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2019年の2019(まとめ)

1月4日(土)晴れのち曇り、夕方になって雨が降り出す

 「師走」という言葉を実感させるように、12月は野暮用でバタバタしたため、少し数字が伸びたようである。

 走り回ったといっても、区役所に出かけたくらいで済んだので、都道府県、市区町村のレベルで新たに足跡を記したところはない。都県は東京都と神奈川県、市区は横浜市、品川区、渋谷区、新宿区、千代田区、文京区、港区で、1都1県、1市6区というのは変らず。
 新たに利用した鉄道会社・路線もなく、会社は京急、JR東日本、東急、東京都営、東京メトロの6社、路線は東急大井町線、東横線、目黒線、東京メトロ南北線、半蔵門線、副都心線、JR東日本根岸・京浜東北線、横浜線、東京都営新宿線、三田線、京急本線、横浜市営ブルーラインの12路線、乗り降りに利用した駅が石川町、御成門、表参道、神奈川新町、上大岡、関内、小机、渋谷、白金台、新宿三丁目、神保町、新横浜、反町、本駒込、目黒、横浜の16駅、乗り換えに利用した駅が大岡山、自由が丘、白金高輪、永田町、東神奈川、日吉、三田、武蔵小杉の8駅である。〔これまでの集計で武蔵小杉を見落としていた。〕
 バスは新たに横浜市営324を利用したほか、2つの停留所で乗り降りをしたので、江ノ電、神奈川中央、相鉄、横浜市営の4社というのは変らないが、横浜市営が10路線、相鉄が5路線、神奈川中央交通が2路線、江ノ電が1路線の合計18路線、停留所も17か所に増えた。〔90〕

 31件のブログを書いた。内訳は日記が6件、読書が10件、読書(歴史)が4件、『太平記』が5件、ジェイン・オースティンが5件、推理小説が1件ということである。1月からの通算は日記が68件、読書が87件、読書(歴史)が42件、モア『ユートピア』が8件、読書(言語ノート)が9件、『太平記』が53件、ジェイン・オースティンが38件、ラブレーが27件、ダンテ『神曲』が20件、推理小説が8件、詩が6件、映画が1件、未分類が1件で合計368件ということである。
 コメントを1件頂いた。1月からの通算は11件である。拍手コメントは1件のままであった。〔380〕
 
 11冊の本を買い、16冊を読んだ。新しく本を買った書店はない。年間を通して130冊の本を買い、124冊読んだことになる。ただし、123冊のうちの5冊は2018年に、3冊は2017年以前に買った本である。本を買った書店は紀伊国屋本店、横浜店、イタリア書房の3店舗のみである。12月に読んだ本を列挙すると:
 ポール・アダム『ヴァイオリン職人の探求と推理』(創元推理文庫)、ポール・アダム『ヴァイオリン職人と天才演奏家の秘密』(創元推理文庫)、近藤史恵『時々旅に出るカフェ』(双葉文庫)、岡本雅享『千家尊福と出雲信仰』(ちくま新書)、フランソワ・デュボワ『作曲の科学』(講談社ブルーバックス)、ポール・アダム『ヴァイオリン職人と消えた北欧楽器』(創元推理文庫)、関幸彦『英雄伝説の日本史』(講談社学術文庫)、原武史『「松本清張」で読む昭和史』(NHK新書)、宮崎市貞『中国文明論集』(岩波文庫)、本郷和人『権力の日本史』(文春新書)、田中啓文『大塩平八郎の逆襲 浮世奉行と三悪人』(集英社文庫)、愛川晶『芝浜謎噺 神田紅梅亭寄席物帳』(中公文庫)、北村薫『ニッポン硬貨の謎』(創元推理文庫)、エラスムス『平和の訴え』(岩波文庫)、渡辺淳子『星空病院 キッチン花』(ハルキ文庫)、本郷和人『さかのぼり日本史 なぜ武士は生まれたのか』(文春文庫)
ということである。1か月のうちにポール・アダムさんの本を3冊、本郷和人さんの本を2冊読んだことになる。2019年を通じて本郷さんの本を4冊(『承久の乱』、『日本中世史の核心』、『権力の日本史』、『さかのぼり日本史 なぜ武士は生まれたのか』)読んだことになり、堂々の首位である(ただし、啓蒙的な内容が多く、新しい発見が含まれているとはいいがたい問題点がある)。東海林さだおさん(『シウマイの丸かじり』、『ヒマつぶしの作法』、『ガン入院オロオロ日記』)、ポール・アダムさん、田中啓文さん(『ジョン万次郎の亡くしもの』、『貧乏神あんど福の神』、『大塩平八郎の逆襲 浮世奉行と三悪人」)が3冊で続く。椎名誠さんも3冊読んでいる(『おなかがすいたはらペコだ』、『かぐや姫はいやな女』、『本人に訊く(壱)よろしく懐旧篇』)が、『本人に訊く』は目黒考二さんとの対談なので、2.5冊というのが適切であろう。2冊読んだというのが6位ということになるが、内田洋子さん(『イタリアのしっぽ』、『イタリア発 イタリア着』、ヘロン・カーヴィック(『ミス・シートンは事件を描く』、『村で噂のミス・シートン』)、下川裕治さん『ディープすぎるシルクロード 中央アジアの旅』、『12万円で世界を歩く リターンズ』)、山口恵以子さん(『食堂メッシタ』、『あの日の親子丼』)、望月麻衣さん(『京都寺町三条のホームズ⑪』、『京都寺町のホームズ⑫』)、ジム・ロジャーズさん『お金の流れで読む日本と世界の将来 世界的投資家は予想する』、『日本への警告』)、平松洋子さん『買えない味③おいしさのタネ』、『かきバタを神田で』)、愛川晶さん(『高座のホームズみたび 昭和稲荷町落語探偵』、『芝浜謎噺 神田紅梅亭寄席物帳』)、渡辺淳子さん(『東京近江寮食堂 宮崎編」、『星空病院 キッチン花』)ということで、読書の傾向というのが出来ていることが分かるが、その反面で数を稼ぐために読みやすい本ばかり読んでいるということも隠せない。〔127〕

 『ラジオ英会話』を20回、『遠山顕の英会話楽習』を12回、『入門ビジネス英語』を8回、『高校生からはじめる「現代英語」』を8回、『実践ビジネス英語』を12回聴いている。1月からの通算では『ラジオ英会話』を227回、『遠山顕の英会話楽習』を139回、『入門ビジネス英語』を75回、『高校生からはじめる「現代英語」』を96回、『実践ビジネス英語』を144回聴いていることになる。
 『まいにちフランス語』入門編を10回、応用編を8回、『まいにちスペイン語』入門編を10回、応用編を8回、『まいにちイタリア語』入門編を10回、応用編を8回聴いている。年間では『まいにちフランス語』入門編を133回、応用編を67回、『まいにちスペイン語』入門編を64回、初級編を58回、応用編を67回、中級編を24回、『まいにちイタリア語』入門編を102回、初級編を31回、応用編を91回聴いていることになる。〔どうも数があわないのであるが、いちおうそういうことでご了解いただきたい。〕〔1318〕 

 ついに12月も映画を見に行くことなく過ごし、映画館2館で9本を見るという数字のまま年を越すことになった。年間に見た映画が10本に達しなかったのは久しぶりである。〔11〕
 展覧会も何通か案内のはがきを受け取りながら、出かけられなかった。〔3〕

 ニッパツ三ツ沢球技場で第98回全国高校サッカー選手権の1回戦2試合を見たので、2019年に見たサッカーの試合は37試合ということになった。ニッパツ三ツ沢球技場、小机フィールズ、保土ヶ谷、三ツ沢陸上競技場の4か所に出かけている。横浜FCのホーム21試合のうち20試合を見た(対柏レイソル戦だけ、入場券が売り切れたため、見ることができなかった)。このほか、天皇杯の2回戦1試合(これも、マリノスとの3回戦は入場券が売り切れで見逃した)、第97回全国高校サッカー選手権の2回戦2試合を見ている。また横浜FCシーガルズの試合をリーグ戦8試合、カップ戦4試合見ている。
 1141回のミニtoto-Aと1145回のミニtoto-Aをあてたので、2019年の当選回数は29回ということになる。〔70〕

 酒を飲まなかったのは3日にとどまった。1月からの通算では(9月分を集計していないが)94日である。〔94〕

 ということで、暫定の数字ではあるが、2093ということになって、2019年の2019は一応達成したことになる。ここに上げた数字でどうも怪しげなものもあるし、その一方で、ここで挙げていない数字もあるので、細かいことは言ったらキリがないが、大体のところでは達成できたのではないかと思う。本来であれば、2019という数字になるように項目を揃えたかったのだが、まあ、超過達成ということで細かいことにはこだわらないことにしておこう。
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日記抄(12月28日~31日)

12月31日(火)晴れ、風が強い。三ツ沢グランドの陸橋付近から富士山が見えた。一年を白き富士の嶺しめくくり

 12月28日から本日までのあいだに経験したこと、考えたこと、その他これまでの記事の補遺・訂正等:

12月23日
 NHKラジオ『まいにちロシア語』の時間でレールモントフ(1814‐41)の詩を取り上げていた。

 帆
 孤帆が白く見えている
 淡青色の海霧の中に!・・・
 遠い国になにをさがそうというのか?
 故国にはなにを捨ててきたのか?(以下略)

 旧ソ連の作家カターエフ(1897‐1986)の児童文学作品『黒海の波』はオデッサに住む少年少女が第一次ロシア革命の際に反乱を起こしたポチョムキン号の兵士をかくまうことから物語が始まるが、この詩が引用されていた記憶がある。

 NHKラジオ『世界へ発信 ニュースで英語術』で、ジンベエザメの口の中に生息するヨコエビの一種が発見されたというニュースを放送していた。ジンベエザメのことを英語ではwhale sharkというそうだが、ジンベエザメという名の方がのんきでいいと思う。

12月28日
 『朝日』の朝刊の「オピニオン&フォーラム」に佐伯啓思さんがこれまでも書いてきた「異論のススメ」の特別版として、「社会が失う国語力」という論説を書いている。伝統的な文学中心の国語教育こそ論理的な思考を養うのに適切なものだという議論にはおおむね賛成であるが、ここで文学とは何かとか、論理的な思考、あるいは論理とは何かということも考えておく必要があるだろう。特に論理には演繹的な論理と帰納的な論理とがあり、演繹的な論理はむしろ数学を中心として教育されるべきであり、帰納的な論理は、国語だけでなく社会科学系、自然科学系のおそらくはあらゆる教科(数学を含めて)を通じて教育されるべきであろう。論理国語という科目を特設することで、日本の若者に論理的な思考が身に付くなどと考えること自体が、非論理(この場合は帰納的な論理)的である。
 もう一つ付け加えておくと、佐伯さんは社会のデジタル化にはあまり賛成してはいないようであるが、デジタル社会における「読解力」に欠かせないのが批判的な思考であって、「異論のススメ」を書いている佐伯さんは、知らず知らずのうちに、デジタル社会において有効な思考力の育成に手を貸しているといえる。これはめでたいことである。

12月29日
 『朝日』朝刊の「俳壇時評」の青木亮人さんによる「志と詩のあいだ」という文章が面白かった。前衛俳句の雄であった赤尾兜子をしたう木割大雄が出版しつづけている個人誌『カパトまんだら通信』、金子光晴の詩の研究家である原満三寿(まさじ)が出版した句集「風の図譜』のことなど、ある作家にこだわり続けながら文学活動を続けることの意義を教えられる。あらためて、金子光晴の詩業をたどり直してみようと思った。
 夏座敷弟子は不肖の影を曳き (大雄)

12月30日
 渡辺淳子『星空病院 キッチン 花』(ハルキ文庫)を読む。民間の大病院である星空病院の名誉院長は、手術と料理が得意で、病院の一角に「キッチン 花」を構えている。その料理は患者の病気の治療だけでなく、患者と患者を取り巻く人々の悩みや問題を解決するのに役立っている。自分が入院した時のこと、家族が入院した時のことなど思いだしながら読むと、いろいろと思い当たることがあって心温まる一方で、考えさせられもする短編集である。

12月31日
 ニッパツ三ツ沢球技場で、第98回全国高校サッカー選手権の1回戦2試合明秀日立高校(茨城県)対高知高校(高知県)、秋田商業高校(秋田県)対神戸弘陵学園高校(兵庫県)の2試合を観戦した。第1試合は前半に先制した明秀日立がその後も押し気味に試合を進め、追加点は上げられなかったが、1‐0で勝利した。第2試合は、強風の中、退場者が出たりして波乱含みの展開で、前半に神戸が1点を先制したものの、秋田が2点を挙げて逆転、後半に今度は神戸が2点を挙げて再逆転して勝利した。

 年末ジャンボ宝くじは、ハロウィン・ジャンボに引き続き、3,000円が1枚あたっていた。もう少し上が当たらないかなぁと思ったのだが、駄目だった。

 サッカー観戦に時間をとられたのと、この後、元日を迎えるために東京に出かけるために、皆様のブログを訪問する時間的な余裕がありませんが、あしからずご了承ください。今年1年、いろいろとありがとうございました。来年もよろしくお願いします。よいお年をお迎えください。

日記抄(12月24日~27日)

12月27日(金)曇りのち晴れ

 12月24日から本日までに経験したこと、考えたこと、これまでの記事の補遺・訂正等:

12月23日
 NHKラジオ”お・も・て・な・し”のスペイン語』は昨年4月~9月に放送された内容の再放送であるが、この日の放送は登場する日本女性とメキシコ人男性が宮城県石巻市にある慶長使節船ミュージアムを訪問するという設定になっていた。考えてみると、天正の少年遣欧使節はポルトガルの援助のもとに、インド洋から大西洋を北上してヨーロッパに出かけたのに対し、支倉の一行はスペインの船に乗って太平洋を横断し、メキシコを横切って、大西洋を渡ってヨーロッパに入っている。対照的な航路をとっているのである。日本人が世界を一周するのは、もっと後の時代になってからのことである。

12月24日
 眼科に定期検診に出かける。眼圧があまり下がらないのが問題だそうだ。

 愛川晶『芝浜謎噺 神田紅梅亭寄席物帳』(中公文庫)を読み終える。落語ミステリーというジャンルがあるとすれば、愛川晶は作品数ではこのジャンルの第一人者といえるのではないかと、著者自身が書いている(他に、大倉崇宏、田中啓文、少し古いところで小林信彦、さらに古いところで都筑道夫といったところか。ちなみに都筑の兄は落語家の鶯春亭梅橋(1926‐1955)であった。) 確かに落語についての知識や、打ち込み方で他の追随を許さないところがある。「野ざらし死体遺棄事件」、「芝浜謎噺」、「試酒試」という、それぞれ「野ざらし」、「芝浜」、「試酒」という落語に絡んだ事件が展開し、しかもそれぞれの落語を登場する落語家が演じて見せるという物語の展開になっている。

 日・中・韓3国の東アジア3カ国の首脳会談が、三国時代の蜀の都であった成都で開かれている。
 三国で思い出すのは、3世紀の邪馬台国の女王であった卑弥呼が魏に朝貢していることである。その後継者であった台与(あるいは壹与)は魏にとってかわった晋に朝貢しているらしい。つまり中国の北方の王朝と交流をもっているのだが、その後の倭の五王になると、南北朝の南朝の方と交流している。飛鳥時代になると隋・唐と統一王朝が成立し、遣隋使・遣唐使が送られたが、これらの王朝は北方系であり、日本の交流する相手が時代によって北の方になったり、南の方になったりと変化しているのは興味深いことではないかと思う。

12月25日
 クリスマス 横眼で眺め 般若湯
 クリスマス 中華料理の 安倍総理 (外遊中)

 北村薫『ニッポン硬貨の謎』(創元推理文庫)を読み終える。1977年、ミステリ作家で名探偵でもあったエラリー・クイーンが出版社の招きで来日した。公式日程をこなすかたわら、東京で発生していた幼児連続殺害事件に関心を抱く。ミステリ・ファンでクイーンのファンであった女子学生小町奈々子は、アルバイト先の書店で50円玉20枚を「千円札に両替してくれ」と頼む男に出会うという奇妙な経験をした。彼女は、クイーンを囲むファンの集いで『シャム双生児の謎』を展開して、クイーンの知遇を得て、彼の都内観光のガイドをすることになった。2人で出かけた動物園で、幼児誘拐の現場にゆき合わせると、クイーンは連続殺害事件との関連を指摘しはじめる…というエラリー・クイーン作品のパスティーシュなのだが、クイーン作品をあまり読んでいないので、いま一つ乗れないところがあった。

12月26日
 『朝日』朝刊の投書欄「声」に「宝くじ高額当選に心臓バクバク」という投書が出ていた。売り場では賞金が払えないので、銀行に行ってくださいと言われたので、いくらかと思って出かけてみたら10万円だったという話である。わたしは宝くじでも、totoでもあたっているかどうかは必ず確認する(そういうことはまめである)ことにしているが、この投書子のように10万円(それまでの最高記録は5万円だったそうだ)あたったということは一度もなく、最高額は1万円である。当らないよりも、当たるほうがいいが、額が少ないほど、そのまま生活費に消える可能性が大きい。

12月27日
 エラスムス『平和の訴え』(岩波文庫)を読み終える。ずっと本棚で眠っていた本であるが、この本のカバーから推測すると、1977年ごろに福井市の品川書店で購入したもののようである。

 相鉄バスの車内には、相模一宮である寒川神社への初もうでを勧めるポスターがあり、京急の電車の中には坂東三か所の第14番霊場である弘明寺への初もうでを勧めるポスターが吊るされていた。どうでもいいけれど、横浜市の大部分は武蔵の国に属していて、相模ではない。とはいうものの、武蔵一宮とされる大宮氷川神社はちょっと遠いということか。

日記抄(12月17日~23日)

12月23日(月)朝のうちは雨が残っていたが、曇り、午後になって晴れ間が広がってきた。

 12月17日から本日までのあいだに経験したこと、考えたこと、これまでの記事の補遺・訂正など:

 10代の若さで環境活動家として世界を動かしているスウェーデンのグレタ・トゥンベリさんは、ひょっとして江戸時代の日本にやって来て日本の植物を採集し、旅行記を書いたスウェーデンの博物学者カール・ぺーテル・トゥンベリ(1743‐1828)の子孫ではないかと思って調べてみたのだが、いまのところ、そうだとも、そうでないとも言えない。ただ、調べている中で、彼女の父方の祖父であるオロフ・トゥンベリは俳優・声優・映画監督として知られ、ベルイマンの『冬の光』(1963)などに出演していることが分かった。

12月15日
 『日経』朝刊の「美の粋」は、「松本竣介 戦時下の肖像」として上下2回に分けて、松本竣介(1912‐48)の生涯と画業をたどる記事である。東京で生まれた彼は、幼少時を岩手県の花巻と盛岡で過ごし、盛岡中学(現在の盛岡第一高等学校)に入学するが、病気のため聴覚を失い、やがて中学を退学。上京後、画家として頭角を現した彼は、1936年に松本禎子と結婚して松本姓となり、2人でエッセーを軸とした雑誌『雑記帳』を発刊、その創刊号には宮沢賢治の遺稿、高見順、武田麟太郎のエッセー、林芙美子の詩、さらに猪熊弦一郎をはじめとする画家たちのデッサンやエッセーが掲載されたという。紹介されている彼の画業も注目すべきものだと思うのだが、それ以上に編集者としての彼の手腕にも感心するところがある。

 原武史『「松本清張」で読む昭和史』(NHK新書)の中で、原さんは清張の歴史小説に対する大岡昇平の批判を取り上げて、エリート(大岡)による非エリート(清張)への上から目線を指摘している。批判の具体的な内容について詳しく書かれていないので、はっきりしたことは言えないが、大岡が井上靖の歴史小説についても批判を行っていることにも注目すべきであろう。

12月17日
 宮崎市貞『中国文明論集』(岩波文庫)を読み終える。1月29日に購入した本なので、10か月半かけて読み終えたことになる(途中で中断期間があったのである)。いロ色と注目すべき論考があったが、一番面白かったのが毘沙門天信仰がもともとペルシアのミトラ神の信仰に端を発するもので、それが中国を経て日本に渡来したものだというものである。毘沙門天は多聞天とも言い、楠正成・正行父子の幼名が多聞丸だったのは、この一族と毘沙門天信仰の結びつきを示すものではないかと思う。そういえば、宮崎も言及している毘沙門天信仰の日本における中心地である信貴山に出かけたことがある。多聞という名前の中学・高校の同期生がいるが、これはやはり楠一族がらみでつけられた名前だろう(多聞第一の阿難尊者に由来するものではあるまい)。

12月18日
 『朝日』朝刊の「時時刻刻」のコーナーでは新しい大学入学共通試験における記述式の問題の導入が見送られた経緯が改札された。ここで、導入反対派であった紅野健介日大教授と、推進を叫んできた安西雄一郎・元慶応義塾長(元中教審会長)の両者の発言が載っているのが、いろいろと考えさせられた。紅野さんは「センター試験を変えることで高校の教育内容を変えるという発想が失敗の原因だ」と論じているが、確かに一面の真理をついた発言である。一方、安西さんは「論理明確に考え、相手の立場を考慮して論旨明確に表現する力が、世界の中で生きる日本の若い世代には決定的に必要だ」と論じているが、この発言自体がそれほど論理的なものとは言えないのが一番の問題である。

12月19日
 『朝日』朝刊の「オピニオン・声・フォーラム」欄にやく みつるさんが書いている1コマ漫画がおかしかった。萩生田文部科学大臣の似顔絵の横に、「大学入学共通テストで導入予定だった記述式問題の実施が、見送りとなった原因はなにか/イ. ずさん ロ. どくぜん ハ. せっそく ニ. ばあたりてき 」と問題文が書かれ、「選択式でも十分思考力は問える?」とコメントされている。

 同じ『朝日』朝刊の「神奈川」欄に今年の横浜市の10大ニュースが選ばれていた。1位はラグビーのワールド・カップ開催で、2位が相鉄線とJR戦の相互乗り入れの開始である。5位の京急線の神奈川新町駅付近の自己では、その直後にインタビューを受けたことについてはすでに書いた。6位が、IR誘致で、これは断固粉砕しよう。プロ野球横浜DeNAのCS開催が8位に選ばれているのに、横浜Fマリノスのリーグ優勝も、横浜FCのJ1昇格も選から漏れていたのは残念だった。

12月20日
 『朝日』朝刊に鷲田清一さんが連載している「折々のことば」に、湯川豊さんの『大岡昇平の時代』の中の「「信じる」ということは、仮定形の上には成り立たないのではないか。」という言葉が取り上げられていたが、この言葉も、また鷲田さんが取り上げた理由も、ここに記されている解説のコメントも、全部意味が読み取れなかった。こういうことは珍しい。

 本郷和人『権力の日本史』(文春新書)を読む。本郷さんの本を読むのは今年に入ってから3冊目で、ちょっと本の書きすぎではないかなぁとも思うが、この本の中に日本史を考えていくうえで重要な論点が含まれていることも無視しがたい。

12月21日
 田中啓文『大塩平八郎の逆襲 浮世奉行と三悪人』(集英社文庫)を読み終える。ペリーのような歴史上実在する人物、森の石松のようなたぶん実在したのだろうが、実像が分からなくなっている人物、さらには実在の人物の架空の履歴などが、架空の人物たちの活躍の中に紛れ込んでいる奇想天外な展開のシリーズ最終作。もう少し長く、書き続けてほしかったという気持ちがある。

12月22日
 『朝日』の短歌時評で歌人の松村正直さんが、短歌を「初恋」として文学の道に入った石牟礼道子が、水俣病と向き合い救援運動に取り組む中で短歌から離れていったことについて触れ、同じような文学歴を持つ作家として松下竜一を挙げながら、「短歌が個人的な英単を超えて、社会的な問題と真正面から向き合うことは可能だろうか」という問いを発している。石牟礼や松下の前に、「歌の別れ」を書いた中野重治がいることもお忘れなく。

 同じく『朝日』の「今日の番組」の欄への投書で、NHKラジオ『朗読の時間』の「太宰治作品集」を朗読する石田ひかりさんについて「いきいきと耳心地の良い声で」とほめていたが、私は石田さんの声の甘さが強すぎると思って、この番組は聞いていない。人によって受け取り方が違うものだなと思った。

 『日経』の朝刊の「美の粋」のコーナーに掲載された「松本竣介戦時下の肖像(下)」で紹介されている作品群は、どれも注目すべきものであったが、1944年ごろに製作されたという「Y市の橋」という作品が興味深く、なぜか懐かしい気持ちになった。宮川匡司さんの解説によると、横浜駅の近くの新田間川にかかっていた橋を描いたものだということで、私の住まいの比較的近所であるから、橋はなくなり(おそらく架け替えられ)、近くの風景も全く変わっているにもかかわらず、どこか既視感があるということのようだ。(生まれる前に描かれた絵に、既視感というのもおかしいのであるが…)

12月23日
 『朝日』の朝刊にOECDの学習到達度調査(PISA)との関連で、日本人は教科書や辞書のような「本当のこと」が書いてある文献を読みこなす力はあるが、嘘も含まれているネット情報を読みこなしていく「デジタル読解力」は今一つであるという記事が出「ていた。12月22日の同紙の「社説余滴」に藤生京子記者が「いま加藤周一を読みなおす」という記事を書いていたので、思いだしたが、
加藤周一はたしか『山中人閒語』の中で、「だまされない』教育が必要であると書いていた。しかし、世の中、政治権力が嘘をつき、民衆が騙されてばかりいるという単純なものではないような気もするのである。 

日記抄(12月10日~16日)

12月16日(月)晴れ

 12月10日から本日までのあいだに経験したこと、考えたこと、その他これまでの記事の補遺・訂正等:
12月10日
 岡本雅享『千家尊福と出雲信仰』(ちくま新書)を読み終える。
 千家尊福(1845‐1918)は第80代の出雲国造で明治から大正にかけての近代化の流れの中で出雲信仰を継承普及しながら、大社教を創設するなど時代の流れに沿った神道の改革を進め、また政治家として埼玉県知事、静岡県知事、東京府知事、司法大臣(西園寺公望内閣)を歴任、さらに東京鉄道の社長として同社の解散、東京の路面電車の東京市(当時)による買収を実現するなど実業家としても活躍した。多方面で活躍した人物の軌跡を追った書物だけに、内容豊富でいろいろな読み方ができる。例えば、埼玉県に出雲系の神社が多いことと、尊福の知事としての活動の関係など(既に原武史さんの研究はあるが)、興味深いものである。

12月11日
 NHKラジオ『まいにちフランス語』ではツール・ド・フランスの話題を取り上げた。フランス国内を駆け抜ける(毎回、コースは変る)、サッカーのワールド・カップ、夏季オリンピックと並び、世界の三大スポーツ・イベントに数えられる自転車のロード・レースである。もう20年前になってしまったが、英国滞在中にテレビのチャンネル4で実況録画を放映していたのを熱心に見たことを思い出す。競技そのものの魅力もあるが、この放送でも言っていたように、フランス各地の風景を見る楽しみもあるのである。

12月12日
 パプアニューギニアのブーゲンビル自治州の独立の可否を問う住民投票が行われ、独立に賛成する意見が97.7パーセントを占めた。この自治州はブーゲンビル島を中心とするが、この島の名は、フランスの探検家でフランス人として最初に世界一周航海を行ったルイ・アントワーヌ・ド・ブーガンヴィル(1729‐1811)に因むものである。ブーガンヴィルとフランス語風ではなく、ブ-ゲンビル(本当はブーゲンヴィルだろうが)と英語風に読むところに、英語とフランス語の力関係の変化がうかがわれる。
 なお、ブーガンヴィルの『世界周航記』の『補遺』として出版されたディドロの『ブーガンヴィル航海記補遺』はこの一行のタヒチでの経験をめぐる考察であって、ブーゲンビル自治州とは関係がないようである。実は、近世ヨーロッパのユートピア文献をめぐる考察をまとめようと考えていて、ベーコンの『ニュー・アトランティス』で締めくくるか、ディドロの『ブーガンヴィル航海記補遺』まで対象に含めるか、悩んでいるのである。

 フランソワ・デュボワ『作曲の科学』(講談社:ブルーバックス)を読み終える。ネウマ譜から現在の五線譜にいたる楽譜の歴史について書いた部分が興味深かった。

12月13日
 映画俳優の梅宮辰夫さんが亡くなられたことが報じられた。梅宮さんというと、1960年代の末から1970年代にかけて合計16本が作られた『不良番長』シリーズのカポネ団団長(番長)役が印象に残る。このシリーズは野田幸男、内藤誠という2人の監督が手掛けたが、野田は(俳優の戸浦六宏とともに)私の大学における部活動の先輩らしい。
 『不良番長』は暴走族グループ・カポネ団の所業を描き、最後は殴り込みで団員たちが死んで、梅宮さんの番長だけが残るという話が多かったのだが、人気が出るにしたがって山城新伍や、女優陣(夏珠美、大信田礼子、大原麗子)も生き残るようになった。それよりも、シリーズ作品なので、登場人物が、俺たちはここで死ぬけれども、次の作品ではまた生き返るというような大見得を切るのが、シリーズ作品らしくて面白かった。梅宮さんが「40になっても俺は番長だぞ!」というと、山城がそれまで体力が持つかなどと突っ込みを入れるというのもシリーズらしい妙味であった。しかし山城新伍が死に、また梅宮さんもなくなり(大原麗子さんまで亡くなり)、寂寥感でいっぱいである。

 NHKラジオ『まいにちスペイン語』応用編「すばらしきラテンアメリカ」ではグアテマラのチチカステナンゴという町を取り上げた。先住民人口が多く、マヤ文化遺産を保存してきた町だそうである。
En un lugar cercano a la iglesia de Santo Tomás se encontró el Popol Vuh, texto sagrado maya quiché que narra el origen de la humanidad. (聖トマス教会の近くで、人類の起源をつづったマヤ・キチエ族の聖なる書『ポポル・ヴフ』が発見された。)
 『ポポル・ヴフ』はグアテマラ人のノーベル文学賞作家ミゲル・アンヘル・アストゥリアスによるスペイン語翻訳版でも知られているという。『ポポル・ヴフ』は中公文庫に入っているのを買った記憶はあるが、この記事を書くために書架で探しても見つからなかった。

 ポール・アダム『ヴァイオリン職人と消えた北欧楽器』(創元推理文庫)を読み終える。今回は主人公のヴァイオリン職人ジャンニがヴァイオリン作りを教えたノルウェー人のヴァイオリン職人が殺害されるという事件が起き、真相を究明するために主人公たちはノルウェーに飛ぶ。ちょっと観光客気分も味わえる作品で、ノルウェーの生んだ作曲家グリーグについてもかなり詳しく述べられている。

12月14日
 大学入学共通テストにおける英語民間試験の活用が見送られたことに伴い、主な公立・私立大学の入試における民間試験の対応が13日までに明らかになったと『朝日』、『日経』が報じている。積極的に活用する方針だった一部の私立大学が、方針を急に後退させていることが目立つ。

 『日経』によると、中央教育審議会は2022年度をめどとして小学校の高学年における教科担任制を導入するという方針を取りまとめたという。特に反対ではないが、それに加えて、小学校5年から中学校に進学するという措置を認めるとか、小学校を5年、中学校を4年(フランスはこの方式である)という学制の再編を行うとか、もう少し大胆な提言をしてほしいと思う。

12月15日
 『朝日』朝刊の神奈川版を見ていたら、横浜市の地下鉄・バス等で利用できる敬老パスについて、見直しが検討されているとの記事が出ていた。適用の年齢を引き上げるとか、利用者が負担する金額を値上げするという案が検討されているそうだが、お手柔らかにお願いしたい。

 関幸彦『英雄伝説の日本史』(講談社学術文庫)を読み終える。ちょっと読みにくいところがあるが、読んでいるうちに引き付けられる。義経→ジンギスカン説が唱えられるに至った経緯の考察など面白い。そういえば、この本では触れられていないが、明智光秀が生き延びて天海大僧正になったという話もある。

 妹の話だと、私の2歳年上の従姉が歩行器を使って生活をしているそうだ。私も2年後にそんな生活になる可能性があると考えると、あまり落ち着き払ってはいられない。

 原武史『「松本清張」で読む昭和史』(NHK新書)を読み終える。清張の「昭和」を見る目を、司馬遼太郎が「明治」を見る目と対比しながら論じているところが興味深いが、わたしはもう1人、もっと古い「国民」的作家である吉川英治をくわえて3人を対比して考察してみたら、もっと面白かったのではないかと思う。吉川英治が日本史学者たちの仕事に敬意を払いながら、歴史小説を書いたのに対し、清張は反アカデミズムの姿勢をもっていた。司馬の場合は(一部かもしれないが)学界の方で司馬にゴマをするようなところがあったような気もする。
 この本の「あとがき」でも触れられているが、清張の作品の映画化では野村芳太郎監督による『張り込み』と『砂の器』(これは今年になってやっと見た)の2作が優れていて、清張自身も高く評価していたという。『張り込み』は高峰秀子の名演に支えられた部分が大きいと思うが、『砂の器』は監督の演出の力がよく発揮されている。なお、清張は新珠三千代がごひいきだったそうだが、彼女が清張原作作品に出演した例はない――というのは残念である(実は私も演技者としての新珠三千代は高く評価しているのである。大女優ではないが、名女優であり、そこに価値がある)。

12月16日
 12月14日に、デンマーク出身でフランスを中心に活躍した女優のアンナ・カリーナ(本名=ハンナ・カレン・ブレーク・バイアー)三が亡くなられたことが報じられた。『小さな兵隊』(1960)、『女と男のいる鋪道』(1962)、『はなればなれに』(1963)、『アルファヴィル』(1965)、『国境は燃えている』(1965、ヴァレリオ・ズルリーニ監督)、『気狂いピエロ」(1965)、『愛すべき女・女たち 未来展望』(1967)、『異邦人』(1968、ルキノ・ヴィスコンティ監督)、『悪魔のような恋人』(1969、トニー・リチャードソン監督)、『アレクサンドリア物語』(1969、ジョージ・キューカー監督)、『ザルツブルグ・コネクション』(1972、リー・H・カッツィン監督)と出演作のうち11本を見ている(監督名を記していないのは、一時結婚していたジャン=リュック・ゴダール監督の作品である)。もともとモデル出身で、背が高く、目鼻立ちがはっきりしていて、非常にかっこいい女優さんであった。『女と男のいる鋪道』、『はなればなれに』などの作品中で踊っているシーンが特に印象に残っている。心から冥福を祈りたい。
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