繋がれた小舟のように

6月23日(金)晴れ、気温上昇

繋がれた小舟のように
 元好問「内郷の県斎にて事を書す」による

夜更けに、一人 役所に残る
仕事の残りを片付けるというよりも
物思いにふける
さまざまな思いが
煙のように心のなかに燻る

役所全体 仕事は滞り
住民の暮らしは苦しいままだ
政府は国防というが
補給すべき食糧も調達できない

住み着いている鼠さえ
腹を減らした様子で
こちらの様子をうかがうありさまだ
何に驚いたのだろうか
夜だというのに
烏の鳴き声が聞こえる

わがご先祖は
わたし同様に
地方の役人だったそうだが
こんな暮らしに見切りをつけて
小舟でどこへともなく去っていったという

他人の期待に応えることもできず
自分の思いのままに生きることもできず
わたしの小舟はまだ繋がれたままだ
スポンサーサイト

ジュゲム

6月13日(火)朝のうち曇り、昼前から雨が降り出す

ジュゲム

Je t'aimeじゃない
寿限無
ジュゲムジュゲムゴコウノスウリキレ…
まだまだ続く
落語に出てくる 長い名前

ジュゲムは寿限無
ゴコウは五劫
劫というのは訳が分からないほど長い時間で
それが五つだからもっともっと長い時間
スウリキレは擦り切れだとも、数理きれずという意味だともいう

新しく生まれた赤ん坊に
名前を付けようと
父親が和尚さんに相談する
和尚さんは寺にあるお経やそのほかの本を探して
いろいろな名前を提案する
子どもが長生きするように
縁起のいい名前を全部つけてしまいましょう
そうして子どもは長い名前をもつようになった

寿限無が少し大きくなって
喧嘩をしては相手の子どもを殴って
こぶができる
子どもが寿限無に殴られたと文句を言っているうちに
名前が長くてこぶが消えてしまったという
お噺

親の子どもへの愛情は
時々暴走する
江戸時代は子どもも多かったが
その一方で子どもの多くが短命だった
長い名前に長生きの願いを託したことを
笑うわけにはいかない

子どもの数が減ってきただけでなく
その少なくなったなかで
将来は暗いと思っている子どもが多いという
改めて寿限無を思い出し
笑いをとりもどして
将来のことを考えよう

うしろ姿

6月2日(金)晴れ、気温上昇

後ろ姿

だらだらと続く
坂道がひとまず落ち着いたところにある
バス停に降りて
歩いてきたらしい
君の後ろ姿を見かけた

買い物袋を手に下げ
しっかりとした足取りで
背の高い君が
これからまた上がって行く坂道を
ゆっくりと遠ざかっていく

まだまだ仕事も抱えているし
家事も時に分担しているらしい
たくましく忙しく過ごしている君だが
後ろ姿にはやはり
老いが追いついてきている

自分の後ろ姿は自分には見えない
そんな思いに駆られて
自分を見つめなおす
あるいはすでに
老いに追い越されているかもしれない
自分自身について考える

神奈川の宿

5月12日(金)晴れのち曇り

神奈川の宿

五十三次の
神奈川の宿を描いた
広重の絵によれば
道端の茶店の向こうは
すぐに海だった

弥次喜多は
茶店の娘をからかった報いで
腐った魚を食べさせられたが、
眺めはなかなかよくて
安房、上総が遠望できた

60年ほどの昔
私の子ども時代にも
もう少し高いところからだと
安房、上総が見えたものだ
埋め立てと高層建築の建設が
海を遠くに引き離し
遠くが見えない都会を作り上げた
60年の変化は
その前120年の変化よりもはるかに大きかった

広重も
弥次喜多も想像できない
街並みを通り抜ける
知識という散文的なものの
助けだけを借りて
旧東海道の
神奈川の宿を通り抜ける

詩の魂は突然の来訪者

5月5日(金)晴れ

詩の魂は突然の訪問者

君は突然の訪問者
やってくるなり
私の背中をひっぱたいて
笑いながら去って行くかと思うと
私の傍らで
何も言わずに
泣いていたりする

君と向き合っていると
自分が愚かに思えたり
急に賢くなったと思ったり
恐怖におびえたり
その恐怖を克服する勇気をもらったりする

君の言葉の中で
あらゆる哲学が
無意味に聞こえる
ストアの哲学も
エピクロスの哲学も

詩の魂は気まぐれな
突然の来訪者
待っていても来ないし
待っていないときに来ることもある
どうやってその機嫌をとるか
たぶん誰にも分らないだろう
プロフィール

tangmianlaoren

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR