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日記抄(3月22日~25日)

3月25日(水)晴れ

 3月22日から本日までのあいだに経験したこと、考えたこと、これまでの記事の補遺・訂正等:

3月17日
 この日の参院予算委員会の出来事:
「検察官逃げた」 ゆう子が雅子を問い詰める
(両方とも森という姓である。)

3月19日
 NHKラジオ『まいにちフランス語』応用編「フランスで『世界と出会う』」の19日、20日の放送では、人手不足に悩むフランスの教会で、更新可能な3年契約で司祭をしている西アフリカのベナン出身の黒人神父のことが取り上げられていた。番組の終りの方の「Florenceに訊いてみよう」のコーナーでは、講師の1人であるフロランス・メルメ・オガワさんが番組の内容と関連した話をしているが、今回は、フランスにおけるカトリック信仰をめぐり、
Environ 65% des français sont catholiques, mais les pratiquants qui vont à l'eglise rélgulièment ne seraient plus que 7%.
(約65%のフランス人がカトリック信者ですが、実践している人、つまり規則的に教会に通っている人は、もう7%程度しかいないでしょう。)
と語っていた。

3月20日
 『朝日』朝刊に「高級食材 コロナ余波で値崩れ」という記事が出ていた。「大トロ在庫の山、越前ガニ半額」 だからと言って、こちらの食卓まで回ってくるわけでもなさそうだ。

3月22日
 『朝日』の朝刊に3月20日から公開されている映画『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』が紹介されている。1969年5月13日に東大の駒場キャンパスで行われた討論会の様子は、これまでもテープや本では知られてきたが、TBSだけが映像として収録していた。その75分の映像に新たに関係者へのインタビュー映像を加えて制作された映画だという。監督である豊島圭介さんは、この討論会の後に生まれた世代だそうだが、「体温や汗を感じる対話 重要だと感じる」と語っている。
 それはそうかもしれないが、一つ気になるのは、三島が自分の母校である東大の全共闘とは話し合ったけれども、他の大学の全共闘の学生とか、あるいはその他の学生と話し合おうとはしなかったのではないかということである。私の知人に(三島のもう1つの母校である)学習院の元全共闘というのがいるので、余計そのことが気になるのである。

 対話と言えば、同じ『朝日』の「社説余滴」で藤生京子記者が「『対話のレッスン』始めては」と書いているのも印象に残った。特に言葉のキャッチボールによって対話が必ずしも深まらなくてもいいという平田オリザさんの言葉、また「たとえ共感できなくても、相手の存在を認めあう関係こそが対話」というロバート・キャンベルさんの言葉を噛み締めるべきではないかと思った。無理に話し相手と同化する必要はないのである。

3月23日
 歌手・女優で肢体不自由児の療護施設「ねむの木学園」の創設者として知られる宮城まり子さんが3月21日に亡くなられたことが分かった。宮城さんというと、思いだされるのは1955(昭和30)年に大ヒットした「ガード下の靴みがき」である(ということで、弔意を表してこの歌をYouTubeで検索して、聴いた。西田佐知子さんの「アカシアの雨が止む時」、三池炭鉱労組の「炭掘る仲間」とならんで、私の好きな歌である)。それから1974(昭和49)年に公開された映画『ねむの木の詩』も思いだされる。大学院生だった私はまだまだ生意気盛りを脱していなかったので、「美しい映画であることに限界がある」などという批評を書いた記憶がある。そのくせ非常勤講師として教えに行った学校で、最近見た映画でよかったのはと質問されて、この映画を挙げたりした。もう一つ思いだされるのは、川島雄三監督の映画『グラマ島の誘惑』で森繁久彌と共演していることで、両者ともに即興的な演技が得意だったので、なかなか面白い組み合わせであったと思う。もう一度機会あがったら見てみたいと思っている。謹んでご冥福をお祈りします。

 本日の朝刊に載っていた週刊誌の広告の中の気になる記事:
『週刊現代』3月21日/28日号
 「医者がためらいながらも出している薬」として列挙されているなかで、降圧剤のアムロジピンをわたしも服用している。今度、医者と相談してみよう。
『週刊ポスト』4月3日号
 作家の百田尚樹氏が「安倍さんには失望したわ」と激白しているそうである。今年の正月休みに、安倍首相は百田氏の著書を読んだはずだが、あるいは著者の意図を読み違えているようなことがあったのかもしれない。

 わたしの社会科学の知識がその程度のものだと言ってしまえばそれで終わりになるが、『NHK高校講座』の『政治経済』、『現代社会』の放送はいろいろと参考になる。とはいうものの、気になるような内容の授業がないわけではない。
 本日の『現代社会』で、講師がアダム・スミスは経済を自由に放任していても、神の見えざる手が働いて、市場原理によって経済活動はうまくいくと説いたと語っていたが、これはかなり乱暴な解釈である。根井雅弘さんの『英語原典で読む 経済学史」に次のような指摘がある:
 スミスの『道徳感情論』や『国富論』を精読したことがなくても、「見えざる手」という言葉だけは知っている人が世の中に多いようです。高校の政治経済の教科書や、大学でも経済学入門のような教科書では、「見えざる手」という言葉を使って自由放任主義や予定調和論を正当化した「経済学の父」としてスミスは登場します。このような理解の問題点は、すでに何人ものスミス研究者たちが指摘してきましたが、ここでは、次の点を指摘するにとどめます。――スミスは確かに人々の「利己心」を肯定したが、市民社会のルールを平気で破るような勝手な行動を容認したわけでは決してなく、その行動は「公平な観察者」の「同感」が得られる範囲内でなければならないと考えていた。それゆえ、「見えざる手」という言葉を自由放任主義と結びつけて理解するのは問題を含んでいると。(根井、56‐57ページ) そもそも、この言葉の起こりとなった旧約聖書の『ダニエル書』を読んで、「見えざる手」(実は見えている)がどこで登場するかを考えればわかることではないかと思う。
 それから、「自由放任」(レッセ・フェール)ということを初めて唱えたのは、スミスではなく、この言葉がフランス語であることから分かるように、同時代のフランス重農学派のテュルゴーである。

3月24日
 『朝日』の朝刊に掲載されていた「Youth川柳」の中で「6年にさよならいえずはるやすみ」という神奈川県の藤川竜樹くん(7歳)の句が子どもらしくてよかった。

 『日経』朝刊1面のコラム「春秋」で、1940年に開催予定だった東京五輪を1938年になって返上した時の木戸幸一厚相の「挙国一致、物心両方面の総動員を行ひ」などという「ずいぶん物々しい」声明が引用されていた。木戸幸一(1889-1977)は昭和天皇の側近の1人で、日米開戦の前後には内大臣を務めていた。映画『トラ・トラ・トラ』で芥川比呂志が扮する木戸内大臣が山村聰の扮する山本五十六海軍大将に話しかける場面が印象に残っていて、後で『木戸幸一日記』を読んで調べてみたところ、この会話がおそらくは(もともとの脚本を書いた黒澤明の)作り話であったと気付いたことを思い出す。今、思うと、この映画が上映されたときにはまだ木戸は生きていたのである。

 週刊誌の広告で見かけた気になる見出し:
女性自身 4月7日号
 コロナ不況 株価暴落で年金支給月額 4割減も
週刊女性 4月7日号
 テレワークもマスク支給も 社員だけ! 非正規いじめの悲鳴

3月25日
 「主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング)」を推進しようということで、新しい学習指導要領に基づく中学校教科書の検定結果が発表された。学校現場がどのように変わっていくのか、あるいはあまり変わらないのか、あるいはただ混乱するだけなのか、慎重に見守ることにしたい。というのも、「アクティブ・ラーニング」と「主体的・対話的で深い学び」がどのようにかかわるのか、理論的に整理することはかなり難しいのではないかと思われるからである。

 東京オリンピック2020の開催が1年延期されることになった。各紙の紙面に載っていた「東京オリンピックまであと〇〇日」、「パラリンピックまであと〇〇日」という数字が、だんだん消えていたので、それほど強い衝撃を受けたというわけではない(『日経』は昨日までこの数字を示していた)。それよりも、『毎日』に掲載されたバッハIOC会長との会見に臨む安倍首相と小池都知事の今にも泣きだしそうな表情の方が心配だ。

 NHKラジオ『遠山顕の英会話楽習』の”A Song 4(for) u(you)"のコーナーでは、”You'll Never Walk Alone"を取り上げた。もともとはミュージカル『回転木馬』の中で歌われたというで、アメリカの歌なのだが、英国のマージー川を航行する船を歌った歌として、また英国プレミア・リーグの強豪として知られるリヴァプールFCのアンセムとして英国で親しまれることになった。もう20年以上前になるが、リヴァプールで生活したときに、向こう岸がかすかに見えるくらいに広いマージー川の流れを時々眺めていたことが思い出される。私はこの歌は、ジュディ・ガーランドの歌唱で親しんでいて、『ジュディ 虹のかなたに』を見に出かけようかと思っているところなのである。 
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日記抄(3月18日~21日)

3月24日(火)晴れ、日差しは暖かかったが、風は冷たかった。

 3月18日から21日までのあいだに経験したこと、考えたこと、その他、これまでの記事の補遺・訂正等:

3月13日
 3月12日、13日とNHKラジオ『まいにちフランス語』応用編:「フランスで『世界と出会う』」では、パリで「非正規滞在外国人」として生活しているアフガニスタンからの難民を取り上げた。その中にprécieux sésameという語が出てくる。そのまま訳せば「高価なゴマ」であるが、『アラビアン・ナイト』の中の「アリババと40人の盗賊」に出てくる「開け、ゴマ」(Sésame, ouvre toi !)という語を踏まえて、「成功のための魔法のことば、成功の鍵」という比喩的な意味も持つという。調べてみたところ、この「開け、ゴマ」という言葉は、『アラビアン・ナイト』を西欧にはじめて紹介したアントワーヌ・ガラン(1646‐1715)の翻訳(いわゆる「ガラン版」)の中にすでに見られるそうである。

3月17日
 本日は、アイルランド(とマン島)にキリスト教を広めたとされる聖パトリックの日(Saint Patrick's Day)である。もう四半世紀ほど昔になるが、英国のコヴェントリーを訪問した際に、アイルランド系の人たちがこの日を盛大に祝っているのに出会ったことがある。聖パトリックのおかげで、アイルランド(とマン島)にはヘビがいないという話もある。

 『読売』の朝刊に「世界を塗り替える日の丸文具」という記事が出ていた。日本の文具、特に筆記具は少子化と紙削減の傾向の中で、機能性を追求しており、その点で欧米の主流とは違った進化を遂げてきたが、そのためにユニークでカラフルな特色を獲得し、海外市場での競争力を発揮、「『ガラパゴス化』の勝利」とでもいうべき現象が起きているという。
 そういえば最近、コクヨのぺんてる買収が失敗したというニュースがあったが、紙製品における有力な企業であるコクヨが国際的な市場に進出しようとすれば、筆記具における技術開発力で注目されるぺんてるに魅力を感じるのは当然のことであろう。何となく悪役にされたコクヨであるが、三笠書房の「知的生き方文庫」に入っている『コクヨの結果を出すノート術』は、自分なりのノート術を工夫したいと思っている人には参考になる書物なので、立ち読みでもいいから目を通すことをお勧めする。

3月18日
 NHKラジオ『実践ビジネス英語』の”Quote...Unquote"のコーナーで取り上げられた言葉:
Start by doing what’s necessary; then do what's possible;
and suddenly you are doing the impossible.
---- Saint Francis of Assisi
(Italian Catholic friar and preacher, 1181 - 1226)
必要なことからし始めなさい。次に、可能なことをしなさい。すると突然、不可能だったことをしているものだ。
 アシジの聖フランシスコはキリスト教の世界においては大きな影響力を持つ仕事をした人物であるが、同じことをして同じような影響力を持つようになれるかどうかは、考えてみる必要がある。

3月19日
 新聞報道によると昨日の国会での質疑の中で、麻生太郎副首相兼財務相が40年ごとに「呪われた五輪」が起きるという趣旨の発言をしたとのことであるが、「呪われて」いるのは、五輪かどうかは考えてみる必要がある(案外、ご自分だったりして…)。

3月20日
 『朝日』朝刊の「天声人語」で落語の「長屋の花見」を話題として取り上げていた。貧乏長屋の面々が大家さんの発議で花見に出かける。毛氈はござ、卵焼きに見立てたのは沢庵、お酒ではなくて「お茶け」という準備で出かける…上野の山に到着して「茶かもり」がはじまり・・・誰かが云う。「長屋に近々いいことがありますぜ。ごらんなさい、酒柱がたっている」。「縁起物の茶柱をそう表現した落語のオチは、何度聞いてもほおが緩む」とコラム子は書いているが、じつはこの噺、もともとは「貧乏花見」という上方落語を、2代目蝶花楼馬楽という落語家が東京に移したもので、その際に、長屋の人々が相談して花見に出かける→大家さんの発議、男女混合で出かける→男だけで出かけるというような改変が行われた。そんな事情があって、演者によって結構展開は違うし、オチも違うのである。コラム子は「何度聞いても」と書いているが、あまり何度も聞いていないのではないかと疑われるような文章であった。故人となった桂米朝も書いていたが、「貧乏花見」と「長屋の花見」を聴き比べると、上方と東京(江戸)の文化の違いが分かるところがあるので、ぜひ試してみてください。

 NHKラジオ『まいにちスペイン語』応用編「すばらしきラテンアメリカ」に登場する佐藤夫妻は、ラテンアメリカ旅行の最期に、アルゼンチンに到着し、アルゼンチン人の友人フリオさん、ルシアさん夫妻の大草原パンパにある別荘に到着した。1816年に独立した後、アルゼンチンは「ヨーロッパの穀倉」と呼ばれるほど豊かな、世界有数の農牧国に発展する。辺りの様子に感動した佐藤夫人は
No cabe duda de que la vida campestre es encantadora.
(田園生活は間違いなく素敵ですわ。)というが、これに答えて、フリオさんは
Mi padre disfrutaba mucho este ambiente, ideal para leer el poema épico El Gaucho Martín Fierro.
(私の父はこの環境を満喫していました。叙事詩『エル・ガウチョ・マルティン・フィエロ』を読むのに最適です。)
という。ガウチョは、パンパでの放牧に関わった牧夫たちで、『エル・ガウチョ・マルティン・フィエロ』はアルゼンチンの作家ホセ・エルナンデス(1834‐86)が1872年に発表した(続編が1879年に出版された)ガウチョ文学の傑作であり、アルゼンチンの国民文学とされている。主人公マルティン・フィエロとその友人のタデオ・イシドーロ・クルスの数奇な運命が描かれ、2人はインディオの世界へと去っていく(続編で、クルスは死に、フィエロはまた白人たちの世界に戻ってくる)。
 この作品はアルゼンチンの映画作家レオポルド・トーレ・ニルソンによって1968年に映画化され、1970年に大阪万博の際に開かれた日本国際映画祭で上映されたのを見たことがある。一般公開はされなかったが、アルゼンチン映画の傑作の1つに数えられている。また1972年にはフェルナンド・ソラナスによって続編の映画化『フィエロの息子たち』が製作された。

3月21日
 『東京』連載の漫画『ねえ、ぴよちゃん』。ぴよちゃんの友だちのひみこちゃんの家では、猫のポールが食卓の上に並べられた料理に手を出さないようにひみこちゃんが見張る役を仰せつかる。一方、ぴよちゃんの家では、猫の又吉がぴよちゃんがつまみ食いをしようとするのを阻止している。かたや、子どもが猫の番をし、こちらでは猫が子どもの番をしているということである。現実には猫が人間の番をすることはないだろうが、その奇抜な発想と絵の可愛さで見せている。 

 本日は、また居眠りをしたり、原稿が2度もうまく投稿できなかったために、完成が遅れました。皆様のブログへの訪問もこのために、かないませんが、あしからずご了承ください。  

日記抄(3月11日~17日) その2

3月17日(火)晴れ

 3月11日から17日までのあいだに経験したこと、考えたことの続き。ならびにこれまでの記事の補遺・訂正等:

3月11日
 横浜駅西口のJOINUSの地下道にホワイト・デーの売店がならんでいた。バレンタイン・デーの時は出店が控えられていたが、もう我慢できないということだろうか。かなりのお客の列ができていた。

3月12日
 NHKラジオ『まいにちスペイン語』応用編:「すばらしきラテンアメリカ」はウルグアイのラプラタ川の岸辺にあるこの国で2番目に古い都市コロニア・デル・サクラメントの様子、特にスペインとポルトガルの両方の影響が残る旧市街の町の様子が紹介された。ウルグアイがスペインとポルトガルの間で争奪が繰り返された歴史があることを初めて知った。コロニア・デル・サクラメントのラプラタ川をはさんだ対岸はブエノスアイレスなのだそうだ。

3月13日
 『朝日』朝刊の「天声人語」で、大正7年(1918)の米騒動のために「高校野球」大会が中止になったことが取り上げられているが、この時代はまだ、中学校や実業学校のチームが参加する「中等学校野球」である。ついでにいえば、この時代には甲子園はまだできていなかった。「甲子」の年、すなわち大正13年(1924)にできたから甲子園というのである。甲陽学院の卒業生である知り合いに、大正時代に甲子園で優勝した学校かと言ったら、その頃はまだ甲子園はできていなかったと訂正されたことがある。甲陽学院の前身である甲陽中学が中等野球大会で優勝したのは、甲子園ができる前年の大正12(1923)年で、初出場での優勝であった。このときは2回戦で、愛媛県の強豪・松山商業に3‐2で逆転勝利して波に乗ったのであるが、その時の松山商業の投手が藤本定義だったというから古い話である。なお、愛媛県の代表が中等学校野球大会に初めて出場するはずだったのが、大正7年のことで、その時の代表校は今治中学(現在の今治西高校)であった。

 『朝日』朝刊の連載エッセー「オトナになった女子たちへ」の中で益田ミリさんが「先生にほめられなくても好き、というのが本当の好き」と書き、「それを知るのはずいぶん後になってからである」と続けているのが、共感できた。「下手の横好き」ということわざもあるし、「好きこそものの上手なれ」ということわざもある。どっちにしても、好きなものがあることは楽しい。

3月14日
 『朝日』朝刊の「天声人語」では琵琶湖で続けられてきた真珠の養殖について取り上げているが、「万葉の昔から淡水の湖に真珠が存在したことに驚く」という一文にはカチンときた。むかしの方が自然は破壊されず、水がきれいだったから、淡水貝が真珠を生み出す可能性は大きかったはずである。時がたつにつれて、文明が発展し、暮らしが楽になってきたことは否定できないが、そのために失ったものがあるという視点を持ち続けることも必要である。

3月15日
 紀元前44年のこの日、ユリウス・カエサル暗殺。Beware the ides of March.(3月15日を警戒せよ)というのはシェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』に由来する凶事の警告である。(実は私はカエサルと誕生日が同じなので、少し、気になるのである。)

 『朝日』朝刊の「社説 余滴」で高木智子記者が「『わからない』を思う」という文章を書き、自分が理解できない感情を抱いている人がいるということを自覚することの大事さを説いているが、まったくその通りだと思う。他人に共感し、寄り添うことは大事だが、それには限界があることも知る必要がある。知らないこと、わからないことがある、それでもその相手と共存していく覚悟を固めておかなければならないという自覚は人間にとって大切なことではないかと思うのである。

 同じく『朝日』の歌壇で永田和宏・佐々木幸綱の2人の撰者が「若き日の君のアルバムめくるよう三月書房の引き戸はありき」(西宮市・佐竹由利子)という歌を選んでいた。京都の三月書房が閉店すると佐々木さんが書いている。この店では、単行本よりも、他では手に入らない雑誌やパンフレットの類をよく買ったし、そのとき短歌の雑誌もよく見かけたことを思い出す。なお、当ブログで取り上げたカンパネッラの『太陽の都』は、三月書房のカバーがかけられているので、この書店で買ったはずである。

 京浜急行の6つの駅で新名称がスタートした。わたしに関係のあるところでは、仲木戸駅が京急・東神奈川駅になった。JRの東神奈川と、仲木戸は100メートルほどの距離にある(陸橋で結ばれている)ので、この改名は当然だと思う。なお、東急の東白楽駅も近いと言えば、近い。

 新谷尚紀『伊勢神宮と出雲大社』(講談社学術文庫)を読み終える。 

3月16日
 NHKラジオ『入門ビジネス英語』で
Because of its neutral taste, tofu has an amazing ability to work in almost all types of dishes. To demonstrate this, I'm making a three course meal consisting entirely or tofu recipes. (豆腐は癖がないので、ほぼどんなタイプの料理にでも使える、万能な食材です。それをお見せするために、豆腐を使った3品からなるコース料理(前菜・メイン・デザート)をつくります。)
という発言があった。すでに江戸時代に『豆腐百珍』という書物が出されていたことを思い出した。

 この日から、しばらく放送を休んでいた『NHK高校講座』の23:40~0:40の放送が再開された。

3月17日
 本日の各紙朝刊の漫画は作者の持ち味がよく出ていたように思う。『読売』の『コボちゃん』は、ウイルスが長引いているので、夏休みが短くなるかもしれないと思ったコボちゃんが、つまらない、つまらないと言いながら、夏休みの工作を作り上げてしまうというもの。計画性があって、まめに作業をこなすコボちゃんは、作者である植田まさしさんの性格が反映しているのではないかと思った。『東京』の『ねえ、ぴよちゃん』は、ぴよちゃんに呼ばれた猫の又吉が急いでやって来るのだが、じつは猫同士の喧嘩の最中で、喧嘩を中断された野良猫のボスのニャブーがいつまで待たせるんだと怒っている。弟分のアッシュが「劣勢のポーズのままで待たなくても」と、地面に横になっているボスにむかって言うというものである。相撲の水入りのように、中断されたときの態勢のままでいようとするニャブーの律義さがおかしい。どちらも作者の個性が出ているが、登場人物がニコニコした表情をしている『ねえ、ぴよちゃん』の方が朝刊の漫画らしいと思う。
 この2つに比べると、『朝日』の『ののちゃん』の卒業する6年生のタイムカプセルを埋めないで、使っていないロッカーに保存してはどうか――「そんなお墓があったね」というのは、面白いことは面白いが、朝刊には似つかわしくないような気がする。

 『東京』に青梅赤塚不二夫会館が今月末で閉館するという記事が出ていた。建物の老朽化によるもので、展示物はフジオ・プロダクションに返却するという。また、どこかで同じような試みがなされるかもしれないし、それを期待したいと思う。

 最近、池波正太郎の『食卓の情景』を読み返したが、面白かった。池波の書いたものでは、旅と食べ歩き、それに映画について触れたものが好きである。

 少し古い話になるが、2月29日の『NHK高校講座 政治経済』で、資本主義を唱えたのはアダム・スミスだと講師の先生が解説していたが、これはやや適切性を欠く言い方である。根井雅弘『英語原典で読む 経済学史」(白水社)に「『国富論』には「商業社会」という言葉は出てきますが、「資本主義」という言葉は見当たりません。実は、「資本主義」という言葉は、後に社会主義者たちが自分たちの批判する体制を表わす言葉として使い始めたものでした。」(31ページ)とある。この少し前に根井さんが書いているように、スミスは、当時勃興しつつあった資本主義的な生産体制を擁護し、それを当時の政府の重商主義的な政策から守ろうとして『国富論』を書いたのであって、彼が何もないところから資本主義的な生産体制を構想し、実現させたわけではない。そのあたりのところは、表現に気をつけないといけないと思ったのである。 

日記抄(3月11日~17日) その1

3月17日(火)晴れ、昼頃から雲が多くなってきた。

 3月11日から本日までのあいだに経験したこと、考えたこと、これまでの記事の補遺・訂正等:

3月11日
 東日本大震災から9年がたったが、『朝日』朝刊の「天声人語」は、この震災で卒業式を終えたばかりの若者たちの中から少なからぬ犠牲者を出した福島県立新地高校が少子化のために近くの高校に統合されるかもしれないことを取り上げ、学校の存続を訴える昨年12月の投書を紹介していた。そのなかで、「拍車のかかる少子化により、明治時代から続く学校史が幕を閉じる日が来るかもしれない」という個所が気になって調べてみた。明治時代から6‐3‐3の学校制度(最近は6‐6も増えてきた)が続いていると思っている人は少ないとは思うのだが、やはり気になったのである。その結果、こんな詩を書くことになった:

 邑に不学の戸なく

学ぶのは
よりよく生きるため
よりよくの意味を探り当て
生きるための知恵と手だてとを身に付けるため

必ず邑に不学の戸なく
家に不学の人なからしめん――と
明治政府は宣言した
そして各地に小学校が建てられ
中学校や高等女学校や実業学校や
もっと上の学校も作られて
新時代の学びの場が
少しずつ、少しずつ、ひろがっていった

明治の末にできた実業補習学校が
大正には農業補習学校となり
昭和には青年学校となり
戦後の学制改革で高等学校になった
学校は形を変えながら、若者たちを受け入れ
彼らはよりよく生きるために
ここから巣立っていった

平成になるころから
生涯学習の時代だと
よりよく生きるためには
学び続けることが必要だといわれた
中学校も高等学校も大学も
卒業すればそれで終わりではない
就職しても働きながら学ぶことはある
生きているかぎり、よりよく生きることを求め
学ぶのだといわれるようになった

だが大震災は 卒業生の命を奪い
学ぶ機会も可能性も奪った
それでも学校は残り
敷地には 彼らを悼んで
記念樹が植えられた
彼らの志をつなぎ
学びをつなげていくために

地方の人々が減り、若者が減り、生徒が減り
学校は他の学校と統合するという
もしこの土地から 学ぶ若者たちの姿が消えたら
明治から伝えられた学びのつながりは
どこへと結び目を求めていくのだろうか
令和とはそんな時代なのか

日記抄(3月4日~10日)

3月10日(火)雨

 3月4日から本日までのあいだに経験したこと、考えたこと、その他、これまでの記事の補遺・訂正等:

3月4日
 NHKラジオ『遠山顕の英会話楽習』の「英会話リテラシー」(English Conversation Literacy)のコーナーでは、「pieと英会話」という話題を取り上げた。Johnny Appleseedはアメリカ開拓初期に多くの土地をめぐりリンゴの栽培を広めた人物であるが、その甲斐あってか、20世紀前半には
as American as apple pie
という表現が生まれた。愛国的な表現として、今でも使われているという。放送の中でも話題になったが、as Japanese as・・・ということになると、何がふさわしいのだろうか。

3月5日
 同じくNHKラジオ『世界へ発信 ニュースで英語術』では、「豪 森林火災で特別調査委を設置」(Prime Minister Announces National Commission)というニュースを取り上げた。番組中で”National"を「国家的」と訳していたが、「全国的」と訳すほうが適切ではないだろうか。オーストラリアは連邦制で、多くの事柄が州レベルで決定されるが、森林火災は州を超える規模で起きているために、全国(連邦)レベルでの取り組みが必要だということではないかと思う。

3月6日
 『日経』の「ニュースな科学」欄にインド洋熱帯域の海水温の差によって起きる「ダイポールモード現象」が世界に影響を与えており、オーストラリアにおける大規模な森林火災もその為に起きたものだが、日本も影響を受けていると解説されていた。未解明の部分が多く、研究が進んで発生予測の精度が高まれば、経済被害も抑えられる、国際的な協力が必要であると結ばれている。

 椎名誠・目黒考二『本人に訊く <弐> お待たせ激突編』を読み終える。

3月7日
 『東京』1面のコラム「筆洗」では、先月奄美大島で開かれた危機言語・方言サミットについて取り上げ、2009年のユネスコの報告書では世界で2500言語が消滅の危機に瀕しているとの情報を伝えている。2500ということは、半数近くということである。このことの意味を考えてほしいものである。

 同じく『東京』に「難読字 AIにお任せ」という記事が出ていた。古文書を読むのに便利だろうと思うが、私の場合はそうやって解読された文書を読むだけになりそうだ。
 
3月8日
 「国際女性デー」である。むかしは「国際婦人デー」といっていたはずだが、いつの間にか「婦人」が「女性」になったのか、それは言語使用の変遷という点で興味深い問題ではないかと思う(この日の『日経』のコラム「遊遊漢字学」で阿辻哲次さんは依然として「国際婦人デー」という言い方を用い、「『婦』にこめられた高貴」という一文を書いていた。これもまた見識ではないかと思う)。
 1904年3月8日、アメリカのニューヨーク市で婦人参政権を目指すデモが行われた。これを受けて、1910年にドイツの女性社会主義者であったクララ・ツェトキンがデンマークのコペンハーゲンで開かれた国際社会主義者会議(第二インターナショナル)で「女性の政治的自由と平等のために」記念日とするようにと提案したことが起こりだという。その後、幾星霜、国際婦人年であった1975年に国連はこの日を「国際婦人デー」と制定したというのが経緯である。もっと詳しいことが知りたい方は、ご自分でお調べください。

 『日経』の「美の粋」のコーナーでは日本の寺院の塔の来歴を取り上げている。今回は白鳳時代の法隆寺の五重塔、法起寺の三重塔、奈良時代の薬師寺の三重塔が写真で紹介されている。これらの塔は中国や朝鮮半島にあった木造の塔を模して建てられたものであるが、中国や朝鮮半島では現存せず、残っているのが日本だけというのは興味深いことである。
 
3月9日
 『毎日』に東京学芸大学付属大泉小学校が従来の小学校の教科の枠組みにあてはまらない「探究科」の開発に取り組んでいるという記事が出ていた。これからどんな展開が待っているのか注目しながら見守ることにしようと思う。

 『日経』のコラム「経営の視点」に、小平龍四郎記者が「『脱奴隷チョコ』が問うもの」という文章を書き、生産者から製品を安く買いたたいたり、児童に長時間労働を強制したりする企業活動を国際的に監視し、労働環境の改善に取り組むことの意義を訴えている。傾聴に値する意見である。

3月10日
 『日経』の「バンコク、各地に副都心」という記事が興味深かった。鉄道網を拡大することで、都市機能を分散させ、より快適な都会生活を送れるようにする意図だそうだが、障害もないわけではないらしい。

 『朝日』にスウェーデンの名優マックス・フォン・シドーさんの訃報が掲載されていた。『エクソシスト』に出演したことが記されていたが、シドーさんといえば、まずイングマル・ベルイマン映画への出演を書くべきではなかったかと思う。

 病院に出かける。検査と診察、それに栄養相談が長引いて帰るのが遅くなった。それでこの原稿を書きはじめるのも遅くなり、本日は皆さまのブログへの訪問を休ませていただくが、あしからずご了承ください。
 
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