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東川篤哉『かがやき荘西荻探偵局』

7月25日(木)晴れ、暑し。

6月26日、東川篤哉『かがやき荘西荻探偵局』(新潮文庫)を読み終える。
 
 商事会社で経理を担当していたミステリ・マニアの推理オタク小野寺葵、31歳;家電量販店の販売部につとめていた茶髪ショート・ヘア、方言女子の占部美緒、30歳;銀行に勤めていた黒髪・ツインテールでいまだに高校の制服を着る趣味がある関礼菜、29歳。3人のアラサー女子は、それぞれに趣味が高じて職場にいづらくなり(あるいは追い出され)、就職先の寮やアパートも追い出され、アルバイトを掛け持ちして食つなぐ(というよりも、趣味をあきらめていないので、出費が多いのである)日々、最終的に西荻窪のかがやき荘という一軒家をシェアハウスして生活している。

 このかがやき荘の持主というのが、中央線沿線で絶大な権勢を誇る法界院財閥の会長である法界院法子、この家はもともと法界院家の別邸で彼女が女子大に通っていたころに住んでいたのを貸に出したのである。かがやき荘の3人が家賃を滞納しはじめたので、自分の遠い親戚にあたる成瀬啓介という29歳の人物を見習い秘書に登用して、家賃の取り立てに出向かせる。ところが、出かけようとするその朝、法界院邸の離れに居候していたこれまた法界院家の遠い親戚だという真柴晋作という人物が謎の死を遂げるという事件が起きる。3人組は名探偵である葵の力で事件を解決して、それで家賃と相殺してもらえればと言い出す。意外にも法子女史は3人の申し出を受け入れ、3人は捜査に取り掛かる…というのが第1話:「かがやきそうな女たちと法界院家殺人事件」である。

 ある夜、美緒が見つけて持ち帰った洗濯機が夜になると動きだして、ぞうきんを洗っているという事件が起きる。その一方で、法子夫人の家庭教師をしていた女性の住んでいるマンションの一室で、怪しげな男の死体が発見される。この殺人事件を解決したら、当月分の家賃をタダにするということになるが、実はこの2つの事件は…というのが第2話:「洗濯機は深夜に回る」である。

 法界院グループに属する広告社の女性社長の、父親が週末になると出かけていくが、母親に隠れて浮気をしているのではないかという疑惑を解明することを3人組が頼まれ、3人が尾行を開始するが・・・というのが第3話:「週末だけの秘密のミッション」である。第1話、第2話が殺人事件だったのに対して、第3話は日常の謎と言っていい話になる。この父親が自動車の中のラジオでプロ野球の交流戦のタイガースとライオンズの試合の実況を聞いていて、ライオンズが中村選手の本塁打で同点に追いついたものの、延長戦の結果惜敗したなどという細かい話が出てくる。あるいは作者はライオンズは好きではないが、(おかわり君というあだ名こそ出していないものの)中村選手が好きなのかもしれないなどと勝手な想像をかきたてられている(実は私がそうである)。

 第3話までは3人組が(時には成瀬の助けを借りて)事件を解決するのだが、今回は、事件の当事者になる。
 葵がアルバイト先のコンビニから帰る途中で、《西荻向上委員会》の活動に身を投じているという中年の紳士に声をかけられる。会の発行する雑誌の表紙を飾ってほしいというのである。「男性経験の極端に少ない」(345ページ)葵を毒牙にかけようとする結婚詐欺師のたくらみでは…と残る2人は心配して…ということで第4話:「委員会からきた男」のストーリーが展開する。これまで探偵役として活躍していた葵が今度は探偵される側にまわる。どこかで読んだような話(解説の香山二三郎さんはカトリーヌ・アルレーなんて余計なことを書いている)の展開ではあるが、これまでの3話で刷り込まれている登場人物の個性がその中にうまくはめ込まれている。

 「類稀(たぐいまれ)な探偵力と、信じがたいほどの詰めの甘さ」(217ページ)を持つ3人組の活躍は、どうもこれからも続きそうである。この作者の作品としては、瀬戸内海の島で起きた事件を女性探偵が解決する『館島』(創元推理文庫)を読んでいるが、ここではまた別の面白さが感じられた。余計なことを書いているといったが、香山さんの言うように、この短編集は順を追って読んだ方が面白いし、登場人物への理解も深まる。続編も既に出ているようなので、文庫本になったらまた読んでみるつもりであるし、この作者の代表作らしい『謎解きはディナーの後で』も読もうと思っている。

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エリー・アレグザンダー『ビール職人の醸造と推理』

3月30日(土)曇り

 9月28日、エリー・アレグザンダー『ビール職人の醸造と推理』(創元推理文庫)を読み終える。原題はDeath on Tapでそのまま訳せば「樽出しの死」ということになるだろうか。樽はもちろん、ビール樽である。

 アメリカ合衆国の北西の隅を形成するワシントン州の山のなかにあるレヴンワース(Leavenworth)はその中心部がドイツのバイエルン(バヴァリア)地方の村を模して建設されている、「アメリカ太平洋岸北西部のバイエルン地方」で、ビールづくりが盛んである。この町で一番のブルワリー(ビール醸造所)兼パブである<デア・ケラー>を経営するクラウス家の長男マックの嫁であるスローンがこの小説の語り手であり、主人公でもある。

 1970年代にドイツから移住してきたオットーとウルスラのクラウス夫妻はドイツ流の技術と長年の努力の結果、今日の地位を築き上げた(もともとこの地方はドイツ系の住民が多いのである)。孤児として、里親の家を渡り歩いて育ってきたスローンはその料理の腕を見込まれて、クラウス夫妻の長男であるマックと結婚した。それから15年間というもの、アレックスという息子も生まれ、幸せな日々が続いていたのだが、ある日、マックが彼女の事務所で雇ったばかりの23歳のウェイトレス(ヘイリー)と浮気をしている現場に出あう。

 10年前に買った家族のための家からマックを追い出し、彼女は外に出て働くことにする。マックの弟であるハンスの口利きで、町で新たに開業しようとしている<ニトロ>で働くことにする。<ニトロ>の経営者であるギャレット・ストロングは、シアトルでエンジニアとして働くかたわら、ビールの自家醸造(ホームブルーイング)を楽しんでいたという。レブンスワースに住んでいた彼の大叔母のテスが亡くなったことで、彼女の住まいを相続し、そこを改造して、この町で初めてのナノブルワリーを始めようとしているのである。大手のビール醸造業者に対して、地ビールの小規模な醸造業者をマイクロブルワリーと呼び、それよりもさらに小規模な醸造業者をナノブルワリーという。規模が小さい分、新しい味や原料を自由に試せるという利点があるのだそうだ。

 <ニトロ>の開店の日、事務室が荒らされて、何か書類が探されたという形跡があった。ギャレットは、それを警察に届けるなという。ホップ業者を自称するヴァンという男が、ホップを売り込みに来る。かれは<デア・ケラー>を知らないという。どこか、おかしい。
 開店の日には3種類のビールを用意した。シトラスの風味とホップの香りが豊かなパカーアップIPA、濃厚で甘みのあるブラックチェリー・スタウト、夏向きのライト・エールであるボトル・ブロンド(それぞれモデルはあるだろうが、実際に存在するビールではなさそうだ)。どれも好評である。店には、同業者たちもやってくる。まず<デア・ケラー>のクラウス一家。ブルーインズ・ブルーイングの経営者のブルーイン・マスターソンと醸造責任者のエディ、愛想のいいブルーインと、職人気質で不愛想なエディという対照的な組み合わせである。飲みすぎそうなブルーインをスローンがなだめていると、ヴァンがやってくる。彼が持ってきたホップを使ったビールを飲んでほしいとスローンがいうと、なぜかエディーがそれに反応する・・・。そこへマックが、あろうことか、ヘイルを連れてやってくる。ヘイルに対して、なぜか食って掛かるのはエディーである。どうやら騒ぎは収まったが…。

 翌日、<ニトロ>に出勤したスローンは、醸造所のタンクの中にエディーの死骸を見つける。彼女は、すぐにマイヤーズ警察署長に連絡を取る。署長は女性で、この町で育った「古顔」である。彼女は、醸造所の床に落ちていたライターを拾う。それはマックの持ち物であった。さらに、発酵槽から彼の指紋が見つかったし、犯行時のアリバイもない・・・ 彼の浮気を憎むスローンではあるが、自分の息子の父親が殺人犯だとは信じたくない…。幸い、この町の人々の大部分の気心は知れている。彼女はあちこちで事件の周辺を探る…。

 この後の展開は読者の想像にお任せするが、町の情報はすべて握っていないと気が済まない観光協会の運営者にして不動産屋というエイプリル・アブリン(彼女は町をすべてバイエルン風に改造する情熱に取りつかれているとともに、途方もない言いふらし屋である)がストーリーをかき回す一方で、マイヤーズ署長は手堅く捜査を進めていく様子である。様々なうわさが飛び交うが、偽の情報をわざと紛れ込ませる人物がいるかもしれない…。

 推理小説としてみた場合、登場人物、特にマックとヘイリーの性格と行動が十分に描きこまれているとはいえず、それが事件とうまくかみ合っているようには思えないのが欠点ではないか。しかし、それを補って余りあるのが、ビールづくりに関わる描写で、ホップが重要な役割を演じているところにこの作品の推理小説としての独自性が感じられる。「ホップの生産は太平洋北西部、特にヤキマ・ヴァレーのような太陽の降り注ぐ温暖な地域で急成長中のビジネスだ。クラフト・ビールが全国で絶大な人気を博すにつれ、ホップの需要は一気に高まった。・・・醸造業者が現在直面する一番大きな問題は、ホップの仕入れ先を確保することらしい。・・・大きなビール会社が人気の品種を抱え込んでいるため、小さな醸造業者が代表的なホップを仕入れるのはほぼ不可能な状況になっている。ホップの契約には将来数十年にわたるものもあり、そのせいでホップ不足が起き、新しい品種への需要が高まっている…(145-146ページ) 私が調べたところでは全米のホップの7割以上が、ワシントン州で生産されているようである。

 ビールの度数は5%か6%くらいだが、この作品中には10%というドッペルボックをはじめ、様々なビールが登場する(小説だから、そのままうのみにはできないにしても、欧米のビールが日本より多様性に富んでいることは事実である)。それにビールを使ったり、使わなかったりする、料理の工夫の描写も面白い。ビールのつまみは、軽いものというのが通年だが、軽いものであるからこその工夫もあるのである。
 私自身はというと、尿酸値を気にしてビールはほとんど飲まないようにしているのだが、それでも、ワシントン州には金とひまがあれば出かけてみたいという気を起こさせる小説である。作者はこんなことも付け加えている:「ヤキマ・ヴァレーのワイナリーは、賞も獲得する見事なワインの生産地として世界じゅうに知られている。…この地域には、50を超えるワイナリーとブドウ園があるが、職人が作るワインと、収穫祭や週末ごとのイベントなど、さまざまな催し物を求めて、世界各地から多くのワイン愛好家が訪れる。」(106ページ) 

市井豊『予告状ブラックorホワイト ご近所専門探偵物語』

2月27日(水)曇り

 2月26日、市井豊『予告状ブラックorホワイト ご近所専門探偵物語』(創元推理文庫)を読み終える。

 「ご当地探偵」を自称する九条清春の「活躍」を、彼の「秘書」である渡会透子の目を通して描いた短編集である。

 「生まれも育ちも川崎市である透子は、人材派遣会社の登録社員として、地元にある九条グループの子会社に勤めていた。」(13ページ) ある日、社内ですれ違った老紳士に「きみ、いい目をしているね」と褒められる。それが九条グループの会長であると知った彼女の頭の中は真っ白になる。彼女のまじめな(まじめすぎる!)性格と勤務ぶりを知った会長は、自分の孫息子の始めた仕事をサポートしてほしいと持ち掛ける。

 探偵の仕事が好きで、素人探偵として全国を走り回り、数々の知能犯と対決して難事件を解決してきた清春は、急に疲労を感じて、「もっと日常に即した、身辺調査や失せもの捜しなどのささやかな仕事がしたいと思うようになり・・・事務所を立ち上げ、地元密着型の探偵になった」(24ページ)という。能書きは立派なのだが、見たところでは彼の生活ぶりは怠惰そのもの、事務所とご本人のだらしのない様子を見た透子は、「一目見て、この男とは気が合わないと思った。」(11ページ、書き出しの一行)
 祖父の言葉によると誰に似たのかマイペース(方向性が違うだけで、祖父とよく似ている)という九条清春は、仕事を始めるつもりはなく、給料だけは払うから自宅で待機してくれなどと持ち掛けるが、根っからの仕事人間である透子がこの条件を受諾するわけはなく、暖簾に腕押しの努力を始める…と仕事のほうから彼らのところに舞い込んでくる。

 ご当地アイドルに届いた謎の予告状の意味をめぐる表題作「予告状ブラック・オア・ホワイト」は川崎駅前のラゾーナ川崎が主な舞台となる。親友に箱を預けられたが、その親友が急死したので、箱を開けずに中身を突き止めたいというおばあさんの依頼にこたえて謎の解明にあたる「桐江さんさんちの宝物」、地元出身のオリンピック選手の失踪事件をめぐる「嘘つきの町」はどこにでもありそうな商店街の日常の謎が取り上げられる。夢見ヶ崎動物公園のリスザルをめぐる騒動を描く「おかえりエーデルワイス」では再び、川崎市に実在する場所が舞台となる。最後に収録されている「絵馬に願いを」では、川崎大師平間寺に奉納した絵馬の紛失事件が描かれるが、寺とその門前の商店街が主な舞台となる。

 作者自身が「あとがき」で述べているように、もともと作者の地元川崎市をモデルに、架空の都市で起きた事件とその解決を描くシリーズとして構想していたのが、川崎への愛着が強く、実在の地名を使った作品に書き換えたのだという。多摩川沿いをよく走っているし、カワサキ・ハロウィンのパレードは毎年見ているという。作品中にはハロウィンは登場しないので、あるいは続編が書かれるかもしれない。5編を通じて、清春と透子は波長が合わない。「絵馬に願いを」の依頼者が透子を美人だといって、思いを寄せ始めているようだし、清春のほうは、平間寺の巫女(お寺に巫女さんでいいのかな?)の船見芽衣という女性の観察力が気に入るので、続編が書かれると、思いがけない展開があるかもしれないと期待させられる。

 無意識的にそうなったのか、意図的にそうしたのか、作者自身は語っていないからわからないが、この作品の舞台になっているのは、川崎市の川崎区と幸区だけであって、その他の部分は描かれていない。たしかに本来の川崎はこの2区に限定されると思うが、中原区やさらにその西北のほうの地域も取り上げてもよかった、武蔵小杉周辺や等々力グランドや国木田独歩の「忘れえぬ人々」の舞台である溝の口なども川崎市内に含まれていることも忘れてはならないとも思うのである。

 私はラゾーナ川崎と川崎大師には出かけたことがあり、夢見ヶ崎動物公園にも興味があるが、こちらは出かけたことがない。ラゾーナ川崎では、109シネマ川崎に以前はよく出かけたのだが、最近はご無沙汰している。そういえば、もっと昔はミスタウンといった時代の(現在の)チネチッタでよく映画を見た。という程度に、この作品の舞台となった場所にはなじみがあるので、楽しく読むことができた。ただ、清春のように甘党ではないので、川崎大師門前の名物とんとこ飴(265ページに登場)よりも、どこか適当な店を見つけて飲みたいという気持ちのほうが強い。作者は本来の川崎に思い入れが強いのだろうが、府中街道沿いにもう少し舞台を広げてもいいのではないかという気はする。 

田中啓文『えびかに合戦 浮世奉行と三悪人』

1月1日(火)晴れ

 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 正月ということで、何か特別の企画を組もうかとも思ったのですが、とくに思案も浮かばないので、いつも通りの新刊紹介で済ませることにしました。これはこれで、お楽しみいただけるのではないかと思います。

 12月25日、田中啓文『えびかに合戦 浮世奉行と三悪人』(集英社文庫)を読み終える。『浮世奉行と三悪人』、『俳諧でぼろ儲け 浮世奉行と三悪人』、『鴻池の猫合わせ 浮世奉行と三悪人』に続く、シリーズ第4作。

 大阪の浮世小路と呼ばれる、浮世の縮図のように様々な店や住まいが軒を連ねる狭い通りで、竹光屋を営む雀丸は、もとは藤堂丸之助という大阪弓矢奉行付き与力であったが、ある事情から城勤めを辞め、ついでに侍もやめてしまった。なぜか竹光作りの才があり、それを渡世の手段とすることにした。〔竹光屋という職業があったかどうかは定かではない。〕

 ところがある事情から(「ある事情から」が多いが、説明するのが面倒だから、こう書いているわけで、気になる方は、第1作『浮世奉行と三悪人』を読んでください)、「横町奉行」という仕事を引き継ぐことになる。「横町奉行」は「『職』といってもそれでお金をもらっているわけではないし、『奉行』と名はついているが町役や町年寄のようにお上から依頼された公職でもない。」(22ページ) 町人同士のもめ事をさばくのに、大阪の町奉行所の御沙汰を待つのでは時間がかかりすぎる。そこで、横町奉行という職が工夫された。人情の機微に通じ、利害に動じることのないような人物が、訴えの当事者双方の話を聞き、すぐに裁きを言い渡す。その祭壇に不服があっても文句を言うことは許されない。持ち込むほうもそれは承知の上でのことである。〔「横町奉行」という「職」が実在したかどうかは、定かではない。そういう「職」があっても不思議ではないと思わせるところが作者の腕の振るいどころであろう。〕
 時は幕末、激変の時代の少し前。以前ならば年配で経験豊かな人物が務めてきたこの職を、若い雀丸が務めることになったのは、変化への対応力を見込まれてのことらしい。浮世小路に住まいがあることから、「浮世奉行」と呼ぶ人も増えているようである。

 その横町、あるいは浮世奉行を助けるのが三悪人。廻船問屋の地雷屋蟇五郎(地雷屋というのは「児雷也」にかけた洒落であろう)、女侠客として一家を構える口縄の鬼御前、酒好き、発明好きの僧侶で要久寺(ヨウキュウジというのが正式の名だが、「かなめくじ」とも読める)の住職大尊和尚。それぞれ表向きは芳しくないが、実は正義の味方というわけである。蟇五郎が蛙、鬼御前が蛇、大尊和尚がナメクジで三すくみ。微妙な苦手意識の中で均衡が保たれている。
 この3人は雀丸が先代から引き継いだ補佐役であるが、このほかに「嘘つき」を生業とする夢八が神出鬼没の活躍を見せ、雀丸の「猫友」ということだが、それ以上の存在かもしれない武家娘の園、その父親で大坂東町奉行所の町方定町廻同心の皐月親兵衛(これまで、雀丸には好意を持ってこなかったのが、今回はいやに好意的な存在に変貌している、その代わりにその上役の八幡弓太郎が事件解明を妨害するわからずやの役で登場する)も要所要所で役割を演じる。そのほか、蘭方医の烏瓜諒太郎、駕籠かきの五郎蔵と又兵衛、浮世絵師の長谷川貞飯(さだめし)なども存在感のある登場人物である。さらに、雀丸を婿養子に迎えたいと目論む豪商鴻池善右衛門とその娘さき、雀丸の祖母の加似江も物語をややこしくしている。

 シリーズ第4作の今回は、「えびかに合戦の巻」、「犬雲・にゃん竜の巻」、「叩いてかぶって禅問答の巻」の3つのエピソードから構成されている。「えびかに合戦」では地雷屋、「犬雲・にゃん竜」では鬼御前、「禅問答」では大尊和尚と三悪人のそれぞれが事件にかかわる。

 「えびかに合戦」は、鴻池が蟇五郎の入れ知恵で、雀丸に大口の仕事を依頼し、自分の邸で仕事をさせて、雀丸とさきを結び付けようとする。ところが、雀丸の留守中に加似江(かに)がえびによく似た老婆とすれ違いざまにぶつかり、えびによく似た老婆が持っていた印籠を拾いあげたことから、人違いで誘拐される。これにはある大名家の御家騒動が絡んで・・・という話。御家騒動が絡むというのは弥次喜多道中記の歌舞伎版を思い出させるが、おとぎ話の「猿蟹合戦」を意識した題名から予想できるように、話の展開はのんびりしている。誘拐された加似江がわがまま・贅沢を並べて誘拐犯を困らせるところは、よくある話ではあるが、やはり面白い。問題の印籠に三つ鱗の紋が入っているというが、三つ鱗は鎌倉幕府の執権であった北条氏の家紋⇒小田原北条氏の家紋、この話では西条家となっているが、河内狭山の北条家が意識されていると思われ、そういう芸の細かいところも注目してよい。

 「犬雲・にゃん竜」は、「犬雲」、「にゃん竜」と名づけられ、この二刀が出会うと、凶事が起ると信じられてきた名工の手になる二振りの刀が数奇な運命を経て近づくという話が、一方は女侠客、他方は駿府城代配下の役人となった鬼御前とその双子の兄の出会いと重なって展開する。由井正雪が絡んだりして、物語の筋立ては伝奇的であるが、鬼御前と別の親分との縄張り争い、犬雲を相伝してきた剣術師範の浪人と彼を破って藩の剣術指南役となった武士との果し合い、仇討ちを志すという兄妹、清水次郎長一家などが絡んで、その運び方はかなり賑やかである。作者によると、林不忘の『丹下左膳』の「乾雲坤竜の巻」が参考になっているといい、乾雲、坤竜はこの小説に登場する刀剣のようであるが、それが「犬雲」、「にゃん竜」と変形してしまうあたり、『丹下左膳』のニヒルな感じとは違って、こちらはやはりどこかのんびりしている。

 「禅問答」は、葷酒山門にいるを許す、なんぼでも許すという大尊和尚のところに、仏教再生の情熱に燃えた仁王若という僧が問答にやってくる。ところが、和尚は用事が合って出かけた先で病気に倒れ、やむなく雀丸が代役を務めることになる・・・ 落語好きな方ならばすぐにわかるはずだが、東京落語の「こんにゃく問答」、上方落語の「餅屋問答」の田中版である。それに、なわばりをめぐるいざこざで鬼御前に敗れたやくざの親分の陰謀や、大名貸しの踏み倒しのためにつぶれてしまい、今は逼塞している商店の再興などの話がより合わさって、例によって複雑な展開となる。大尊和尚の弟子の万念、取り潰しにあった米問屋の丁稚の金太など子どもが活躍するのが微笑ましい。

「禅問答」に限らず、それぞれの篇が何らかの元ネタがあるのだが、それに田中流のほんわかしたアレンジが施され、またさらにほかの物語がより合わされて、物語が成立している。そういった混成の妙が物語の特徴になっている。「解説」でくまざわあかねさんが、作者の風貌を「優し気な八の字眉毛」(464ページ)と描き出しているが、そんな風貌の作者にふさわしい出来栄えになっている。  

永嶋恵美『一週間のしごと』

11月29日(木)晴れのち曇り

 11月28日、永嶋恵美『一週間のしごと』(創元推理文庫)を読み終える。その後、松尾由美『ニャン氏の童心』(創元推理文庫)を読み終える。2冊とも、11月23日に購入したので、読み終えるのに6日間かかったことになる。私の読書速度から言えば、かなり時間がかかったことになるが、その主な理由はこの『一週間のしごと』が入り組んだ語りになっていて、読み解くのに手間がかかったことによるものである。なお、この2冊のほかに、11月23日にはアリ・ブランドン『書店猫ハムレットのあいさつ』(創元推理文庫)も買っていて、これはまだ読み終えていない。読みはじめたら、かなり早く読み終えることができるのではないかと思っている。

 この作品は題名通り、登場人物たちが1週間のうちに遭遇した事件の経過を1日ずつたどっている。土曜日に彼らは事件に関わりはじめ、次の週の金曜日に事件が解決し、そして1か月後の土曜日に後日談が語られて、事件の全容がわかる仕組みである。
 高校入学直後、中高一貫の学校に高校から特待生として入学した開沢恭平は、クラスの中では浮いている存在であり、中学の時のカリキュラムの違いで内部生が部活や趣味的な課外活動に励んでいるあいだに、義務付けられている補習授業に出席しなければならない。外部生で男子生徒ではただ一人同じクラスの碓氷忍だけが気軽に話ができる相手である。父親が事故死したために、授業料免除の特権を得ようとこの学校に入学してきた恭平が勉強ができるだけが取り柄というタイプであるのに対し、それほどの勉強をせずにそれなりの成績を上げてきた忍は要領のよさに加えて、謎めいた部分をもつ生徒である。中学校時代のことはほとんど語りたがらないし、現在は年上の彼女と付き合っているので、「タダ飯」つきだなどという。校則の厳しい私立高校で禁止されていることを自慢気に打ち明けるのは、彼に心を許しているからであろうか。

 秋葉原に買い物に出かけた中学生の青柳克己は、見知らぬ男から18歳未満禁止のゲームを不正にコピーしたディスクを売りつけられる。残った小遣いの額を気にしながら総武線のホームを歩いていると、姉が通っている公立高校の制服を着た生徒とすれ違う。「こういっては何だが、いわゆる底辺校である。週末に制服で出かけるような奇特な生徒などいない。それで妙な気持がしたのだ。」(21ページ)

 克己の姉で高校生である菜加は友だちと映画を見るつもりで、渋谷にやってくる。ところがその友だちがカレシに呼び出されて、計画が変更になる。一人取り残された菜加が、うろうろしていると、若い女が「想像以上にすさまじい罵声」(24ページ)を自分の連れの子どもに浴びせかけているのに気づく。母親が子どもに背を向けて歩き出した途端に、子どもはそれとは反対方向に走り出していく。「やばいよ。迷子のパターンじゃん」(25ページ)と思った菜加は子どもに近づく。子どもは母親から「帰れ」と言われたといい、手には回数券をもっている。子どもは自分の家の位置をよく覚えていて、駅で降りた後の複雑な道を間違えずに通り抜けて帰りつく。ところが、菜加がふと、家の中をのぞくと、すさまじい散らかり方である。しかも家には誰もいない。菜加は子どもをいったん自分の家に連れて帰ることにした。ほとんど何も話さないその子どもを、那加はタロウと呼ぶことにする。夕方、いくらなんでも母親は帰ってきているだろうと、再び元の家に戻ってみると、やはり誰もいない。彼女はタロウを連れて自分の家に戻ることにする。

 第一章「土曜日に渋谷へ出かけ 見知らぬ子供を連れてきた」にはもう1つ、登場人物についての詳細が語られない、謎めいた一節が付け加えられている。年下の、学校に通っているらしい男のところにいる女性が、しきりに後悔している。男は女にしきりに飲み物を勧める。女は高校時代の親友だった女性のことを思い出す。飲んだ女は、気分が悪くなり「不意に、闇がやってきた。」(47ページ)

 夜が明けて日曜日の朝、菜加と克己とタロウが朝食を食べながらテレビを見ていると、世田谷で集団自殺事件が起きたというニュースが飛び込んでくる。事件があったのは、どうも昨日、菜加がタロウを連れて行った家らしい。すると、自殺者の中にはタロウの母親もいるのだろうか。菜加は隣の家に住む恭平に助けを求める。「あいつ、頭だけはいいんだから、絶対なんとかしてくれるはずだ」(51ページ)
 同じ年齢で幼馴染であるが、「まったく役に立たないものとか、むしろ処理に困るものばかりを拾ってくる」(54ページ)拾い癖をはじめとする「生意気と非常識が服を着ているような」(61ページ)菜加に悩まされ続けてきた恭平ではあるが、子どもを連れてきたとなると、これは誘拐罪になる恐れがあると、重い腰を上げる。克己は警察に届けようというが、極度の警察ぎらいの菜加はそれを拒み、恭平も警察を通さずに解決を図ろうと考える。こうして3人のティーンエージャーによるタロウの親戚探しが始まる…。 

 ところが恭平も克己も中間試験で手が離せない。と言って、方向音痴なうえに、他人の言うことをしっかりと聞かない菜加一人にタロウの家族を探させるのも 成功はおぼつかない。結局、途中から手伝うことになった恭平は、忍にアリバイつくりを依頼すると、彼は見事にやってのけるが、どうも忍には怪しげなところがある。
 忍の彼女である年上の女、克己にコピーディスクを売った若い男、怪しげな高校生、なぜこの物語に登場しているのかわからないような形で登場した男と一緒にいる女、そして彼女が唐突に思い出している高校時代の親友…それぞれが物語の進展の中で再び姿をあらわし、事件に何らかの形でかかわる。事件は集団自殺ではなく、殺人事件らしい。登場人物、特に菜加は言われたことをその通りにするというタイプではない。誤解や行き違いがしょっちゅう起きる。

 この作品は高校生(中学生も混じる)が探偵役を演じているし、事件は学校の外で起きているとはいえ、彼ら、特に恭平がどのようにして学校をごまかして探偵活動に取り組むかという学校側(特に養護教諭)との駆け引きが物語の展開の中で大きな比重を占めているから、広い意味で学園ものに分類されてよかろう。光原百合さんが解説で書いているように、この作品は2005年に単行本で出版されたとは言うものの、「児童虐待や集団自殺などこの本に登場するモチーフは、残念ながら昔話にはなっていない。むしろ、現在のほうが先鋭化した問題になっているかもしれない。」(370ページ) 若者を取り巻く現状についての作者自身の認識の反映なのか、登場人物たちの学校や教師に対する態度は冷淡である。菜加がタロウを連れて逃げ込んだ母校である中学校の用務員の渡辺さんだけが、登場人物によって親近感を寄せられている人物である。自分の行動を常に監視しているように思われた(実際にその通りなのだが)養護教諭が自分の味方であったと知って、恭平は最後に彼女に心を開くのだが、それでも彼女の名前は読者にわからないままである。

 探偵小説はもともと、犯罪捜査には素人であるはずの部外者が専門の警察関係者よりも優れた推理力を発揮して事件を解決に導くというありそうもない設定を楽しむ領域であったのだが、次第次第に現実の犯罪捜査についての理解が読者の中に浸透して、警察小説の要素が強くなってきたのは、御承知のとおりである。とくに学園物の場合は、事件の性質にもよるが、捜査に関係するのが人生にも犯罪にも(まあ当たり前だが)未熟な若者=学生・生徒であるから、素人と専門家の優劣はかなりはっきりしている。だから読者としては余計にハラハラドキドキするのである。事件が解決した後に恭平は、警察からも親からも、学校からも、早く警察に相談しなかったことをめぐり厳しく説諭を受ける(説諭の相手が間違っているのではないかという気がしないでもない)。しかし、そのあたりのことを忘れて、物語の展開を楽しむのがいいのではないかというのも事実である。光原百合さんはこの作品のシリーズ化を望むと解説で書いているが、作品の最後で、また新しいものを拾ったと話しはじめようとする菜加を、恭平は必死にとどめる。そこには、シリーズ化を拒否しようとする作者の意志が見え隠れしていると読むこともできる。
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