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日記抄(12月3日~9日)

12月9日(月)晴れのち曇り

 12月3日から本日までのあいだに経験したこと、考えたこと、これまでの記事の補遺・訂正等:
12月3日
 延期が決まった大学共通入試における英語民間試験の活用について、この取り組みに反対を続けてきた南風原朝和東京大学名誉教授が『朝日』に「大学で必要な力 重点評価を」という意見を寄せている。東京大学を始め多くの大学が、受験生に「欧州言語参照枠」(CFER) のA2の能力を求めていたが、これは「日常の事柄について簡単な情報交換ができる」というレベルで、大学の学習というよりも、一般社会で必要な能力ではないか、大学で必要な能力について改めて検討する必要があるという。
 この主張はもっともではあるが、高校生の大部分がCFERのA2の力を身につけておらず、A1(日常生活での基本的な表現を理解し、ごく簡単なやりとりができる」というレベルにとどまっているという現状、現実に大学に入学して勉強をする場合には、少なくともB1(社会生活での身近な話題について理解し、自分の意志とその理由を簡単に説明できる)程度の能力が必要だという要求水準の両方を考えると、両者の兼ね合いでA2という結論が導き出されるのだろうという弁護もしたくなるところがある。

 女子サッカーの皇后杯3回戦に進出した横浜FCシーガルズは西が丘で日テレベレーザと対戦。終りの部分だけサッカー協会の提供するテレビ画面で見たが、サッカーをさせてもらう相手ではなく、1‐5で大敗した。6‐3‐1という守備重視の陣形で臨んだのだが、それでよかったのかなという疑問も残る。

 『NHK高校講座 コミュニケーション英語Ⅲ』では広島市街地を走る路面電車が原爆投下後もすぐに運行を開始し、市民の復興の気持ちを後押ししたことが話題として取り上げられた。その中で広島電鉄が設置していた広島家政女学校の生徒たちが、学校が廃校になる9月まで運行に尽力し続けたことが語られたが、犠牲的な精神を発揮して仕事にはげんだにもかかわらず、学校が廃校になったためにその経歴が学歴として評価されなくなってしまったなどのマイナス面についても触れる必要があったのではないかと思う。

12月4日
 3日、OECDの学習到達度調査(PISA)の結果が発表され、日本の15歳が「読解力」において15位とその順位を下げたことが問題として取り上げられた。この調査では単に学習到達度のテスト結果だけでなく、生徒の生活や日常的にどのように勉強しているかという調査もしているはずで、そのあたりを視野に入れて、広く深く原因を探る必要がある。読解力の低下を学校と教師だけの責任に帰してはいけないと思うのである。

『日経』の「ASIAトレンド」のコーナーでシンガポールではプログラミング塾が増加しているという動きが紹介されていた。日本では学校教育のカリキュラムの中にプログラミングを取り込もうとしているが、どちらがより大きな効果を発揮するのか今後の動きに注意する必要がありそうだ。

 NHKラジオ『実践ビジネス英語』の”Quote...Unquote"のコーナーで取り上げられた言葉:
God gave us the gift of life; it is up to us to give ourserlves the gift of living well.
        ―― Voltaire (French philosopher and writer, 1694- 1778)
 神は私たちに、人生という贈り物を与えた。充実した人生を自分に贈るのは自分次第だ。

12月5日
 『朝日』の朝刊に鷲田清一さんが連載している「折々のことば」で「ごきげんさん」という言葉を取り上げていたのが興味深かった。関西ではこの言い方に限らず、挨拶に「おはようさん」というように、「さん」をつけることが多い。しかし、「ありがとうさん」、「おめでとうさん」、「おつかれさん」などと「さん」をつける挨拶がある一方で、「さようならさん」とか、「こんばんはさん」とか言わないのは(あるいは言っている人もいるのかもしれない)のはどういうことだろうか。「お疲れ様」という言い方もされるが、「おはようさま」とは言わないのはなぜだろうかとか、この言い方になぞが多いことも確かである。 

 ポール・アダム『ヴァイオリン職人と天才演奏家の秘密』(創元推理文庫)を読み終える。主人公ジャンニは、ロシアの天才ヴァイオリニストのために、彼が特別に演奏に使用することになっているパガニーニ愛用のヴァイオリンを修理することになる。ところが、その後、殺人事件が起こり、また天才ヴァイオリニストが失踪する…。ジャンニはクレモナ署の刑事であるアントニオとともに事件の真相の解明に取り組む。

 NHKラジオ『まいにちスペイン語』応用編「すばらしきラテンアメリカ」はキューバをめぐっているが、今回はホセ・マルティ作詞の「グアンタナメラ(Guantanamera)」という歌曲が言及された。紹介だけで、音楽を流さないので、後でYouTubeで探してきいてみた。

12月6日
 『朝日』、『日経』両紙ともに、2020年度の大学共通入試から導入予定だった国語・数学における記述式試験の見直しの動きについて報じている。断片的な知識の詰込みではなく、自分の頭で考えるような学習を推進するということで、記述式が導入されようとしているのであろうが、そうなると、記述のマニュアルのようなものが出回って学習が別の形でパターン化するという堂々巡りになる恐れがある。それよりも、高校時代の生活態度とか学習への取り組み方の方を重視する選考が少しずつ浸透してきていることの方が、長い目で見て大きな意味を持つのではないか思っている。
 ただ、大学時代に接した学生を見ていると、生活態度はしっかりしていて、まじめな学生なのだが、しかし、学問的なセンスが悪いというタイプが結構いたように思う。そのあたりは大学の中での教育で解決していく問題なのであろう。

 『まいにちスペイン語』応用編の「すばらしきラテンアメリカ」では、「二輪のくちなしの花(Dos gardenias)」という歌が紹介された。これまた言及されただけで音楽は放送されなかったので、自分で検索してどんな曲なのか調べたのである。

12月7日
 『朝日』朝刊書評欄の「杉江松恋が薦める文庫 この新刊‼』で都筑道夫の『紙の罠』を取り上げている。杉江さんも触れているようにこれは宍戸錠・長門裕之・浅丘ルリ子主演で映画化された『危(やば)いことなら銭になる』(1962、日活、中平康監督)の原作である。この映画で製版の名人を演じている左卜全が面白かったという記憶がある。

 サッカーのJ1のリーグ戦が終り、横浜FマリノスがJ1で15年ぶり4度目の優勝を飾った。1141回のミニtoto-Aが当たっていた。

12月8日
 NHKラジオ『私の日本語辞典』(再放送)は東京文化財研究所音声映像記録研究室室長石村智(とも)さんの「言葉で探る日本の港の姿形」という放送を始めた。この中で、石村さんは私見ではあるがと断りながら、天照大神は海と関係のある神ではないかという説を述べていたが、最近読んだ筑紫申真『日本の神話』では、天照大神と海の関係がかなり詳しく考察されている。石村さんが筑紫の研究を知らないのか、あるいは知っていても言及を避けたのか、判断に苦しむところである。

 サッカーのJ3の日程が終了した。J1では横浜Fマリノスが優勝、J2で横浜FCは2位で1部自動昇格を決めたが、J3のYSCCは13位に終わった。

12月9日
 NHKラジオ『まいにちフランス語』では、スペインとフランスの間にあるバスク地方で盛んなぺロタ(la pelote)というテニスやスクァッシュに似たスポーツが話題として取り上げられた。
Cousine du tennis, la pelote basque a été sport olynpique en 1992 pour des démonstrations lors des J.O. de Barcelone en Espagne, où ce sport a aussi beaucoup d'adeptes.(テニスによく似たこのバスク・ぺロタは、スペインのバルセロナで1992年に開催されたオリンピックの公開競技だった。スペインにもこのスポーツの支持者が多くいる。
 世界には、日本ではあまり知られていないスポーツがまだたくさんあるようである。  
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日記抄(11月26日~12月2日)

12月2日(月)雨が降ったりやんだり、ときどき、かなり強く降っている。

 11月26日から本日までに経験したこと、考えたこと、これまでの記事の補遺・訂正等:

11月26日
 『NHK高校講座 現代文』は井上ひさし「ナイン」を取り上げた。この放送は昨年も聴いた記憶がある。
 放送関係の仕事をしている語り手は、昔部屋を借りていた四谷新道の畳店をたずねる。畳店を継いでいる先代の店主の息子がエースだった少年野球のチームのメンバーが、その後どうなったかというのが先代といまの店主の2人の口から語られる。
 講師の説明によると、この話は1984年の時点から1965年の出来事を回想するという構造になっているが、その間に新道の商店街がかわり、人情も変わっていったというのが小説の背景をなしている。小説中には、四谷新道に住んでいた歌舞伎俳優の岩井半四郎(作中では大和屋という屋号で呼ばれている。十代目。1924-2011)と中学生だったその2人の娘(岩井友見さんと仁科明子さん)という実在の人物が登場するのも特徴的である。商店街の変化とともに、大和屋とその一家も別の場所に移っていったと書かれているが、その引っ越し先の近くにアパートを借りていた知人のところに1976年か1977年ごろに泊まったことがあるのは昨年も書いた。この作品とのかかわりでは、微妙な経験だったのだなぁと改めて思う。

11月27日
 病院に出かける。

 渡辺一夫『ヒューマニズム考』(講談社文芸文庫)を読む。
 ルネサンス時代の精神であるヒューマニズム(ユマニスム)を宗教改革の精神との関係で考え直していく。エラスムスのユマニスムとルターの宗教改革、ラブレーのユマニスムとカルヴァンの宗教改革を論じ、最後にモンテーニュの『エセー』の軌跡をたどる。
 渡辺は暁星中学の卒業生であるが、大学時代の私の先生の一人がやはり暁星中学の出身で、渡辺を尊敬すると発言されていたそうである(私は直接聞いたことはない)。暁星は私の尊敬する詩人である金子光晴と、敬愛する文学者である吉田健一の母校でもあって、そういう伝統を持つというのはいいことだと思っている。吉田健一の『東京の昔』にフランスに留学したがっている古木君という東大の学生が出てきて(最後に、留学することになる。吉田の親友だった中村光夫あたりがモデルなのだろうか)、金子の『西ひがし』にはフランス留学から日本に帰るプルースト君という若者が出てくるというのも面白い対比である。

11月28日
 『NHK高校講座 音楽Ⅰ』は弦楽器のうちのヴァイオリン、ヴィオラ、チェロについて取り上げた。それぞれの楽器の演奏者が楽器の特徴や演奏上の問題などを話していたのが興味深かった。中でもヴィオラの楽譜はハ音記号で書かれているので、学習に戸惑わなかったかという講師の質問に対し、比較的早く慣れましたというやりとりなどが興味深かった。

11月29日
 『朝日』朝刊のコラム「経済気象台」は惻隠子の「展望なき文部行政憂う」という文章を掲載している。その中で惻隠子は21世紀に入ってからの文部科学省による高等教育政策がことごとく失敗していることを問題視している内容であるが、日本の高等教育政策と高等教育の実際がうまくいっていないのは、もっと根の深い問題ではないかと思う。
 教育政策の方向性を示す文書である中央教育審議会の答申について、詳しく調べていないので、しっかりしたことは言えないが、1963年の第19回答申「大学教育の改善について」は、その後の高等教育の大衆化の速度と規模を読み違えているという問題はあるにしても、高等教育の多元化という方向づけは、おおむね正しいものであったように思われる(1960年代の後半に大学生だった私が、このような方向に反対する立場で運動していたのは慙愧に耐えないところである)。ところが、1969年の第21次答申「当面する大学教育の課題に対応する方針について」などは当時の大学闘争に対する場当たり的な対応しか示していない。その後、もっと真剣に高等教育の問題に取り組むべきであったにもかかわらず、十分な取り組みがなされてこなかったように思われる。つまり、惻隠子は問題を20年余りの無策の結果と考えているが、私の見るところ50年の無策の結果のようである。

 ポール・アダム『ヴァイオリン職人の探求と推理』(創元推理文庫)を買ってきて、読み進んでいる。語り手は、ヴァイオリンの製造地として有名なイタリアのクレモナの町に住むヴァイオリン職人である。同じヴァイオリン職人であるトマソ、アリーギ神父、それにクレモナ警察の刑事であるアントニオと月に1回することになっている弦楽四重奏を楽しんだが、その後、トマソと連絡がつかなくなり、仕事場で彼の死体が見つかる。語り手はアントニオによる事件の捜査を手伝うことになる・・・。
 まだ読み終えていないので、全体的な感想は書かないが、弦楽四重奏を楽しむというのはなかなかいい趣味だと思う。ヴァイオリン職人2人が第一ヴァイオリンと第二ヴァイオリン、アリーギ神父がヴィオラ、アントニオがチェロということらしい。
 日本文学をイタリア語に翻訳・紹介しているアレッサンドロ・ジョヴァンニ・ジェレヴィーニさんはクレモナの人で、彼のイタリア語エッセイDolcissimo italianoには”Cremona e il suo patrimonio culturale immateriale"(クレモナの無形文化遺産)という文章が収められていて、この町の弦楽器製作の伝統がユネスコの無形文化遺産になっていることをめぐるジェレヴィー二さんの複雑な心境がつづられている。

 筑紫申真『日本の神話』(ちくま学芸文庫)を読み終える。著者が教師として活動した三重県(伊勢・志摩地方)における民俗の観察と、古代神話の文献研究から独創的な見解を導き出している。

11月30日
 11月27日の項で金子光晴のことについて触れたが、本日の『朝日』朝刊の「折々のことば」は金子の「どんな歴史でも、あとから、あとから押してくる現実に、追いたてられるようにして過ぎてゆくものらしい。」という言葉を取り上げていた。できるだけゆったりとした気分で推移する事態に対処すべきだということらしい。吉田健一ができるだけ広い視野でものを見るべきだと言っていたことなども思いだされる。

 全国高校サッカー選手権の神奈川県大会の決勝戦を見に行かなかったことはすでに書いたが、日大藤沢高校が桐光学園高校を1-0で破って全国出場を決めた。5年ぶり5度目の全国出場だそうである。横浜FCのFWとして活躍し、現在はファジアーノ岡山の監督をしている有馬賢二さんはこの学校の卒業生である。

12月1日
 『朝日』の朝刊は高校の校則の「ブラック化」の問題を取り上げている。(なお、「ブラック」という言葉を否定的な意味に使うことについては、私は反対で、「ダーク」というべきではないかと思っている。) 社会の、ひいては生徒の多様化に学校の側が対応しきれていないというのが問題だろうが、高校生の多くが校則については従うべきだと考えているのが最近の傾向であるという調査結果についても考える必要があるだろう。VoiceというよりもNoiseの問題、つまり多数が支持していても一部に強い反対があるというような場合(多数が反対していても、一部に強い支持があるというような場合)の対処の仕方というのは、現在の民主主義が避けることのできない問題ではないかと思う。

12月2日
 『朝日』の朝刊に今川義元が「実はキレ者」であったという記事が掲載されていた。この記事にも多少書かれていることだが、義元は補佐役として太原雪斎がいたころはわりにしっかりと領内を把握していたのだが、雪斎の死後、失敗が多くなったという説が有力ではないかと思う。静岡大学の学長をしていた日本史学者の小和田哲男さんの雪斎が生きていたら桶狭間の敗北はなかったかもしれないという意見がこの記事にも引用されていた。戦国時代の武将と交流があり、外交折衝などに活躍した禅僧が多いことは歴史的な事実であるが、武将たちの戦略と実戦において果たした軍師・参謀の役割については分からないことが多いようなので、雪斎について過大評価するのも問題かもしれない。

2019年の2019を目指して(11)

11月30日(土)晴れ、三ツ沢グランドの陸橋付近から富士山が見えた。

 11月は後半に体調を崩し、不活発になったので、動静をめぐる数字に大きな変化はない。
 足跡を記したのは東京、神奈川の1都1県、横浜市と品川区、渋谷区、新宿区、千代田区、文京区、港区の1市6区のままである。
 利用した鉄道も京急、JR東日本、東急、東京都営、東京メトロ、横浜市営の6社で変化なし。
 路線も東急大井町線、東横線、目黒線、東京メトロ南北線、半蔵門線、副都心線、JR東日本京浜東北・根岸線、横浜線、東京都営新宿線、三田線、京急本線、横浜市営地下鉄ブルーラインの12路線で変化なし。
 乗り降りした駅は16駅、乗り換えをした駅は7駅とこれも変わらず。
 利用したバスは江ノ電、神奈川中央交通、相鉄、横浜市営の4社、17路線は変わらないが、乗り降りした停留所が1か所増えて15か所となった。〔86〕

 この記事を含めてブログを30件書いた。1月からの累計は337件である。内訳は日記が5件、読書が10件、読書(歴史)が2件、『太平記』が4件、ジェイン・オースティンが4件、ラブレーが5件ということである。1月からの累計では日記が62件、読書が77件、読書(歴史)が38件、モア『ユートピア』が8件、読書(言語ノート)が9件、『太平記』が48件、ジェイン・オースティンが33件、ラブレーが27件、ダンテ『神曲』が20件、推理小説が7件、詩が6件、映画が1件、未分類が1件ということである。
 コメントを4件、拍手を527頂いた。1月からの累計はコメントが10件、拍手コメントが1件ということである。〔348〕

 12冊の本を買い、8冊を読んだ。1月からの累計では119冊の本を買って、108冊の本を読んでいることになる。ただし、108冊のうち、今年買った本は102冊で、残り6冊のうち4冊は2018年に、2冊はさらにそれ以前に買った本である。
  11月に読んだ本を列挙すると:デフォー『ロビンソン・クルーソー(下)』(岩波文庫)、松下貢『統計分布を知れば世界が分かる』(中公新書)、木村茂光『将門の乱を読み解く』(吉川弘文館:歴史文化ライブラリー)、平松洋子『かきバターを神田で』(文春文庫)、宮田珠巳『いい感じの石ころを拾いに』(中公文庫)、三浦佑之『古事記神話入門』(文春文庫)、渡辺一夫『ヒューマニズム考』(講談社文芸文庫)、筑紫申真『日本の神話』(ちくま学芸文庫)
ということである。数は少ないが、中身は充実している(と、思うことにしている)。〔111〕

 『ラジオ英会話』を20回、『遠山顕の英会話楽習』を12回、『入門ビジネス英語』を8回、『高校生からはじめる「現代英語」』を8回、『実践ビジネス英語』を12回聴いた。1月からの累計では、『ラジオ英会話』を207回、『遠山顕の英会話楽習』を127回、『入門ビジネス英語』を67回、『高校生からはじめる「現代英語」』を88回、『実践ビジネス英語』を132回聴いていることになる。このほかに、夏休みの特別番組”Let's Learn English in English"を5回聴いている。
 『まいにちフランス語』入門編を11回、応用編を7回、『まいにちスペイン語』入門編を11回、応用編を8回、『まいにちイタリア語』入門編を12回、応用編を8回聴いている。1月からの累計では、『まいにちフランス語』入門編を123回、応用編を59回、『まいにちスペイン語』入門編を54回、初級編を58回、中級編を67回、応用編を16回、『まいにちイタリア語』入門編を92回、初級編を31回、応用編を83回聴いていることになる。〔1210〕

 映画を見に出かける機会がなかったので、2館9本という数字は変らず。〔11〕
 展覧会にも出かけられなかった。〔3〕

 J2第39節の横浜FC対Vファーレン長崎の試合、第42節の横浜FC対愛媛FCの試合を観戦した。観戦した試合の累計は35試合となった。横浜FCがJ2リーグで2位となって、13年ぶりにJ1に昇格するのはうれしい限りである。その一方で、全国高校サッカー選手権の神奈川県大会の準決勝、決勝3試合を見ることができなかったのが残念である。
 第1135回のミニtoto-A、第1138回のミニtoto-A、第1139回のミニtoto-Bをあてた。1月からの当選回数の累計は27回である。〔66〕

 アルコール類を口にしなかったのは14日である。体調が悪かったので、口にできなかったのだが、そのわりに体重が減っていないのが気になるところである。栄養指導で栄養士さんに微妙なところなので気をつけてくださいと言われたが、言われなくてもそれは承知していることである。
 11月は体調を崩したために、数字があまり伸びなかったが、2019年の2019は達成できそうなところまで積み上げてはいるので、無理をせずに一歩一歩目標に近づいていくことにしようと思う。 

日記抄(11月19日~25日)

11月25日(月)朝のうちは曇っていたが、その後、晴れ間が広がる。しかし、15時ごろからまた雲が広がってきた。

 11月19日から本日までの間に経験したこと、考えたこと、その他、これまでの記事の補遺・訂正等:
11月18日
 『日経』に大学共通テストの国語・数学における記述式問題の導入をめぐって南風原朝和東京大学名誉教授がその問題点を指摘する論考を掲載している。大規模共通テストに記述式問題を導入するのは無謀な企てであり、どのような答案を正答と判断するかをめぐって混乱が生じることは、容易に想像できる。萩生田文科大臣は出題者側と採点事業者とが事前に基準をすり合わせることを提案しているが、それは結局、客観的なマークシート式に近づけることになり、記述式を導入した意味を否定することになりかねない。それに問題が漏洩する恐れもなしとはしない〔英国の標準テストのように、科目によっては、はじめから出題範囲を明示するというやり方ならば、それはそれでいいのではないかと思う〕。大学入試の現場を知らない人たちが机上の空案を立てて、現場の担当者からいろいろな問題点を指摘されても、なかなか耳を貸さないところに問題があるというのである。理念の正当性は、手段の非現実性の言い訳にはならない。このことを教育政策・行政にたずさわる者は肝に銘じるべきである。

11月19日
 『朝日』の朝刊に掲載された世論調査の結果によると、「英語民間試験」導入に反対という意見が49%に達したという。2月に日本財団がおこなった調査では支持する意見が大勢を占めていたはずである。この企てには、グローバルな人材を育成するための入試改革というような改革の目的・意義に関わる部分と、それをどのような具体的方法(この場合は入試)によって実現していくかという手段に関わる部分とがあり、2月の時点では目的に賛同する人が多かったのが、その実施上の問題点が明らかになるにつれて、反対意見が多くなってきたものと考えられる。

 『日経』の朝刊に台湾の伝統的な人形劇である布袋戯(台湾語でポーテーヒ)に取り組んでいる陳錫煌(チェン・シーホァン)さんのことが紹介されていた。陳さんの最近10年間を楊力州監督がカメラに収めたドキュメンタリー映画『台湾、街角の人形劇』が公開されるという。身に出かけてみたいが、さて、どうなるか。

11月20日
 インフルエンザの予防注射を打ってもらう予定だったのが、体調が悪く、注射をするとますます悪化する恐れがあるということで取りやめになった。

 NHKラジオ『実践ビジネス英語』の"Word Watch"のコーナーで”topless meeting"という表現が取り上げられた。「toplessは本来「上半身が裸の」ということだが、ここではlaptop-lessの意味で使われている。ラップトップやスマートフォンなどのデジタル機器の使用を禁止する会議のことをこのようにいう。参加者の集中力が増すだけでなく、会議の時間が短くなる利点があるという。なお、LongmanのActive Study Dictionaryでtoplessという語をひくと、”a woman who is topless is not wearing any clothes on the upper part of her body”と説明されている。

 同じ番組の”Quote...Unquote"のコーナーで取り上げられた言葉:
It is during our darkest moments that we must focus to see the light.
   ―― Aristotle (Greek philosopher, 384 - 322 BC)
最も暗い時期にいるときこそ、わたしたちは光を見出すために集中しなければならない。

 サッカーW杯の第二次アジア予選を対象とした1138回のミニtoto-Aが当たった。賞金はわずか278円であった。

 『NHK高校講座 コミュニケーション英語Ⅲ』で広島市の市街を走る路面電車(streetcar)のことが取り上げられた。戦争中は、広島電鉄が設置した広島電鉄家政女学校の生徒が運転していたということ、原爆投下後も被爆電車が走り続けたことなどが英語で紹介された。調べてみると、広島電鉄家政女学校は1945(昭和20)年9月に廃校になり、卒業生が1人もいないだけでなく、当時の在学生は国民学校卒業という学歴にしかならなかったなど、様々な問題点が浮かび上がるのだが、そのようなことがこれからの放送でどれだけ明らかにされるのかという点にも注目する必要がありそうだ。

11月21日
 NHKラジオ『まいにちスペイン語』応用編「すばらしきラテンアメリカ」では、日本人の夫婦がラテンアメリカを旅してまわるという内容を放送しているが、これまで案内してくれていたメキシコ人の友人夫妻と別れることになり、”Las Golondrinas"(つばめ) というメキシコの有名な別れの歌を歌うという話が展開された。日本人の佐藤夫人がペドロ・インファンテ風に歌いましょうというところで話は終わり、肝心の歌は聞くことができなかった。YouTubeでペドロ・インファンテの歌う「ラス・ゴロンドリーナス」はわりに簡単に見つかるので、興味のある方は探して聞いてみてください。

 同じく『ボキャブライダー』でピーマンのことをgreen pepperという話が出てきた。ピーマンというのはフランス語起源だというのだが、フランス語ではpoivron vertという。poivron rougeまたはpoivron jauneというのはパプリカのことだそうである。ついでにイタリア語ではpeperoneという。

 宮田珠己『いい感じの石ころを拾いに』(中公文庫)を読み終える。私も、石は好きな方だが、石好きにもいろいろな種類があることを教えられる。

11月22日
 『NHK高校講座 倫理』では「プラトン 永遠へのあこがれ」としてプラトンの哲学について、イデア論と、哲人政治の理想の2点に絞って取り上げていた。ラブレーの『ガルガンチュワ物語』第45章で、ガルガンチュワも言う言葉:「王者が哲理に則るか、或いは哲人が政事(まつりごと)を執るかいたす時には、国家は福楽を得るものだ」(渡辺訳、210ページ)が引用された。
 ローマの皇帝であったマルクス・アウレリウスがストア派の哲学者であったのは有名な話だが、他にも英国の首相(1902‐05)をつとめたアーサー・バルフォア(1848‐1930)とか、チェコスロヴァキアの大統領(1920‐35)であったトマーシュ・マサリク(1850‐1937)など、哲学者でもあった政治家は少なくない。しかし、デモクラシーの社会では、国民の方がもっと哲学を学んで市民としての自覚を高めることの方が重要ではないかと思う。

11月23日
 全国高校サッカー選手権の神奈川県大会の準決勝が相模原市の祇園スタジアムで行われるので、見に行くつもりだったが、体調が悪いので断念し、その代わりに、神保町に出て西岡民雄さんの個展を見て、神保町シアターで映画を見ようと計画したのだが、それも断念した。週の初めごろに比べるとだいぶ体調は良くなっているが、それでもあまり無理はしない方がよさそうだ。

 三浦佑之『古事記神話入門』(文春文庫)を読み終える。『古事記』本文の主要部分の現代語訳に著者独自の解説がくわえられている。『日本書紀』と対比しての『古事記』の特色の一つは、出雲神話に関わる部分が多いことである。
 引き続き筑紫申真『日本の神話』(ちくま学芸文庫)を読み始めているのだが、こちらは日本の古代神話は古代専制王権を美化するために”作られた神話”」(だという前提に立ち、その創作の過程に伊勢の海民たちが貢献したために、彼らの固有信仰が投影されることになったという独自の議論が展開されている。
 特に気になったのは、泉鏡花の『歌行燈』、『高野聖』に関連して次のような指摘がなされていることである。「鏡花の小説の幻想性は、日本の固有信仰にしっかりと根ざした発想から生じていて、容易に人々を夢幻の共感へと誘う。」(20ページ) 「原始信仰の気分が人々に理解されうる普遍性をもちつづけるかぎりは、神話は生きている。それは生き続け、日本人の心をとらえつづけると思われる。・・・『歌行燈』や『高野聖』を読んで感動できるあいだは、日本人のこころの奥底で”つくられた日本神話〟も生きつづけることができる。――なぜなら、日本神話やこれらの鏡花の小説は、みな日本の原始的な固有信仰を基盤にして創作された作品なのだから。」(24ページ) 創作ではあっても、それなりに古代の人々の信仰が反映されているというのである。
 ところで、柳田国男の『遠野物語』のインフォーマントであった佐々木喜善は鏡石と号するくらいで、泉鏡花のファンであったのだが、佐々木から『遠野物語』を贈られた鏡花は、この作品をあまり評価しなかったので、佐々木ががっかりしたという話がある。京かがなぜ、『遠野物語』を高く評価しなかったのかというのも、考える価値のある問題である。

11月24日
 ニッパツ三ツ沢球技場でJ2第42節(最終節)の横浜FC対愛媛FCの対戦を観戦した。この試合に勝てば2位と、J1昇格が確定するというので、ほぼ場内が満員となる観客が押し掛けた。先着1万名に応援用のTシャツを配布するということで、入場前に並んでいるときに、このあたりだとTシャツは品切れになるかもしれませんなどと言われたが、無事入手した。
 前半32分に横浜はCKのチャンスを得て、中村俊輔選手がボールを蹴ったところ、愛媛側に反則があり、PKとチャンスがさらに広がり、皆川選手が確実に決めて1点を先行。シーズン途中から加入した両選手が先制点に貢献した。さらに後半、齋藤功佑選手のゴールで点差を開き、愛媛の猛攻をしのいで、勝ち点3を挙げ、13年ぶりのJ1昇格を果たした。
 試合後、シーズン終了のセレモニーが行われ、今シーズン限りで引退する田所選手の挨拶の後、奥寺会長や、その他のスタッフがこれまでの応援への感謝や今後の抱負などを語ったが、キャプテンの南選手の40歳になってこのような場面に居合わせることができるとは思わなかった、長いことサッカーを続けてきてよかったという言葉が印象に残った。

 一方、横浜FCシーガルズは皇后杯トーナメントの2回戦で帝京平成大学に2‐1で勝利し、3回戦に進んだ。3回戦では日テレベレーザと対戦するはずで、応援というよりも、現在なでしこリーグで最強を誇っている日テレベレーザがどんなチームなのかに興味があるので、見に出かけようと思っている。それから、第1139回のミニtoto-Bが当たっていた。これで1月からの当選回数は27回となった。30回に届くかどうか、微妙なところである。

11月25日
 『週刊東洋経済』11月30日号(本日発売)は「本当に強い理系大学」を、『エコノミスト』12月3日号(本日発売)は「勝ち残る/消える 大学」を特集している。気になるので、立ち読みできるところで中身をのぞいてみよう。

 『日経』の朝刊で中央大学の古賀正義教授が、「集団活動が自然に行え社会性に富んだ『普通の市民』を育て上げる高校の役割が揺らいでいる」として、受験勉強の重圧や教師への反発などよりも、生活リズムの乱れや、対人関係のひずみが理由となって、高校を中退する生徒が増えてきている現状を指摘、高校教育が社会参加と自立のための教育に取り組む必要を論じている。示唆に富む内容である。 

日記抄(11月12日~18日)

11月18日(月)晴れ

 11月12日から本日までの間に経験したこと、考えたこと、これまでの記事の補遺・訂正等:

11月11日
 NHKラジオ『エンジョイ・シンプル・イングリッシュ』では登場人物が宮崎県を旅行した。その中で、主人公たちが参拝した鵜戸神宮が「下り宮」(=階段のはるか下のほうに社殿があるという形の神社)であるという話が出てきた。そういえば、私が以前参拝した群馬県の貫前(ぬきさき)神社(上野一宮である)も「下り宮」だったと思って調べてみたところ、この2つの神社と熊本の草部吉見(くさかべよしみ)神社を日本三大下り宮ということがわかった。

11月12日
 『朝日』の朝刊によると、非英語圏の英語力に関する民間の国際調査で、日本は100か国中53位と順位を下げたそうだ。英語教育の改革が叫ばれ、実施されている中で、国際順位が下がっているというのは、その改革が間違った性格をもっているということにまだ、政策形成に携わる人たちは気づいていないらしい。

11月13日
 NHKラジオ『実践ビジネス英語』に”We're social animals, after all"(私たちは結局のところ、社会的動物ですから)という表現が出てきた。パートナーのハワードさんが、社会的動物というとミツバチやアリ、サル、そして人間などが挙げられるということを言っていたが、それぞれの社会の性格が微妙に違うことも考えるに値することである。

11月14日
 『実践ビジネス英語』の”Word Watch"のコーナーでは”standing desk"を取り上げた。長時間座ったままの姿勢でいるのは健康に害があるというので、standingdeskあるいはstand-up desukと呼ばれる机を導入する基調が最近増えてきているのだそうだ。高さの調節ができず、ずっと立って仕事をするための机と、調節が可能で座って仕事をすることもってすることもできる机とがあるという。税務署に確定申告に出かけると、このstanding deskに出会うので、私はあまりいい印象をもっていない。

11月15日 
 『朝日』朝刊に「赤狩り生きた元俳優 102歳の警鐘」として、往年のハリウッド女優マーサ・ハイヤーさんのインタビューが出ていた。1940年にグリア・ガースンとローレンス・オリヴィエの主演で『高慢と偏見』が映画化されたときに、メアリーの役を演じた女優である。(この作品でジェインを演じたモーリン・オサリヴァンは『ターザン』のジェイン役で知られる女優であるが、ミア・ファローの母親であるのはご存知の方も多いはずである。) 『風と共に去りぬ』でメラニー役は、オリヴィア・デ・ハヴィランドが演じたが、彼女はその前に、スクリーン・テストを受けていた…というような話題はかなり豊富な人である。
 ハリウッドの赤狩りがここで問題にされているが、日本でも戦争中や、戦後の一時期に、同じようなことがあって、新劇の主要な俳優がほとんど舞台に立てなかったことがあることも忘れてはならない。舞台に立てなくなった滝沢修が、長谷川一夫と山田五十鈴の劇団の裏方に入って、役者たちに演技指導をしているのを見た山田五十鈴の父親が、「あの人上手いねぇ、なんで舞台に立たないんだろう」といったという話がある。

11月16日
 『朝日』の「古典百名山」で大澤真幸さんが親鸞の『教行信証』を取り上げていた。以前、五島美術館でこの本の断簡を見て、非常に丁寧な書体で書かれているのに感動した記憶がある。私は字を書いていても、すぐにぐちゃぐちゃになってしまうので、こういう字を書く人は尊敬するのである。

 横浜FCはアウェーでファジアーノ岡山と対戦、前半に挙げた1点を後半の岡山の猛攻をしのいで守り抜き、2位を確保した。24日に愛媛FCに勝てば、2位が確定してJ1に自動昇格となる。最後の1試合、頑張ってほしい。

11月17日
 体調が悪くて、夜は寝ていたため、皆様のブログの訪問を省かざるを得なかった。ご了承ください。

 『朝日』の朝刊・地方欄に日本総研の主任研究員である藻谷浩介さんがIRをめぐる「造ること自体ばくちの計画」であると、様々な根拠を挙げて、この計画の問題点を指摘していた。以前にも書いたが、日本各地にテーマ・パークが作られた時、アメリカでは成功例よりも失敗例のほうが多いということが見落とされていたと思っているので、IRを推進しようとしている人はこの文章を読んで考え直してほしいものである。

11月18日
 体調はだいぶ良くなったが、ブログ訪問は限定的になりそうで、悪しからずご了承ください。

 平松洋子『かきバターを神田で』(文春文庫)を読み終える。この本の最後のほうに、ラピュタ阿佐ヶ谷(館名は書いていないが、明らかにラピュタである)で川島雄三監督の『とんかつ一代』を見たことが記されていて、ひょっとすると一緒の回だったのかななどと考えたりした。この映画は川島の最後から2番目の作品で、この後社会派喜劇の『イチかバチか』を演出したのちに、急死する。作品の完成度という点からいえば、『とんかつ一代』のほうが高いが、『イチかバチか』には新しい喜劇の創造への強い意欲が感じられる。川島がもう少し長生きしていれば、どんな展開になったかということをどうしても考えてしまうのである。

 東京落語の「長屋の花見」は、二代目蝶花楼馬楽が上方落語の「貧乏花見」を東京に移したもので、作品としての成立は明治になってからのことであるが、噺としては江戸時代の花見の設定である。(「貧乏花見」は明治以後の設定になっているようである。)貧乏な長屋の住人たちが大家さんの音頭取りで、花見に出かける。毛氈はござ、酒はお茶、卵焼きは沢庵というような支度である〔「長屋の花見」が大家さんの音頭取りであるのに対し、「貧乏花見」は長屋の衆の衆議一決であるとか、「長屋の花見」は男だけで出かけるのに対し、「貧乏花見」は男女混成で出かけるとかいう違いは、東西の文化・気質の違いを示すものとしてよく取り上げられる〕。安倍首相の「桜を見る会」のニュースを聞いて、来年は、有志を集めて「長屋の花見」をしてやろう、できるだけみすぼらしい格好で出かけて騒ごうと思っていたのだが、本家「桜を見る会」が取りやめになってしまったので、この計画も練りなおさざるを得ないようである。
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