FC2ブログ

日記抄(8月13日~19日)

8月19日(月)晴(とはいうものの、雲がかなり多い)、依然として暑い。

 8月13日から本日までの間に経験したこと、考えたこと、その他、これまでの記事の補遺・訂正等:
 8月12日から18日までは、ラジオの語学番組は再放送で、NHK高校講座はなかったので、その分、時間の自由ができたはずだが、あまり生かすことはできなかった。

8月13日
 シネマヴェーラ渋谷で「名脚本家から名監督へ ビリー・ワイルダー ジョセフ・レオ・マンキーウィッツ プレストン・スタージェス」の特集上映のうち、『イヴの総て』(All about Eve, 1950, FOX、ジョセフ・L・マンキーウィッツ監督)と『熱砂の秘密』(Five Graves to Cairo, 1943,パラマウント、ビリー・ワイルダー監督)を見る。
 『イヴの総て』は、イヴ・ハリンドン(アン・バクスター)という若い女性が、ブロードウェーの人気女優マーゴ・チャニング(ベティ・デイヴィスの付き人になり、マーゴと起居を共にする中でその演技術を学び、また演劇界にコネをつくって、次第にマーゴを踏み台にして新進女優としてのし上がっていく姿を描く。この作品でアカデミー助演男優賞をとったジョージ・サンダースを始め、ゲイリー・メリル、セレステ・ホルム、セルマ・リッターという脇役陣の演技も見ものである。さらに売り出し中の新進女優という役どころで、当時の新進女優だったマリリン・モンローが姿を見せているが、今度は、イヴの大ファンだといって、その付き人になろうとする若い女(バーバラ・ベーツ1925‐69)が登場する幕切れも印象に残る。その若い女が、自分はイーラスマス・ホール・ハイ・スクールの卒業生で、この学校はバーバラ・スタンウィックやスーザン・ヘイワードが卒業した学校ですという。この高校はブルックリンに実在した学校で、この2人のほかにも、クララ・ボウ、メイ・ウェスト、(時代は下がるが)バーブラ・ストライサンドが学んでおり、映画関係以外では作家のミッキー・スピレーンとバーナード・マラマッド、変ったところでチェスの名人だったボビー・フィッシャーも卒業生らしい。なお、バーバラ・ベーツはこの学校の卒業生ではないが、マーゴ役はもともとクローデット・コルベールが演じる予定だったのが、けがのために出演できなくなり、代役としてバーバラ・スタンウィック、マレーネ・ディートリッヒ、スーザン・ヘイワードらの名が挙がっていたというから、わざとこの学校の名を出したのであろう。バーバラ・ページという女優さんはこの『イヴの総て』のラスト・シーンの演技が印象的で、将来を嘱望されたのだが、その後は伸び悩み、結局この『イヴの総て』が代表作ということになってしまった。人生、いろいろである。

 『熱砂の秘密』は、第二次世界大戦中に作られた一種の戦意高揚映画で、北アフリカ戦線でドイツ軍に敗れて逃げ回っている戦車隊の下士官(フランチョット・トーン)が、あるホテルに迷いこみ、追走してきたドイツ軍を欺くために死んだウェイターに成りすますが、この死んだウェイターが実はドイツ軍のスパイで…というスパイ・サスペンスで、戦後に作られた同種の作品に比べると速成感が否定できないが、なんといっても、エリッヒ・フォン・シュトロハイムがロンメル将軍を演じているというところが見もので(考えてみると、この映画の製作当時、ロンメルはまだ生きていた)、ホテルの主人をエーキム・タミロフ、メードをアン・バクスター、ドイツ軍の将校をペーター・ヴァン・アイクが演じているという配役も、考えてみればなかなかのものである。それにもう1人、イタリア軍の将軍の役を演じているフォーチュニオ・ボナノヴァは『市民ケーン』でケーンの2度目の奥さんに歌を教える先生を演じていた俳優である。

8月14日
 サマー・ジャンボの抽選日。もし10万円(以上)の賞金が当たったら、月末に京都で開かれる大学(院)時代に縁のあった先生のお別れ会に出席しようと思ったのだが、6等しか当たらなかったので、出かけられそうもない。

 サッカーの天皇杯の3回戦、ニッパツ三ツ沢球技場で開かれる横浜FC対横浜F・マリノスの試合は、入場券が買えなかったので、そのことも含めて、絶対に勝ってほしかったのだが、1‐2で敗れた。
 この3回戦の結果を占う、1112回のミニtoto-Aが当たったが、賞金額が少ないので、当たらないのと同じようなものである。

8月15日
 小泉武夫『幻の料亭 百川物語』(新潮文庫)を読み終える。この著者の書いたものは、自分の体験に基づくものの方が、このように調べて書いたものに比べて面白い。

8月16日
 『朝日』の朝刊にアフリカの食糧不足を解決するために、コメの栽培を進めようという記事が出ていた。アジア米とアフリカ米のいいとこどりをしたネリカ(New Rice for Africa)という新種の陸稲の開発によって、米食を普及させようというのである。この記事を読んでいて、昔、ロンドンのカムデン・タウンの屋台で食べた西アフリカ料理、肉や豆を焚きこんだ米料理を思い出した。

8月17日
 『朝日』の朝刊の「天声人語」欄に、新たな『学習指導要領』で高校の国語の内容が、実用文本位に大きく変化することになること(これまで主流だった文学教育の傍流化)を危惧する意見が記されていた。確かに、さまざまな文書をめぐる実際的な能力に関わる教育も必要ではあるが、それを国語の枠内で、文学教育を犠牲にして実施すべきかという問題と考えるべきであろう。つまり、社会科の公民分野の問題として公私の文書の書き方、読み方、あるいは保存・整理の問題などを教えるというのも一つの考えである。勘ぐってみれば、社会科のなかでこのような問題を批判的に取り上げるよりも、国語科のなかで規範的に取り上げるほうがいいという判断があるのかもしれない…などとも思う。
 「天声人語」が<文学派>の主張だけを取り上げて、<実用派>の意見を取り上げないのも不公平であるかもしれない。新井紀子さんなどは、高校の国語教育が鷗外の『舞姫』、漱石の『こころ』、敦の『山月記』という「エリート男性の挫折」を描いた作品を好んで取り上げることを問題にしているが、そのような紋切り型の読解力もまた問題ではないかと思う。
 〔『NHK高校講座 現代文』で、まさにこの『山月記』を取り上げていて、この作品を丁寧に読むとこんな面白さがあるのかと思って聴いているところである。根岸線の石川町駅の近くに、横浜学園の付属幼稚園があって、ここは昔の(中島敦・岩田一男・渡辺はま子が教え、原節子が学んだ)横浜女学校の跡地であり、そのことを記念する掲示もあるので、興味のある方はお探しください。
 中島敦という人は、自分自身の経験を作品化することが苦手で、本で読んだことを作品化する方向に活路を見出した作家であるが、そういうところは、芥川龍之介によく似ていて、彼が芥川賞の候補になりながら、受賞できなかったのは、日米開戦直後という世相や空気もあっただろうが、審査員の文学観の問題として追及を受けていい問題である。〕 
 中島敦の女学校時代の経験に取材したらしい小説を読むと、そこで想像されるよりも、現在残っている跡地の狭さが気になるのだが、あるいは移転する際に敷地の相当部分を売却したということかもしれない。

 横浜FCはアウェーでFC琉球に3‐1で勝利した。3得点を斎藤功佑、中山、松尾という若い選手の活躍で得たというところに期待が寄せられる勝利であった。

8月18日
 『日経』の日曜・朝刊の美術特集記事「ルネサンスの朝(4) 目覚めゆく独学と経験の天才」というレオナルド・ダ・ヴィンチの記事が興味深かった。というよりも、そこで紹介されている初期の未完の作品「東方三博士の礼拝」と彼の師であるアンドレア・デル・ヴェロッキオの作品を手伝った「キリストの洗礼」の図版がよかった。レオナルドにはヴェロッキオという師匠がいるのだから、彼を「独学」の天才と考えるのは認識不足と言わざるを得ない。たしかに、彼はいわゆる学歴はほとんどないが、この時代、大抵の人間がいわゆる学歴は持たず、むしろ、徒弟制度のなかで教育を受けていたのである。

 アメリカの俳優であるピーター・フォンダさんが16日に、肺がんによる呼吸不全のためロサンジェルスの自宅で死去されていたと報じられた。79歳。出演作では『ワイルド・ンジェル』(1966)、『世にも怪奇な物語』(1968)、『イージー・ライダー』(1969)、『さすらいのカウボーイ』(1971)、『ふたり』(1973)、『怒りの山河』(1976)、『アウトローブルース』(1977)を見ている。ということは、若い時代の作品しか見ていないということであるが、父親のヘンリー・フォンダ、姉のジェーン・フォンダとは別の意味で印象に残る役者さんであった。謹んでご冥福をお祈りしたい。

8月19日
 『日経』朝刊に総合研究大学院大学学長の長谷川真理子さんが、「高進学率時代の大学教育」についての一文を寄稿していて、教える側と学ぶ側とが「双方向型」で交流し合う学習形態への転換が必要だとするもので、大いに示唆に富む内容である。
 わたしが受験生の頃は、まだまだ大学受験が困難な時代であったから、同期の連中と酒を飲んだりすると、その後の日本の大学の大衆化とその結果の変化などということは考えずに、日本でもアメリカの大学のように入るのはやさしく、出るのが難しいシステムにすべきだなどと絡まれることがある。しかし、(アメリカの大学が入るのはやさしく、出るのが難しいというのは一種の神話だというのは以前にも書いたことであるが)日本の大学は「入るのが難しく、出るのがやさしい」システムをとっくの昔に脱皮して、「入るのも、出るのもやさしい」システムになっている。まあ、それはそれでいいのである。だからこそ、大学教育の中身を充実しなければならない、という長谷川さんの議論には大いに賛成である(入試改革ではなく、大学教育の中身の改革こそが必要であるというのは、このブログで繰り返してきた主張である)。「双方向型」への転換というのも大いに賛成なのだが、それを実現する大学の財政的な基盤というのが心もとないのが気になるところではある。

 本日も、体調が十分ではないので、皆様のブログへの訪問を休ませていただきます。たぶん、明日もお休みということになります。失礼の段お許しのほどを。残暑厳しい折、御自愛ください。  
スポンサーサイト



日記抄(8月6日~12日)

8月12日(月)午前中は曇りで時々雨、午後になって晴れ間が広がる。依然として暑い。

 8月6日から本日までの間に経験したこと、考えたこと、これまでの記事の補遺・訂正等:
8月6日
 『朝日』朝刊の「第二神奈川」のページに連載されている「列島を歩く」で、広島県三次市にある「伝説あやかり博物館」のことが紹介されていた。ここには『稲生(いのう)物怪録』という書物が所蔵されていて、江戸時代の中期1749年、旧暦7月に16歳の武家の少年、稲生平太郎が30日間にわたって怪異現象に見舞われた一部始終が記されているという。
 この記事に出ていなかったことを付け足しておくと、この本は角川文庫から出版されていて、比較的入手可能である。また、この本を直接取り上げたものではないが、杉浦茂の漫画『八百八狸』は、ここから発想を得ているようである。

 同じページに連載されている「謎解き 日本一」のコーナーによると、日本で一番クジラ肉の消費量が多いのは長崎県だそうで、これは意外であった。

8月7日
 『朝日』朝刊の「経済+」のコーナーで紹介されていたが、ムスリムたちがメッカ大巡礼(ハッジ)の際に着用するカンドゥーラという白い衣装に使われている生地はトーブと言って、ポリエステルなどの合成繊維を織って作られている由で、その4割が日本製、そのまた8割を石川県能美市にある小松マテーレという会社で生産しているそうである。

 南関東軟式高校野球大会で、神奈川県代表の三浦学苑高校が優勝、全国大会への出場を決めた。左腕のエース松原投手は、神奈川県大会の準決勝で完全試合を達成するなど、皇統を見せてきた。全国での活躍を期待したい。

 椎名誠『かぐや姫はいやな女』(新潮文庫)を読み終える。かぐや姫はいやな女だと目くじら立てて怒るのはどうかと思う一方で、それに対してまた目くじらを立てて怒るのもどうかと思う。

8月8日
 NHKラジオ『エンジョイ・シンプル・イングリッシュ』は、木曜日には落語に基づく英語の短い話を放送しているが、今回は「桃太郎」が取り上げられた。昔の子どもは大人が話す桃太郎の鬼退治の話を喜んで聞くうちに寝てしまったが、今のお子さんは、物語のすきをついて鋭い質問をして、物語の本当の趣意はこんなことだと親がびっくりするような解釈を展開する…とうとう親のほうが寝てしまうというお噺。文明開化の世相を背景に、落語やその背景にある庶民の生活が大きな変化を迫られた、その一端を映すお噺でもある。
 ところで、今ではあまり放送されなくなったが、先代の桃太郎が演じていた「桃太郎後日談」という噺もある。鬼ヶ島から帰ってきた桃太郎が、実は鬼の王様の娘が好きだと告白し、犬とサルと雉が間に立って話をまとめるという大人向けの話である。実は、よく調べていないのだが、こちらのほうは、江戸時代の戯作にネタがあるらしい。話はさらに続いて、桃太郎が三角関係に苦しむことになるのだが…そうなるとおとぎ話どころではない修羅場になって、子ども向きとは言えない。

 同じく『実践ビジネス英語』の”Quote...Unquote"のコーナーで紹介された言葉:
Fortune favors the bold.
               ―― Virgil (Roman poet, 70 B.C. - 19 B.C.)
「運は勇者に味方する。」
 ところが、The Penguin Dictionary of QuotationsではFortis fortuna adiuvat.というラテン語の語句の英訳として、Fortune favours the brave.を挙げ、ローマ時代の劇作家で、ウェルギリウスよりも前の時代の人物であるテレンティウス(Terentius, 英語ではTerence, c190 - 159)のことばとしている。

8月9日
 昨日、文部科学省の「学校基本調査」(速報)が発表されたが、『朝日』ではこども園が急増しているなど幼児教育関係に重点を置いて、『日経』では「医学部入学、女子の比率増」など高等教育に重点を置いた紹介がされていて、両紙の関心のあり方がよく表れているように思った。

8月10日
 ニッパツ三ツ沢球技場でJ2第27節横浜FC対水戸ホーリーホックの試合を観戦した。このところ7連勝と勢いに乗る横浜で1万人を超える観衆が詰めかけていた。8連勝を狙いたかったのであるが、相手は今季好調の上、横浜とはJFL、J2を通じて最も多くの試合を経験している水戸ホーリーホックでそう簡単には勝たしてくれず、0‐0で引き分けに終わった。中村俊輔選手が途中出場して、それなりに見せ場を作ってくれた。もっと本格的にその技を見せてくれることを期待しよう。
 帰宅後、調べてみたら、第1111回のミニtoto-Aが当たっていた。

8月11日
 『日経』朝刊の「美のコンシエルジュ」は、織田信長が安土城で催したという西洋音楽の演奏会を再創造してみようという遊び心に満ちた試みである平尾雅子『王のパヴァーヌ』のディスク(マイスター・ミュージック、2004年録音)のことが紹介されていた。公正・演奏を担当した平尾さんはヴィオラ・ダ・ガンパの演奏家だそうだが、昔、京都にいたころに、ある催しでヴィオラ・ダ・ガンパを専門にしているという女性と話したことがあって、平尾さんよりも年配だったという記憶があるが、ひょっとしたらご本人であったのかもしれない。

 中国の『人民日報』の「中国語教室」を見ていたら、「今年の『七夕プレゼント』は花やチョコより宝飾品と口紅が人気」という見出しが目についた。いつの間にか、こんな習慣が定着したのだろうか。それにしても、贅沢だなぁ。
 また、「普段から芸術に接することは子供の学習に有益」という見出しもあったが、12日の『日経』に「革新生む『アート教育』」という高校生の美意識を掘り起こして、イノベーションの起爆剤にしようという試みが紹介されていた。

8月12日
 『日経』朝刊に早稲田大学教授の浜中淳子さんによる「2020年度の大学入試改革」をめぐり、「大学入試を変えることで高校教育を変えようとする手法には限界がある」という論説が掲載されていたが、高校生の大部分が定期テスト時以外は30分以下の自宅学習しかしていないという勉学の実態や、「無理せず進学」という考えが多いという進学先選びの実情を踏まえた、きわめて示唆に富む議論である。「入試改革に飛びつく前に、エビデンスと現場の声に真摯に耳を傾けながら、吟味することの方がよほど大事な課題であるように思われる。」というのがこの論文の結びであるが、日本の高等教育が全体として相当程度に充実している中で、「無理して神学」「ぜひ一流校に」という訴えが説得力を失っていることも認識すべきではないか。高大連携の問題だけでなく、もっと視野を広げて、大学(志望者)全入時代における生涯にわたる学習全般をどうするかという観点から、問題を改めて考え直す必要があるだろう。
 

日記抄(7月30日~8月5日)

8月5日(月)晴れ、暑し。

 7月30日から本日までの間に経験したこと、考えたこと、その他これまでの記事の補遺・訂正等:
7月30日
 NHKラジオ『まいにちフランス語』の”Bienvenue dans la francophonie"(フランコフォニーへようこそ)のコーナーは、カリブ海のフランス語圏の国:ハイチ(HaÏti)を取り上げた。
 「ハイチ」は先住民の言葉で「山ばかりの土地」という意味であり、フランス植民地時代にはサン≂ドマングと呼ばれていた。
Avant la Révolution française, la colonie de Saint-Domingue fournissait les trois quarts de la production mondiale de canne a sucre. On l'appelait la . (サン≂ドマング植民地は、フランス革命前には世界のサトウキビの4分の3を生産し、「カリブの真珠」と呼ばれていた。)
 しかし、革命の人権思想に刺激を受け、トゥーサン・ルヴェルチュールが率いるドレイの反乱がおき、1804年に、ハイチは初の独立した黒人共和国となった。
 ハイチでは独立時からフランス語が公用語とされたが、1987年にハイチ・クレオール語も公用語となった。日常生活ではクレオール語、公的な場面ではフランス語が用いられる。ハイチの人口は1100万人ほどで、42%がフランコフォンである。

 『三銃士』、『モンテ・クリスト伯』などを書いたアレクサンドル・デュマ(父)(Alexandre Dumas, père, 1802-1870)の父親トマ≃アレクサンドル・デュマ(Thomas-Alexandre Dumas, 1762-1806)はハイチで、フランス人の貴族と黒人の奴隷女の間の私生児として生まれ、後にフランスにわたって軍隊に入り、王党派から革命派に鞍替えして、陸軍中将にまでなるが、ナポレオンとの反目から軍隊を去るという劇的な人生を送り、息子であるデュマの多くの小説のモデルとなっている。

7月31日
 『まいにちフランス語』の”Bienvenue dans la francophone"はカリブ海に面した、フランスの海外県・地域圏(DROM)であるグアドループ、マルティニーク、フランス領ギアナ、海外自治体(COM)のサン=バルテルミー、サン≂マルタンを取り上げた。これらの地域ではそれぞれクレオール語とフランス語とが社会の中で併用されている。グアドループの人口は45万人ほどでフランコフォンの割合は84%、マルティニークでは38万人の人口の81%、フランス領ギアナは29万人の人口の62%がフランコフォンである。

 ナポレオン・ボナパルトの妻ジョゼフィーヌはマルティニーク島の大農園主の娘として生まれた。ジョゼフィーヌの息子であるウジェーヌ・ド・ボアルネはバイエルンの王女オギュスタ=アメリ―と結婚し、その子どもたちも各国の王族・貴族と結婚したために、ノルウェー、スウェーデン、デンマーク、ギリシャの王族の先祖となった。(ということは、現在の英国の王室にも、その血が流れているということである。)
 グアドループ生まれの詩人サン=ジョン・ペルスはノーベル文学賞を受章した。1985年に日本で公開された映画『マルチニックの少年』は同島出身の作家J・ゾベルの少年時代の回想を、同じくこの島で生まれ育った女流監督ユーザン・バルシーが映画化したもので、高く評価された。

 倉田徹 張彧まん『香港 中国と向き合う自由都市』(岩波新書)を読み終える。

8月1日
 4月に行われた全国学力テストの結果が公表され、「話す」、「書く」のスキルにおいて課題があることがわかったという。最近の英語教育は、「コミュニケーション」重視、発信型の英語のスキルを育てることを主眼として改革が進められてきたのであるから、この結果に対する受け止めはかなり深刻なものがあるのではないかと思う。『朝日』の解説記事は、「発信力も基礎も不足」という見出しでまとめていたが、これは違うのではないか。「基礎はできているが、発信力が不足」している生徒と、そもそも「基礎ができていない」生徒の2種類があるという受け止め方をすべきではないのか。詳しい調査結果がわからないので、踏み込んだ論評は控えるが、この結果を単純に論評すべきではないと思うのである。

8月2日
 『NHK高校講座 古典』は『論語』の3回目(3回放送)。政治をテーマにした章句を取り上げたが、その中の国を保つ柱として、「兵」、「食」、「信」を挙げ、そのうち一つを捨てるということになれば、「兵」を捨て、さらに一つを捨てるとなると、「食」を捨てる、一番大事なのは人々の「信」だというのは、山岡荘八の『徳川家康』で、今川の人質になった竹千代(→家康)が、今川の軍師である太原雪斎に呼び出されて、聞かされる話である。この話は、どうも岡谷繁実の『名将言行録』に出てくるらしいのだが、確認していない(この本を読んだ記憶はあるのだが、この話が出てきたという記憶はないのである)。なお、竹千代と雪斎のこのエピソードは昔、テレビの『少年徳川家康』に取り上げられていたから、ある年齢の人だと思い当たるのではないかと思う。

8月3日
 『朝日』の「塾が教えない 中学受験 必笑法」という記事で、おおたとしまささんが、「無理やり勉強させるのではなく、安心感を与えることが親の役割」と書いているのが、自分の経験から言っても、その通りだと思われる記事であった。知育・徳育を通じて、子供が自分の存在、親との関係を通じて、安心感を抱くということが一番の基礎だと思うからである。

 同じく『朝日』の「古典百名山」で平田オリザさんが二葉亭四迷の『浮雲』を取り上げているのを興味深く読んだ。「四迷は新しい文体を得たが、それで何を書けばいいのかが解らなかった。彼はロシア語に堪能で、当時、西洋近代文学の頂点を極めつつあったロシア文学に精通していた。それとの対比から、己の力のなさを自覚していたのだろう。四迷が再び小説を書くのはこの20年後になる。」
 もっともロシア文学の方でも、トルストイの『戦争と平和』にやたらフランス語の部分が出てくるというよう菜、表現をめぐる問題はあったのである。オースティンの『分別と多感』に出てくるマリアンが『アンナ・カレーニナ』のキティーに似ているところがあると思う(ただし、マリアンの結婚後がどうなったかをオースティンは詳しく書いていないのに対し、トルストイはキティーの結婚後を詳しく書いている)。この例のように、この時代のロシア文学には、民族性を突き抜けたある種の普遍的な人物造形に成功しているところがあるように思うのだが、それとこれとは別の問題なのであろうか。

 『日経』に土曜日ごとに掲載されている「詩人の肖像」で吉増剛造さんが取り上げられていて、ご丁寧に学校歴まで紹介されていたので、吉増さんが東京都立立川高校→慶応義塾大学という経歴であることがわかった。吉増さんは1939年生まれだそうで、とすると、高校1年の時に同じ学校の3年に東海林さだおさんが在学していたということになる。部活動などで一緒にならない限り、学年がちがうと接触する機会はほとんどないはずであるが、それでも2人のかなり違う個性が同じ学校で学んでいたことを考えると、楽しくなるところがある。

8月4日
 『日経』の日曜日の紙面のまとめ記事「このヒト」に登場していたマイクロソフトのCEOサティア・ナディラさんの「『何でも知っている』から『もっと学ぼう』に変わらなければ」という発言が心に残る。学ぶことは、自分の知識の量や精度を見極めて、その改善を図ることでもある。

8月5日
 『日経』1面のコラム「春秋」に、先日行われた学力テストで、封筒の表にメール・アドレスを書けば、相手方に郵便が届くという解答をした子どもがいたという話が書かれていた。しかし、長谷川町子さんが書いていたように「世田谷区のサザエさん」でファン・レターが届いた例もあったそうである。サービスは、常識を超えるものではないかとも思われる。

 『まいにちフランス語』の”Bienvenue dans la francophonie"ではクレオール(créole)についての話題を取り上げた。この言葉は、スペイン語のクリオーリョ(criollo)を語源とし、当初は植民地で生まれたものを指して用いられていた。ナポレオンの妻となったジョゼフィーヌのように、植民地で生まれたヨーロッパ人がクレオールと呼ばれたのである。
 しかしその後、西欧文化と非西欧文化との接触によって生まれた新しい文化がクレオールとよばれるようになった。このクレオールの文化は、新しい文化の可能性を示すものとして世界的に注目されるようになった。
 クレオール語(Les langues créoles)とは、異なる言語を話す者同士が意思疎通の必要にせまられ、作り上げた言語(ピジン)が母語となった言語のことである。フランス語圏地域のクレオール語は、黒人の奴隷が使っていたアフリカの様々な言語と支配者の言語フランス語とが融合してできた混成語であるという。
 クレオール文化が世界的に注目を集めたのは、マルティニーク島出身の文学者たちの活躍によるところが多い。この島からはエメ・セゼール、エドゥワール・グリッサン、パトリック・シャモワゾー、ラファエル・コンフィアンらの文学者が出現した。
 そういえば、ラフカディオ・ハーンもクレオール文化に興味を寄せて、マルティニーク島を訪問したことがあるそうだ。 

2019年の2019を目指して(7)

7月31日(水)晴れ、暑し。
 
 7月は行動範囲に多少の変化があった。
 足跡を記したのは1都1県(東京、神奈川)というところは変らないが、
 新宿区に出かけたので1市(横浜)5区(文京、港、千代田、渋谷、新宿)となった。

 利用した鉄道は、5社(東京メトロ、東急、東京都営地下鉄、横浜市営地下鉄、JR東日本)と変わらないが、
 路線は新たに都営新宿線と、東京メトロ副都心線が加わって、11路線、
 乗降駅は新宿三丁目が加わって13駅に増加した。
 乗換駅は5駅のままで変わらず。

 7月は江ノ電バスに乗ったので、利用したバス会社は4社(横浜市営、神奈川中央、相鉄、江ノ電)に増え、路線も1路線増えて16路線、乗降した停留所は2か所増えて14か所となった。〔76〕

 このブログを含めて31件の記事を書いた。内訳は、日記が6件、読書が7件、読書(歴史)が3件、『太平記』が5件、ジェイン・オースティンが3件、ラブレーが4件、映画が1件、詩が1件、推理小説が1件ということである。1月からの通算では、214件で、内訳は日記が39件、読書が38件、読書(歴史)が34、トマス・モア『ユートピア』が8、読書(言語ノート)が9、『太平記』が31、ジェイン・オースティンが16、ラブレーが9件、ダンテ『神曲』が20件、推理小説が4件、詩が5件、映画が1件ということである。コメントを1件頂いたので、1月からの通算では6件ということになる。〔187+32=219〕

 13冊の本を買い、10冊を読んだ。1月からの通算では74冊の本を買って、70冊を読んでいることになる。新たに紀伊国屋書店本店で本を買ったので、本を買った書店が3店となった。読んだ本を列挙すると:下川裕治『12万円で世界を歩く リターンズ』(朝日文庫)、西條奈加『みやこさわぎ お蔦さんの神楽坂日記』(創元推理文庫)、山口恵以子『あの日の親子丼 食堂のおばちゃん⑥』(ハルキ文庫)、望月麻衣『京都寺町三条のホームズ⑫ 祇園探偵の事件手帖』(双葉文庫)、ジム・ロジャーズ『日本への警告』、宮下志朗『モンテーニュ 人生を旅するための7章』(岩波新書)、武田百合子『富士日記(上)――新版』(中公文庫)、ベーコン『ニュー・アトランティス』(岩波文庫)、中江兆民『三酔人経綸問答』(岩波文庫)、倉田徹 張彧マン『香港 中国と向き合う自由都市』(岩波新書)
 前半は軽読書中心、後半になると古典的な書物が増えているように見えるが、読みだしたのは一緒でも、内容が重いと読み終えるのに時間がかかることが多いということで、意図的にこうなったわけではない。〔62+11=73〕

 『ラジオ英会話』の時間を21回聴いている。2回、聴き逃しているが、再放送を聴くつもりである。『遠山顕の英会話楽習』を15回、『入門ビジネス英語』を12回、『高校生からはじめる「現代英語」』を8回、『実践ビジネス英語』を13回聴いている。1月からの通算では、『ラジオ英会話』を132回、『遠山顕の英会話楽習』を87回、『入門ビジネス英語』を35回、『高校生からはじめる「現代英語」』を56回、『実践ビジネス英語』を85回聴いたことになる。
 『まいにちフランス語』入門編を15回、『まいにちスペイン語』初級編を15回、中級編を8回、『まいにちイタリア語』入門編を15回、応用編を8回聴いた。〔『まいにちフランス語』応用編は今年の1~3月に放送されたものの再放送なので、数に入れていない。〕 1月からの通算では『まいにちフランス語』入門編を81回、応用編を44回、『まいにちスペイン語』入門編を31回、初級編を46回、中級編を52回、『まいにちイタリア語』入門編を49回、初級編を31回、応用編を52回聴いたことになる。〔781〕

 7月は「生誕100年記念 映画監督野村芳太郎」の特集上映のうち、『どんと行こうぜ』(1959、松竹大船)、『拝啓天皇陛下様』(1963、松竹大船)、『砂の器』(1974、松竹=橋本プロ)の3本を見た。これで1月から見た映画の通算は5本になった。『砂の器』はともかくとして、後は軽い映画が中心になっているが、軽い気分で見るようにしないと、なかなか映画館に足が向かないことも確かである。1年のうちに見た映画の数をできるだけ早く2桁に乗せたいと思うが、いつのことになるだろうか。〔3+3=6〕
 展覧会は2回見たきりである。9月初旬にすずらん通りの檜画廊で行われる早川修さんの「詩画?展」の案内を頂いているので、出かけるつもりであるが、それまでにどこかに足を運ぶことがあるだろうか。〔2〕
68」
 サッカーはニッパツ三ツ沢球技場で、天皇杯の2回戦:横浜FC対仙台大学と、J2の横浜FC対栃木SC、横浜FC対レノファ山口の合計3試合を見ている。1月からの通算では23試合を3か所(ニッパツ、日産小机フィールズ、保土ヶ谷公園)で見ていることになる。
 1106回のA、1107回のB、1108回のA、Bと4回ミニトトをあてている。これで1月以来、17回、当選を重ねているというと、景気良く聞こえるかもしれないが、7月についてみると、1104回、1105回、1109回を含め、18,300円をはたいて、7356円を得ているということで、出した金の半分も回収していないのである。〔43〕

 梅雨が長引いたせいで、5月、6月に比べて酒を飲むことが多くなり、体重がまた少し増えてしまった。酒を飲まなかったのは5日で、1月からの通算では68日ということである。8月はもう少し、酒を控えるようにしたいと思う。〔68〕

 今夜も夜更かしをしないことにするため、皆様のブログは訪問できません。明日からよろしくお願いします。

日記抄(7月23日~29日)

7月29日(月)晴れ、暑し。関東甲信地方の梅雨明け。

 7月23日から本日までの間に経験したこと、考えたこと、その他、これまでの記事の補遺・訂正等:

7月23日
 『NHK高校講座 現代文』で取り上げていた井伏鱒二「山椒魚」の放送が終わった。高校の国語の授業らしく、丁寧に読んでみると、井伏独自の文体や、この作品の特徴がよりよく理解できる。

7月24日
 『朝日』の朝刊の神奈川版に7月11日に藤沢八部球場で行われた高校野球の県大会の1回戦:平塚農業対麻布大付属淵野辺高校の対戦の際に、バックネット裏で平塚農業OBの高木由一さん、麻布大付属OBの野村収さんというプロ野球で活躍した2人がばったり顔を合わせ、それぞれの後輩にエールを送りながら、野球談議に花を咲かせたという記事が出ていた。調べてみたところ、この試合、1回に13点を奪った麻布大付属がその後も得点を重ね、37‐0で5回コールド・ゲームで勝っている。
 野村さんはプロ野球全12球団から勝利を挙げた初めての投手として知られるが、1985年にタイガースが優勝した時の優勝投手でもあり、当時『デイリー・スポーツ』紙に連載されていた漫画『あゝたてじま人生』の副主人公(主人公は川藤幸三さん)であったことが印象に残っている。

 同じく『朝日』の水曜日のコラム「川添愛のことばスムージー」で川添さんが「翻訳できない『我』や『I』」という文章を書いており、日本語における一人称表現の多様性、英語の一人称の”I"の汎用性を対比させる議論を展開していたのが興味深かった。「ぼく、ドラえもん(のび太、スネ夫)」であり、「おれ、ジャイアン」、「わたし、しずか」で子どものころから一人称が使い分けられているというのは、すごいことではないかと思う。

 同じく、『朝日』に戦前から戦後にかけて東京の「ムーランルージュ 新宿座」の人気女優として活躍した明日待子(あした・まちこ、本名=須賀とし子)さんが、14日に老衰のため死去されたと報じられていた。99歳。
 有島一郎、三木のり平、森繁久彌、望月優子などが在籍したことで知られるムーランであるが、いよいよ生き残りは楠トシエさんくらいになってきた。ほかに、誰かいるだろうか。

 NHKラジオ『まいにちフランス語』の”Bienvenue dans la francophonie"(フランコフォニーへようこそ)はフランス領ポリネシアを取り上げた。人口27万人の83%がポリネシア人、12%がヨーロッパ人、5%がアジア人で住民の98%がフランス語を話すという。中心地はタヒチ島のパペーテである。
 後期印象派のフランス人画家ポール・ゴーギャン(1848‐1903)は地上の楽園を求めて19世紀末にタヒチ島に渡り、この島をテーマにした数々の傑作を残した。以前にも書いたことがあるが、ゴーギャンの祖母であるフロラ・トリスタン(Flora Tristan, 1803- 44)は初期社会主義者、フェミニズムの先駆者であって、彼女とゴーギャンを描いたペルーの作家マリオ・バルガス=リョサの小説『楽園への道』によっても知られている。ゴーギャンは、祖母が社会運動のために財産を使い果たしたことを恨んでいたという話であるが、でも、偉大な祖母を持っていたということは彼にとって決してマイナスではなかったはずである。

 宮下志朗『モンテーニュ 人生を旅するための7章』(岩波新書)を読み終える。
 『わたしにはよくわかっている――旅の喜びというのは、それを端的にいうならば、まさに自分が、落ち着かず、定まらない状況の証人になれることにあるのだと。もっともそれは、われわれ人間を支配するところの、主たる性質なのでもある。」(97ページに掲載された『エセー』からの引用)
 モンテーニュのように読書と旅行と思索の日々を送ろうと若いころには思っていたものであるが、旅行に出かけるためには資金が不足している老後を送ることになってしまった。身から出た錆だから、まあしょうがない。

7月25日
 『朝日』朝刊のコラム「福岡伸一の動的平衡」は、2010年7月24日に亡くなられた森毅先生を偲ぶ「森毅先生との日々」であった。京都大学教養部で長く数学を教えられた森さんの風貌がよく描かれた文章であった――などと書けるほど森さんのことを知っているわけではなく、学生のゼミを組織するのに助言をお願いするというような用件で、理学部の友人に連れられて1度お目にかかっただけである。数学よりも学生運動の話ばかりうかがったという感じで(相手によって話題を選ぶのであろう)、こんな先生もいるのかと思ったことをおぼえている。
 数学の先生と言えば、わたしとほぼ同世代で、名古屋大学を出た元同僚が、教養部の数学の先生がぶつぶつぶつぶつ、昔の話ばかりしている。どうも不思議な先生だと思っていたら、その雑談が、本になって話題を呼んだという話をした。北杜夫が『ドクトルマンボウ青春記』でその思い出を書いた蛭川幸茂(1904‐99)が、新制への切り替え後、小学校の先生を経て、愛知学院大学の先生となり、名古屋大学でも教えていたのであった。大学の授業というのは、その時点でつまらないと思っても、後で思い出してみて意義深いものであることも少なくないので、慎重に選択・聴講すべきであると思う。

 神保町シアターで『拝啓天皇陛下様』(1963、松竹大船、野村芳太郎監督)を見る。軍隊を天国だと信じる無学で純朴な男(渥美清)の軍隊生活と戦後を、その戦友である作家(長門裕之)の目を通して描いた喜劇であるが、時に哀しみが湧きあがる時がある。同じ時期の松竹映画で、長門が出演した『秋津温泉』の舞台であった岡山県津山市が、この映画にも登場しているのは偶然であろうか。

 武田百合子『富士日記(上)――新版』(中公文庫)を読み終える。夫であった武田泰淳が富士山麓に構えた山荘に備えた家族日記で、泰淳と娘の花の書いた部分もあるが、百合子の書いた部分がいちばん多い。食べ物の話が多いが、泰淳の生活ぶり、竹内好、梅崎春生、大岡昇平らとの交友など、飾らない文章で記されていて興味深い。次の記述は、よく知られている:
 1985年8月13日(金) 池田前首相がガンで亡くなった。ほかの人は死なない。(138ページ)

7月26日
 新たに導入される大学への「共通テスト」の「英語民間試験」をめぐり、「詳細が不明確」であるとして高校長協会が文科省に要望書を提出したというニュースを『朝日』、『日経』がともに報じていた。
 現場の実態を踏まえずに、頭でっかちな改革を続けている文科省に、現場の不満が噴出しはじめたということであろうか。
 まさか、民間試験を導入すれば、日本人の英語の能力が向上すると(途中の過程の検証抜きで)単純に信じているのではなかろうね。何度も繰り返しているが、現在の高等教育をめぐる最重要課題は、大学入試の改革ではなくて、大学における教育そのものの改革である。大学時代の同級生に、日本の大学もアメリカのように、入るのはやさしく、出るのを難しくすべきだとからまれたことがある。アメリカの大学が入りやすく出にくいというのは、「神話」でしかない(「アメリカの大学」と一般化してしまうところに、この議論の危うさがある)が、しかし方向性としては、入試改革よりも教育改革に重点を置いて、入りやすく出にくくするというのは間違っていないと思っている。

7月27日
 NHKラジオ『朗読の時間』の菊池寛『満鉄外史』(第36~40回)を聞く。「満州国」が成立するまでの日本側での動きがよくわかるが、同時に言葉の上っ面と内実とを検討しないと、歴史的な事実は掘り起こせないものだということを実感した。

 横浜FCがジェフ千葉を3-1で破る。いよいよ強さが本物になってきた。
 1108回のミニtotoA,Bをともに当てが、賞金額は少ない。

 ベーコン『ニュー・アトランティス』(岩波文庫)を読む。近世の「ユートピア」あるいは、「ユートピア」全般を概観した書物の中で、この書物の評価は概して低いが、導入部の小説的な技巧など、見るべきところはいろいろあって面白い本だと思った。モアやカンパネッラの場合、一方で共産主義的な社会の体制、他方で科学技術振興と民衆への啓蒙という2点が「ユートピア」の特徴として描かれているが、ベーコンの場合は、キリスト教信仰や家族制度が果たす役割が強調されて、共産主義は退けられているかわりに、科学技術の振興と啓蒙の方はさらに強調されているという感じである。だからと言って、そう簡単にベーコンを切り捨てない方がいいと思う。

7月28日
 『朝日』の朝刊に「千葉大『全員留学』義務づけへ」という記事が出ていた。最低2週間以上の滞在を要求するとのことである。異文化体験には個人差があるから、どの程度の期間が望ましいとは言えないが、1学期間くらいは勉強して相手方の単位を取るくらいでないと「留学」の名に値するとは言えず、最低でも1~2か月以上の滞在が望ましいのではないか。もっともあまり長いと大学の課程を4年のうちに修了する(日本の大学生は就職活動があるから、4年といっても、実際に大学で勉強する期間はさらに短い)のは難しくなるという矛盾を抱え込むことになる。
 また、この種の改革は一つの大学だけで取り組んでも効果は薄く、(海外を含めて)志を同じくする複数の大学で行って、学生による大学間の移動を自由にしてこそ意味がある。しかし千葉大学としては他の大学との差別化を図ることによって、より優秀な学生を集めたくて実施しているのだろうから、これまた矛盾をはらむ施策といえるのではなかろうか。

7月29日
 『朝日』の朝刊に「ローマ字、なんのため?」という、日本語のローマ字表記をめぐる記事が出ていた。その中に梅棹忠夫が熱心なローマ字化論者であったという話が出てくるが、彼がそのような主張を展開したのは、ローマ字化したほうがタイプライターの使用になじみ、自分の考えをどんどんメモできるからであった。1955年の京都大学によるカラコルム・ヒンズークシ学術探検隊に参加したとき、彼はすでにタイプライターを持ち込んで、フィールド・ノートをタイプで作成している。
 この記事の中で、デーヴ・スペクターさんは「日本の文字がローマ字だけにならなくてよかったですよ。だって味気ないでしょう。日本では漢字、ひらがな、カタカナ、ローマ字と4つもあって、選べる。ある意味でぜいたく。その分、迷うこともあるけど、わからないから面白いんです。」と語っている。これは梅棹とは正反対の意見であろう。
 昔、フランスからの独立闘争を戦うホー・チミンらの姿をとらえたドキュメンタリーを見たことがあるが、ベトナム労働党(当時)の指導者たちが、タイプライターを使って、指示を出したり、論文を書いたりしている姿が印象的であった。ベトナム語は、ローマ字化することによって、タイプライター使用を一般化したのである。古代のオリエント地方では、メソポタミアの楔形文字を受け入れながら、それを表意文字として使ったり、表音文字として使ったり、なかなか複雑な使い方をしていたというが、これは漢字を表意文字として使ったり、表音文字として使ったりする中国語の表記と同じであり、さらに、複数の文字体系を使いこなしている日本人にはきわめてわかりやすい、逆にアルファベットの表音性だけになれている人たちにとってはわかりにくい世界の事柄であろう。

 中江兆民『三酔人経綸問答』(岩波文庫)を読み終える。京大法学部には昔、予備ゼミという助教授(現在は準教授)が担当する授業があり、私の知り合いのある人物が高坂正尭助教授の予備ゼミで『三酔人経綸問答』を読んだというようなことを話していたことがある。あまり強く印象に残っていないような口ぶりで、ずいぶんもったいないことをしたものだと思う。高坂がどのようにこの書物を読みといたかは、それに同意する、しないはともかくとして、興味ある問題であるからである。この人物、本ゼミは政治学の猪木正道教授だったのだが、高坂・猪木とは全く別の道を歩むことになった。高坂の師でもあった猪木正道(わたしと京都大学で同期の猪木武徳氏の父君である。武徳さんは経済学部)のそのまた先生は、河合栄治郎であり、河合と猪木の思想はだいぶん隔たっているという印象があるから(ただし、教育者として面倒見がよかったという点は共通している)、それはそれでいいのである。河合栄治郎のそのまた先生は、新渡戸稲造であるから、ますます師弟関係というものが融通無碍であることがわかる。もう一つ付け加えておけば、映画監督の大島渚は猪木ゼミの出身であった。

 季節の変わり目であるせいか、体調が悪く、本日も、皆様のブログへの訪問をやめさせていただきます。
 
プロフィール

tangmianlaoren

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR