを演じている若手男優のジューク・ノースは誰かが本当に彼を殺そうとしているのではないかと不安を感じ、ハイスクールの同窓生であったマジシャンのイーライ・マークスに助けを求める。既に何人かのマジシャンにマジックのコーチを受けているが、イーライに同窓生のよしみでコーチをしながら、自分の身を守ってもらおうというのである。

 物語の語り手で主人公であるイーライは、ミネソタ州のミネアポリスで暮らしている(テリーの伝記映画は製作費が安くつくミネソタ州で撮影中なのである)。2年近く前に地方検事補である妻のデアドレが殺人課の刑事であるフレッドと不倫関係に陥ったために離婚、半年前には連続殺人事件の容疑者になり、担当であったフレッドに追い回された。いまは親代わりに自分を育ててくれたおじのマジックショップの3階に寝起きする生活。今のガールフレンドである”気の雑貨店”の経営者ミーガンとは”お休み期間”中。それだけでなく、目下、深刻な高所恐怖症に悩まされ、セラピーを受けている。

 ジェークに誘われてハイスクールの同窓会(厳密にいえば同期会)に出席したイーライはハイスクール時代の片思いの相手であったトリッシュに出会う。彼女は自分からイーライに近づいてきて、同じく同窓生のディラン・ラサールと結婚したという。「悪い男」に弱いとトリッシュはいうが、だとするとディランと結婚したことは、「悪い男の大当たり」を引いたことになるとイーライは思う。

 大騒ぎの翌朝、ハリーの店に出たイーライは、もとの妻の夫である殺人課の刑事フレッドの訪問を受ける。彼はディラン・ラサールが殺されたと告げる。ただの強盗事件ではない可能性があるという。
 ジェークが主演している映画の撮影現場に出かけたイーライは旅をしながら記事を書いているジャーナリストのクライヴ、スタンリー・キューブリック気取りの監督のウォルター、自分の脚本を切りさいなまれて不満たらたらの脚本家のスチュアート、以前に会ったことがあるメイク師のローレン、脚本家の元ガールフレンドで主演女優のノエル(役が付いてから、相手を次々にかえている)、プロデューサーのアーノルドらに出会う。皆一癖も二癖もある人物で、何かが起きても不思議はない雰囲気である。アーノルドは映画の結末を複数用意しているとまで言う。

 撮影現場に立ち会ううち、イーライは飛び入りだという仕事の依頼を受ける。指定された場所では予想していたようにパーティーが開かれていたわけではなくて、ハリー・ライム(映画『第三の男』でオーソン・ウェルズが演じた謎の男の名前)と名乗る男が待っていただけであった。彼はディランの事件に興味があるらしい。映画好きらしく、事件に関係する人物に彼がつけたニックネームはすべて映画がらみのものである。大抵のニックネームの由来はわかったが、ディランのことをフランシスと呼ぶのがどうもよくわからない。

 ディランの殺人事件の捜査と映画の撮影が進行する一方で、第2、第3の殺人事件が起きる。どれがどう関連しているのかもわかりにくい展開の中で、トリッシュのためにイーライは高所恐怖症にもかかわらず事件の真相に迫ろうとする。ディランの死亡している現場写真を見たイーライはあることに気付く。・・・ 殺人事件、あるいは未遂事件が絡み合って、誰がどのような動機で事件を起こしたのか、まったくわからない。警察と検事局よりも、「ハリー・ライム」の方が事件の核心をつかんでいるように見えるところが不気味である。これまでの経緯があるからイーライは警察が信頼できない。(そのため、余計な危険にさらされることになったりする。) 

 本当に銃から撃たれた弾丸を口で受け止めることができるわけがないのはわかり切ったことで、それを本当らしく見せるトリックが仕掛けられているのだが、それはマジシャンのみが知ることで、読者は仕掛けについて想像することしか許されない。ハリー・ライムがなぜディランを「フランシス」と呼ぶか、イーライが気付いたあることとはなにかは読んでのお楽しみ(ただ、『第三の男』のハリー・ライムが引き合いに出されることで、察しがつく方もいらっしゃるだろう)。事件の真相に迫っていく過程もさることながら、映画とマジックの話題満載で、マジックについての知識があまりないのを残念に思うほどであった。なお、解説によれば、作者ジョン・ガスパードには低予算映画の製作についての著書があるそうだから、ここで映画製作の様子が詳しく描き出されているのも当然であろう。これがシリーズ第2作だそうで、すでに刊行されている第1作『マジシャンは騙りを破る』(創元推理文庫)も探して読んでみたくなった。 
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