ジェイン・オースティン『エマ』(10)

4月24日(月)晴れ

これまでのあらすじ
 18世紀の終わりか、19世紀の初めごろのイングランド南東部サリー州ハイベリーの村が舞台である。この村の大地主の娘エマ・ウッドハウスは21歳になるが、美人で頭がよく村の女王的な存在である。ただ1人の姉イザベラが嫁ぎ、病弱な父親の世話をしながら暮らしているので結婚の意思はないが、長く彼女の家庭教師をしていたミス・ケリーが、村の有力者の1人であるウェストン氏と結婚した際に、その縁結びをしたと信じ込んで、他にも縁を結ぼうと考えはじめる。隣の教区の大地主であるナイトリー氏はエマの姉の夫ジョン・ナイトリー氏の兄であり、エマを子どものころからよく知っていて、そんなエマの思い込みをたしなめる。
 村にある寄宿学校の特別寄宿生であるハリエット・スミスと知り合ったエマは、かわいくて気立てのいい彼女が気に入る。ハリエットにはナイトリー氏の信認篤い自営農民のロバート・マーティンが思いを寄せ、求婚さえしたのだが、エマはもっといい結婚相手を探すべきだと言って、村の教区牧師であるエルトンと彼女を結びつけようとする。しかし、野心家のエルトンはハリエットではなくエマこそ自分の相手だと言い、エマに求愛を拒絶されると、保養地であるバースに出かけて、そこで出会ったオーガスタ・ホーキンズという財産家の娘と婚約する。
 ウェストン氏にはいまは亡き先妻との間に儲けたフランクという息子がいて、先妻の実家であるヨークシャーの名門チャーチル家で養われ、その財産を継承することになっていた。気難しいチャーチル夫人の意向をおもんばかって、なかなか父親に会いにやってこなかった彼がようやくハイベリーの村を訪問する。エマはチャーチルに好感を抱くが、友人としてはよいが、結婚すべき相手であるとは思わない。そう思いながら、フランクとは表面上親しい付き合いを続ける。しかしフランクにはハリエットの方がふさわしいのではないかと考える。ハリエットがジプシーに襲われた際に、フランクが彼女を助けるという事件が起きて、その思いはますます強くなる。しかし、ハリエットはエマに、自分が恋しているのはナイトリー氏であると言い、エマはナイトリー氏こそが自分の一番大事な人であることに気付く。
 村の昔の教区牧師の未亡人であるベイツ夫人にはジェイン・フェアファクスという孫がいて、なき父親の友人であるキャンベル大佐夫妻に育てられ、家庭教師になるべく教育を受けてきたが、事情があって、祖母のもとに里帰りしている。エマと同い年で才芸に秀でた美人のジェインを、エマはライバル視する。
 エルトンと結婚したオーガスタ→エルトン夫人は自己顕示欲の強い成り上がりで、エマに近づこうとして彼女に嫌われたので、ジェーンにまといつき、彼女に家庭教師の仕事を世話しようとする。彼女がエルトン夫人の説得に負けて、家庭教師の職に就こうとしたとき、チャーチル夫人の死で養家に戻っていたフランクから驚くべき知らせが届く。フランクとジェインは秘密裏に婚約していたのであり、チャーチル夫人の死後、フランクは結婚の許可を得たというのである。この話を聞いたナイトリーは、思わず、エマに求婚してしまい、エマは、彼を失いかけているのではないかと心配していたところだったので、求婚に応じる。

 ナイトリー氏と結婚の約束をしたエマではあったが、病弱な父親が生きているうちは彼と一緒に生活するために、結婚を思いとどまっておこうと考える。この婚約がハリエットにショックを与えたのではないかと考えた彼女は、ハリエットにロンドンに住むイザベラのもとにしばらく滞在することにしてはどうかと考える。ウェストン夫人からエマのもとに出紙が届き、そこにフランクからの手紙が同封されていて、彼がジェインとの婚約を隠すためにエマに近づいていたこと、それがジェインの気持ちを損ねて、婚約を破棄するという手貝が届いたが、チャーチル夫人の死がきっかけとなって結婚を認められた次第が記されていた。(第50章)

 エマのもとにやってきたナイトリー氏はフランクの手紙を見て、厳しい意見を述べる。その後で、彼がエマとの結婚後は、エマの父親であるウッドハウス氏の邸ハートフィールドに住むことで問題を解決しようと提案する。この提案にエマは同意するが、その一方で、ハリエットのことが心配でならない。(第51章)

 エマはイザベラに手紙を書いて、ハリエットのロンドンへの招待を実現させ、ハリエットはロンドンに向かった。エマはナイトリー氏との婚約を打ち明けるのは、妊娠が分かったウェストン夫人の出産後にしようと考える。少しばかりできた空白の時間を有効に使おうと、彼女はジェイン・フェアファクスと和解に出かける。ベイツ家にはエルトン夫人がいて、2人は自由に話ができなかったが、分れる際に、ジェインはエマに心からの感謝の気持ちを述べる。そしてチャーチル夫人の喪が明けたらすぐにフランクと結婚すると伝える。(第52章)

 ウェストン夫人は無事に女児を出産する。エマはナイトリー氏との結婚を父に認めてもらおうとする。ウェストン夫人、さらにナイトリー氏の説得があって、変化の嫌いなウッドハウス氏もようやく娘の結婚を承諾する。このニュースはやがて村中に広がり、多くの人がこの結婚を好意的に迎えたが、エルトン夫妻だけは否定的な感想を述べた。(第53章)

 姉夫婦がハリエットをともなってハイベリーに里帰りする数日前になって、ナイトリー氏がエマのもとを訪問する。そして、ハリエットとロバート・マーティンが婚約したと告げる。以前、この2人の婚約に反対したエマであったが、今回は2人の結婚を喜んで認めたのであった。父親とともにウェストン夫妻を訪問したエマは、そこでフランクとジェインに会う。エマはフランクのふるまいを許すが、「フランク・チャーチルに会えたのはうれしいし、心から友情を感じるけれど、ナイトリーさんの人格のすばらしさを今ほど強く感じたことはない」(中野訳、下、378ページ)と思う。(第54章)

 ハリエットに会い、またロバート・マーティンとも会って、エマはますます2人の結婚に賛成する気持ちが強くなった。9月末に2人はエルトン牧師の師式で結婚式を挙げた。ジェイン・フェアファクスはハイベリーを去って、ロンドンで暮らしており、11月に挙式する手はずになっていた。エマとナイトリー氏はその中間の10月に挙式したいと思っていたが、ウッドハウス氏がなかなか承諾しなかった。ところが身近である事件が起きて心配性のウッドハウス氏が身近に強い男性を必要に感じ、挙式に承諾するようになった。

 「ふたりの結婚式は、普通の結婚式とほとんど同じだった。花婿も花嫁も、派手に着飾ったり、見せびらかしたりする趣味はなかった。夫から式の様子を詳しく聞かされたエルトン夫人は、自分の結婚式よりはるかに劣ったみすぼらしい結婚式だと思った。 「白のサテンはほとんど使われていないし、レースのヴェールもほんの少しだけ。ほんとに哀れな結婚式ね! 姉のセリーナが聞いたらびっくりするわ」
 だが、そういう華やかさはなくても、この結婚式に出席した少数の真の友人たちの願いや、希望や、信頼や、期待は、新婚夫婦の完璧に幸せな姿を見て十分に満足させられたのである。」(中野訳、下、384ページ)(第55章)

 この物語では5組のカップルが結婚すると書いたが、それはウェストン夫妻(物語の終わりの方で子どもが生まれる)、エルトン牧師夫妻(ウェストン夫人が登場してからは見事な悪役ぶりを見せる。ご本人が悪役だと思っていないところが、これまたすごい)、ロバート・マーティンとハリエット(本来ならば、もっと早く結婚しているはずなのに、エマが余計な画策をしたので、延び延びになった。しかし、雨降って地固まるということもあるだろう)、ナイトリー氏とエマ、そしてフランク・チャーチルとジェインである。ナイトリー氏とエマはお互いに好意を持ってきたのだが、それが愛情だと気づいていなかった。ところが、フランク・チャーチルが現われてエマに気があるようなそぶりをしたことから、ナイトリー氏もエマも自分の愛情の向けられる相手について自覚を深めることになった。生真面目なジェーンはフランクのエマに対する言動に腹を立て、ついには絶縁するとまで言い出し、実際に手紙を送り返すという挙に出る。フランクとジェーンの秘めたる恋は、ナイトリー氏だけが気付いたのだが、注意深く読むと作者があちこちにそれらしき伏線を張っているのに気づくはずである。
 エマは欠点も多いが、それがかえって魅力になっているところがある。勘違い令嬢の巻き起こしたドタバタ喜劇となるはずのこの物語が、意外にまじめに展開してしまうのが、いかにも英国的ではないかと思う。もっと簡単に紹介するつもりだったのが、10回という長い紹介になってしまった。お付き合いいただいたことを感謝する次第である。

付記 エマの姉のイザベラが夫であるジョン・ナイトリーと住んでいるロンドンのブランズウィック・スクエアは実在の地名で、その近くをうろうろしたことがある。ジョン・ナイトリーは「弁護士」で、おそらくはbarrister(法廷弁護士)である。ハイベリーに事務所がある「事務弁護士」のコックス氏は、もちろんsolicitor(事務弁護士)である。翻訳者は、英国にこの2種類の弁護士がいることを知っていて、文脈から訳し分けているのだが、オースティン自身はこの2つの語を使っていないで、何となくそうだろうなあという書き方をしているのは興味深いことである。エマがコックス氏の2人の娘を「下品」だと言っていることに示されるように、昔は両者の間にはっきりした階級的な違いがあったが、現在ではそういうことはないそうである。ちなみに、シャーロック・ホームズものではsolicitorはよく登場し、事件の容疑者になったりもするが、barristerが登場するのは「ボヘミアの醜聞」と「ソア橋」の2篇だけ(本格的に登場するのは(「ソア橋」だけ)ではないかと思う。 
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ジェイン・オースティン『エマ』(9)

4月17日(月)晴れのち曇り

これまでのあらすじ
 イングランド南東部、ロンドンから遠くないサリー州のハイベリーの村に住む大地主の娘エマ・ウッドハウスは21歳。美人で頭がよく、村の女王様的な存在である。姉がすでに結婚し、病弱な父親を助けて家政を切り盛りしている。長く家庭教師をしてきたミス・テイラーが村の有力者であるウェストン氏と結婚したのは自分の縁結びのためだと思い込んで、縁結びに取り組もうとする。
 隣村の大地主であるナイトリー氏は、エマの姉の夫の兄で、エマとは16歳ほど年長であるが、そんなエマに直言できる唯一の人物で、縁結びは余計なお世話であるという。
 村にある寄宿学校の特別寄宿生であるハリエット・スミスはかわいらしくて気立てのいい女性であり、エマは彼女が気に入って誰か紳士の妻にしようと考える。村の教区牧師であるエルトンがその候補に挙がるが、野心家の彼はハリエットを相手にせず、保養地で知り合った裕福な商人の娘と結婚する。エルトン夫人はでしゃばりで自己顕示欲が強く、エマと張り合おうとする。
 ウェストン夫人には先妻との間にフランクという息子がいて、先妻の死後、その実家であるヨークシャーの名門チャーチル家で育てられていたが、父親に会いにハイベリーにやってくる。フランクはエマと親しくなるが、エマはどちらかというと軽薄な感じのフランクを友人以上の存在とは考えようとしない。村の昔の教区牧師の未亡人であるベイツ夫人にはジェインという孫がいて、死んだ父親の友人であるキャンベル大佐の家で育てられているが、ゆくゆくは家庭教師として自立するはずである。キャンベル家の都合で彼女はハイベリーに里帰りしているが、美人で才芸に秀でた彼女に対し、エマはあまりいい感情をもたない。ナイトリーはフランクがエマとジェーンの二股をかけているのではないかと疑い、彼を嫌うが、エマはフランクとジェインの間には何もないと考えている。村の主だった人々が出かけたボックス・ヒルへのピクニックでフランクはエマと恋のたわむれを続け、少し苛立っていたエマは米津夫人の娘(ジェインの伯母)でおしゃべりのミス・ベイツに失礼なことを言ってしまう。

 ボックス・ヒルへのピクニックでミス・ベイツにひどいことをいってしまったことへの後悔の念に駆られて、エマはベイツ家を訪問する。エマの訪問を知って、ジェインとミス・ベイツは隣の部屋に逃げるように入ってしまった。一人残っていたベイツ夫人はジェインは体の具合が悪いのだという。やがて出てきたミス・ベイツはジェインがエルトン夫人の世話で家庭教師として勤めることが決まったという。ジェインはミス・ベイツに詫びるためにやってきたのだが、ミス・ベイツはジェインの就職を祝うためにやってきたように受け取っている。しかし、エマはジェインが内心ではこの就職を喜んでいないのではないかと推測し、これまでジェインに不当な態度をとっていたことを後悔する。また、チャーチル夫人の容体が急変し、フランク・チャーチルが急いでリッチモンドに出発したことをエマは知る。(第44章)

 エマは沈んだ気持ちで帰宅するが、彼女の留守中にナイトリーがハリエットを連れてハートフィールド屋敷にやってきていた。ナイトリーは、ロンドンにいる弟を訪問するという。
 翌日、リッチモンドからチャーチル夫人の訃報が届く。エマは彼女の死によってフランクが自由に行動できるようになり、もし彼がハリエットを好きになってくれればいいがと期待に胸を膨らませる。その一方で、未来が閉ざされてしまったように思われるジェインへの同情心が募ってきて、手紙を書くが、体調が悪くて手紙も書けないという口頭での伝言が返ってきただけである。さらに馬車で訪問し、外出に誘おうとしたが、これも断られる。さらに薬草のクズウコンを送るが、送り返される。ところが、ジェインが一人で外出して散歩している姿を見たという話を聞く。どうもジェインはエマを避けている様子である。(第45章)

 チャーチル夫人の死から10日ほどたって、ウェストン氏がハートフィールド屋敷を訪ねてきて、エマに午前中のいつでもいいから自分の邸に来てほしい、ウェストン夫人が会いたいと言っているという。エマはすぐに彼とともに外出するが、ウェストン氏は用件を打ち明けない。 ウェストン氏の邸に到着すると、やつれ切った表情のウェストン夫人がエマを迎える。彼女は、フランクとジェイン・フェアファクスがすでに婚約していたと打ち明けたことを告げる。2人はそのことを他の誰にも知らせなかっただけでなく、フランクはエマに気があるようなそぶりをして、人々の目を欺いてきたのである。エマはフランクとジェインの関係についてはまったく気づいてはいなかったが、フランクから彼女の気を引くようなそぶりをされても、彼には関心はまったくなかったので、ウェストン夫妻が心配するようなことはないという。むしろ、ジェインの方がフランクの誠意を疑いはじめ、婚約を破棄して家庭教師になる決心をしていたのであった。事の重大さに気付いたフランクはチャーチル氏に婚約を認めてもらい、ハイベリーに急行してジェインの誤解を解こうとしたのであった。エマはウェストン夫妻に、ジェインを花嫁として迎えることについてお祝いの言葉を述べる。(第46章)

 しかし、エマとしてみると、ハリエットにフランクへの想いをたきつけてしまったことへの後悔が残る。形勢逆転、ジェインではなく、ハリエットを元気づけなければならなくなった。しかし、エマを訪れたハリエットはフランクとジェインの婚約を不思議がるだけで、童謡の色を見せない。彼女が思いを寄せているのは別の男性のようである。そしてハリエットは自分はナイトリーを慕っているが、あまりにも身分が違うので、結婚の望みはないものと思うと打ち明ける。その告白を聞いて、エマはナイトリーこそ、自分にとって一番大事な男性であると気づく。(第47章)

 「エマはそれを失う危機にさらされて初めて気がついた。ナイトリー氏にとって自分が一番だということ。つまり彼の関心と愛情の対象として、自分が一番だということ。それがエマの幸福に大きく関係していたのだ。一番だということに満足し、一番であることが当然だと思い、何も考えずにその状態を楽しんできたのだ。そして、その地位がおびやかされているとわかって初めて、自分にとってそれが言いようもなく大事なことだと気づいたのだ。・・・でもエマは、ナイトリーその関心と愛情の対象として一番にふさわしい人間ではなかった。小さいころからたびたび怠慢だったり、強情だったりして、彼の忠告を無視したり、わざと彼に逆らったりした。彼の長所の半分もわかっていなかったし、彼女の思い上がった自己評価を彼が認めてくれないと言って喧嘩したこともある。それでもナイトリー氏は、家族の愛情と習慣から、寛大な精神から、小さいころからエマを愛し、見守ってくれた。」(中野訳、下、272-273ページ)
 エマはハリエットに出紙を書き、しばらく彼女と二人だけで打ち明け話をしないようにすると伝え、ハリエットも同意する。ベイツ家を訪問し、ジェインと話し合ってきたウェストン夫人がエマの元にやってきて、ジェインが誤解からエマを避けていたことをお詫びする気持ちを伝える。エマはジェインを祝福する一方で、これから彼女が味わうことになる孤独を想像して惨めな気持ちになる。(第48章)

 次の日、エマが散歩していると、ナイトリーがやってくる。ナイトリーもフランクとジェインの婚約のことを既に知っていて、フランクのふるまいを批判する。エマは、フランクのことは何とも思っていなかったと言い、ナイトリーはそれを聞いて安心する。ナイトリーはエマに言いたいことがある様子で、エマはそれがハリエットとの結婚であっても、勧めようと内心で思う。
 ナイトリーがエマに尋ねたのは、彼とエマとの結婚の可能性はないのかということで、彼の真剣な目がエマを圧倒した。エマは素早く頭をめぐらして、彼の真意を理解し、結婚を承諾する。ナイトリーはロンドンでフランクとジェインの婚約の話を聞き、エマがそれをどのように受け止めているかを知りたくて、彼女を慰めるためにやってきたのだが、事の成り行きでエマに求婚してしまったのである。エマの気持ちの変化もナイトリーに劣らず、急激なものであった。(第49章)

 この物語は55章からなるが、今回紹介した第46章を軸として物語が急転する。オースティンの他の小説でもそうだが、婚約というのは当事者である男女が結婚の約束をすることであって、それ以外の人間に認めてもらう必要なしに成立する。それで、それから結婚までさらに紆余曲折がある。ナイトリーとエマの場合も、エマの病弱な父親の面倒を今後どのように見ていくかとか、二人が結婚後どこに住むかなどの問題がある。オースティンの他の小説と違って、財産の相続の問題があまり前面に出てこないのもこの作品の特色かもしれない。
 フランクとジェインの婚約が明るみに出、ナイトリーとエマの婚約が成立した。この小説では5組の夫婦が出来上がる――ということは、まだ1組残っていることになる。それが誰と誰の婚約であるかはだいたい推測がつくだろうと思う。
 この小説については、最後までを紹介するつもりなので、結末を知りたくない方は、次回はご遠慮ください。もっとも主要な登場人物の運命はほとんど決まってしまっていることは否定できない。

ジェイン・オースティン『エマ』(8)

4月10日(月)晴れたり曇ったり

これまでのあらすじ
 18世紀の終わりか19世紀の初めごろのイングランド東南部、ロンドンからほど遠からぬサリー州のハイベリーの村に住む大地主の娘エマ・ウッドハウスは21歳、美人で頭がよく、村の女王的な存在である。病弱で、生活の変化を嫌う父親と暮らしているために、自分自身は結婚する意志はないが、長年家庭教師を務めていたミス・テイラーが村の有力者の1人であるウェストン氏と結婚したのは自分の橋渡しのためであったと思い込み、自分には縁結びの才能があると考える。そして村の教区牧師である未婚のエルトンの妻を見つけようとする。隣村ドンウェルの大地主で、エマの姉の夫の兄であるジョージ・ナイトリーはそんなエマの思い込みをたしなめる。
 エマは新しく知り合った若い娘ハリエットをエルトンと結びつけようとするが、野心家のエルトンはハリエットを相手にせず、保養地で知り合った商人の娘オーガスタ・ホーキンズと結婚する。
 ウェストン氏には先妻との間にフランクという息子がいて、死んだ母親の実家であるヨークシャーの名門チャーチル家で育てられているが、養母が病弱なうえにわがままでなかなか父親に会うことができない。ようやくハイベリーにやってきたフランクはエマと親密になるが、エマは彼と結婚しようとは思わない。いったんヨークシャーに帰ったフランクであるが、養父母がロンドン郊外でハイベリーから近いリッチモンドに家を借りたので、ハイベリーに頻繁に来ることができるようになる。
 村の元牧師の未亡人であるベイツ夫人は善良でおしゃべりの娘=ミス・ベイツと暮らしているが、死んだ末娘の子で、やはり死んだ父親の友人であったキャンベル大佐に養われているジェイン・フェアファクスが里帰りしてくる。ジェインは才芸に秀でた美人であるが、感情を表に出さないタイプで、エマは彼女が気に入らない。
 エルトン夫人が村にやってくるが、成り上がりで自己顕示欲の強い女性で、エマは彼女を嫌う。エマと仲よくなれないと思ったエルトン夫人はジェインと親しくなり、彼女に有利な家庭教師の仕事を世話するとうるさく迫る。(第37章まで)

 ウェストン氏が計画していたが、フランクが養父母のもとに帰ったために中止された舞踏会が開かれることになる。ウェストン氏はエマをはじめ、多くの人々に会場の点検を依頼していた。「ウェストンさんの率直で開けっぴろげな性格は好きだけど、もう少し節度があった方がいい。人間として大事なことは、誰とでも親友になることではなく、誰にでも親切にしてあげることではないかしら。エマはそういう男性を思い描くことができた。」(中野康司訳、下、118ページ) エマが会うのを楽しみにしていたフランクもやってくるがなぜか落ち着かない様子である。エルトン夫人は女主人役ではないが、女主人然とふるまう。オープニング・ダンスの先頭をエマはエルトン夫人に譲ることになったが、エルトン夫人とはウェストン氏が踊ることに、二番手でエマはフランクと踊ることに落ち着く。
夜食前の最後のダンスで踊り手としてハリエットが一人余ってしまい、残っていたエルトンは彼女と踊らないことを見せびらかす意地悪をする(エマが彼とハリエットを結びつけようとしたことに対する当てつけである)。するとそれまで踊らずにいたナイトリーがハリエットの手を取って彼女と踊る。エマはそれをうれしく思い、夜食の後のダンスをナイトリーと踊る。(第38章)

 翌朝、エマはナイトリーとの短い会話の中で、エルトン夫妻がひどい人間だという点で意見が一致したこと、ナイトリーがハリエットの美点を褒めたことを思い出して喜んでいた。ところが、フランク・チャーチルがハリエットを連れて彼女の邸にやってくる。ハリエットが散歩中に、ジプシーの物乞いに囲まれて困っていたところを、フランクが助けたというのである。エマはこの事件をきっかけとして2人の仲が急接近するのではないかと考える。(第39章)

 数日後、ハリエットがエマを訪問し、かつて抱いていた(エマがたきつけた部分も大きい)エルトンへの思慕は思い切ったという。いまはもっと素敵な人物を恋しているが、彼との結婚はかないそうもないので、一生独身でいるつもりだともいう。(第40章)

 6月になり、エルトン夫妻は義兄で大金持ちのサックリング夫妻のハイベリー訪問の予定と、馬車での遠出の計画を話し、ジェインはまだベイツ家に滞在していた。ナイトリーは、フランクがエマに気があるような行動をしているが、実はジェインと二股をかけているのではないかと疑い、そのために彼に対する嫌悪感を強めていた。ウッドハウス家で大勢でお茶を楽しむことになった際のフランクとジェインの言動からナイトリーはますます疑惑を募らせるが、エマはフランクとジェインが愛し合っていることは絶対にないと、ナイトリーの考えを一笑に付す。(第41章)

 サックリング夫妻がハイベリーを訪問するという話は秋まで延期になる(物語が終わるまで、訪問したという話は出てこない。あるいは作者がわざと書き落としたのかもしれない。意地悪く考えると、実はサックリング夫妻はエルトン夫妻のことをそれほど大事に思っていないのではないかとも想像できる)。一方、ウェストン夫人に赤ちゃんができたということが分かり、周りの人々を喜ばせる。サックリング夫妻がやってきたら、サリー州の有名な行楽地であるボックス・ヒルにピクニックに行く予定であったが、これまでも出かけるという話はあったので、彼ら抜きでも出かけようという話になった。エマはウェストン氏と相談して、気に入った仲間で静かで控えめなピクニックをしようとする。ところが、社交好きのウェストン氏はエマの気持ちを考えずに、エルトン夫人に声をかけてしまう。「ピクニックは大勢で行かないと面白くない。多ければ多いほどいい。大勢で行けばきっと楽しいピクニックになる。エルトン夫人は決して悪い人じゃない。仲間外れにしたらかわいそうだ」(中野訳、下、171ページ)。エマは内心で、ウェストン氏のいうことには全部反対していた。
 エルトン夫人は張り切って準備を進めていたが、ところが馬車馬が足を痛めて、それが治るまでピクニックは延期になってしまう。その話を聞いたナイトリーが自分の持つドンウェル・アビーのイチゴ畑でいちご狩りをすればよいといったところ、エルトン夫人はその話に飛びつく。そして招待客などイチゴ狩りの次第を全部自分で取り仕切ろうという。エルトン夫人の思惑に反して、内心ではエルトン夫妻をひどい人間だと思っているナイトリーは、「ドンウェル・アビーの招待客をもつ既婚女性は、この世に一人しかいない」(中野訳、下、173ページ)という。それはミセス・ナイトリーだという。ナイトリーが誰を念頭に置いているかはすぐに想像できるはずだが、エルトン夫人はそれが冗談だとしか思わない。このいちご狩りの計画は多くの賛同を得、ウェストン氏は頼まれもしないのに、自分の息子(つまりフランク)も参加させると言い出す。
 そうこうするうちに、馬車馬の足が意外に早く回復し、イチゴ狩りの翌日にボックス・ヒルにピクニックに出かけることになる。
 6月の下旬にドンウェル・アビーでいちご狩りが行われ、エマはこの屋敷のすばらしさに改めて感動する。イチゴ狩りの一方で、エルトン夫人はジェインに自分が持ってきた家庭教師の話を承諾するようにうるさく迫る。食事の後、一行が邸内を見ていると、エマのところにジェインがやってきて、一人になりたいので、早めに帰ると言い出して去っていく。それから15分ほどしてフランクがやっと到着するが、不機嫌な様子であった。しかし、エマの説得で翌日のピクニックには参加するという。(第42章)

 翌日、素晴らしい晴天に恵まれ、準備も怠りなく、ピクニックは楽しいものになるだろうと思われたが、「その日の雰囲気には、何かが欠けていた。みんな疲れた感じで、元気がなくて、一体感がなくて、その沈滞ムードをどうしても払いのけることができなかった。」(中野訳、下、193ページ) 一行はいくつかのグループに分かれてしまい、ウェストン氏がみんなをまとめようとしたが駄目だった。それでも目的地に到着し、皆が丘に腰を下ろすと、少し雰囲気がよくなり、フランクが陽気にしゃべりだしたので、エマもそれに合わせて気分を盛り上げようとした。2人は仲良く話しているように見えたが、それは「恋のたわむれ」であって、少なくともエマから見ると、本気の行動ではなかった。場を盛り上げようとフランクは、面白い話を1つ、まあまあ面白い話ならば2つ、つまらない話ならば3つを話して、エマを笑わせることを提案する。するとおしゃべりのミス・ベイツがつまらない話を3つすることなら簡単だと言い出す。常々彼女のおしゃべりに辟易していたエマはつい、「あら、でも、難しいんじゃないかしら。失礼ですけど、数が限られているのよ。一度に三つだけよ。」(中野訳、下、199ページ)といってしまう。鈍いミス・ベイツも少したってからこの毒のある言い方に気付いて傷ついてしまう。一方、ウェストン氏は「その遊びは気に入った」といい、なぞなぞを出したりするが、グループはバラバラになり、気まずい雰囲気に包まれる。帰りの馬車を待っているエマに、ナイトリーは、ミス・ベイツのような弱い立場にある人間に心無いことばを懸けたエマを非難する。エマはなぜあんなひどいことをいってしまったのかと後悔の気持ちでいっぱいになる。(第43章)

 今回紹介した部分では社交好きで、誰とでも仲良くしようとするが、個々の人間の微妙な気持ちにはあまり配慮しないウェストン氏と、誰にでも親切にふるまっているが、心の中ではかなり厳しい人間観を抱いているナイトリーの対比が際立っている。エルトン夫人がナイトリーの表面的な丁重さを額面通りに受け取って、自分が嫌われていることに気付かないのは、かなり滑稽である。エマがミス・ベイツに投げつけた言葉はかなり残酷だが、実は自分の父親の訳のわからない議論に疲れていることも影響して、こんなことをいったのかもしれないとも思う。エマの父親であるウッドハウス氏は病弱で、自分の体に悪いものは、それを食べても大丈夫な健康な人間にとっても有害だと思い、親切心からやめさせようとするような人間である。ある意味で、ミス・ベイツよりもかなりたちが悪いところがある。特に美味しい料理を御客の目の前に出しておいて、何やかやと理由をつけて食べさせないというのは困った行為である。ミス・ベイツのおしゃべりを借りると:「最初に、子牛のすい臓の煮込み料理とアスパラガスが出たけど、ウッドハウスさまが、アスパラガスのゆで方が足りないと言って、全部下げさせてしまったんですって。おばあさまは、子牛のすい臓の煮込み料理とアスパラガスが大好物なの。それでちょっとがっかりしたそうよ。でもこのことは、誰にも言わないことにしたの。ミス・ウッドハウスのお耳に入ったら気になさるもの。」(中野訳、下、133-134ページ) 誰にも言わないと言いながら、ジェインに向かってしゃべっているし、たぶん大声だから、エマ(=ミス・ウッドハウス)の耳にも届いている。というよりも、エマはそういうことを知り抜いているから、ペラペラしゃべられると気に障るということもあるかもしれない。実際に、エマは父親がごちそうを出しておいて食べさせない性癖があることを知って、いろいろと手を打つ個所があった(上巻の329ページをご覧ください)。客観的に見れば、ミス・ベイツの方がウッドハウス氏よりも他愛のない人だという気がするが、親子の情愛が絡むと判断がむずかしくなるのだろう。 

呉座勇一『応仁の乱』(17)

4月6日(木)曇りのち晴れ、風が強いが温暖

 応仁の乱は応仁元年(1467)から文明9年(1477)まで11年間にわたって繰り広げられた大乱である。この書物はこの大乱の同時代人であった奈良・興福寺の2人の高僧である経覚(1395-1473)の『経覚私要鈔』、尋尊(1430-1508)の『大乗院寺社雑事記』という日記を基本的な史料としてその全容を、背景や影響も視野に入れて概観したものである。もちろん、その他の史料も駆使して、客観的な事実の掘り起こしが試みられている。

 終章「応仁の乱が残したもの」では、この戦乱が構成に及ぼした影響について論じている。その第一は、室町幕府の政治体制の根幹をなす<守護在京性の解体>であったという。
 応仁の乱の本質は2つの大名連合(東軍=細川勝元らと西軍=山名宗全ら)の激突であったが、このような形で大乱が勃発したのは、室町幕府の政治体制そのものに原因があるという。南北朝の内乱が落ち着いてくると、幕府は地方で戦っていた諸将に上洛を命じ、原則的に在京を義務付けた。そのことで彼らの鴉越を監視・統制しようとしたのである。その一方で、複数国の守護を兼ねる有力武将には「大名(たいめい)」として幕府の意思決定に参加することを認めた。
 京都で生活する大名たちは連歌や花見などで交流をもっただけでなく、家臣たちを含めて一族郎党同士の交流が強くなった。「京都で活動する大名家臣たちは、同族関係を通じて幕府や他の大名家とつながっており、将軍と諸大名の合意形成に基づく幕政運営を下支えしていたのである。」(254-255ページ)

 ところがこのような横の結びつきは、将軍に求心力がないと、派閥形成につながる。嘉吉の変で将軍足利義教が暗殺されると、諸大名の結集の核が失われ・細川・畠山両管領家による主導権争いが始まった。畠山家を抑え込むために細川勝元は山名宗全と提携したが、畠山氏が内紛で弱体化すると、同盟の意義は薄れ、新興勢力山名氏が覇権勢力細川氏に挑戦するという形で応仁の乱がおきた。乱が起きる以前にも対立は萌していたが、妥協によって決定的な破局は避けていた。その事態を決定的に悪化させたのは畠山義就と政長の対立から起きた御霊合戦に山名宗全が介入したことである。勝元と宗全が多数の大名を自陣営に引き込んだ結果、戦争の獲得目標が急増し、参戦大名が抱えるすべての問題を解決することは困難になった。しかも長期戦になって諸大名の被害が増大すればするほど、彼らは戦争で払った犠牲に見合う成果を求めたため、さらに戦争が長期化するという悪循環が生まれた。戦闘が長期化し、戦線が拡大する中で、東軍に補給路を遮断された西軍は戦争の継続を断念することになった。
 この大乱の後、ほとんどの大名が京都を離れ、在国するようになった。これは大名による分国支配を保証するものが幕府による守護職補任ではなく、大名の実力そのものになったからである。斯波氏が領国である越前を失い、尾張だけを領有するようになったように、戦争の中で守護代クラスの武士たちが力をつけ、大名たちの地位を脅かしていた。大名たちが引き上げたために、将軍の権力基盤は近臣や奉公衆などの直臣層のみになった。
 乱が終わった後も、将軍は一定の権威・権力を保持したが、その統治する範囲は京都周辺に限定されることになった。「俗にいう「守護大名」が将軍の権威を背景に分国支配を進めたのに対し、戦国大名は自身の力量によって「国」を統治した。したがって、将軍は戦国大名の内政には干渉できないのである。」(260ページ) 「既存の京都中心主義的な政治秩序は大きな転換を迫られ、地方の時代が始まるのである。」(261ページ)

 応仁の乱の影響の第2として呉座さんは<京都文化の地方伝播>を挙げる。ふつう、室町・戦国時代の文化の地方普及は戦乱を避けた公家たちの疎開によるものと理解されているが、在京していた大名たちが文化活動に参加していたことも見落とすべきではないという。彼らの主な貢献は文化の創造というよりも、保護・資金提供であったとはいえ、乱後、分国に帰った大名たちは京都での生活を再現しようとし、文化人たちを保護した。各地に京都をモデルにした地方都市がつくられるようになったのである。その一方で、京都は守護や奉公衆の在国化によって住民が激減し、市街域も大幅に縮小した。「戦国期の京都は、武家・公家を中心とする上京、町衆を中心とする下京、および周辺の寺社門前町という複数のブロックから成る複合都市として機能した。・・・地方における「小京都」の林立と京都の荒廃は、表裏一体の事態として進行したのである。」(265ページ)
 中村真一郎『古寺発掘』(中公文庫)の中に、「永光寺 能登に残る畠山文化の跡」という章があり、『応仁の乱』の50ページに名前が出てくる畠山満慶に始まる能登畠山氏を中心に花開いた地方文化の様相が描かれている。中村が歌と絵に才能を残したと書いている畠山義統は『応仁の乱』94ページに西軍の武将の1人として名を挙げられている。たまたま私の目に留まった例を挙げてみたが、このように都の文化を自分の分国に持ち帰って発展させた大名は少なくなかったはずである。

 第3にあげられるのが、領主と郷村との関係の変化である。室町時代の守護たちは、領地の支配を守護代以下の家臣に任せ、その収益を京都で受け取るだけであった。応仁の乱が長期化・大規模化すると、両軍とも郷村の武力の取り込みに躍起になった。領主と農民の間で武力の動員と年貢の支払いをめぐる駆け引きが展開された。「郷村に宛てて文書を大量発給した後北条氏に典型的にみられるように、郷村・百姓と直接向き合った点に、前代の権力と異なる戦国大名の最大の特徴がある。そして、そのような社会動向の出発点が、応仁の乱だったのである。」(270ページ)

 最後に、応仁の乱、さらに明応の政変以後の大和と興福寺をめぐる情勢がまとめられている。政変の首謀者である細川政元と将軍義澄、政変によって将軍の地位を追われ復権を目指す義稙と彼を支持して勢力を拡大してきた畠山尚順(政長の子)、河内に勢力をもつ畠山義豊(基家、義就の子)らがそれぞれの勢力を拡大すべく大和に派兵し、大和の衆徒・国民はこれに危機感を募らせ、永正元年(1504)には大和を二分して争ってきた筒井と越智の盟約が締結され、さらに紆余曲折を経て大永元年(1521)には筒井・箸尾・越智・十市の4氏による連合体制が成立し、大和の安定をもたらした。それは興福寺の権威・権力を利用するもので、転覆しようとするものではなかった。「中世興福寺は大和国人の領主的成長を阻んだかもしれないが、一方で大和国の戦争被害を減らした」(278ページ)。両面を評価すべきであると呉座さんは言う。

 呉座さんが主として依拠した史料が、奈良で書かれたものであったために、この書物は一方で「応仁の乱」について語り、他方で「中世都市奈良」について語るという二重性をもち、必要以上に著述の量が多くなっているように思われる。「中世都市奈良」については、既に安田元久さんの著書があり、呉座さんは安田説にそれほど大きな意義を唱えていないように思われるので、それならば削ってしまってもよかった部分が少なくないのではないかと思割れるのが残念である。もっとも、大和の西隣の河内に勢力の基盤を持つ畠山氏の動きが詳しく論じられているという長所もあるので、一概には言えない。
 応仁の乱の前後の動きと、室町幕府の性格をめぐって、新しい知見を数多く得ただけでなく、これまでばらばらに知識として記憶していたことが、この書物を読むことで整理され、さらにまとまった理解へと向かってきているように思う。さらに読み返し、またほかの書物も読むことで、自分なりの考えをまとめていきたいものである。

ジェイン・オースティン『エマ』(7)

4月4日(火)晴れ

これまでのあらすじ
 18世紀の終わりか、19世紀の初めごろのイングランド東南部サリー州のハイベリーという村に住む地主の娘で21歳のエマ・ウッドハウスがこの物語の主人公である。美人で頭がよく、村の女王的な存在の彼女は、たいていのことは自分の思い通りに推し進めてしまい、自分を過大評価しがちであるという欠点も持っていた。隣村の地主であり、彼女の姉イザベラの夫ジョンの兄であるジョセフ・ナイトリーはそういう彼女に面と向かって忠告できる唯一の人物であった。
 長くエマの家庭教師をしていたミス・テイラーが村の有力者のウェストンと結婚できたのは、自分の縁結びが功を奏したのだと信じ込んだエマは、ナイトリーが止めるのも聞かずに、村の牧師であるエルトンの配偶者を見つけようと思いはじめる。そして、村にある寄宿学校の特別寄宿生であるハリエットと結びつけようとするが、失敗する。
 ウェストンには自分の先妻との間に儲けたフランクという息子がいて、先妻の実家であるヨークシャーの名門チャーチル家で育てられている。ハイベリーを訪問したフランクをエマは気に入るが、夫ではなく友人として付き合うべきだと考える。村の元牧師の未亡人であるベイツ夫人には、ジェインという孫がいて、なき父親の友人に育てられていたのだが、事情があって里帰りしている。ジェインはエマと同じ年齢で、才芸に秀でた美人であるが、エマは彼女の物静かで落ち着いた態度が気に入らず、内心でライバル視している。野心家のエルトンはハリエットではなく、エマと結婚したいと思っていたのだが、ふられたので、保養地であるバースで出会った成り上がりの商人の娘オーガスタと婚約し、村に帰ってくる。

 エルトンが結婚式を挙げ、エルトン夫人が村に住むことになる。エマはハリエットを連れて、結婚祝いの訪問をする。短い訪問で、気まずさと早く辞去したいという気持ちがあって、エマはエルトン夫人をゆっくり観察できなかったが、上品さに欠ける女性だと思い、あまり好きになれなかった。しかし、ハリエットはエルトン夫人が素敵な女性だと思うと感想を述べた。
 エルトン夫妻が返礼のあいさつに来た時に、夫人と2人だけで話す機会があり、エマはエルトン夫人について「ひどい見栄っ張りで、ひどい自己満足型で、自分をご大層な人間だと勘違いしている。人前に出るといつも目立とうとして、さかんに自分の偉さを示そうとするが、三流の学校の教育しか受けていないので、でしゃばりで、なれなれしい。物の考え方と生活のスタイルは、身近な人たちのそれをそっくりまねしたものだ。馬鹿ではないとしても無教養で、要するに、彼女と一緒にいてもエルトン氏は何も得るところはない。」(中野訳、45-6ページ) なお、「三流の学校」の原文はbad schoolであるが、この時代、英国の学校、とくに女子を対象とする学校の水準は極めて低かった。文学作品に登場する中では『虚栄の市』でベッキーとアミーリアが学んだチジック・モールのアカデミーがもっともましな学校であったと言えよう。
 エルトン夫人はエマの住むハートフィールド屋敷の称賛にことよせて、自分の義兄のメイプル・グローヴ邸を自慢し、エマと親しくなろうとするが、エマは受け付けない。自分の夫をE様(Mr.E)と呼び、ナイトリーを呼び捨てにするなど(Mr. Knightlyというべき)、リラックスしすぎている態度はエマにとって許しがたいものであった。(第32章)

 エマはエルトン夫人に対する自分の悪い評価が間違っていないことを確信する。「エルトン夫人はうぬぼれが強くて、でしゃばりで、なれなれしくて、無教養で、育ちが悪い。多少は美人で、女性としての教養も少しは身につけているが、もともと頭が悪いので、自分は世の中を知っていると錯覚し、ハイベリー村の人々を活気づけて向上させるためにやってきたのだと勘違いしている。自分は独身時代も社交界で輝かしい存在だったが、エルトン牧師夫人となって、いっそう箔がついたと思っているのだ。」(中野訳、59ページ)
 エマが自分と仲良くしようとしないので、エルトン夫人はジェイン・フェアファクスに近づく。「エマが驚いたのは、ジェインがエルトン夫人の親切を黙って受け入れ、そのお節介に耐えているらしいということだった。」(中野訳、65ページ) エマを交えた会話の中で、ナイトリーはジェインの美点を褒めるが、彼女には率直さと明るい性格がないと指摘する(いろいろな点で、エマよりも勝っているジェインであるが、エマの持つ率直さと明るさがないという指摘は、この後の展開の伏線になる)。(第33章)

 エルトン夫妻は村の有力者たちからディナーへの招待を受けており、エマの父親もエルトン夫妻を招待することになる。ディナーに出席したジョン・ナイトリーと話していたジェインは自分が日課として散歩をすること、郵便局に必ず寄ることにしていると語る。エルトン夫人はジェインに雨の中の郵便局行きをやめさせようとするが、ジェインは耳を貸さない。エマはジェインの文通相手についてあらぬ妄想をして内心で楽しんでいる。(第34章)

 強引なエルトン夫人はディナーの後の女性だけの会話の際にジェインを独占し、彼女に家庭教師(ガヴァネス)の就職口を世話しようと申し出る。もともとジェインは家庭教師になるための教育を受けてきたのだが、就職の話は夏まで待ってほしいという。(彼女がそういうには理由があるはずだが、何事にも強引なエルトン夫人はそこまで気を回さない。) ディナーの席にウェストンが遅れてやってきて、フランクが間もなくハイベリーにやってくると知らせる。(第35章)

 ウェストンがエルトン夫人に語ったところでは、フランクの養母であるチャーチル夫人の体調が悪く、ロンドンで静養することになり、フランクはハイベリーにやってくることが出来そうだということである。ジョン・ナイトリーはミス・テイラーがウェストン氏と結婚したために、社交好きな夫の影響を受け、そのあおりでエマの身辺でも社交的な催しが多くなったという(ジョンは自分の家庭を最優先する心情の持ち主で、社交的なことが嫌いな人物として描かれている)。 (第36章)

 フランクがやってくるという知らせを聞いて、エマはなぜか心の動揺を感じた。ロンドンに到着したフランクはすぐにハイベリー村を訪問するが、エマとはわずかな時間話しただけで他の知り合いのところに行ってしまう。チャーチル夫人はロンドンの騒音に我慢が出来ず、郊外のリッチモンドに移ることになる。リッチモンドの方がハイベリー村に近いので、フランクは内心で喜んでいる。以前、フランクの帰省で取りやめになったウェストン夫妻主催の舞踏会がどうやら実現しそうな運びとなる。(第37章)
 
 何事にも強引で自己顕示欲の強いエルトン夫人が登場して、物語はいよいよ進行を速める。身分的な意識が強い(偏見といってもよいかもしれない)エマは、成り上がりのエルトン夫人を嫌うが、その代わりにジェインがエルトン夫人の近くにいつもいるようになる。しかし、エルトン夫人の強引さには辟易し始めている様子である。これまでと同様、ジェインの行動には謎めいたものがあり、何か秘密をもっているようである。そしてその秘密は、エマが想像するようなものではないことも推測できる。終盤、エルトン夫人の<活躍>が目立ち始める一方で、エマは相変わらず勘違いが多いけれども、何となくしおらしい感じにも見えてくるのが、結末への布石になっているようである。  
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