FC2ブログ

日記抄(5月6日~12日)

5月12日(火)晴か曇りか判断に迷う空模様である。次第に雲が広がる。その中で気温上昇。

 5月6日から本日の間に経験したこと、考えたこと、その他これまでの記事の補遺・訂正等:

 以前にも書いたつもりであるが、パンデミック(pandemic)という言葉の語源は、ミルトンの『失楽園』のなかのPandaimoniumという言葉に起源をもつ。「万魔殿」と訳される。この場合のpanは「あらゆる」という意味のギリシア語である。神に反逆したルシファーは自分に同調して神のもとを追われた堕天使たちとともに自分たちの本拠地を築く。それが「万魔殿」である。
 ミルトン(John Milton, 1608-74) 、『天路歴程』の作者ジョン・バニヤン(John Bunyan、1628‐88)、『ロビンソン・クルーソー』、『ペスト』、『モール・フランダース』の作者であるダニエル・デフォー(Daniel Defoe, 1660-1731)はイングランドのピューリタンに属する文学者であり、それぞれの作品は、作者が生きた時代のピューリタンが辿った運命を反映しているところがある。

 カミュの『ペスト』よりもデフォーの『ペスト』(または『疫病年代記』)の方が古いという話を書いたし、それよりも古く、ボッカッチョの『デカメロン』はペストの禍を避けて山中の別荘に潜む男女の語る話という形式をとっているということもご存知であろうが、もっと古く、ギリシアの歴史家トゥキュディデスの『歴史』の中に、アテナイを襲った疫病についての記述がある。ペロポネソス戦争が始まって2年目の夏に、アテナイでは疫病が発生しはじめる(第2巻47節:小西晴雄訳、ちくま学芸文庫版では161ページ以下)。トゥキュディデースは彼自身もその疫病にかかった経験を踏まえて「その実際の経過を述べよう」(162ページ)と書いているが、小西さんの訳注によると、「この疫病の病名は判然としない。チブス、はしか等が考えられるが、いずれもトゥキュディデスの描写に必ずしも一致しない場合がある。疫病はその発生のたびに形体の変ることがあるので、病名の決定はトゥキュディデスの描写からのみでは不可能のように思われる」(457ページ)そうである。

5月6日
 『朝日』朝刊のコラム「後藤正文の朝からロック」で、後藤さんは矢内東紀さんが『しょぼい生活革命』という対談本の中で語っている「想像もつかないようなことを包摂していくのが多様性ではないか」、「自分の想像で多様性を設計すると危ない」という言葉に強い印象をうけたと語っている。この矢内さんの言葉に続けて、対談者の内田樹さんが「共感を過剰に強制する社会の危険性」を指摘していることについても触れている。「共感者の多い集団では、少ない語彙で打てば響くようなコミュニケ-ションが行えるが、異論や違和感を表明する人は妨害者として排除される」ことになるという。
 谷沢永一が親友であった開高健について、彼が他人に自分の心中を「忖度」されることを極度に嫌ったと書いていたことを思い出した。世の中には、心中を忖度されることを嫌う人間がいるのだということが理解できない人間がいるというのは困ったことである。わたしも、どちらかというと、嫌いな方で、付き合いにくい人間だと思われているところがあるかも知れない。

 『東京』は「忘れない 映画が消えた日」と、緊急事態宣言発令の翌日である4月8日に、映画監督の泉原航一さんと写真家の橋立拓也さんが都内の映画街や撮影所などを回って、その様子を写真に収めたことを紹介している。撮影した写真は映画関連以外も含め4,000枚に及ぶという。
 昨年、見た映画が10本に満たず、今年こそは2桁を回復しようと考えていた矢先のコロナ禍である。いつになったら映画を見に出かけられるのだろうか。

5月7日
 下川裕治『12万円で世界を歩くリターンズ タイ・北極圏・長江・サハリン編』(朝日文庫)を読み終える。この中で「タイ編」は、このブログで取り上げている梅棹忠夫『東南アジア紀行』と重なるところがあって、特に興味深かった。
 ラオスとの国境となるメコン川の河岸をトゥクトゥク(三輪タクシー)で走っていると、ラオス側にはこんな国境地帯に…と首をかしげたくなるような大型ビルが建設されている。
 「中国が建設を進める経済特区だった。ここにホテルやカジノをつくり、一大観光リゾートをつくるという構想らしい。やってくるのは中国人観光客だろうか」(75ページ)。
 横浜にIRを建設しても、ほかのリゾート地との競争を勝ち抜けるかどうか、はなはだ疑問であると思う。だから、IRには反対で、4月に有隣堂本店に出かけた際に、近くでやっていた署名活動に協力してきた。

 NHKラジオ『実践ビジネス英語」の”Quote...Unquote”のコーナーで紹介された言葉:
We are full of weakness and errors; let us mutually pardon each other our follies. It is the first law of nature.
---- Voltaire (French philosopher and writer, 1694- 1778)
(私たちは皆、欠点だらけで、過ちを犯してばかりいる。ゆえに、お互いの愚行は許し合おうではないか。それが自然の第1法則だ。)
 ヴォルテールは(デカルトも同様であるが)、イエズス会の学校で教育を受けたが、その人文主義的な伝統を身に付けた一方で、護教的な精神の方は身に付けなかった。私にとっての生きる支えのようなものは、デカルトとヴォルテールの知的伝統の流れの中で自分がものを考えているということである。

5月8日
 『実践ビジネス英語』の”Quote...Unquote"のコーナーで取り上げられた言葉:
If a man does not make new azquaintances as he advances through life, he will soon find himself left alone. A man, sir, should keep his freindship in a constant repair.
  ―― Samuel Johnson (English lexicographer and author, 1709 - 84)
(人は、人生を歩む中で新しい知人を作らなければ、自分が一人ぼっちであることにほどなく気づくだろう。人は、友情を絶えず修復していかなければならない。)
 昨日取り上げたヴォルテールの『カンディード』と、このジョンソンの『ラセラス』(『幸福の探求』という訳題で岩波文庫に入っている)は、主人公があちこちを遍歴しながら幸福を探求するということなど共通点の多い作品としてしばしば論じられる。『ラセラス』は文学的な完成度において『カンディード』に劣るが、登場する人物たちの気立てが優しく描かれているので、読んでいて気持ちが和むところがあって捨てがたい。

 NHK高校講座『古典』は、『宇治拾遺物語』のなかの「亀を買ひて放つこと」という説話を取り上げて読んだ。ある人が50貫という銅銭を出して亀の命を助けたが、その売った人の乗った舟が転覆して沈み、亀が人間の姿になってやってきて、50貫の金がもとの持主のところに戻ったという話である。この話は他の説話集にも出て来るが、『宇治拾遺物語』の作者は、それらとは別の語り方をしているという。
 この放送は昨年度も聴いたような記憶があるが、その時には気づかなかったことで、今回気づいたことがある。それは『宇治拾遺物語』の成立は鎌倉時代の初期ということであるが、この説話のなかには銅銭が登場している。たしかに平安時代の終りに、平清盛が日宋貿易で宋から銅銭を輸入したということはあったけれども、どの程度、銅銭は流通していたのだろうかということに物語の筋とは別の興味をもった。考えてみれば、鎌倉の大仏は中国から輸入した銅銭をとかして鋳造されたといわれるから、かなりの量の銅銭が流通していたことは間違いないのだろう。

5月9日
 『朝日』の朝刊にコロナ禍のなかでの政府の「経済支援策 足りぬ『スピード感』」という見出しの記事が出ていたが、足りないのは「スピード感」ではなくて、スピードそのものだろう。「やってる感」でお茶を濁してきた政府のペースに、ジャーナリズムも乗せられているということだろうか。

 同じく『朝日』にオンライン学習の推進によって生じる「学校PC特需」をめぐり、ウィンドウズ、アップル、グーグル(クロームブック)3者による争奪戦が展開されているという記事があった。値下げの余波がこちらにも及んでくれば、それはそれでいいことである。

5月10日
 『朝日』朝刊は、「9月入学」の是非をめぐり、慎重派の前川喜平さんと推進派の藤川大祐さんの談話を掲載している。将来的には9月入学を考えてもいいとは思うが、コロナ禍がいつ終息するかわからない中で、9月入学への移行を考えるのはいかがなものか。この問題については少し時間をかけて考えていきたい。

5月11日
 「9月入学」をめぐって『読売』が実施した世論調査では回答者の54%が賛成したという。その一方で同紙は、この改革が直面するであろう難問も列挙している。『日経』には早稲田大学の田中愛治総長の論説が掲載されていて、これも現場の意見をよく聞いて慎重に進めるべきだという議論である(『日経』自体は、財界の意向を反映して「9月入学」に前向きの報道が多いが、このように慎重論を掲載しているのも注目していい)。

 恒例によって各紙の1面コラムの紹介。『朝日』の「天声人語」はクリミア戦争で看護にあたったフロレンス・ナイチンゲールがその後、統計的手法を用いて、兵士の多くが戦闘ではなく感染症で命を落としたことを示し、軍隊のなかでの衛生状態の改善を訴えたことを述べている(5月12日はナイチンゲールの誕生日で、今年は彼女の生誕200年にあたるそうである)。以前にこのブログで触れたが、英国ではすでに17世紀に医師であったウィリアム・ペティーが統計による社会現象の分析を行っている。この時代の英国で、すでに社会統計は少なからず行われていたが、ペティーの場合はそれを通じてより一般的な原理を探求しようとしたところに特徴があるとシュンペーターは評している。なお、クリミア戦争に砲兵将校として参加したレフ・トルストイはその後、生涯にわたって反戦を訴えた。ナイチンゲールの業績を否定するものではないが、私はトルストイの方をもっと高く評価する。
 「産経抄」は、コロナウイルスの蔓延によって「国権の最高機関」である衆議院の審議が危機に瀕していることを強調し、緊急事態に対応する条項を盛り込んだ改憲の必要性を論じる。国会法の見直しで対処できる問題だろう。論理が飛躍している。確認したわけではないが、千風さんのブログ「老婆は一日にしてならず」によると、首相官邸ホームページでは国民の上に行政があると主張しているそうである。もし本当のことだとすると、そちらの方が問題だ。
 『東京』の「筆洗」は外出自粛の中で酒で憂さを紛らわす人が多くなっていることを踏まえて、燗の種類について述べた後、飲みすぎに気をつけようと訴えている。
 『日経』の「春秋」はニューヨークの近代美術館がデザインを収集してきたこと、その中には懸け橋の象徴であるレインボー・フラッグも含まれていることを述べ、コロナ禍を乗り越える新しいデザインの誕生への期待も述べている。『毎日』の「余録」はこのコロナ禍の中でラジオやタイプライターのような「手作り感とぬくもり」のあるものの人気が高まっていることを語る。『読売』の「編集手帳」はコロナ対策における国際的な協調と思いやりの必要性を訴えている。

 『朝日』に「小松左京 現実が後追い」として、彼の作品に描かれた世界がその後、つぎつぎと現実のものとなっていると指摘されている。以前にも書いたように、私は小松さんの周辺にいた時期があるが、その時点ではどうも反発するというか、あまり親しめなかったという記憶がある。もう少し、謙虚に学んでいく姿勢をもって接すればよかったと思うが後の祭りである。

5月12日
 『朝日』朝刊に解剖学者の養老孟司さんが「新型コロナ 人生は本来 不要不急」という文章を寄稿されている。養老さんは私の中学・高校の8年先輩にあたるのだが、読んでいて、同じ学校を出ていると、考えることが似て来るのかなあという感想をもった。私を含めて、同期生にはお役人や大学の先生になった人が少なくないが、立身出世よりも、世の中の縁の下の力持ち的な存在として生涯を送り、社会と経済と文化とを支えてきたのだと言いうるような人物が少なくない(私はその中に入らないかもしれない)。とにかくある程度の含羞(私の同期生のK君に言わせると「羞恥心」)と謙虚さをもって世の中の荒波を渡ってきた人物が多いように思う。
 中卒、高卒、短大卒、大卒、院卒…というのを学歴と言い、東大卒、慶大卒、早大卒…というのを学校歴という。人生に対する影響力はもちろん、学歴>学校歴である。しかし、学校歴というのも多少は人間の生活や思考様式に影響するものである。
 何が言いたいかというと、現在首相補佐官を務めている和泉洋人氏は小生の(そして養老さんの)後輩であるが、どう考えても我が母校の含羞の文化を継承しているとはいいがたい、恥さらしの人物であるということである。

 「9月入学」をめぐり日本教育学会が懸念を表明する声明を発表したと『読売』が報道し、『朝日』も「課題山積」と慎重な姿勢を見せている一方で、『日経』は「G20 4月入学は日印のみ」と前向きの報道姿勢を見せている。他のことでは意見が違う『朝日』と『読売』がこの点をめぐっては同調しているように思われるのは、「9月入学」が高校野球を取り上げてもわかるように、大きな社会的変化を伴うことだからであろう。
 高校野球は現在のところ、春(4月・5月)に休日を利用して大会が開かれ、地方レベルでのトーナメント戦が行われ、夏(6月・7月)にまた大会が開かれて、それが甲子園での全国大会の予選となっている。夏の大会を区切りとして、3年生が退部して1年生と2年生での新チームが結成されて、秋の大会があり、これも地方レベルのトーナメント戦を経て、明治神宮大会があって、ここでの成績を考えながら、次の年の春の選抜の代表校が選ばれるというスケジュールになっている(間違いがあったら、ごめんなさい)。もし9月入学制になると、夏の甲子園は現在の選抜大会と同様に新3年生と新2年生だけで戦われるということになる。あるいは春の大会の上に明治神宮大会をもってきて、それを高校選手権として、夏の甲子園を現在の選抜大会と同じようなものに位置づけるという考えもあるだろう。とにかく、現状を維持することはできそうもないので、今後の方向性については議論百出になるのではないか。だから、この問題一つをとっても、そう簡単に移行に踏み切るわけにはいかないと思われるのである。

 どうも書くことが多くて、疲れてしまい、皆様のブログを訪問する余裕がなくなりました。ご容赦ください。 
 
スポンサーサイト



日記(5月8日)

5月8日(金)晴れ、三ツ沢グランドの陸橋付近から富士山が見えた。気温、上昇。

 薬が無くなってきたので、クリニックに出かける。それも掛け持ち、いったん帰宅してから、また出かけるという掛け持ちである。薬局のお姉さんに大変でしょうといわれるが、大変なのはお姉さんの方ではないかと思う。

 バスの中で、スマホのゲームに夢中になって下りる停留所を通り越しそうになり、慌てて降車ボタンを押したが、運転手に無視されてしまった人がいた。私はゲームをしないし、本を読んでいても2つ前の停留所でやめることにしているが、それでも乗り越すことが年に1・2回はある。失敗は誰にでもある。乗り越しても、数百メートル歩けばいいだけだ。

 クリニックに外国人の患者さんが来ていて、どうも深刻な病気らしく、当人はかなり日本語ができる様子なのだが、受付の人がもっと日本語がよくできる人を連れて出直してほしいと一生懸命説明していた。医療通訳センターのようなものがあればいいのになと思いながら、話を聞いていた。

 その後、薬局に寄ったら、ただいま60分以上待たないと薬は出ないと掲示が出ていた。それを読まないで、自分はもう1時間以上待っていると文句を言っている人がいた。

 待っているあいだ、『日経』に連載中の岸恵子さんの「私の履歴書」を読んでいた。岸さんと、同級生だった小園蓉子さんが松竹大船撮影所を見学に出かけて、吉村公三郎監督に見いだされたという話は有名だが、今回はそのいきさつが語られている。
 撮影所では李香蘭(=山口淑子)主演の映画を撮影していたというのだが、これは『わが生涯のかがやける日』(1948)であろう。それから俳優養成所で「新人女優よりもずっとすてき」な女性がダンスの先生をしていたが、それが津島恵子だったという。気になるのは、津島恵子が吉村監督の『安城家の舞踏会』でデビューしたのは1947年のことであるから、その後も養成所でおしえていたのであろうか。記憶というのは不正確なものなので、担当記者が事前に情報を整理して確認しておく必要がありそうだ。
 それはそうと、『安城家の舞踏会』の津島恵子は魅力的であった。私が見た限りで、デビュー作の印象が強い女優というと、津島恵子と、芦川いづみ(川島雄三監督の『東京マダムと大阪夫人』)さんだろうか。川島監督と言えば、松竹時代の『とんかつ大将』(1952)で津島恵子が、傲慢な美人女医(主人公である同じく医者の佐野周二と接しているうちに、だんだん変わってくる)を演じていたのも思いだされる。そして、この作品には小園蓉子さんが出演していたのである。

 有隣堂本店で『遠山顕の英会話楽習』、『実践ビジネス英語』、『まいにちフランス語』の各5月号、シュムペーター『経済学史』(岩波文庫)、平松洋子『すき焼きを浅草で』(文春文庫)を購入する。語学テキストは4月末に来店した時には、売り切れていたらしく店頭に並んでなかったのをようやく入手したのである。
 19世紀英国の経済学者であるナッソー・シーニア(1790‐1864)という人物(の社会的な影響)について調べている。ある本にはJ.S.ミル(1806‐73)の友人だと書かれていたので、杉原四郎先生の『J.S.ミルと現代』(岩波新書)を読んでみたが、彼のことには触れられていない様子である。そのため、別のところから探そうと思い、シュムペーターの本を立ち読みしてみたら、彼についてかなり詳しく書かれているようなので、さっそく買ってみたということである。

 別のクリニックに出かける。体重も減ってきているし、体調はいいのではないかと言われるが、個人的に問題なのは、睡眠時間が十分ではないことである。昼寝ができれば、した方がいいといわれる。

 適度な睡眠

 適度な睡眠――と
 お医者さんは言う
 その、適度というのが
 難しい

 夢を見る
 夢は制御不能だ
 楽しい夢を見るかもしれないし
 怖い夢を見るかもしれない

 昼寝をして
 とても楽しい夢を見たことが
 あった

 もう一度見たいと思っても
 見ることはできないような
 夢であった

 その後、前に描いたのとは違う薬局で薬をもらい、薬剤師さんにいたわりの言葉を掛けられたのは、すでに書いたとおりである。

 平松洋子『すき焼きを浅草で』(文春文庫)を読む。
 難しい、すぐにはよめないような本を買うときには、すぐに読めそうな本を合わせて買うのが、私の読書哲学である。今回は、シュムペーターと、平松さんの本をあわせて買い、目算通り、平松さんの本をすぐに読み終えた。

 難しい本もちゃんと読み進めてはいるのだという証拠に、そういう本からの抜き書きをしておこう:
 「誰もがおかしいほど安易に、古き自由主義を槍玉にあげ、罵ることでは一致してきた。でもなんとなくうさん臭い話ではある。なぜなら普通、人は少々いかがわしく、あるいは少々愚かしいことでもなければ、意見の一致を見ることなどないからだ」(オルテガ・イ・ガセット『大衆の反逆』、岩波文庫版、27ページ)。 

日記抄(4月29日~5月5日)

5月5日(火/こどもの日・休日)午前中は晴れのような、薄曇りのような空模様であったが、午後になってすっかり曇り空となる。

 4月29日から本日までのあいだに経験したこと、考えたこと、これまでの記事の補遺・訂正等:
 外出自粛の籠城生活も楽ではない。そこで思い出したのは、明治の終りから大正の初めにかけて活躍し、特に上方落語「貧乏花見」を東京に移し替えて「長屋の花見」に改作したことで知られる3代目蝶花楼馬楽の逸話である:
 いつも赤貧の中にいたから、家賃は溜りっぱなしである。いよいよ大家の矢の催促に言い訳できなくなると、「加藤清正蔚山に籠る」「谷干城熊本城へ籠る」「本間弥太郎当家の二階に籠る」と大書して玄関に張り出し、大家の催促に対抗したりした(祖田浩一『寄席行燈』、81ページ)
 大家さんは字が読めたけれども、コロナ・ウイルスは字が読めないらしいからねえ。早くウイルス禍も終息して、馬楽の句にあるように「五月雨やようやく湯銭 酒の銭」ということになればいいのだが。

4月29日
 『朝日』朝刊の「折々のことば」(1801回)で鷲田清一さんが、「記憶をもたない民族には未来もない」という中国の陸秋槎さんの言葉を取り上げている。鷲田さんはこの言葉を中国の現在の社会体制や価値観に対する異議申し立てとして理解しているのだが、その一方で、「記憶」とか「未来」とかいう言葉には泰平と乱世とが交錯してきた中国の歴史重視の文化的な伝統が感じられることも否定できない。
 もし人々が生活の現状に満足し、それが長く続いたのであれば、過去を思い出すことも、未来に思いをはせることもあまりないはずで、歴史についての見方が大きく変わって来る。石澤良昭さんは『東南アジア 多文明世界の発見」(講談社学術文庫)の中で『東南アジアの歴史は必ずしも進歩と発展を伴う歴史展開ではなかったかもしれない」(29ページ)と説き、さらに東南アジアの歴史の本質は「時間軸文化史ではなく、自然環境とともに営まれる長い生活誌物語ではないか」(31ページ)とも論じている。中国と東南アジアの歴史のどちらに魅力を感じるかは、各人の自由である。

4月30日
 工藤美代子『サザエさんと長谷川町子』(幻冬舎新書)を読む。戦後・昭和20年代を代表する新聞マンガというと、『サザエさん』と、南部正太郎(1918-76)の『ヤネウラ3ちゃん』(大阪新聞連載)というのが一般的な評価だと思うが、その両者を取り上げた雑誌記事を紹介しているなど、よく調べているなぁと思う。

 さらに及川智早『変貌する古事記・日本書紀』(ちくま新書)を読む。明治以後の社会の中で、『古事記』『日本書紀』の説話がどのように受容され、変容したかをたどる書物で、例えば垂仁天皇の命令で常世の国に橘の実を求めに出かけた田道間守が、お菓子の神様になっていった過程などが描かれている。

5月1日
 『東京』に小池東京都知事と吉村大阪府知事が「9月入学制度」の実施を含む「共同メッセージ」を発表したという記事が出ていた。むかし、英国で研修していたころ、9月の下旬に学生が入学手続きをしにやってきているのを見ながら、アイルランドに旅立ち、アイルランドの大学を10月に訪問したところ、まだ授業は始まっていないということで、国や大学によって9月入学といってもその運用の実態に相当な違いがあるのを実感したことがある。性急な導入よりも、まず慎重な調査を行うべきである。

 『日経』の「私の履歴書」は女優の岸恵子さんの連載が始まった。一昨年だったか、このコーナーには、岸さんの横浜平沼高校(←県立第一高女)の1年後輩の草笛光子さんが登場していたので、順序が逆だなと思うが、どんな話が展開されるのか、楽しみに読み進みたいと思っている。

5月2日
 『朝日』朝刊読書欄の「著者に会いたい」のコーナーでタレントの壇蜜さんが自著『結婚してみることにした。壇蜜ダイアリー2」について、というよりご自分と日記との「つかず離れずの関係」について語っているのが興味深かった。

 評伝『吉田健一』で大佛次郎賞を受賞された文芸編集者で小澤書店創業者・長谷川郁夫さんが1日、食道がんで亡くなられたことが報じられた。72歳。わたしよりも若かったのかと、ちょっと意外である。小澤書店は独自の審美眼をつらぬく出版社として知られていたが、2000年に惜しくも倒産した。新潟に住んでいた時に、紀伊国屋の新潟店で小川国夫の全集を予約したところ、それがきっかけになって小澤書店の方から新潟まであいさつに来たと店員から聞いたことがあった。謹んでご冥福をお祈りします。

 NHKラジオ『朗読の時間』では漱石の『三四郎』を読んできたが、25回まで読んだところで中断して、またしばらくしてから放送するということになった。ところで、今回読んだ箇所で、三四郎が廣田先生、野々宮宗八、よし子、里見美禰子とともに本郷団子坂で行われている菊人形を見に出かける場面がある。漱石の小説にはこのようにな実在の行事や祭典を作中に織り込むことがよくみられる(前期の作品に多いようである)。この団子坂の菊人形は明治42(1909)年に本所の両国国技館(当時)で菊人形が行われるようになって、人気を奪われて衰微したという。『三四郎』は明治41年に『朝日』に連載されたので、ギリギリのところの風俗が描かれていることになる。その国技館の菊人形であるが、大正6(1917)年に火災を出した後どうなったのかは定かではない。
 ところで菊人形というと、福島県二本松市、福井県(武生市→)越前市、大阪府枚方市のひらかたパークのものが日本三大菊人形と言われてきたが、ひらかたパークでの開催は2005年限りで中止になったそうである。実は私は越前市がまだ武生市と言っていた時代に住んでいたことがあって、菊人形のことは知っているのだが、実際に見に出かけたかどうか、どうも記憶が定かではない。菊人形のようなものは1人で見に出かけてもつまらないし、(異性と)2人連れで出かければ余計な噂が立つし、数人で出かけるほどの知り合いもいなかったし…ということで、記憶が定かではないのは、見に行かなかったということのようである。」

5月3日
 NHKラジオ『私の日本語辞典』は長く創元社に勤務されていたフリー編集者の高橋輝次さんが「タイトルを生み出す”ことば力”」という「タイトル」で、5回にわたり書物のタイトルをめぐる様々な話をされる中での第1回。松本清張の『眼の壁』が「眼」と「壁」という異質なものを組み合わせていて、俳句的な興味を掻き立てているという指摘が面白かった。『眼の壁』は1957年に『週刊読売』に連載された小説で、1958年に松竹で大庭秀雄監督によって映画化されている。連載当時、まだ小学生だった私であるが、ぼんやりと筋を追って読んでいた記憶がある。今、読みなおしたら、まったく別の感想が出て来るのではないか。〔それよりも映画化作品の方が見てみたい。一度、ラピュタ阿佐ヶ谷で上映されたことがあるが、また上映されることがあるだろうか。〕

5月4日
 『朝日』の「天声人語」はNHKの大河ドラマと歴史的な人物のイメージの変遷について、斎藤道三を例に取り上げて論じている。「長らく狡猾な「国盗り」の悪漢と目されてきたが、将来は、「国造り」に燃える主役として、語り継がれていく予感がする」。この予感は当たるだろうか。『産経』の「産経抄」はTVの連続ドラマの「神回」を話題として取り上げている。『東京』の「筆洗」は試験官を騙して旧制三高を卒業した梶井基次郎と、東大の卒業試験で試験官の名前を1人でも言えれば卒業させてやると言われて、1人も答えずに除籍処分を受けた太宰治の逸話を引用し、コロナウイルス禍からは何としてでも「卒業」しなければならないと語る。『日経』の「春秋」は最近、企業では内部でのコミュニケーション重視の風潮が高まっていることに注目する。「『3密』は厳禁だが、対話は密に願う」。『毎日』の「余録」はコロナ禍のなかでも、桜前線の北上が続いていることに触れる。『読売』の「編集手帳」は会員限定のために読めなかった。

 NHKラジオ『文化講演会』の再放送:長井伸仁さん(東京大学大学院人文社会系研究科准教授)の「フランス革命はどのように想起されてきたか」は、明治時代にフランス革命を概観する『仏蘭西大革命史』をまとめた箕作源八の業績を掘り起こしながら、フランス革命がその後のフランスの歴史のなかでどのように評価されてきたかを論じた内容で、聞きごたえがあった。フランス革命の原因が国家の財政危機にあり、その解決策としての税の負担の公平を求める声が革命に至った。その財政危機の原因となったのはフランスが各国と展開した戦争である(王侯貴族の贅沢がもとになっていたわけではない)というのは、私もかねがね思っていた点である。ただ、その財政危機を打開すべくルイXⅥ世がテュルゴー、ネッケル、カロンヌと財務総監を入れ替えながら、対策を講じようとしたという点に議論が及ばなかったのは残念である。わたしは経済学史に興味があるので、重農学派の代表的な経済学者の1人であるテュルゴーとその政策の位置づけなど、長井さんの意見を聞きたいと思った。1889年のフランス革命100年の際には、パンテオンにカルノーのような軍人の遺骸が収められたのに対し、1989年の200年に際してはコンドルセのような文化人の遺骸が収められ、フランス革命の評価が政治的なものから、社会的・文化的な側面の評価へと変わってきているという指摘はその通りだと思った。長井さんは触れていなかったが、メートル法も、長ズボンもフランス革命の遺産で、我々はその恩恵に浴しているのである。

5月5日
 再放送の再放送の再放送くらいになるが、NHKラジオ『まいにちフランス語』の「Tristanに聞いてみよう! コミュニケーションの鍵」で番組パートナーのトリスタン・ブルネさんが
La place de l'église est traditionnellement le centre des villages français. (「教会広場」は伝統的にフランスの村の中心です。)と話していた。大抵の場合、そこに(曜日を決めて)市が立つし、地元の小さな商店などもあったりする。もともと、フランスのいなかにある小さな村のほとんどが中世のころ、教会と墓地の周りにつくられていったからであるという。
 これはフランスに限らず、ヨーロッパの国々で一般に見られることではないかと思うが、確信を持って言えるほど、ヨーロッパの国々をあちこち見て回ったわけではないのが残念である。
 以前、キリスト教世界でもイスラーム教世界と同じように宗教は生活の一部だ(少なくとも最近まではそうだった)と書いたが、要するに、日曜日に教会に出かけた後、知り合い同士が集まって、近くのたまり場でコーヒーか紅茶を飲みながら世間話をする。それが習わしになっているというような意味で、生活の一部だということである。

2020年の2020を目指して(4)

4月30日(木)晴れ、気温上昇
 3月に続き、コロナウイルスの蔓延の中で外出の自粛を続けたため、数字の伸びが鈍っている。
 足跡を記したのは1県(神奈川)、1都(東京)、1市(横浜)、4特別区(渋谷、新宿、文京、港)のままである。
 利用した鉄道は4社(東急、東京都営、東京メトロ、横浜市営)、7路線(東急大井町線・東横線・目黒線;東京メトロ南北線・半蔵門線;東京都営三田線;横浜市営ブルーライン)、関内駅を利用したので乗り降りしたのが8駅に増え、乗り換えに利用した駅は4駅のままである。
 利用したバスは2社(相鉄、横浜市営)、14路線、9停留所と変わらず。〔55〕

 この原稿を含めて31件をブログに投稿した。内訳は日記(2020)が6件、読書が4件、読書(歴史)が8件、梅棹忠夫が5件、『太平記』が4件、ジェイン・オースティンが4件ということである。1月からの通算では123件で、日記が1件、日記(2020)が23件、読書が23件、読書(歴史)が27件、梅棹忠夫が14件、『太平記』が17件、ジェイン・オースティンが17件、詩が1件ということである。
 頂いたコメントはなし、1月からの通算では9件、4月中に頂いた拍手は615ということである。〔132〕

 いつも利用している書店が休業しているので、伊勢佐木町の有隣堂本店に出かけて本を買うことになった。それで本を購入した書店が2軒に増えた。4月は、6冊の本を買って5冊を読んでいる。読んだのは:東川篤哉『探偵が多すぎる』(光文社文庫)、ルーカーヌス『内乱――パルサリア――(上)』(岩波文庫)、吉田類『酒場詩人の流儀』(中公新書)、工藤美代子『サザエさんと長谷川町子』(幻冬舎新書)、及川智早『変貌する古事記・日本書紀――いかに読まれ、語られたのか』(ちくま新書)である。
 1月からの通算では36冊の本を買って、29冊を読んでいることになる。
 こういう時こそ、じっくり腰を据えて名著、大著を読むべきであるのに、比較的軽い本ばかり読んでいる(ルーカーヌスを読み終えたのは、ウイルス騒ぎが始まる前からの努力の積み重ねの結果であることを肝に銘じる必要がある)。
 志村けんさんの訃報に接して、喜劇の歴史について勉強し直そうと思い、Four Great Comediansという本を読み始めたが、果たして最後までたどり着くことができるだろうか。〔四大喜劇人というのは無声映画時代に活躍したチャップリン、ロイド、キートン、ハリー・ランドンの4人である。〕〔31〕

 『ラジオ英会話』を18回、『遠山顕の英会話楽習』を10回、『入門ビジネス英語』を6回、『入門ビジネス英語』特別編を3回(1回聴き逃した)、『高校生からはじめる現代英語』を6回、『実践ビジネス英語』を12回聴いている。1月からの通算では『ラジオ英会話』を80回、『遠山顕の英会話楽習』を46回、『入門ビジネス英語』を32回、『入門ビジネス英語』特別編を3回、『高校生からはじめる現代英語』を30回、『実践ビジネス英語』を48回聴いていることになる。
 このほか、『英会話タイムトライアル』、『エンジョイ・シンプル・イングリッシュ』、『ボキャブライダー』、『世界へ発信 ニュースで英語術』も聴いているが、聞いた数を数えていないのはこれまでと同様である。
 『まいにちフランス語』入門編を10回、応用編を8回聴いている。『まいにちスペイン語』の入門編も10回、応用編を8回聴いている。さらに『まいにちイタリア語』の入門編を10回、応用編を8回聴いている。また『ポルトガル語入門』を4回聴いている。1月からの通算では、『まいにちフランス語』入門編が47回、応用編が32回、『まいにちスペイン語』の入門編が47回、応用編が32回、『まいにちイタリア語』の入門編が47回、応用編が31回、さらに『ポルトガル語入門』が4回ということになる。〔479〕
 このほか、ドイツ語、ハングル、中国語、ロシア語の時間も聞き流していることが多い。

 このほか、『NHKラジオ高校講座』の中の、『現代文』、『古典』、『国語総合』、『英語表現Ⅰ』、『コミュニケーション英語Ⅱ』、『コミュニケーション英語Ⅲ』、『倫理』、『政治経済』、『現代社会』、『音楽Ⅰ』を聴いているのは以前の通りである。
 『朗読の時間』は漱石の『三四郎』を取り上げているので、聞きながら、ときどき、文庫本の『三四郎』にも目を通している。『私の日本語辞典』は「外国人と話す際のとっさの日本語」でいろいろと興味深い内容であった。

 映画館が休業を余儀なくされているために、1月に『台湾、街角の人形劇』を見て以来、映画は見ていない。早く、休業が終わることを望むものである。〔2〕
 1月に別府葉子さんのライヴを見に出かけたが、それ以後は、音楽関係の行事には出かけていない。美術展もご無沙汰している。〔1〕
 サッカーも、1月に全国高校サッカー選手権の2回戦を見て以来、ずっとご無沙汰している。これまた早くシーズンが再開してほしいと思っている。〔5〕

 1,2,4月はずっと酒を飲んでいるが、3月は酒類を飲まない日が3日あった。陽気も温暖になるし、これから、少しずつでも禁酒日を増やしていこうと思う。〔3〕

 1年の3分の1が終わったところで、読書、映画、サッカー観戦など数字が例年と比べて数字が伸びていない。これは必ずしもコロナ禍の影響というだけではなく、私の心身の衰えも反映しているところがあるように思われるが、2020という数字の3分の1を超えるだけの積み重ねはしているので、慌てす、騒がず、落ち着いて毎日を過ごしていくつもりである。 

日記抄(4月22日~28日)

4月28日(火)晴れたり曇ったり

 4月22日から本日までのあいだに経験したこと、考えたこと、その他、これまでの記事の補遺・訂正等:

4月22日
 『朝日』朝刊の「専門誌に聞け」というコーナーで、『大学への数学』の編集長である横戸宏紀さんがこんなことを語っている:
数学の一番いい勉強法は、少し難しい問題を、解答を見ないでひたすら考えることだといわれています。
 読書の場合でも、自分には少し難しいかなと思う本を考えながら読み進めることは貴重な体験となる。ただ、それだけでなく、やさしい本をどんどん読んで量をこなすことも併せてした方がいいと思う。

 『日経』朝刊に、文部科学省が教師による「対面指導」という原則を崩さないことが、高校でのオンライン授業の推進の壁になっているという記事が出ていた。米欧のようにもっと柔軟に対処する必要があるのではないかというのが記者の意見である。
 一方、『朝日』の朝刊は文部科学省の調査によると、休校中の家庭学習でデジタル技術を活用しているのは全体の29%であるという事実を報道していた。オンライン学習の推進と、「対面指導」原則の見直しは切り離すことができず、コロナウイルスの蔓延による休校が続く中、議論を進めるべき問題である。

4月23日
 『朝日』朝刊の「天声人語」は、東京や滋賀で図書館長で活躍した前川恒雄さんの仕事と、その著書『移動図書館ひまわり号』について紹介していた。日本の図書館は上から目線で「良書」を押し付けたがるので、どうも敬遠されがちであるという。「この本を読め、あの本の感想文を書けと言われたら、だれでも本が嫌いになる」という。ごもっとも、ごもっとも。
 ただ、読書指導の歴史をたどると、「良書主義」(この主張を展開しているのが小泉信三の『読書論』)と「適書主義」の対立があって、どちらが正しいというのではなく、両者の配合を工夫すること、それからどんな本が「良書』であるかと問い続けていくことの2点が必要なのではないかと思うのである。

4月24日
 1952年のヘルシンキ五輪の日本代表、1953年のボストンマラソン優勝など、マラソン・ランナーとして活躍された山田敬蔵さんが4月2日に亡くなられていたことが分かった。92歳。

 山田さんの訃報の近くの紙面に、俳優・声優の久米明さんが23日に亡くなられたことが報じられていた。96歳。一時、私が身を寄せていた東京の家の近くに、昔々山本安英さんが住んでいて、久米さんはその山本さんと木下順二さんが率いていたぶどうの会の主要メンバーだったことを思い出す。今、山本さんの住まいはまったく姿を消してしまって、記憶の中にあるだけである。

 『NHK高校講座 国語総合』では唐詩の学習の一環として、王翰の「涼州詞」を取り上げた。高校時代に漢文で習ったし、大学時代に中国語を習った折に、最初の授業で尾崎雄二郎先生が中国の音の美しさを実感してもらうためとおっしゃって、この詩を現代中国語の発音で朗誦されたことなど、思い出の多い詩である。
 起句の「葡萄の美酒 夜光杯」とある「夜光杯」について、西域伝来のガラスのコップだとか、特別な石を削って作ったものだとか、いろいろな説があるようである。陳舜臣の短編集『景徳鎮からの贈り物――中国工匠伝――』のなかに、「挙げよ夜光杯」という、夜光杯をつくり続けていた職人の数奇な運命を描く作品が収められている。そこでは、夜光杯が甘粛省の土産物になっていると記されているが、実際のところはどうなのだろうか。

4月25日
 「朝日川柳」に掲載された
二週間 いつまでたっても 二週間
という東京都の新井文夫さんの句が印象に残る。

 吉田類『酒場詩人の流儀』(中公新書)を読む。BS-TBSの『酒場放浪記』で知られる著者の紀行エッセー集。酒場をめぐって酒を飲むだけでなく、旅をして、山に登り、俳句を作る(だから「酒場詩人」というよりも「酒場俳人」なのだが、「廃人」と言われたくないのであろう)。ヒグマ、エゾシカ、タヌキ、イワナ、ウツボ、リュウキュウアユなど、山や川、海のさまざまな動物の話が織り込まれているが、その中で、17年間一緒に暮らし、旅にも連れて行ったという猫の思い出が印象を残す(40ページ)。

4月26日
 『朝日』朝刊の国際面に「中国、北朝鮮に軍医師団」という見出しを見つけて、中国はなんと軍医の師団をもっているのか!と驚いたのだが、軍医師・団ということであった。同じ紙面の別の記事にロンドン大学衛生熱帯医学大学院の先生のコメントが掲載されていたが、ロンドンに滞在した折、ロンドン大学のブルームズベリー地区にある研究・教育機関の食堂のなかで、ここの食堂がいちばんいいという話を留学生仲間から聞いたことを思い出した(そんなことしか覚えていないのである)。

4月27日
 各紙朝刊の1面のコラムの比較:
 『朝日』の「天声人語」はコロナ禍のなかで、ハンコを押すために出勤しなければならない人がいるという状況を指摘して、日本のハンコ文化を見直そうと主張、そのハンコ文化は必ずしも古来からの伝統ではなく、花押が用いられた時代もあると裏付けとなる歴史的事実を持ち出している。
 『産経』の「産経抄」は「慣れてなんぼの”テレ”と”リモート”」と、外出自粛の定着ぶりを語っている。
 『東京』の「筆洗」はノーベル賞受賞者の本庶佑さんの幸福感を紹介し、我々はときどき不自由を味わないと、日常的なありがたみを理解できなくなると説いている。だから外出自粛もしばらくの我慢だという。そう言えば、「ドラえもん」にも同じような話が出てきた。
 『日経』の「春秋」は経済学者トーマス・シェリングの「顔が見える命」と「統計上の命」の対比、彼の議論を発展させ、さらに動機付けの重要性を強調したリチャード・セイラーの議論を紹介し、コロナ化のなかの政策の方向性を示唆している。
 『毎日』の「余録」は映画産業が崩壊したスーダンで、映画監督ら4人が映画館をとり戻そうと奮闘するドキュメンタリー『ようこそ、革命シネマへ』(英語題名は”Talking about Trees”)の公開予定がコロナ禍のために取りやめられたという話から、わが国の映画の危機、特にミニシアターの危機を乗り切るための援助を呼び掛けている。
 『読売』の「編集手帳」は太宰治の「津軽」から書き起こして、クラスター発生への警戒を呼び掛けているが、どうも話がつながっていない。

4月28日
 『朝日』朝刊のコラム「経済気象台」で<惻隠>子が「教育機関のデジタル落差」について指摘し、文部科学省が対面指導の過度の重視を改めること、各教育機関への教育機器の配備を急ぐべきことを説いている。傾聴すべき意見である。

 『読売』の「文芸時評」欄で、待田晋哉記者が会田誠の小説「げいさい」を、漱石の『三四郎』以来の状況・青春小説の伝統の文脈で論評しているのが興味深かった。東京芸大入学を目指して浪人中の主人公が1986年11月に多摩美術大学の「芸祭」を身に出かける2日間の体験をそれ以前の回想を交えながら描いたものだという。以前、吉田修一さんの『横道世之介』が映画化されたのを見た時に、私は『三四郎』との対比で、主人公が伝統的な文学系の大学(東大とか早稲田とか)ではなく、法政に学んでおり、しかも学部は経営学部で、大学の講義の場面がなくて、サークルの描写だけであることなどを指摘して論評したことがある。この作品も『横道世之介』とほぼ同時代の学生生活を描いており、1960年代の半ばくらいから進んだ日本の高等教育の大衆化がどのように青年の生活水準の向上とか、教養の拡大というようなプラスの側面をもたらしたかという観点から見ていくと面白いのではないかと、読まない前から考えているところである。

 『朝日』、『読売』両紙に掲載された『婦人公論』の広告によると、司葉子さんが亡夫で衆議院議員だった相澤英之氏の数万冊の本、資料の山をどうすればよいのか、途方に暮れているということである。現代史の貴重な史料として、どこかの大学か史料館に寄贈することにして、生理も手伝ってもらうのがいいだろうと思う。
 
プロフィール

tangmianlaoren

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR