放浪記

7月9日(日)晴れ、暑し

 神保町シアターの開館10周年特別企画「神保町シアター総選挙2017」の中の特集「女優・高峰秀子」より『放浪記』(1962、宝塚映画、成瀬巳喜男監督)と『細雪』(1950、新東宝、阿部豊監督)の2作を見る。このところ、映画批評を書いていないので、『放浪記』を取り上げることにする。この「総選挙」で上映される34作品のうち、成瀬巳喜男の監督作は『流れる』、『あらくれ』、『放浪記』、『晩菊』、『驟雨」、『妻の心』、『女が階段を上る時』、『浮雲』と8本、高峰秀子の出演作は『流れる』、『細雪』、『あらくれ』、『無法松の一生』、『放浪記』、『妻の心』、『女が階段を上る時』、『浮雲』と8本、このうち6本が重なっている。神保町シアターには成瀬巳喜男監督、高峰秀子出演の映画がよく似合うといってもいいのではないかと思う。『放浪記』を取り上げる理由の1つは、成瀬=高峰コンビに対する興味であるが、それ以上に私は詩人としての林芙美子(1903-1951)が好きだし、小説作品として『放浪記』もよく読んできたということがある。(『放浪記』のほかに『浮雲』も芙美子の原作に基づいているのはご承知だと思うが、『晩菊』も芙美子の短編を原作とする映画、このほかの上映作品で千葉泰樹監督の『下町(ダウンタウン)』も芙美子の原作の映画化である。)

 『放浪記』は昭和5年(1930)に発表された林芙美子の出世作で、昭和10年(1935)に、木村荘十二監督、昭和29年(1954)に久松静児監督によって映画化されたそうである。この映画は林芙美子の小説『放浪記』だけでなく、芙美子の仲間の1人であった菊田一夫(1908-1973)による舞台化をも原作としている。その後、森光子が出演記録を樹立することになった舞台劇である。それで、芙美子の伝記的な事実を付け加えた部分もあるようだし、最後の方で作家として成功を収めた後の彼女の姿も描いている。ただ、登場人物の名前は実名を変えてあり、友谷静栄が日夏京子になっているくらいだから、モデルの詮索はご無用ということであろう。その中で、南天堂という実在の書店名が出てくるのがかえってご愛嬌になっている。
 行商人の子どもとして幼いころから各地を転々と放浪した芙美子の人生、同じく丁稚奉公をしたり、苦学を続けて劇作家として成功した菊田一夫の人生、さらに子役からたたき上げて大女優になっていった高峰秀子の人生は、それぞれの子どものころからの苦労という点で、重なり合うところがあるようである。作品中には、芙美子の文章の高峰によるナレーションがしばしば挿入されていて、高峰が芙美子の生き方をどのように受け止めていたかを知るもう一つの手がかりとなっている。

 映画は芙美子(映画ではふみ子)の少女時代を描いた後、彼女が上京して母親(田中絹代)と行商をしながら生活するが、母親を義理の父親の許に帰し、セルロイド工場で働いたり、カフェの女給をしたりしながら、初めのうちは詩や童話を書き、その後は小説を書き続けて、理解者を得て、成功していく過程を、俳優兼詩人の伊達晴彦(仲谷昇)、作家志望の福池貢(宝田明)との出会いと別れ、伊達の最初の妻でその後またよりを戻すが、文学仲間の白坂五郎(伊藤雄之助)のもとに走る日夏京子(草笛光子)との、男関係と文学の両方での張り合いなどを交えて描き出す。貧乏の中で創作に励む様子が、衣食住をめぐる細かい描写に支えられている一方で、登場人物の人間関係だけが前面に出て、社会や文学の動きがいま一つ見えにくいという欠点はあるかもしれない。

 おもしろいのは1954年の映画化の出演者であった伊藤雄之助と多々良純が役柄は違うがこの映画化でも出演していること、この作品に端役(カフェの女給の1人)で出ている林美智子が1964年から1965年にかけて放映されたNHKの朝ドラ『うず潮』で林芙美子の役を演じたことである。菊田一夫が林芙美子と知り合いであったということを含めて、人間の縁のつながりということを考えさせる。

 映画の中で、芙美子が自分は赤旗系は嫌いだと言っている場面があって、実際に大正の終わりから昭和の初めにかけてのアナーキストと共産党系の文学者の対立の中で、芙美子は岡本潤、小野十三郎、高橋新吉、辻潤、壷井繁治、平林たい子といった詩人たちとともにアナーキスト系に属していた。根っからの貧乏人で、底辺で苦労を重ねた彼女が、頭の中での思索から社会主義へと向かった中野重治や中条(宮本)百合子らの文学の方向に反感をもっていたのは、なんとなくわかる。すでに指摘したことであるが、成瀬の細かい生活描写がそのような林の文学のありようの証言となっている。
 
 その一方で、原作を読めばわかるように、林芙美子は上京後、東京を離れたり、あちこちを『放浪』しているのだが、映画ではその範囲は東京の中でとどまっている。原作には、直江津にあったいかやという旅館が出てきたりして、その放浪の様が生々しく描き出されているのだが、そのような雰囲気は映画では希薄になっている。『放浪記』と言いながら、その放浪は職業を転々としたり、男性遍歴を重ねたりすることになってしまって、地理的な放浪ではなくなっていることが惜しまれる。 
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貸間あり

1月24日(火)晴れ

 1月21日にシネマヴェーラ渋谷で「名脇役列伝Ⅰ 浪花千栄子でございます」の特集上映から、『江戸の悪太郎』(1959、東映、マキノ雅弘監督)と『貸間あり』(1959、宝塚映画、川島雄三監督)の2本を見たことについては、1月21日付の当ブログ「日記抄(1月15日~21日)」でも触れた。『貸間あり』は井伏鱒二の原作小説を川島と藤本義一が脚色し、川島が監督した作品で、私は井伏も川島も好き、さらにこの映画には浪花千栄子はもちろんであるが、フランキー堺、淡島千景、乙羽信子、清川虹子、桂小金治、山茶花究、藤木悠、小沢昭一、益田喜頓と主役、脇役として戦後の日本映画を彩ってきた俳優たちが出演しているから、やはりここで取り上げておくべきだと思った次第である。明日(1月25日)には小津安二郎の『小早川家の秋』と二本立てで上映されるので、まだご覧になっていない方は是非ご覧ください。私ももう一度見てみたいと思うのだが、ちょうど薬が切れて医者に行かなければならないのでどうなるか…。

 この映画を原作者である井伏は「どぎつく、汚い」と評し、気に入らなかったようであるが、そういうどぎつさ、汚さが大阪という町の一面であることは否定できない。
 映画は道頓堀の近くで若い男が怪しげな本を売りさばこうとしていて、このあたりを縄張りにする暴力団の連中から文句をつけられ、逃げ出す場面から始まる。逃げ込んだ先が、天牛という有名な古本屋である(現在は移転して、関西大学の近くに店を構えている)。そこに、頭を使う仕事なら何でも引き受けるというチラシが貼ってある。それを見た浪人生らしい男が、逃げてきた男に話しかける。何でも屋に予備校の模擬試験の代理受験を頼もうというのである。逃げてきた男は、この何でも屋と同じ場所に住んでいるという。

 通天閣が見える夕陽ケ丘の一角に建っている古い屋敷が、どういう理由からか大勢の間借り人を置いている。家主はご隠居と呼ばれている老人、賄のおばさんの食事を食べる間借り人がいるかと思えば、自炊している間借り人もいる。おでんのネタの卸だの、洋酒の密売だの、養蜂など間借り人の仕事は多様である。中でも目立つのは3人の男性の愛人を掛け持ちして、稼いでいる女性である。そうかと思えば、二階の広い部屋を使って、無線だの望遠鏡だのを備え付けて、原稿の代筆や怪しげな著述に精を出している男=何でも屋の与田五郎もいる。そこへ、陶芸家だという若い女性がパンフレットの原稿を書いてほしいとやってくる。そしてそのまま、間借り人に加わってしまう。天牛でビラを見てやってきた浪人生も五郎に弟子入りを志願し、部屋を借りようとしたのだが、先を越される。

 初めの部分だけの要約だけでも、登場人物が多く、その言動にまとまりがなく、あまりにも雑然としていることに呆然とさせられる。浪花千栄子といえば、藤沢恒夫・橘高薫風『川柳に見る大阪』という本にこんな句が紹介されている。
 法善寺浪花千栄子に似た女将(おかみ) かず子
 法善寺について、著者はこんな風に説明する:「法善寺界隈は、昔は今よりもっとごちゃごちゃした町だった。芝居裏と呼ばれた色町にも近く、行き交う男女の影にいささかの翳(かげり)があった。」(藤沢・橘高、102ページ) さらに上記を含む川柳を紹介したうえで、「これら一連の句は、ごちゃごちゃした中にも、何処か艶な雰囲気のある横丁を想像させる。」(同上)と続けている。
 この本に収められている川柳の特徴はやたら固有名詞が多いことで、法善寺も浪花千栄子も知らなければわからないというような句がほかにもある。天牛という古本屋が出てきたが
 天牛で咳してたのが作之助 岩井三窓
 天牛の棚を見上げた鍋井克 西尾 栞
(26ページ)という句もある。作之助は織田作之助、鍋井克は画家の鍋井克之のことである。こちらも、描かれている場所と人物についての予備知識がないと、雰囲気が味わえない。大阪は広いようで狭い町、川柳はその中でも狭いサークルで楽しまれていたということの反映であろうか。固有名詞にたよっている分、どんどん古くなっていく代わりに、百科事典の見出しのようにしぶとく生き延びていくようにも思われる。

 そういう大阪の市街地を見下ろしながら、住人たちがドタバタ喜劇を展開させていく。物語が複雑すぎて、その分、個々の登場人物の個人技が目立つことになる。何でも屋が浪人生から頼まれる代理受験が、だんだんスケールの大きい話になっていく(見てのお楽しみ)。三人の愛人を掛け持ちしている女性は、故郷に帰って結婚することになり、送別会が開かれる。送別の辞を執筆した何でも屋が風邪をひいて声が出ないという理由で、おでんのネタ卸が代読することになる。ここで「サヨナラだけが人生だ」という井伏の『厄除け詩集』の中の詩が読まれる。・・・

 井伏鱒二の小説は、かなりの数が映画化されているが、それぞれ出演者(森繫やフランキー)、脚本家や監督(渋谷実、川島…)の個性が前面に出てしまい、相当に原作から逸脱した出来栄えになっているように思われる。先日見た、『簪』は井伏原作というのがうなずける出来栄えであったが、これはおそらく清水宏と井伏の個性が近いからではないかと思う(そう断言できるほど、清水の作品を見ているわけではないが、弱い者に対するリアルだが温かい気持ちと視線というのは共通しているように思うのである)。

 既に書いたことだが、旧制中学の同期生である小沢昭一とフランキー堺が、代理受験を頼む予備校生と頼まれる何でも屋を演じており、楽屋裏を知っていると余計に面白いが、受験会場でフランキー堺が取材に来ていた記者から何度目の受験ですかと質問されたり、さらに教室でタバコを吸ったりする場面はそのままでもおかしい。そういえば、小沢昭一はこの2年後に中平康の『あいつと私』でも大学生を演じていたなと思い出す(早稲田出身の小沢が慶応の応援団に交じっているところがおかしかった)。宝塚で一緒だった乙羽信子と淡島千景についても同じような面白さが付きまとっている。

 そういうわけでシチュエーションの設定あり、ドタバタあり、楽屋落ちあり、雑多な笑いを詰め込んで、それぞれの出演者の個人技の寄せ集めというような体裁で雑然と進行する作品なのだが、「貸間あり」の下げ札にこだわっているおでんのネタ卸の桂小金治が何とか下げ札をくくりつけることに成功する幕切れが何とも投げやりなのが気になる。

『非常線の女』、『簪』

1月8日(日)曇りのち雨

 神保町シアターで「没後40年特別企画 女優・田中絹代」の特集上映から、小津安二郎監督の『非常線の女』(1933、松竹鎌田)と清水宏監督の『簪』(1941、大船)の2作品を見る。『非常線の女』はサイレント映画で、ピアノの生伴奏つきの上映であった。

 日本映画の二大女優というと、田中絹代と山田五十鈴だそうである(津村秀夫の意見だが、その意見を『物語近代女優史』の中で紹介している戸板康二も特に異論はないらしい)。それぞれの生前に映画やテレビにおける出演作を見たこともあり、その限りにおいて同時代人といえるかもしれないが、私の母親よりも年長で、それぞれ生きていれば100歳を超える年齢なので、多少の距離感を持ってしまうところがある。とはいえ、たとえ、サイレント映画であろうと、その若く美しい時代の姿に接すると、そうした距離感は薄らいでいくのである。

 『非常線の女』は、小津安二郎もこんな作品を作っていたのかとびっくりするような異色作で、田中が扮する時子という女性が昼はタイピスト、夜はギャングの情婦という2面性を持った女性として描かれている(そのこと自体は物語づくり上の工夫といえなくもないが、どうも現実離れがしている)。職場の社長の息子が田中に夢中になるのだが、田中はその求愛を受け入れる気になれない。彼女と一緒にいる襄二(岡譲二)は表向きボクシングジムを経営しているのだが、裏ではいろいろな悪事を働いている。そこに、学生の宏(三井秀夫=弘次)が仲間に入れてほしいとやってくる。彼は和子(水久保澄子)という姉と2人暮らしで、弟を心配した和子が襄二のところにやってきて、宏を仲間から外してほしいと頼んでくる。弟思いで家庭的な和子に、襄二は魅力を感じ、それを知った時子は和子に嫉妬するが、実際に会ってみると彼女が気に入り、自分たちもやくざな世界から足を洗おうと思い始める。

 庶民派でかわいい感じの田中絹代が、ギャングの情婦のけばけばしい役柄を演じるのには無理があり、和子を演じている水久保澄子の清純な美しさに食われている感じがないでもない。時子の仲間の女性を演じている逢初夢子の妖艶な感じと3人3様の女優の個性の共演が見どころの1つにはなっている。後は、時子の職場や街頭風景の描写に見られる表現主義的な画面構成、光と影の使い分け、さらにビリヤード場、レコード店、キャバレー等の昭和一桁時代の東京の雰囲気のモダンさも見どころであろう。すでに映像の記号性を把握している感じの小津の映画作りが、ストーリーの貧弱さを補っている感じである。映像の記号性などと難しいことを書いたが、サイレントでモノクロという制限された表現の中で、何を言うかという努力の積み重ねは、目の前の事柄を漫然と撮影するような映画作りの何倍もの意味を持つということを改めて考えさせられたということである。
 家に帰ってから『ノーサイド』1995年9月号や、Wikipediaで調べてみたのだが、水久保澄子は戦前すでに日本映画界から姿を消して、その後消息不明であり、逢初夢子は五輪の水泳における銀メダリストであった遊佐正憲と結婚したことは知られているが、1985年以後の消息はこれまた分からないようである。

 『非常線の女』の入場券の整理番号が75番であったのに対し、『簪』は7番であった。両方まとめて買ったから、こういうことになったのだが、実際に『簪』の入場者は『非常線の女』に比べてかなり少なく、小津と清水の現時点における評価の違いを知ることになった。ただし、『簪』の観客は、意外に若い年齢層から構成されていて、あるいは昨年、シネマヴェーラ渋谷で行われた清水の作品の特集上映が、新しい客層を呼び込み始めているのかなと思わないでもなかった。清水はもっと評価されてよい作家だと思うし、この作品を見てその気持ちをさらに強くした。

 神保町シアターの壁面に貼り出されていた田中絹代の年譜によると、清水宏と田中絹代は一時期事実婚をしていたらしいが、『簪』はその2人が分かれて後の作品。井伏鱒二の「四つの湯槽」という小説が原作になっているそうである。(私は井伏鱒二の作品が好きで、その映画化もかなりよくみている方である。渋谷実の『本日休診』と、川島雄三の『貸間あり』がいいね。中村登の『集金旅行』は岡田茉莉子の美しさとトニー谷の芸が印象に残っている。)
 ある年の夏、山間のひなびた温泉宿に日蓮宗の題目講である蓮華講の一行が泊まりに来る。この一行は旅館の1階を借りるのだが、2階にはこの旅館にい続けている学者風の片田江先生(斎藤達雄)、納村青年(笠智衆)、若い広安(日守新一)とその妻、老人(河原侃二)とその2人の孫が泊まっている。片田江先生は、下の団体客がうるさいことに不満をもち、また団体客にあんまが独占されてしまったことに腹を立てる。
 露天風呂に入っていた納村青年は湯の中に落ちていた簪で足を怪我して、ひと騒動が起きる。蓮華講に加わっていた簪の持ち主である太田恵美(田中絹代)から簪をなくしたという手紙が来て、その簪で納村青年がけがをしたことが知らされ、恵美がお詫びに宿へ戻ってくる。片田江先生が簪の持ち主は美人か、不美人かなどと余計な想像をめぐらし、騒ぎ立てるのが面白い。恵美と納村青年は打ち解けるが、それ以上に2人の関係は発展しない。実は恵美は東京で愛人生活をしていたのが、その生活に嫌気がさしてやってきたのである。彼女は納村青年の歩行訓練を手伝ったり、子どもたちと遊んだりしながら、生活を見つめなおす。2階の客たちはいろいろな事件に遭遇することで、次第に仲良くなって、東京に戻っても、この結びつきを忘れないようにしようと約束するのだが、恵美には帰る家がないのである…。

 日蓮宗の講中が出てくるので、舞台は身延山の近くではないかと思ってみていたのだが、下部温泉だそうである。むかしの旅館はこんな感じだったなぁという思い出が私の年代にはかすかに残る。他人同士が毎日接触することで打ち解けていく、時として余計なことに首を突っ込んでしまう…という人情の動きが丁寧に、ユーモアを込めて描かれているのがいかにも井伏鱒二作品の映画化らしい。子どもたちの言動が生き生きと描かれ、物語の進行にも絡んでくるところに清水の技量が発揮されている。

 『非常線の女』を見ていると、アメリカ映画のような印象を受けるところがあるのだが、日本人の俳優が演じていることでどうも違和感を感じてしまう。『簪』はそれに比べると垢抜けがしない印象を持つが、その分、日本の風土に密着しているというか、安心して見ていられるところがある。田中絹代の出演作という共通点はあるが、両作品の性格はかなり違っている。どちらかというと、『簪』の方が田中の個性にはあっていると思うのだが、別の感想をもつ方もいらっしゃるかもしれない。

 『非常線の女』は1月4日、8日だけの上映であったが、『簪』は9日、11日、12日、13日にも上映される。田中絹代という女優についてだけでなく、日本映画の歴史について、さまざまに関心を広げる機会になると思うので、上映時間を確認のうえ、ぜひご覧ください。

キューポラのある街

12月11日(日)晴れ

 神保町シアターで「今村昌平を支えた職人魂――キャメラマン・姫田眞左久の仕事」の特集上映から、『キューポラのある街』(1962、日活、浦山桐郎監督)、『かぶりつき人生』(1968、日活、神代辰巳監督)、『危いことなら銭になる』(1962、日活、中平康監督)を見る。我ながらよく頑張ったものである。3本まとめて論評すると、相当な量になりそうなので、『キューポラのある街』だけを取り上げることにする。早船ちよの原作を、今村昌平と浦山桐郎が脚色、浦山が監督に昇進して最初の作品であり、主演した吉永小百合がブルーリボン主演女優賞を受賞するなど、当時の話題を集めた作品である。浦山にせがまれて川島雄三がゼロ号試写を見に出かけ、新人にしちゃ、よくできたシャシンですとエールを送ったという逸話が残されている。

 この作品のテーマの一つが<境界性>である。ヒロインのジュン(吉永小百合)は中学校3年生で、子どもと大人、高校進学か就職かという境界にいる。しかも舞台が東京都荒川を隔てて境を接する埼玉県川口市である。市の経済を支えるのは景気変動の変化を受けやすい中小企業で、鋳物工場の特徴ある形の煙突(キューポラ)が目立つ。映画の最初のところで父親の辰五郎(東野英治郎)が鋳物工場から解雇されて、一家は苦しい状況に置かれる。ジュンの弟で小学生のタカユキは学校をずる休みしたり、配達された牛乳を盗んだりしている。ジュンの友人の1人は在日朝鮮人の父親と日本人の母親の子どもである(弟同士も遊び友達である)。

 もう一つのテーマは<世代間の対立>である。ジュンは高校に進学しようと、友人のユキエが働いているパチンコ屋でアルバイトを始める(これはもちろん違法)。父親と同じ工場で働いていた隣の克巳(浜田光夫)にそれが見つかり、さらに担任の教師(加藤武)にも知られるが、教師は克巳から事情を説明されて表ざたにしないことにする。そこで、出てくる言葉が「ジェネレーション」で、映画のここかしこで、自分は職人であり、労働者ではない、組合は嫌いだという父親と、戦後的な価値観を教えられて育っている娘の意見の対立が描かれる。

 さらに一つ付け加えれば、貧富の格差の問題があり、家の経済事情でジュンは進路選択に悩むことになる。ただし、もともと中小企業の多い町であるから、貧富の格差といってもそれほど大きくはないし、経営者と労働者の子どもが同じ学校に通い、経営者である父親が労働者の子どもに同情して親の仕事を世話をするというようなことも起こる。昔気質で頑固、視野の狭い父親が他人の行為や福祉の制度を理解しないために、娘は苦労することになる。

 ジュンが修学旅行に出かけられなかったり(先日見た、『現代っ子』でも同じ問題が出ていた)、同じく出かけなかった在日朝鮮人の友達と遊びに出かけて危ない目にあったり、そのこととも関連して進学問題に悩んだりするという物語に、ジュンやその弟の友達である在日朝鮮人の子どもを巻き込んだ北朝鮮帰還運動の問題が絡む。早船ちよの原作はもともと子ども向けに書かれた作品のようで、映画でもジュンの弟のタカユキとその周辺の子どもたちの行動が詳しく、また生き生きと描かれている。『にあんちゃん』における今村昌平の配役・演出と同様に、浦山はこの作品で、脇を固めて、中心部をのびのびと演技させるというやり方をとっているように思われる。

 この映画が公開された時には、私は高校生であったから、同時代をしっかり生きていたことになる(私よりも1学年上の吉永さんが中学生を演じているのには無理が感じられる)。だから世の中の変化を強く感じるとともに、この映画が描いていた時代が大きな変化の時代であったことも実感される。映画の中で、修学旅行の際の小遣いが昨年は500円であったのが、「所得倍増」で今年は1,000円ということにホームルームの討議で決まったりする場面に世相が覗くのだが、すでに述べたように、この映画はそのような世相から取り残されかかっている人々に目を向けている。

 映画の最後の方で、ジュンが大企業に就職する展望が開け、働きながら定時制高校に通うという道が暗示されている。働くものが新しい文化創造の担い手であるというメッセージが投げかけられているようにも思える。大企業に就職し、定時制高校に進学することで、ぎりぎりジュンは高度経済成長と高学歴化の進行から取り残されずに生きて行けそうである。そう書いたのは、この映画の中で肯定されている価値観のかなりの部分が、その後の社会の変化の中で意義を失ってしまっているように思われるからである。例えば労働組合の衰退で新しい文化の創造どころか、労働者の権利の擁護すら困難になっているのが現状ではなかろうか。同じ埼玉県を舞台にした記録映画『ある定時制高校の記憶』の描く世界と、この映画の間には相当な距離があって、その中間の過程をたどりなおすことにも意味がありそうである。 

『当たりや大将』『「経営学入門」より ネオン太平記』

12月4日(日)晴れのち曇り、夜になって雨

 神保町シアターで「今村昌平を支えた職人魂 キャメラマン・姫田眞左久の仕事」特集上映から、『当たりや大将』と『「経営学入門」よりネオン太平記』の2本を見る。この特集は、今まで見たいと思っていてなかなか見ることができなかった作品が多く含まれているのがうれしい。

 『当たりや大将』(1962、日活、中平康監督)は大阪・釜ヶ崎を舞台にした作品で中平と仲が良かった新藤兼人が脚本を書いている。釜ヶ崎のガード下の小さな小屋に寝起きしている大将(長門裕之)は、普段は割れたガラス窓を修繕する職人をしているのだが、鴨がやってくると当たり屋に早変わりする。本業の方も、近所の子どもチビ勝(頭師佳孝)とコンビを組んで市内を歩き回り、チビ勝がガラス窓を割った後からやってきて直すという仕事ぶりであるが、当たり屋の方も自動車にあたってもかすり傷ひとつないという練達ぶりを見せる。

 今日も釜ヶ崎に乗り付けてきたタクシーにぶつかって乗客から金を巻き上げようとしたところ、その乗客は新任の警察署長(嵯峨善兵)であったので、無駄骨に終わる。署長を迎えて、この地域を長年担当している刑事のどぶのキリスト(浜村純)が釜ヶ崎地区の概要を説明する。同じく釜ヶ崎を舞台にして、簡易旅館を経営しながら金貸し業も営んでいる老婆とその周辺の人間模様を描いた『がめつい奴』が舞台で好評を博したのは1959年から60年にかけてのことであった(映画化もされている)。名前は知られ始めたが、その正確な姿はまだまだ分かっていないということで、地域と住人たちの暮らしが署長にことよせて、観客に説明されているのであろう。キリストはこの地域で起きている犯罪、特に大将の動向に目を光らせているのだが、地域の住人達もさるもの、なかなか尻尾を出さない。彼は犯罪を憎む一方で、住人たちが根は善良な人間であると信じてもいるようである。チビ勝の母親であるおばはん(轟夕起子)のホルモン屋は毎晩大将とその仲間でにぎわっている。客の1人であるベンテンのお初(中原早苗)という女に大将はほれ込むが、一晩2万円だと吹っ掛けられる。

 首尾よく当たり屋に成功した大将は5万円を手に入れ、そのうち2万円を懐にしてお初のところにやってくるが、一戦交える前にと始めたばくちでその2万円を彼女に取られてしまう。彼女から借用書を書いて借りた1万円を元手に、今度はばくちが行われている広場に出かけて10万円まで稼ぐが、土地の親分との勝負に負けて逆に10万円の借金を作ってしまう。
 チビ勝からおばはんが、彼を大学に入学させるために貯金をしているという話を聞きだした大将は、自分の父親は信用金庫の社長をしていると言葉巧みにおばはんをだまして、彼女の貯金18万円を引き出し、その金でお初とドライブに出かけて豪遊する。(お初に1万円は返したのだが、親分への10万円は返さないままで、これが後で尾を引くことになる。)

 大将の口から自分の金をだまし取られたことを知ったおばはんはやけ酒を飲んで、自動車にぶつかって死んでしまう。その後、大将の耳に、死んだはずのおばはんの声が聞こえてくる。何とかしようと、大将は、ばくちが行われている広場にブランコをつくって、ここを子どもたちの公園にしようとするが…

 最初の方は喜劇風に進み、あとの方になると人情劇の要素が強くなってくる。キリストはおばはんにここの連中は(大将を含めて)道徳的な観念がないという。まったくないわけではないのは、大将が金を使ってしまったことをおばはんに打ち明けたり、彼女の死後、彼女が口にしていたことを思い出して、広場にブランコを作ろうとしたりすることからわかる。ないのは、むしろ長期的な人生の計画と計画達成のために我慢していく心がけであろう(道徳性の発達のためには欲求不満耐性の発達が不可欠であるということを考えれば、キリスト刑事のいうことも納得がいく)。衝動的に快楽を追い求めるだけの生き方では、いくら生活経験を積んでも、底辺から抜け出すことは難しい。

 ホルモン屋の仕事をしながら、おばはんは「雪のふるまちに…」と、歌の最初の部分だけを繰り返し歌うのだが、この歌の歌いだしは「雪の降る街を」だったはずで、この違いを含めて、映画中でのこの繰り返しには何か意味があるのか、どうもよくわからない。中平康は高知、新藤兼人は広島の出身で雪とはあまり縁がなさそうだ。長門裕之と轟夕起子は京都だから雪が降らないわけではない土地の出身ではあるが、わざわざ何度も歌うほど雪に慣れ親しんでいるようには思えない。

 『「経営学入門」より ネオン太平記』(1968、日活、磯見忠彦監督)は今村の『「エロ事師たち」より 人類学入門』に続く「入門」シリーズ第2弾で、第1作に引き続き小沢昭一が主演している。磯田敏夫『企業防衛』が原作だそうだが、磯見自身と今村による脚本はどこまでこの原作に基づいているのかどうか。

 大阪・千日前でアルサロの支配人をしている益本利徳(小沢昭一)は巧みな宣伝と戦術で成功をしているが、家庭に帰ると元ホステスの内縁の妻(園佳也子)と喧嘩が絶えない。店の方は第2号店を出店する予定なのだが、地元の反対が起きかけている。利徳は家を出て、最近の浮気相手である双子のところに転がり込むが、相手がよく似ているもので間違えたりして…。

 この作品の面白さはストーリーよりも、配役にあって、今村昌平と小沢昭一の人脈を駆使しての出演交渉のたまものであったのか、それとも彼らの人徳に惹かれて自然によってきたのかはわからないが、ちょい役で顔を見せる出演者の豪華な顔ぶれがみものである。なかでも渥美清がゲイボーイで出てきたり、まだ若いころのかしまし娘が姿を見せたりするのが楽しい(この若さと<美貌>で「クッソ バァバァ」などとやっていたのである)。確認できなかった人たちを含めて、Movie Walkerに記されている主な出演者を列挙しておくので、興味のある方はぜひ、見に出かけてください:
西村晃、白羽大介、吉村実子、松尾嘉代、加藤武、桂米朝、小松左京、三国連太郎、北村和夫、黛敏郎、野坂昭如

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