日記抄(3月12日~18日)

3月18日(土)晴れのち薄曇り

 3月12日から本日までの間に経験したこと、考えたことなど:
3月12日
 ニッパツ横浜球技場でJ2第3節:横浜FC対ザスパ草津群馬の対戦を観戦する。開幕の松本山雅戦にくらべると観客がかなり減り、前売り券を確保する必要もなく、老人割引で入場した。前半40分にゴール前でこぼれたボールを三浦カズ選手がけりこんであげた1点を守って、横浜が1-0で勝利し、3位に浮上した。試合後の談話でカズ選手が、イバ選手の近くにいればボールが転がってくることがあると思って、その機会を待っていたと話していた。決めるべき時に決めたカズ選手は立派だが、チャンスを作ったイバ選手の活躍も見落とせないのである。

3月13日
 NHK「ラジオ英会話」は”Harvey and Shirley Downsize"(ハーヴィーとシャーリー、身の回りを整理する)の2週目:”Getting Down to Business"(具体的な話に入る)で、ハーヴィーとシャーリーの老夫婦は家を売って身の回りを整理し、小さなマンション(small condo)とRV(recreational vehicle、キャンプ用で部屋やキッチンのついた車)を買うことにした。そこでRVを売ると言っているアリゾナ州トゥーソンに住む知り合いのゲーターに電話を掛ける。
How about knocking down the price a bit? (どうかね、少し値引きをしないかね?)
Sorry, buddy, I'm not budging on the price. (悪いんだけどねえ、値段に関しては一歩も譲りませんよ。)
Would you consider free delivery of the RV? (RVの無料配達を検討していただけるかな?)
You drive a hard bargain! (強気の交渉をするねえ!)

3月14日
 「ラジオ英会話」の続き。ハーヴィーはガレージセールをしようと提案する。
Let's have a garage sale. (ガレージセールをしよう。)
In the middle of winter? No one will show up. (冬のさなかに? 誰も来ませんよ。)
Sure they will. People love a bargain! (来るとも。掘り出し物が嫌いな人はいないよ!)
I'm not so sur about that. (それはどうかしらね。)

3月15日
 the Ides of March. ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)が暗殺された日であることは昨年のこのブログで書いたはずである。確定申告に出かける。グズグズしていて、申告が最終日近くになるのは例年通り。昨年に比べると税務署にやってきている人が少なく、書類提出までそれほど時間がかからなかった。

 「ラジオ英会話」の続き。ハーヴィーとシャーリーの夫婦はいよいよガレージセールを始めるが、帝国よりも早く、お客がやってくる。シャーリーの紅茶セットに目を付けた女性が、45ドルで売ると聞いて
Could you come down in price a little? (価格を少し下げてもらえるかしら?)
交渉の結果、35ドルで買い取ることになり、2人は
Thanks for your business! ((お買い上げ)ありがとうございました!)
と声をそろえる。

 NHKラジオ「実践ビジネス英語」は”Money Matters"(お金のこと)の4回目。お金を大切にすることを子どもたちにどうやって教えるかについての議論が交わされるが、一人が
What do you think is the best way of explaining the growing gap between rich and poor to children? (貧富の差が広がっていることを子どもたちに説明するには、どうすれば一番いいと思いますか?)と問いかける。
That's a tricky one. (それは難しい問題ですね。)

 同じ番組の”Quote...Unquote"のコーナーで紹介された言葉:
Knowledge is of two kinds: We know a subject ourselves, or we know here we can find information upon it.
-- Samuel johnson (English lexicographer and author, 1709 - 84)
(知識には2種類ある。ある事柄を自分自身が知っているということと、それにかかわる情報をどこで見つけられるかを知っているということだ。)
 lexicographerは「辞書編集者」。ジョンソンが独力で英語辞書を編纂した次第は上記の言葉を含む、いくつかのエピソードを引き合いに出しながら、面白おかしく、加島祥造『英語の辞書の話』に記されている。加島さんのこの本を読んだ後、ある講習会の講師をしていて、「知識には2種類ある」という話をしたのはもう40年近く前のことになってしまった。加島さんは最近は「タオ」についての著書で知られるが、大学の英語の先生をしていただけでなく、クリスティの『ナイルに死す』など英語ミステリーの翻訳者であり、『荒地』派の詩人でもある。実は、城米彦造とともに、私が目標にしている詩人である。

3月16日
 「ラジオ英会話」の続き。ガレージセールで今度は、ハーヴィーの運転台付き芝刈り機(riding mower)に目を付けた客がいる。350ドルという値段を聞いて、
Is that your final offer? (それが最終提示価格?)
I'll throw in the garden tools. (おまけに園芸用具を付けます。)
It's a deal! (それで決まり!)

 「実践ビジネス英語」の続き。若者たちにお金の大事さを教える最良の方法として、1人がこんな意見を述べる。
If you ask me, one of the best ways to teach young people the value of money is for them to have part-time or summer jobs. (私に言わせてもらえば、若い人たちにお金の価値を教える最良の方法の1つは、アルバイトや夏の間だけの仕事をさせることです。) 私が接した学生たちの経験をまとめると、若者たちにとってアルバイトは、自分とは異質の人間との出会いという性格が大きいように思う。
 Too many people are ignorant about basic financial matters. (資産管理の基本的なことを知らない人が多すぎます。)というのはそのとおりで、私などもそのために苦労している。しかし、学校で金利や株式市場というようなことについて教えるのは、ある業界の一方的な宣伝の注入になる恐れや、宣伝できなかった業界からの猛反発を招く恐れがある。

 NHKラジオ「まいにちフランス語」応用編は”La vin (1) Partage et convivialité ~La vérité est dans le vin ~”(ワイン(1) 分かち合い、共に楽しむこと~真実はワインの中に~)という話題を取り上げた。
En France, on dit qu'il ne faut jamais boire seul, mais uniquement quand on est accompagné. Et rien n'est plus vrai lorsque l'on parle de vin. (フランスでは、決して一人で飲んではいけない、誰か一緒に飲む人がいるときにだけ飲むものだ、と言われる。ワインについて言えば、これ以上正しいことはない。)
 La vérité est dans le vin. というのはラテン語の《In vino veritas.》という表現をフランス語にしたものだという。「酒の中に真実がある」というのは、「ワインを飲むと、人は、素面では話せないようなことも話す」という意味だと解説されていた。これは大プリニウスが『博物誌』の中で述べていることを、ことわざ風に言い換えたもので、酔っぱらうと本性が現われるというようなことだと別の本に書かれていた(まあ、大体同じことである)。

 『日刊スポーツ』に俳優の渡瀬恒彦さんの訃報が出ていた。72歳。まだ活躍できる年齢であっただけに惜しまれてならない。実は、兄さんの渡哲也さんにくらべると、渡瀬さんの映画は見ていない。渡瀬さんが再婚された時に、お相手が新潟市の内野の人だという話を聞いて、身近な感じがしたことを思い出す。内野の酒である<鶴の友>でも探して、ご冥福を祈るとするか。

3月17日
 「まいにちフランス語」”Le vin"の2回目。
Lorsque l'on dine chez soi, avec des amis, choisir la bouteille que l'on va déboucher est tout un art. (自宅で友人と一緒に夕食をとるとき、その夜開けるワインを選ぶのは、まったくアートといっていい行為だ。)
私の場合、そういうことはなさそうである。

3月18日
 ダロン・アセモグル&ジェイムズ・A・ロビンソン『国家はなぜ衰退するのか〔下〕 権力・繁栄・貧困の起源』を読み終える。長期的な経済発展の成否にかかわる最も重要な要因は政治経済制度の違いであると論じるきわめて興味深い本である。最後の方で、ルーラ大統領時代のブラジルの経済的発展を肯定的に評価しているが、最近のブラジルでは、ルーラ時代の政治への反動が起きているようなので、今後の展開との関連も見ていこうと思っている。

 NHKラジオ「攻略!英語リスニング」は”Cleopatra"を話題として取り上げた。
Age cannot wither her, nor custom stale her infinite variety. (年齢を重ねても容色は衰えず、逢瀬を重ねても無限の変化は新鮮さを失わない。) というのは、彼女の美しさと魅力を表現したシェイクスピアの言葉だそうである。エジプトの女王であったが、マケドニア系ギリシア人の王朝であるプトレマイオス朝の出身である。しかし、彼女は先祖以来の伝統を破って、初めてエジプト語(コプト語のことであろうか。現在のエジプトで公用語になっているのはアラビア語である)を話したという。
She was educated in various subjects including mathematics and philosophy, and could speak around tn languages. (数学や哲学を含むいくつもの学問を学んでいて、およそ10言語を話すことができた。)
と、語り手は、彼女の知性の高さも忘れてはならないと述べているが、それゆえに自信過剰になっていた部分もあるのではないかという気もする。
 ご存知の方も多いと思うが、シェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』でシーザー(カエサル)がブルータスに殺される場面で、そこだけが”Et tu, Brute?"(ブルータスよ、お前もか?)とラテン語になっている。柳沼重剛によると、これはスエトニウスの『ローマ皇帝伝』(ラテン語で書かれている)の中で、このセリフだけがギリシア語で”Kai su, teknon?"(我が子よ、お前もか?)となっているのに対応させたものだという。当時の教養あるローマ人たちは、ギリシア語を読み話すことができた。とは言うものの、数か所に傷を負って死に瀕している時に、ギリシア語で叫ぶというのはすごい。「しかし教養もここまでくれば本物だともいえるし壮絶だともいえる。…これはただひたすらに凄い」(柳沼(1991)『語学者の散歩道』研究社、25ページ)と半ばあきれている。
 だから、カエサルにしても、アントニウスにしても、クレオパトラとはギリシア語で話していたと思われる。と、なると、たぶん、会話は押され気味だったのではないかと推測される。
 この番組でも触れられていたが、彼女とカエサルの間に生まれたカエサリオンという息子がいて、一時期母親とともにエジプトのファラオになっているが、オクタウィアヌスに殺されたらしい(はっきりしたことはわからない)。クレオパトラの娘は、生きながらえているので、大坂の陣の後の豊臣秀頼の子どもたちの運命に似たところがあると思う。 
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日記抄(3月5日~11日)

3月11日(土)晴れ

 3月5日から、本日までに経験したこと、考えたことなど。
3月5日
 『朝日』の朝刊に林典子『ヤズディの祈り』(赤々舎)という本の書評が出ていた。イラク北部の山間部に暮らす少数民族の人々がこうむった運命を見つめる内容のようである。イラク戦争をキリスト教とイスラーム教の戦いだと考えた人々がいたが、イラクにはキリスト教も少なからずいたし、イスラーム教徒でもキリスト教徒でもない人々もいて、戦争によって大きな被害を受けたのはむしろそれらの人々であったという事実をもっとしっかりと認識する必要がある。

 横浜FCはV・ファーレン長崎とアウェーで対戦し、1-1で引き分けた。負けなかったことで良しとするか。

3月6日
 NHK「ラジオ英会話」は遠山顕先生が体調を回復して再登場。よかったよかった。番組の方は昨年11月に放送する予定だった”Harvey and Shirley Downsize" (身の回りを整理する)を放送した。冬のリゾート地であるワイオミング州のジャクソンホールに住むハーヴィーとシャーリーのクローンショー夫妻は大雪に見舞われている。窓の外の雪を見ながら、ハーヴィーは
It's never ending! I'm sick and tired of shoveling snow. (まったくよく降るなぁ。雪かきするのにはうんざりだ。)
どうも彼は、RV(部屋やキッチンのついたキャンピング・カー)でアリゾナを旅行した経験が忘れられないようである。

3月7日
 『朝日』朝刊のコラム「経済気象台」に聖書の中にはライオンについての記述があると記されていた。むかしは中東やヨーロッパにもライオンが住んでいたのである。中東やギリシアの古代遺跡で見いだされるライオン像には実際にライオンを見なければできないような描写があるが、中世に描かれた聖ヒエロニムスとライオンの図などのライオンの姿は見てないことが明らかなものも数なくない。

 同じ『朝日』の紙面で「留学生を受け入れる」という問題について、3人の識者が発言をしている。3人ともそれぞれの立場で正しいことを述べているのだが、議論がかみ合っていない。議論の整理がされていないことが、この問題の最大の問題である。

3月8日
 NHK「実践ビジネス英語」は新たに”Money Matters" (お金のこと)という話題に入った。あるコラムニストが
Children deserve to know what their parents make. (子どもは親の収入額を知らされるべきだ)
と主張しているのを読んだということから議論が始まる。いわゆるcitizenshipの教育の中でも、政治や法律と並んで、経済や職業は重要な項目となるはずだと改めて考えさせられた。

3月9日
 「実践ビジネス英語」の議論の続き:
 昔は、子どもたちに金銭のことや家計のことについて教えないのがふつうであったのだが、
It doesn't make much sense these days to try to protect children from the reality of family finances. I mean, think of all responsibilities their generation will face starting with the huge student loans they'll have to pay off. (家計という現実から子どもたちを守ろうとするのは、今ではあまり意味がありませんね。というのも、考えてみてください、返済しなければならない巨額の学生ローンに始まり、彼らの世代がこれから直面することになる様々な責務を。)
というふうに話が展開する。
 パートナーのヘザーさんによると、日本の「奨学金」は米国のscholarshipではなく、student loanに対応するものだとのことである。

 NHK「まいにちフランス語」応用編は”Fruits de mer (1) Les Français les aiment d'une bien étrange manière"(海の幸(1) フランス人は不思議な方法で楽しむ)という話題を取り上げた。fruits de merは「海の幸」と訳されているが、poisson(魚)は入らないのだそうだ。貝類とか、ウニとかエビやカニがfruits de merということのようである。

3月10日
 「まいにちフランス語」の中でパートナーのヴァンサン・デュレンベルジェさんが話したこと:
En France, je dirai qu'on mange la galette des Rois à l'Épiphanie, les crêpes pour la Chandeleur. (フランスでは「公現祭」の1月6日には、アーモンドのお菓子、ガレット・デ・ロワを食べます。2月2日「ろうそく祝別の日」には、クレープを食べます。)
 辞書によるとgarette des Roisというのは中に、そら豆か陶製の人形が隠してあって当たった人が王(女王)様になる決まりだそうである。アーモンド(almond)というのは英語で、フランス語ではamande(アーモンドの木はamandier)という。
 子どものころ、アーモンド・チョコレートというのが売り出されたのがアーモンドに出会った初めであるが、実は「聖書」にはアーモンドはよく出てくる植物である。例えば、「創世記」30.37に「ヤコブは、ポプラとアーモンドとプラタナスの木の若枝を取って来て、皮をはぎ、枝に白い木肌の縞を作り」とある。ところで、文語訳聖書では「茲(ここ)にヤコブ楊柳と楓と桑の青枝を執り皮を剝ぎて白紋理(すぢ)を成(つく)り枝の白き所をあらはし」とある。ポプラが柳、アーモンドが楓、プラタナスが桑というのはだいぶ違う。違いすぎる。

3月11日
 NHKラジオ「攻略!英語リスニング」は”Around the World in Eighty Days" (八十日間世界一周)を話題として取り上げた。ジュール・ヴェルヌ(Jules Verne 1828-1905)が1872年11月6日から12月22日まで新聞小説として『ル・タン』紙に連載し、1873年にパリのエッツェル社から単行本として出版された作品(フランス語の原題はLe tour du monde en quatre-vints jours)である。英国の富豪フィリアス・フォッグが1872年10月2日に彼が会員である<改革クラブ>の会員たちと80日間で世界を一周するという賭けをして、新たに雇い入れたパスパルトゥーという従者と旅行に出かける。
 この小説は1956年に当時大プロデューサーとして知られ、エリザベス・テイラーの夫でもあったマイク・トッドが映画化、マイケル・アンダーソンが監督、脚本担当の1人が監督としても知られるジョン・ファロー(モーリン・オサリバンの夫で、ミア・ファローの父)、フォッグをデヴィッド・ニーヴン、パスパルトゥーを闘牛士出身の喜劇俳優であるカンティンフラス、それにインドから旅に加わるアウダを当時まだ若手の女優であったシャーリー・マクレーンが演じた。旅の途中で出会う人物を有名な俳優たちが演じていて、カメオ出演の名の起こりとなったといわれる。原作ではロンドンからスエズ運河までフォッグは予定通りに旅行するのだが、映画では鉄道が不通でアルプスを気球で越えようとしてスペインに流されるという波乱がある。ここでカンティンフラスが闘牛を演じる見せ場があるわけである。この映画を見たのはもう60年も昔になってしまった。
 
 

日記抄(2月26日~3月4日)

3月4日(土)曇りのち晴れ

 従兄姉の誰かれが亡くなったとか、誰それが病気で倒れたとかいう種類のニュースを頻繁に耳にするようになった。いずれは、私もそのようなニュースのタネになることは間違いない――あまりいい気分にはならないが、受け入れざるを得ない現実である。

 2月26日から本日までの間に経験したこと、考えたことなど:
2月26日
 ニッパツ三ツ沢球技場でJ2第1節:横浜FC対松本山雅の対戦を観戦する。前売り券の売れ行きが好調だというので、慌ててバックスタンドのA席を購入したのだが、少し早めに出かけても、行列ができるほど入場者が集まっていた。ただし、半分近くが松本のサポーターであった。Jリーグ名誉女子マネージャーの称号を持つタレントの足立梨花さんが来場、横浜FC PR大使のゆるキャラであるキャッチ―君と一緒に試合前とハーフ・タイムにピッチを回っただけでなく、試合開始直前にはキャッチー君とPK勝負を行った。試合は一進一退の攻防となったが、前半16分に横浜が野村選手のゴールであげた1点を守り切り、初戦の勝利を飾った。前線でのイバ選手の活躍、ボランチの中里選手、佐藤選手が見せた好プレー、新加入のヨンアピン選手の手堅い守りなど横浜の今年に期待を持たせるものであった。

2月27日
 『朝日』朝刊の地方欄に川崎市の夢見が崎についての記事が出ていた。太田道灌がここに城を築こうと思ったが、夢見が悪かったので断念して、江戸に城を築いたというのは俗説だそうである。JRの新川崎駅と東急(と横浜市営地下鉄)の日吉駅の間にあって、一度、両駅の間を歩いてみようと思っているのだが、実現しないままである。

 NHK「ラジオ英会話」は、”Grammar for Better Conversation"(もっと話したくなる 英会話文法)の一環として、「意志を表す助動詞willをチェック!」という話題を取り上げた。「willは「~だろう/でしょう」を気にせずが使えることが多い」、というのは、英語では単純明快な気持ちで表現しているのに、「~だろう/でしょう」と訳すと不確かなニュアンスが生まれてしまうことがあるからであるという。

2月28日
 『朝日』朝刊の広告記事で、千田稔さんが出雲という地名をめぐって、中国の宗教や思想から影響を受けていると考える方が自然ではないでしょうかという意見を述べていた。中国には多様な文化が存在し、中国から日本へと文化が渡来する経路も多様であるということも指摘しておいた方がよかったかもしれない(あるいは指摘したのだけれども、この記事では省かれていた可能性もある)。同じ記事で、島根県の知事が、日本の各地に「出雲」にゆかりのある地名や神社が見いだせることについて触れていたが、これも重要な問いかけである。

 E.C.ベントリー『トレント最後の事件』(創元推理文庫)を読み終える。アメリカ実業界の大立者マンダースンが英国にある別邸で殺害された。マンダースンの秘書であるバナーからこの殺人事件についての通報を受けた《レコード》新聞社(架空の社名である)の社主ジェームズ・モロイ卿はこの事件の真相を突き止めるべく、画家で名探偵のトレントに捜査を依頼する。彼はこの事件を解決して記事を作成すべく、特派員として現地に赴くが、そこで被害者の美しい妻であるメイベルと出会う。被害者の死体の様子や死の前後の状況をめぐってはさまざまな疑問点が浮かび上がる。マンダースンのもう1人の秘書であるマーローには、大学時代に演劇をやっていたという過去があり、彼が犯人であるという可能性が大きいのだが・・・。トレントの問い合わせに答えた友人が、マーローは学生時代にシェイクスピア劇の(フォールスタッフではなくて)バードルフ、(ロミオではなくて)マキューシオを演じていたと知らせてくるというのが意味深長に思われる。

 横浜駅西口ムービル3で『LA LA LAND』を見る。偶然の出会いを重ねたジャズ・ピアニストの男性と、女優志願の女性が恋に落ちる。2人はそれぞれの夢を持っているが、その実現はお互いの将来を邪魔するかもしれない…。冒頭のハイウェーでの交通渋滞の場面からの群舞は見ごたえがあったが、その後はミュージカル場面としての見せ場が少なかったように思う。むしろ、2人が『理由なき反抗』を見ている場面で、上映途中にフィルムが焼けて上映が中断されるという箇所が、昔はそういうことがよくあったなぁと思わされて印象に残った。ただ、映画のあらすじと『理由なき反抗』とがあまりよく結びつかないという気もしている。

3月1日
 ヨーロッパ文化の研究家の饗庭孝男さんが2月21日に亡くなられていたという記事が『朝日』に出ていた。饗庭さんの父親は滋賀県で学校の先生を歴任されていたということで、『故郷の廃家』という著書によると、彦根高女に勤務されていたこともあるという。実は死んだ私の母が彦根高女の卒業生で、在学中に饗庭先生という先生がいたと話していた。ただし、直接、教わったかどうかは聞き洩らした。

 私の母の父、つまり私の祖父は朝鮮総督府の役人だった。私の母の姉、つまり伯母がまだ少女だったころを朝鮮で過ごし、1919年の3.1独立運動に遭遇して、大人たちが「暴徒が…」、「夜間(の外出は危険だ)…」といっているのを聞きかじって、ボートや薬缶の怪物が出るのだろうかなどと思っていたと話していたそうである。生前にきちんとした話を聞いておけばよかったと今になって後悔している。

3月2日
 NHKラジオ「実践ビジネス英語」は”Casual Dress Revolution"の第5回で、登場人物の1人が
For me, the three main criteria are comfort, convenience, and a professional look. (私の場合は主な基準が3つあって、それは快適さ、着こなしやすさ、プロフェッショナルらしい外見ですね。)という。criteriaはcriterionという語の複数形であるが、この形を単数形としても使うようである。

 同じ番組の”Quote...Unquote"のコーナーで紹介された言葉:
I didn't have time to write a short letter, so I wrote a long one instead.
     ―― Mark Twain (U.S. writer, 1835 -1910)
(短い手紙を書く時間がなかったので、代わりに長い手紙を書いた。)
作家らしい一言ではないだろうか。

3月3日
 NHKラジオ「英会話タイム・トライアル」では往年のキャンディーズのヒット曲「年下の男の子」を英語で歌った。”He's munching on apples..."というような歌詞で、詳しく検討してみると、日本語と英語の違いがよくわかるかもしれない。歌の題を”Toyboy"と訳していたが、辞書によるとこれは「《俗》若い男めかけ、若いツバメ、愛玩用の男の子」ということで、これまた日本語の意味を正しく訳しているとは言えないような気もする。それはさておき、ジェニー・スキッドモアさんの歌唱はなかなかよかった。

 同じく「ラジオ英会話」では時制の一致について説明されたが、放送の最後でジェフ・マニングさんが来週から遠山顕さんが放送に復帰すると予告した。この番組の3月号のテキストを見ればわかったことであるが、放送の中でいわれた方が感激が大きい。

3月4日
 一ノ瀬正樹『英米哲学史講義』を読んでいて、ヒュームを取り上げた第5章に差し掛かり、もう20年以上昔に、エディンバラを訪れた際に、散歩していたら、近くにヒュームの墓があるという標識を見かけたことを思い出した。そのときは、そのまま通り過ぎてしまったのだが、その後、訪れる機会がないままに過ごしている。ヒュームの墓参りをするよりも、彼の著書を読む方が意味のあることかもしれないが、エディンバラにはもう一度行ってみたいと思っている。 

2017年の2017を目指して(2)

2月28日(火)晴れ

 2月も1月同様ずっと横浜で過ごした。新たに出かけた道府県はなく、市区町村では豊島区が新たに加わった。
 鉄道会社では横浜市営地下鉄、路線では東京メトロ丸の内線と横浜市営地下鉄ブルーライン、駅では新大塚と伊勢佐木長者町が新たに加わった。
 バス会社では神奈川中央交通バス、相鉄バス、路線では神奈中の1、相鉄の浜7、また停留所が2つ加わった。〔46+12=58〕(1月に横浜市営バスの44番に乗っていたのを見逃していた。)

 この記事を含めて28件の記事を書いたが、内訳は未分類が2(1月からの通算は6)、日記が5(11)、読書が10(18)、『太平記』が4(8)、ダンテ『神曲』が4(8)、歴史・地理が2(2)、映画が0(2)、2位が0(2)、推理小説が1(2)ということである。2件のコメント(1月からの通算は8)、584拍(1301拍)の拍手を頂いた。拍手コメントも1つ頂いた(2)。〔38+31=69〕

 11冊の本を購入し、10冊を読んだ。読んだのはプラトン『パイドロス』、ジェイン・オースティン『エマ(上)』、ジェイン・オースティン『エマ(下)』、大隅和雄『中世の声と文字』、後藤基樹『関東戦国史』、須田勉『国分寺の誕生』、松尾由美『ニャン氏の事件簿』、E.C.ベントリー『トレント最後の事件』、プラトン『メノン』、大野晋・丸谷才一『日本語で一番大事なもの』である。今月は哲学・歴史(日本史)・文学と昔の文学部の3学科を構成していた領域に読書が集中した。〔12+10=22〕

 NHK「ラジオ英会話」を20回、「攻略!英語リスニング」を8回、「実践ビジネス英語」を12回聴いている。1月からの通算はそれぞれ、37回、16回、21回である。
 「まいにちフランス語」初級編を12回、応用編を8回、「まいにちイタリア語」入門編を11回、応用編を8回聴いている。1月からの通算はそれぞれ23回と14回、22回と14回である。〔68+79=147〕

 なかなか映画館に足を運ぶ気にならず、28日になって横浜駅西口のムービルで『ラ・ラ・ランド』を見ただけで終わった。1月からの通算は5本、出かけた映画館は3館ということである。〔6+2=8〕

 J2の第1節、横浜FC対松本山雅の対戦を観戦した。1月と合わせて、2つの競技場で5試合を見ていることになる。〔6+1=7〕

 A4のノート3冊(1月からの通算では5冊)、A5のノート2冊(3冊)、0.5ミリのボールペン芯3本(6本)、0.4ミリのボールペン芯1本(2本)、テキストサーファー(黄)1本、(赤)1本、修正液1本を使い切った。

 富士山を見ることができたのが11日(1月からの通算は21日)、酒を口にしなかった日が4日(9日)ということである。

 このほか、別府葉子さんのライブに出かけた。美術展など案内状を頂いても、出不精を決め込んで失礼してばかりいる。だんだん気候も温暖になってきたし、もう少し積極的に動き回ることにしたい。 

日記抄(2月19日~25日)

2月25日(土)晴れ、温暖

 2月19日から本日までの間に経験したこと、考えたことから:
2月19日
 NHKラジオ『攻略!英語リスニング』は”The Louvre"(ルーブル美術館)を話題として取り上げた。この美術館を2日間回ったが、まだまだ見ていないものがたくさんあるという見学者の談話の形をとっている。
It's the world's largest museum and I'm feeling it. (世界最大級の美術館というけれども、まさにそれを骨身にしみて感じているところだ。) もともとは16世紀から17世紀にかけてフランスの王たちの宮殿として使われた建物で、王族がヴェルサイユに居を移したのちに、王家の持つ美術品の一部が収められる場所になり、フランス革命後に美術館となった。ナポレオンに代表されるフランスの海外への軍事行動の結果として収蔵品が急増したという。大英博物館についても同じようなことが言える。
 ジャン=リュック・ゴダール監督の『はなればなれに』という映画の中で、アメリカ人のグループがこの美術館を駆け抜ける記録を作ったというニュースを聞いて、アンナ・カリーナと(二枚目の)サミー・フレーと(ピエール・ブラッスールの二代目の)クロード・ブラッスールの3人がその記録に挑戦するという場面がある。面白いとは思うけれども、真似はしたくない。

2月20日
 この日のブログで宇野信夫『江戸おとし咄夜の客』の中の「春を待つ雪」と、三遊亭圓生『圓生人情噺(中) 雪の瀬川』所収の「雪の瀬川」という2つの人情話を取り上げた。『圓生人情噺』の監修者でもある宇野信夫は、昭和4年(1929)に大学を卒業したのち、(「大学は出たけれど」という就職難の時代であったことも手伝って)、就職もしないまま文筆の道に進もうとしていた。幸い(うらやましいような話だが)、埼玉県で事業を営んでいる父親の出張所が橋場にあったので、そこに住み、その家についている2軒の貸家の家賃で生活していた。
 ふとしたきっかけで蝶花楼馬の助という落語家と知り合い、それから、その仲間の売れない落語家たちが宇野の橋場の家にやってくるようになった。宇野ができることは、貸家の一つである蕎麦屋から天ぷらそばをとってごちそうすることくらいだったが、それでも彼らは宇野の家をたまり場のようにしていた。そのあたりの事情は宇野の『私の出会った落語家たち 昭和名人奇人伝』(河出文庫)に記されている。
 よくやってくる4人、馬の助、柳家甚語楼、春風亭柳楽、桂文都のために何かしようと思って、寄席を借りて「新進四人会」という会を開いたが、やってきたのは老人が3人だけで、その3人も途中で帰ってしまった。噺家達も、宇野もがっかりしたのは言うまでもない。「私はこれに懲りて、噺家の興行はあきらめてしまったが、夜風の眼にしみるこの年の瀬の晩のことがなつかしく、いまだに忘れることが出来ない。それというのが、いろどりのない、じじjむさい私の青春の、せめて小さい冒険の夜だったからかも知れない。/それはとも角も、私がこの噺家達から学んだことは、自分の業を楽しむということ、逆境を苦にしないこと、自分の生活を客観視することであった。この人達とつきあうようになってから、少しづつ私の胸はひらけ、大げさにいえば人生観がちがってきた。この人達は私の一生の恩人である」(45-46ページ)。
 甚語楼は5代目の古今亭志ん生、柳楽は8代目の三笑亭可楽、4人の中には入っていないが、よくやってきた1人である桂米丸は5代目の古今亭今輔となった。好き嫌いはあるだろうが、名人の域に達していたと評価してよい落語家たちである。馬の助は8代目の金原亭馬生を継いだが、昭和18年(1943)に48歳で早世した。「『馬の助は惜しい噺家だ。長生きをすれば貴重な芸人になっていたのに』/そんなことを、六代目圓生がいっていた。/林家正蔵(彦六)もそういっているのをきいたことがある」(23ページ)。そして、文都は9代目土橋亭里う馬となって、昭和43年(1968)まで生きていたが、「もともと彼は噺家という素質のない人であった。噺のまずい代わりに、演劇――ことに歌舞伎には明るかった」(145ページ)と宇野は評している。劇作家として名を成した人のいうことだから、本当に明るかったのであろう。そして、極め付きの奇人であったようである。彼らの芸と人生から宇野が多くのものを学び取ったことは容易に推測できる。

2月21日
 『朝日』に連載されている夏目漱石『吾輩は猫である』はいよいよ終わりに近くなって、寒月が旧制高校在学時にヴァイオリンを買った話に差し掛かった。寒月が在学していたのは、はっきりとどこの学校とは記されていないが、漱石が教師として教え、寒月のモデルとされる寺田寅彦が学んだ第五高等学校と考えられる。「天下の五高」という自称がこの時代にあったかどうかはわからないが、「剛毅朴訥は仁に近し」という言葉をモットーとして、蛮カラな校風で知られた学校である。ヴァイオリンを弾くなどというと、ほかの生徒からどんな扱いをされるか分かったものではない。「中には沈殿党などと号していつまでもクラスの底に溜まって喜んでるのがありますからね。そんなのに限って柔道は強いのですよ」と寒月はいう。
 ここで注目すべき点がいくつかある。私が知る限りでは、旧制高校では2年続けて落第はできない、続けて落第すると「凱旋」といって退学処分を受けたという話である。「いつまでもクラスの底に溜まって」いることが果たして可能であったかどうか、あったとすればいつごろに制度が変わったのか調べてみる価値はありそうである。もう1つは「クラス」という英語が使われていることで、この時代、この言い方が一般的であったのか、漱石が英語の先生だったからこの言い方をしたのか、これも気になるところである。それから柔道は、まだ嘉納治五郎によって創始されたばかりの時期で、これまた、この言い方の中に漱石と嘉納の関係を推測してもいいのか、想像の膨らむところである。

2月22日
 NHKラジオ「実践ビジネス英語」は”Casual Dress Revolution"(カジュアルドレス革命)という新しいビニェットに入った。
A company's dress code reflects its corporate culture and the image it wants to project.(企業の服装規定は、企業文化とその企業が打ち出したいイメージを反映するものである)という。舞台となっている企業では、
The basic concept is that we want to move with the time and be casual -- but not too casual. (基本的な考え方は、わが社は時代の流れに沿ってカジュアルでありたい、ただし、カジュアルすぎない、ということである) どのようにバランスをとるかが問題となるようである。

 鈴木清順監督がなくなられた。93歳。『朝日』の追悼記事に載っていた松原智恵子さんの談話:「賭場のふすまが倒れると背景が真っ赤に変わったり、監督の映画には、演じていても意味の分からないことが多かったです」。磯田勉編『清順スタイル』の中でも松原さんは同じようなことを言っている。「スタッフも言ってましたよ、『どういう風につながるのか、監督にしかわからない。』」 それでも松原さんが出演していた『関東無宿』、古くは『影なき声』、『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』、『刺青一代』などは好きな作品である。代表作の一つとされる『けんかえれじい』は新藤兼人の脚本による作品だが、最後の方で北一輝が出てくるのは、鈴木監督の独創だそうである。嫌いではないが、鈴木隆の原作の方が私は好きで、新藤の脚本がどのような展開になっていたのかも気になるところである。山村聰監督の『黒い潮』のチーフ助監督(鈴木清太郎名義)であったことも気になっている。死亡記事では触れられていなかったが、鎌倉アカデミアの卒業生の1人である。謹んでご冥福をお祈りする。

2月23日
 NHKラジオ「実践ビジネス英語」の「カジュアルドレス革命」の続き:
We've been seeing a relaxation of dress codes at kinds of companies. Some people call the look "business casual" -- smart and well-groomed, but not stuffy and formal. (あらゆる業種の会社で服装規定が緩和されるようになってきた。中には、そうした装いを「ビジネスカジュアル」と呼ぶ人がいる。つまり、洗練され、きちんとした身なりで、でも古風でかた苦しいものではないという意味である。)

2月24日
 「実践ビジネス英語」の「カジュアルドレス革命」の続き:
Some companies have done away with dress codes altogether.(中には、服装規定を完全に廃止した会社もある。)それらの会社は、社員が快適に感じるときに、彼らの生産性と創造性が高まると考えているというのである。
Some managers also see a casual dress code as a way of attracting talented young workers. (カジュアルな服装規定を、有能な若い働き手を惹きつける方策と見なす経営者もいる。) この発言を受けて、別の話者が
I know that kind of policy is more accepted in places like Silicon Valley or Madison Avenue.(シリコンバレーやマディソン街といったところでは、そのような方針の方が一般的であることを知っていますよ)という。
 Madison Avenueはニューヨークのマンハッタンを南北に貫く通りで、かつては大手広告会社が数多くあり、そのことからアメリカの広告業界の俗称となったという。私が電通の下請けの会社でアルバイトをしていたころ、電通に出かけるときはスーツを着てネクタイをしていないと入れてもらえないと言われたことを思い出し、日米の違いを考えさせられた。

2月25日
 NHKラジオ「攻略!英語リスニング」は”Rudyard Kipling"(ラドヤード・キプリング)を話題として取り上げた。『ジャングル・ブック』などの作品で知られるノーベル賞受賞作家である。
He has come under fire for representing British imperialism -- and all the racism associated with it -- but his work can also be read as an ironic comment on imperialism. (イギリスの帝国主義――さらに、それに付随する人種差別主義――の権化として批判を受けるようになったけれども、キプリングの作品は帝国主義への皮肉なコメントとしても読める)という。
East is East, West is West, and never the twain shall meet. (東は東、西は西、この二つが会う日はないだろう。) という彼の有名な詩があるが、彼自身の作品の中で両者が出会っているのではないかと語り手は結んでいる。キプリングはインドで生まれ育ち、後にジャーナリストで活動した時期があるが、中国や日本については知らないはずで、彼の「西」、「東」という認識が限界をもっていたことも指摘されてよいだろう。もっとも、知らない世界が少なからずあるというのは(私を含めて)多くの人間に共通することではないかとも思う。  
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