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森林公園行きの電車に乗った

1月18日(土)雨が降ったりやんだり、東京ではみぞれが降っていた。

森林公園行きの電車に乗った

森林公園行きの電車に乗った
この特急電車に
始発から終点まで
元町・中華街から森林公園まで
ずっとずっと乗り続ける乗客は
たぶん いないだろう
運転士さんだって
途中で交代するのかもしれない

終点を目指しずっと走り続ける
愚直さを嘲笑してはいけない
目的に向かい、時間通りに
走り続けることを軽く見てはいけない

我々乗客は、走り続ける電車を横目で見ながら
途中で乗車し、下車し、乗り換え、乗り継ぎ、
せわしなく集まり、散り、
あわただしく職場に向かい、用談に赴き、
学校に向かい、遊びに出掛け、
病院に通い、家に帰る。

一度くらいはのんびりと
目的を持たずに始発から終点まで電車に乗り続ける
ちょっとした旅をしたいものだ。
その目的のなさを電車に嘲笑されてもいいから、
機械よりもおっとりとした
人間の生き方を試みてみたいものだ。

 本日は順番としては、ルーカーヌス『内乱――パルサリア――」を掲載する日ですが、東京の神楽坂まで別府葉子さんのシャンソン・ライヴ(ピアノは江口純子さん)を聴きに出かけたために、予定を変更して、飯田橋までの電車の中で思いついた詩を掲載します。
 今年友人から届いた年賀状の中に、もっと詩と映画の紹介・批評を多くしてくれというブログへの注文があったのですが、詩は霊感がわかないと書けないので、私としてできるのは、霊感がわきそうな経験をもっと多く設けるように努力するということです。映画のほうは、1本でも多く、できるだけ新しい映画を見て、作家や作品とのより刺激的な接点が作れるように努力したいと思っております。
 コンサートの感想については、21日付の「日記抄」に書きたいと考えております。
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蘇舜欽「暑中閑詠」戯訳

8月21日(水)曇り

暑中閑詠(蘇舜欽)

嘉果浮沈酒半醺
牀頭書冊乱紛紛
北軒涼吹開疎竹
臥看青天行白雲

水に浸した果物は なかなか冷えず浮き沈み
酒を飲むにもまだ日は高い
昼寝に敷いた床まわり 本を読みかけ読み散らし
結局辺りは 本だらけ
幸い北から涼しい風が 吹き抜けてくる 吹き抜ける
何本もない竹の間を
ああ、寝っ転がって空を見よう 青い空
白い雲見て 時過ごす

 蘇舜欽(1008‐1048)は北宋の詩人。官に就いたが公金を使用して宴会を開いたと訴えるものがいて、蘇州に退き、4万銭で古い別荘を購入して、亭を建て、滄浪亭と名づけた。「滄浪」という語は、戦国時代の楚の詩人屈原の「漁夫の辞」に基づく。この建物と庭園は現存していて、江蘇州蘇州市の名所になっている。

 夏の暑い日をどのように過ごすか、この詩の描いている作者の姿は何となく私に似ているようにも思えるが、インターネットでその画像を見ることができる滄浪亭と、わが陋屋とでは隔たりがありすぎる!
 私の尊敬する詩人のひとりである加島祥造が中国の隠者というのは、日本の隠者に比べてずっと肉食系でたくましいというようなことを書いていたが、確かにそうかもしれない。美しい顔で楊貴妃豚を食い――という川柳もある。もっとも、現今では(私を含め)日本人も豚を平気で食べるようになってはいるのだが…。

 今日は少し、しのぎやすいようですが、まだまだ残暑厳しい折、御自愛ください。

6月31日

7月7日(日/七夕)雨が降ったりやんだり

 6月31日
腕時計の日付を
直し忘れていたので
6月31日という
ないはずの日を迎えることになった

すぐに直せばいいと
思うかもしれないが
「ないはずの日」を楽しむのも
悪くはない

7月のうちに
もう一つ年をとるのが
分かっているから

残り少ない
日々のうちに
「若さ」を楽しんでおきたいのだ

 7月1日に掲載したほうがよかったかもしれませんが、記事の配分の都合で本日掲載することになりました。あと1週間のうちに1歳年をとることになります。
 昨夜は、パソコンをいじっているうちに眠ってしまい、皆様のブログを訪問する時間がとれませんでした。どうも最近は、そういうことが増えてきたようで、やはり年をとったのだなぁと思います。失礼の段、ご容赦のほどを。
 それでも、皆様から頂いた拍手の数が37,000をこえました。これからも自分なりに頑張っていきたいと思いますので、よろしくお願いします。

陶淵明「園田の居に帰る五首」より第三首 戯訳

5月22日(水)晴れ

種豆南山下 草盛豆苗稀
晨興理荒穢 帶月荷鋤歸
道狹草木長 夕露沾我衣
衣沾不足惜 但使願無違

豆を南山の下(ふもと)に種(う)えしが
草盛んなれば 豆の苗稀なり
晨(よあけ)に興(お)き 荒穢理(たがや)し
月を帶(つ)れ 鋤を担いて帰る
道狭く 草木長(の)び 夕露わが衣を沾(ぬ)らす
衣の沾(ぬ)るるは 惜しむに足らず
ただ願をして違(たが)うこと無からしめよ

山のふもとに 畑を作り
豆をまいたが 雑草茂る
朝早くから やせ土相手
月を仰いで 夜帰る
草木で狭い道すがら
夜露で着物が濡れかかる
着物が濡れても仕方がないが
ぜひとも成就しておくれ
畑で生きる わが願い

 5月8日に出井康裕『移民クライシス』の紹介・論評を終え、水曜日は新しい記事を掲載するつもりだったが、15日は研究会の予定があったので、陶淵明の詩の戯訳でお茶を濁すこととなった。本日こそは、新しい記事を書こうと思っていたのだが、19日の月曜日、20日の火曜日と体調を崩し、まだ本調子が戻らないので、先週に引き続き、陶淵明の作品を取り上げて日本語訳を試みた。幸い、体調も良くなってきてはいるので、来週は新しい取り組みができるだろうと思う。

陶淵明「『山海経』を読む」戯訳

5月15日(水)曇りのち晴れ

 我が家の書架から竹内実・萩野脩二『閑適のうた 中華愛誦詩選』(中公新書)を引っ張り出してきて、その中の陶淵明「『山海経』を読む」13首中の第1首を戯訳してみた。孟夏は太陰暦の4月であるが、現在の暦に直すと、5月の今頃になるはずで、季節のうたとしてふさわしいと思い、取り上げてみた。詩の中に登場する『山海経(せんがいきょう)』は空想の地理書であり、中国古代の神話・伝説が盛り込まれていて、中国周辺部の記事には奇怪なものが多い(平凡社ライブラリに収められているので、日本語で読むことができる)。本のなかでも触れられているが、陶淵明が読んだ本には郭璞(かくはく)という人が描いた絵もついていたようである。また詩の中には、『周王の伝』という書名も見られ、これは一般に『穆天子伝』と呼ばれる周の穆王に仮託した空想旅行記である。どうも陶淵明は、今でいうとSF小説やマンガのようなものを読むのが好きだったらしい。そう考えると、彼に親しみがわいてくる。

  讀山海経
孟夏草木長 遶屋樹扶疏
衆鳥欣有托 吾亦愛吾廬
既耕亦已種 時還讀我書
窮巷隔深轍 頗廻故人車
歡言酌春酒 摘我園中蔬
微雨從東來 好風與之倶
汎覽周王傳 流觀山海圖
俯仰終宇宙 不樂復何如

孟夏草木長(の)び 屋を遶(めぐ)りて樹扶(しげ)りに疏(しげ)る
衆鳥托あるを欣(よろこ)び 吾もまた吾廬を愛す
既に耕し已(すで)に種まく 時に還(また)わが書を読む
窮巷深轍を隔(とおざ)くるも 頗(なかなか)に故人の車は廻(たず)ねしむ
歓言し春酒を酌み わが園中の蔬摘む
微雨東より来たり こうふうこれに倶(ともな)う
周王の伝汎(あまねく)覧(み) 山海の図流観す
俯仰に宇宙を終(きわ)む 楽しまずして また何如(いかん)ぞや

初夏の草木は元気よく 我が家を囲み生い茂る
小鳥喜び巣をつくる そんな我が家が大好きだ
終わった終った農作業 本棚の本さあ読むぞ
就職促す便りなく 旧友だけが訪れる
一緒に春の酒を飲み 畑の野菜を口にする
東から降る小ぬか雨 付き添う風の心地よさ
空想旅行記読みふけり SFマンガに目を通す
宇宙の果てまで旅行して こんな楽しいことはない

 本日は、研究会のため、夜外出するので、皆様のブログを訪問できません。あしからずご了承ください。
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