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ジェイン・オースティン『高慢と偏見』(6)

8月18日(日)薄曇り、暑し。

 19世紀の初めのイングランド、ロンドンから少し北のハートフォードシャーのロングボーンという村の地主ベネット氏には5人の娘がいた。この家は先祖代々、男系相続であったので、ベネット氏の死後はその財産は、遠縁の男性(コリンズ氏と言って、間もなく登場する)に継承されることになっていた。そのこともあって、ベネット夫人にとっては、娘たちのだれか1人が裕福な男性と結婚することが最大の望みであった。
 ロングボーンから遠くないところにあるネザーフィールド・パークという邸宅を、北イングランド出身のビングリーという裕福な独身男性が借りることになったというので、夫人を始めベネット一家は色めき立つ。ビングリーは社交的な性格の好青年で、この地方の中心であるメリトンの町で開かれた舞踏会では人気を集めたが、彼が2度踊ることを申し込んだのはベネット家の長女であるジェインだけであった。一方、この舞踏会に参加したビングリーの親友だというダーシーという青年は、ビングリーよりもさらに豊かな財産の持主であったが、その高慢な態度が災いして人々から敬遠された。ベネット家の次女であるエリザベスは、ビングリーから彼女と踊るようにと勧められたダーシーが、踊るほどの魅力的な相手ではないねと断ったのを聞いてしまい、この人物に悪い印象を抱くことになったのである。しかし、そのように彼女を悪く言ったダーシーの方は、次第に彼女の魅力に気づきはじめ、好奇心を抱くようになっていた。
 ビングリーの姉であるハースト夫人と、妹のミス・ビングリーはジェインと親しく付き合うようになり、ある日、その正体でネザーランドに出かけたジェインは、途中で雨にあって風邪をひいて寝込んでしまう。姉の身を案じたエリザベスは雨上がりのぬかるみ道を急いでネザーフィールドに出かけ、泥だらけになって到着する。ビングリーとダーシーは、エリザベスの姉思いの姿に感心するが、ダーシーとの結婚を願い、また彼がエリザベスに好奇心を抱きはじめていることも知っているミス・ビングリーは機会をとらえては彼女のことを悪くいう。(以上第1巻第8章まで)

 エリザベスの見たところでは、ジェインの体調はだいぶ回復してきた。しかし、母親に見てもらって病状を判断してもらう方がいいと思ったので、ロングボーンに手紙を届けてもらい、その結果、ビングリー家の朝食が済むとすぐに、ベネット夫人が下の娘2人(キャサリン=キティーとリディア)を連れてやって来た。
 ジェインの病状が改善されていることがわかってベネット夫人は安心したが、その一方で、ジェインとビングリーとの結婚を策している彼女にとって、すぐに帰宅させることは好ましいこととは思われなかった。それでジェインはロングボーンに帰りたがったのだが、まだしばらく滞在したほうがいいと言い、ちょうど同じころにやって来たジョウンズ医師も同意見だったので、ビングリーにもう少し滞在させてくれるように頼んだ。
 
 ルーカス夫人はビングリーがネザーフィールドに長くとどまるつもりかそれとなく聞こうとしたが、その話がそれて、エリザベスが人間の性格の研究に興味を持っているというはなしにになり、性格研究には地方よりも都会の方が都合がよい、というのはそれだけ多くの人々に出会えるからだという風に展開する。ベネット夫人はダーシーが地方よりも都会の方が優れていると思っていると考えて、熱弁をふるいかけるが、エリザベスが話題をほかに向けようとして、ベネット家の隣人であるルーカス家の人々の消息をたずねる。ベネット夫人はサー・ウィリアム・ルーカスのことをほめたり、その娘のシャーロットのことを話したりするが、どうしても、ルーカス家の娘たちよりも、自分たちの家の娘たちの方が美人であるということに話題をもっていきがちである。
 ベネット夫人が用件を済ませて帰ろうとすると、末娘のリディアがビングリーにネザーフィールドで舞踏会を開いてほしいと頼む。母親のお気に入りである上に、伯母のフィリップス夫人のもとで士官たちにちやほやされてきたために、怖いものなしになっているのである。
 「ベネット夫人と二人の娘はやがて帰っていった。エリザベスは、自分と身内の振舞に関しては、ビングリー姉妹とミスター・ダーシーの批判と悪口に委ねることにして、すぐさまジェインの許へ戻った。しかしミスター・ダーシーは、ミス・ビングリーが美しい瞳を種にいくら揶揄っても、エリザベスの非難にだけはどうしても加わろうとしなかった。」(大島訳、88ページ)

 翌日、ジェインはさらにわずかではあるが快方に向かったので、エリザベスは夕食後、みなと一緒に過ごすことにした。ダーシーは妹あてに手紙を書いており、ミス・ビングリーはその様子を見守り、ハースト氏とビングリーはピケットというトランプのゲームをしており、ハースト夫人はその様子を見守っていた。〔ピケットpiquetというのは32枚の札を使うゲームだそうだが、詳細は不明。まあ、知らなくても済むことである。〕 

 エリザベスは針仕事をしながら、ダーシーとミス・ビングリーの間の会話にならない会話を聞いて内心で楽しんでいた(この時点で、ダーシーがエリザベスに興味があることに、エリザベスの方では気づいていない。一方、ミス・ビングリーはダーシーの関心の行方を知っているのである)。ミス・ビングリーは筆跡がきれいだとか、行がそろっているとか、いろいろと褒めるのだが、ダーシーの方はそんなことにはまったく気をとられない。ミス・ビングリーは、自分のことも手紙に書き添えてほしいと頼んだり、鵝ペンを削ってあげようと言ったりする。
 How can you contrive to write so even?
 「どうしたら、そんなにきれいに行を揃えて書けるのかしら?」(中野康司訳、83ページ)
 「どうしてそんな風に行を綺麗に揃えて書けるのかしら?」(大島訳、90ページ)
 長い手紙をすらすら書くのはどうしてかといわれたダーシーは、自分はむしろ書くのが遅い方だといい、近くでやはり聞いていたビングリーもダーシーは手紙を書くのが自分よりも遅いという。ミス・ビングリーは、ビングリーは早いかもしれないが、書き方がぞんざいだといい、ビングリーはそれは自分の考えの展開が速いので、手の方が追いつかないためであると弁解する。自分で書いたことが、自分でもあとで読み返すとわからなくなることさえあるという。〔考えたことをそのまま文字に写していくと、書いている手が考えに追いつかず、字が汚くなって、あとで見てもわからなくなるというのは、身に覚えのある人が少なくないと思う。少なくとも私はよく経験することである。そこで、どのようにして思い付きをきちんとした記録にとどめるか…というところが問題なのである。〕

 自分の手紙がどのような思考の表現であるかが、自分でもわからなくなるというビングリーの発言を謙遜(humility)と受け取ったエリザベスが次のようにいう。
 ”Your humility, Mr. Bingley," said Elizabeth, "must disarm reproof."
 「ビングリーさん」とエリザベスが言った。「そんなに謙遜されたら、悪口をいえなくなりますわ」(中野康司訳、85ページ)
 「ビングリーさん」とエリザベスが云った、「ご自分からそんなふうに謙遜なさったのでは、誰も非難のしようがありませんわ。」(大島訳、91ページ)

 これに対してダーシーが意見をさしはさむ。
 「見せかけの謙遜ほど欺瞞的なものはない」とダーシーが云った。「それはしばしば自説があやふやだからそういう態度をとるだけのことで、ときとして裏返しの自慢のこともある。」(大島訳、92ページ) 〔ビングリーの発言の解釈として、より適切なのは、ダーシーの発言の方であろう。エリザベスの発言の方が主観が入りすぎている。〕

 これに対して、ビングリーは自分の発言はどちらなのかと質問する。すると、ダーシーは裏返しの自慢のほうだといい、自分の字が乱暴だということと抱き合わせで、暗に自分の思考の回転が速いと主張しているのだと指摘する。さらに、朝、彼がベネット夫人に向かって言った自分は決断したら行動に移すというのも一種の自慢であるという。〔この辺に、ダーシーの頭のよさが表現されていると言えそうである。〕
 ビングリーは気を悪くして、自分は嘘偽りのないところを述べたのだというと、ダーシーは、そんなことはない、君は結構人の影響を受けて自分の決心を変えることは多い人物だという(物語の展開の中で、このダーシーの指摘は大きな意味を持つ。実際問題として、ビングリーはダーシーの影響を受けやすい人物として描かれている。)
 一座の人物たちの中で、ビングリーにだけ好意を抱いているエリザベスは、このようなダーシーの指摘にもかかわらず、ビングリーの性格と行為について善意に解釈する。

 「ダーシーさんの今の言葉で判ったことは・・・ビングリーさんは御自分の性質の真価を正しく示さなかったということですわ。ダーシーさんは、ビングリーさん御本人がなさったよりもはっきりとビングリーさんのよさを見せてくださったわけです。」(93ページ) ビングリーは、エリザベスのこの言葉に感謝しながら、彼女がダーシーの発言の真意をとらえていないのではないかと問い返す。
 ダーシーは、ビングリーが友人の説得に応じてすぐに自説を曲げるのはいいというわけではない、少なくとも方針を変更するにあたってはそれなりの理由が必要であるという。議論が白熱して来て、ビングリーもダーシーも少し感情的になってきたかもしれないと思い、エリザベスは自制する。
 ビングリーとダーシーとの会話は、親友同士の遠慮のないものであるが、その中に割り込んで自分の意見を論理的に展開するエリザベスの知性は相当なものである。どのようにして、ダーシーに気に入られようかと考えながら、結局、うるさがられているミス・ビングリーとは頭のよさにおいて格段のちがいがあるように思う。

 まだ第10章の途中であるが、今回はここで打ち切ることにする。暑さのため(だけでもないが)、生活が不規則になって来ていて、書いているうちに眠ってしまうというようなことがあるので、あまり無理はしないことにした。そういうわけで、皆様のブログの訪問も不本意ながら休ませていただくことにした。あしからず、ご了承ください。
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ジェイン・オースティン『高慢と偏見』(5)

8月11日(日)晴れ、暑し
 
 19世紀初めのイングランド。ロンドンの北の方にあるハートフォードシャーのロングボーンの村に住んでいるベネット家には5人の娘がいた。長女のジェインは5人のなかでもっとも美しく、また気立てもよかった。次女のエリザベス(リジー、エライザ)は姉に次ぐ美貌で、頭がよく、茶目っ気があって、父親のお気に入りであった。3女のメアリーは、姉妹の中では一番容姿に恵まれていなかったので、才芸と学問の習得に励んでいた。4女のキャサリン(キティー)と5女のりディーは浮ついた性格であったが、姉妹のなかで一番背が高いリディーは、それをいいことにいっぱしのオトナ気取りであった(年齢はジェーンが22歳くらい、エリザベスが20歳くらい、…リディーが15歳くらいということになっている)。そしてベネット夫人はそんなリディアを一番かわいがっていた。
 ベネット家の財産は、先祖代々のしきたりで男系相続になっていたので、ベネット氏が死ねば、その遺産は遠縁のある人物(この後で登場する)に相続されることになっていた。だから、5人姉妹の少なくとも誰か一人が、裕福な男性と結婚することがベネット夫人の一番の望みであった。
 折よく、ロングボーンの近くにあるネザーフィールド邸を、北イングランドの金持ちであるビングリーという独身男性が借りることになった。彼が引っ越してきてから、この地方の中心都市であるメリトンで開かれた舞踏会で、ビングリーはその明るい、社交的な性格で人々を惹きつけたが、彼がいちばん魅力を感じたらしい女性は、その一座で一番美しいとだれもが認めるジェインであった。一方、ビングリーと一緒にやって来たダーシーという男性は、ビングリー以上の財産の持主だということで人々の注目を集めたが、その高慢で不愛想な態度で、人々の不評を買った。エリザベスが、踊りの合間に休んでいると、それを見たビングリーがダーシーに彼女と踊るように勧め、ダーシーがまあまあだけれども、踊りたくなるほどの美人じゃないねえと言ったのを、聞きつけたエリザベスが、それを冗談めかして言いふらしたことで、ダーシーの不評はますます広まった。ジェインはビングリーに恋しはじめたが、それを表立って表現することは控えていた。エリザベスはそんな姉の態度を好ましく思っていた。
 ベネット家の隣人であるルーカス家の当主サー・ウィリアム・ルーカスは爵勳士に任じられた元メリトン市長で、ロングボーンに住むようになっていたのであるが、その一家とベネット家は親しく付き合っていた。ルーカス夫人とベネット夫人は同じくらいに頭が悪く、その娘のシャーロットとエリザベスはそれぞれ頭がよかったので、親しかったのである。(先祖代々の地主であるベネット家と、商人からの成り上がりであるルーカス家とでは、その奥底には火花が散るような対立関係があったことも想像できる。) ジェインのビングリーに対する態度をめぐっては、シャーロットはエリザベスとは反対に、ジェインはもっと自分の気持ちをビングリーに伝えるように努力すべきだと考えていた。(シャーロットはジェインやエリザベスに比べて年長で、彼女たちほどの美貌に恵まれていなかった)。その一方で、いったんはエリザベスのことを踊りたくなるほどの美人ではないといったダーシーであったが、いつの間にか彼女の悪戯っぽい眼や軽やかな動作に魅力を感じ始め、彼女に興味を抱き始めた。しかし、エリザベスはそんなこととは知らず、愛想のいい態度をとろうとはしない。
 ビングリーの姉妹であるハースト夫人とミス・ビングリーとは、ジェインと仲良くなろうとして、彼女をネザーフィールドに招待する。ところが、出かける途中でにわか雨にあったジェインは風邪をひき、そのままネザーフィールド邸に留まることになる。姉のことを心配したエリザベスは、雨上がりの泥だらけの道を歩いて、姉のもとにかけつける。ネザーフィールド邸の一同はびっくりするが、彼女を受け入れ、しばらくの間エリザベスも邸に留まることになる。

 エリザベスは姉を看病していたが、ハースト夫人とミス・ビングリーも様子を見ていた。晩餐の席で、姉の容体をビングリーが心配していることを、エリザベスは心強く思ったが、その一方で、彼の姉妹たちが、姉のことについて表面的な好意しか見せていないことも見抜いていた。晩餐の席のなかで彼女は場違いな闖入者でしかないことを自覚していたが、ビングリーの気持ちだけはありがたかった。ミス・ビングリーはダーシーのご機嫌取りに専心しており、ハースト氏は食べることに夢中であった。

 食事が済むと、エリザベスはまた姉の看病に戻った。すると、すぐにミス・ビングリーがエリザベスの悪口を言いだした(ミス・ビングリーはダーシーと結婚しようと考えており、ダーシーがなぜかエリザベスに魅力を感じ始めているのを知っているので、彼女の悪口を言い募るのである)。
 先ず非難されたのは、姉の見舞いのために徒歩でやって来て、衣服を泥だらけに汚していたことである。ビングリーはそれは姉を思ってのことだといい、ダーシーは、たしかに衣服を泥だらけにするのはいいことではないが、彼女が姉のために歩きつづけてきたことで、彼女の美しい瞳は運動のためにいよいよ輝きを増していたという。
 この方面での攻撃がうまくいかなかったことで、ミス・ビングリーは今度はベネット姉妹の家柄の低さについて攻撃を始める。ベネット家は代々の地主であり、ビングリー家は父親の代に財をなした成り上がりであることは棚に上げて、姉妹の母親が事務弁護士の娘であることをあげつらうのである。

 さて、ジェインの看病からエリザベスが戻ってくると、一同はトランプをしていた。エリザベスはトランプが好きではなかったので、一座に加わらず、そこにあった本を読むことにした(どうもオースティンはトランプが好きではなくて、それがヒロインの好みにも反映していたのではないかと思う)。
 ビングリーは自分の蔵書が乏しいことを弁解し、ミス・ビングリーはそれに乗じて、ダーシーのペムバリーの邸の蔵書が立派であることをほめる。そして兄(ビングリー)が同じように立派な屋敷を構えるようにとそそのかす。ビングリーは笑って取り合わない(妹たちの言うほど、それが簡単なことではないとわかっているからであろう)。
 それから話題は、ダーシーの妹のミス・ダーシー(ジョージアナ)のことに移る。ミス・ビングリーは彼女がきれいでしとやかであると賞賛し、さらにさまざまな才芸を身につけていると指摘する。そこから、話題は才芸のことに移る。ここで注意しておいてよいのは、オースティンの原文には「才芸」に相当する単語はなくて、accomplishedという語がつかわれていることである(そういえば、第3章でベネット家の三女のメアリーがthe most accomplishedだと噂されて喜んでいた。もちろん、この作品中にはaccomplishments=才芸という語も用いられている)。

 ビングリーが最近の若い女性は実によく才芸を身につけているというのに対し、彼の姉妹たちは反論する。そして彼女たちにとって心強いことに、ダーシーが、本当に才芸を身につけていると思う自分の女性の知り合いは6人くらいだという。例によって、ミス・ビングリーがそれに同意するが、エリザベスは
”You must comprehend a great deal in your idea of an accomplished woman."
「あなたの考える才藝を身に附けた女性というのは相当に程度が高いですわ。」(大島訳、76ページ)という意見をさしはさむ。
 これに対し、ダーシーは、程度が高いという意見を肯定する。ミス・ビングリーが、ダーシーの意見に補足するつもりで、必要とされる才藝を列挙するのに対し、ダーシーは「そういうものはみんな身に附けたうえで…しかもさらに、幅広い読書によって精神の向上をはかり、より本質的なしっかりとしたもの(something more substantial)を身に附けなければならない」(同上)というので、エリザベスは、そんな女性が6人もいるというのは信じられないという。
 ダーシーは、あなたは自分の同性に対して厳しいのですねと言い、(自分たちがその6人に入っている思っているのであろうか)ビングリー姉妹も大声で抗議しはじめたので、ハースト氏がうるさいから話をやめてくれと言い出し、話が途切れ、エリザベスはまた姉の看病に戻る。

 "Eliza Benett," said Miss Bingley, when the door was closed on her, "is one of those young ladies who seek to recommend to the other sex, by undervaluing their own; with many men, I dare say, it succeeds. But, in my opinion, it is a paltry device, a very mean art. 「エライザ・ベネットって」と、エリザベスが部屋から出て扉が閉まると、ミス・ビングリーが云った。同性を貶めることで自らを異性に売り込もうというあの手の女の一人ね。それがまた結構上手くいくのよね、多くの男に。でもそういうのは、私に云わせればけちなけちな小細工だわ、ひどく卑しい手口よ。」(大島訳、78ページ)

 これに対して、この言葉の主な対象であったダーシーは、その通りだというが、その言い方は、「同性を貶す」エリザベスを貶すミス・ビングリーに向けられているようでもあったので、ミス・ビングリーも黙ってしまった。

 エリザベスが戻ってきて、ジェインの容体があまりよくないといったので、ビングリーはジョウンズ先生を呼びに行こうといい、翌朝早く、医師を呼びに行くことになった。皆が、落ち着かない気分でその夜を過ごした。

 第8章が終わる。同床異夢というか、それぞれが別の思いを抱いて、ネザーフィールド邸での一夜を過ごす。この後の物語の展開を考慮に入れると、余計にオースティンの小説づくりのうまさが理解できる個所である。第9章では、娘の容体を心配したベネット夫人が見舞いにやって来る。彼女はできるだけ、ジェーンをネザーフィールド邸において、ビングリーとの仲を親密にさせたいという腹積もりなのであるが、事態はそれほど簡単ではない。

ジェイン・オースティン『高慢と偏見』(4)

8月4日(日)晴れ、暑し。

 18世紀の終わりから、19世紀の初めにかけてのイングランド。ロンドンの北の方にあるハートフォードシャーのロングボーンという村の地主であるベネット氏にはジェイン、エリザベス、メアリー、キャサリン、リディアという5人の娘がいた。ベネット夫人にとって、この5人の娘たち(長女のジェインが22歳くらい、末のリディアが15歳くらい)の結婚が最大の関心事であった。
 だから、ロングボーンの近くのネザーランド・パークという邸宅をビングリーという北イングランドの大金持ちの青年が借りて住むようになったという情報を得ると、ベネット夫人は娘たちの1人をその妻にしようと張り切り始めた。
 この地域の中心地であるメリトンの町で開かれた舞踏会に、ビングリーは結婚している彼の姉(ハースト夫人)、その夫(ハースト氏)、未婚の妹(ミス・ビングリー)、親友だというダーシーという人物を連れて参加した。気さくなビングリーは、人々の人気を集めたが、あまり人とうちとけないダーシーは、ビングリーよりも家柄がよく、裕福だという噂にも関わらず、不評を買った。ビングリーはジェインと2度踊り、二人は互いに好意を抱き合ったようであったが、ダーシーは、エリザベスが1人で踊らずにいるときに、彼女と踊るようにビングリーに勧められて、踊りたくなるほどの美人ではないと断ったのをエリザベスに聞かれてしまった。
 ジェインはエリザベスにビングリーを愛していること、彼の姉妹たちも好感の持てる人びとであると思っていることを告げるが、エリザベスはジェインのビングリーへの愛情を喜ぶが、彼の姉妹たちの他を見下すような姿勢を見ると姉の意見には同意できなかった。彼女は、ジェインがビングリーへの思いを伝えることに慎重であることを喜んでいたが、彼女の親友で隣人であるシャーロット・ルーカスは、もっと積極的に思いを打ち明けた方がいいのではないかという。エリザベスは姉とビングリーの恋のことで頭がいっぱいだったが、彼女の知らないところで、もう一つの恋が始まろうとしていた。彼女が踊りたいほどの美人ではないといったダーシーが、その後で、彼女の眼の美しさやその表情に魅力を感じ始めていたのである。
 そこで彼は機会をとらえては、彼女がどのような人物であるかを知ろうとしたが、最初に受けた侮辱で心を硬化させていたエリザベスは、彼に容易に心を開こうとはしなかった。ダーシーはミス・ベネットにエリザベスの美しい瞳について話してしまうが、そのため(ダーシーとの結婚を思い描いている)ミス・ベネットはエリザベスに敵意を燃やし始めたのである。(第6章まで)

 ベネット氏は年に2000ポンドの収入のある地主であったが、その地所は、限嗣相続のために、ある遠縁の人物(第13章から登場するコリンズ氏)の手に渡ることになっていた。ベネット夫人の父親はメリトンの町で事務弁護士(attorney)を開業していたが、娘のためには4,000ポンドの遺産を残したのみであった。ベネット夫人には姉と弟があり、姉はフィリップスという父親の事務弁護士の仕事の後継者と結婚して、メリトンに住み、弟はロンドンのシティーに住んで商人をしていた(弟のガードナー氏とその夫人は、物語の公判で重要な役割を演じることになる)。
 イングランドでは弁護士は法廷弁護士と、事務弁護士とに分かれ、上位裁判所で当事者のために弁論できるのは法廷弁護士だけである。オースティンの時代には、法廷弁護士はsergeantあるいはbarristerと呼ばれており、事務弁護士はコモン・ロー裁判所の場合にはattorney,衡平法裁判所の場合にはsolicitor,海事・宗教・検認・離婚裁判所の場合にはproctorと言ったが、1873年の裁判所法で、すべての事務弁護士をsolicitorとよぶようになった。(法廷弁護士の方もbarristerに統一された)。法廷弁護士になるには、法曹学院(Inns of Court)の一つで教育を受け、資格を授与される必要がある。これに対して事務弁護士になるには一定期間(通常5年)実務修習生として勤め、その後、事務弁護士協会の課する試験に合格しなければならない。物語の中でも触れられているように、両者の間には大きな階級的な差異があった。(現在ではそんなことはないようである。) とにかく、ビングリー姉妹は、ベネット姉妹の伯父が事務弁護士であるということで、彼女たちが上流の紳士と結婚する資格がないと考えている。もっとも、物語を詳しく読めば、ビングリー姉妹も、ベネット姉妹とたいした階級的な格差がないことがわかるはずである。
 ベネット夫人の義兄と弟は、自分の実力で社会的な地位を上昇させているミドル・クラスに属する人々であるが、ベネット夫人がそのような階級的自覚から縁遠い人物であることも注目しておいてよい。この前後で、彼女は軍人やその軍服姿にあこがれるが、この時代(ヨーロッパ大陸ではナポレオンが活躍していた時代)の英国の軍隊での出世は、その人間の出自と有力者の保護のあるなしによっていた。

 ロングボーンの村とメリトンの町の間の距離は2キロほどだったので(原文ではonly one mileとあるから、もっと短い)、ベネット家の姉妹は、このメリトンに住む伯母(フィリップス夫人)のところに、週に3・4回ほどは顔を出していた。特に、頭の空っぽな下の2人、キャサリンとリディアが熱心であった。
 ナポレオンに率いられたフランス軍が、いつイングランドに侵攻してくるかわからなかった時代なので、イングランドでは義勇軍が組織されていた。その義勇軍の連隊がメリトンに本部を置いて、この一帯に駐在することになった。フィリップス伯父が、この連隊の士官たちと近づきになったために、キャサリンとリディアは、士官たちの情報をたくさん仕入れることができ、そのことで2人の話題は独占されていた。ベネット氏は、そんな2人の娘をたしなめようとしたが、下の2人の娘たち、とくにリディアに甘いベネット夫人がそれを妨げた。

 ベネット家でそんな会話が交わされているときに、ジェインのもとへ、ミス・ビングリーから招待の手紙が届いた。退屈なので、訪問してほしいというのである。ジェインはネザーフィールド・パークまで馬車で行こうとしたが、ベネット夫人は騎馬で行かせようとした。もし雨が降れば、引き留められ、その結果としてビングリーと親密になる機会が増えるだろうという考えからである。
 その通り、ジェインは騎馬で出かけ、途中で雨に降られたので、ベネット夫人は自分の計略が図に当たったと喜んだが、ジェインは訪問先で風邪を引いて寝込んでしまった。そのために、ネザーフィールドで引きとめられたのだが、ベネット夫人はむしろそれを喜んだのである。

 風邪をひいたというジェインからの手紙を受け取ったエリザベスは、彼女の様子を見に出かけようとする。彼女は姉と違って馬に乗れないので、歩いて出かけようとする。わずか3マイルなので、その日のうちに行って戻ってくることはできるという。キャサリンとリディアがメリトンまで一緒に出掛けるというので3人はそろって出かけ、メリトンで2人と別れて、エリザベスはネザーフィールドに向かう。
 朝早く、衣服を泥だらけにしてエリザベスが現れたので、ネザーフィールドの人々は驚くが、彼女を迎え入れる。ビングリー姉妹は彼女の行動を軽蔑しながらも、いんぎんな態度で彼女を迎えた。ビングリーは姉思いの妹の出現を好意をもって迎え、思いやりの表情を浮かべた。ダーシーは運動で上気したエリザベスの表情の美しさに見とれながらも、わざわざこんなことをする必要があるのかといぶかっていた。朝食のことしか頭にないハーストは何も感じなかった。

 ジェインの容体はあまり好ましいものではなかった。やがて薬剤医師がやって来てひどい風邪であると診察した。エリザベスは姉の看病をつづけたが、3時になったので帰ろうとした。ミス・ビングリーが自分たちの馬車を出そうというので、彼女はその申し出を受け入れようとしたのだが、ジェインが心細がり、ミス・ビングリーもエリザベスに屋敷に留まるように勧めないわけにはいかなかった。エリザベスは深く感謝して、この申し出を受け入れ、召使がロングボーンに向かって、この旨を伝え、エリザベスの着替えを持ち帰ったのであった。

 第1部が23章、第2部が19章、第3部も19章、合計61章というこの長編小説の第1部第7章までやっと読み終えたことになる。ネザーランド屋敷に泥だらけで現れたエリザベスの姿はかなり異様なものであったはずだが、姉のジェインを愛しはじめているビングリーは姉思いの妹の姿を受け入れ、そのエリザベスに興味を持ち始めているダーシーは、彼女の上気した表情に魅力を感じてしまう(そういう女性の表情をそれまで見たことがないためでもあろう)。ビングリー姉妹はエリザベスの異様な姿を嘲笑するが、どうも効果は乏しいようである。ということで、物語はまだまだどこに行き着くかわからない展開を始め、しかも、これからまだ新しい登場人物が現れて、ますます複雑になっていくのである。

ジェイン・オースティン『高慢と偏見』(3)

7月28日(日)晴れ、暑し。

 18世紀の終わりか、19世紀の初めごろのイングランドでこの物語は展開する。ロンドンの北にあるハートフォードシャーの農村ロングボーンの地主ベネット氏にはジェイン、エリザベス、メアリー、リディアという、15‐6歳から22歳までの5人の娘がいた。頭はいいが皮肉屋のベネット氏の、物分りが悪い上に物知らずな妻であるベネット夫人にとって、この娘たちの結婚が最大の関心事であった。
 ロングボーンから遠くないところにあるネザーランド・パークという邸宅を、ビングリーという若く裕福な青年が借りることになったという知らせに、ベネット夫人は喜び、娘たちの一人の伴侶とすることを夢見た。この地方の中心地であるメリトンという町の舞踏会で、ビングリーがジェーンと2度踊ったことで、2人の結婚に望みを持つようになった。一方、この舞踏会に出席していたビングリーの友人で、彼よりもさらに裕福だと言われるダーシーという青年に、エリザベスは軽蔑的な態度をとられた。もともと明るい性格の彼女は、この件を笑い話として過ごしたものの、彼女の自尊心が傷ついたことは当然のことであった。これが「高慢」=ダーシーと、「偏見」=エリザベスの幸先の悪そうな出会いであった。
 ジェーンはエリザベスに、ビングリーへの思いを打ち明け、エリザベスはジェーンとビングリーの幸福を願ったが、その一方で、ビングリーの姉妹たちが、自分たちを見下すような態度をとっていることに警戒の気持ちを持っていた。その一方で、ビングリーはジェーンとの交際を深める気持ちを固めていた。
 ベネット家には、ルーカス家という新興地主の隣人がいて、両家は親しく付き合っていた。ルーカス家の長女のシャーロットは、27歳で、ベネット家の姉妹より少し年長であったが、物分りの良い女性で、特にエリザベスの親友であった。両家の女性たちは、舞踏会の印象を語り合ったが、ビングリーの評判は上々で、ダーシーの方は最悪であった。(以上第1部第5章まで)

 舞踏会ののち間もなく、ロングボーンの女性たちはネザーフィールドの女性たちを訪問し、それに対してネザーフィールドの女性たちも正式にお返しの訪問にロングボーンへとやって来た。ネザーフィールドのミセズ・ハースト(ビングリーの姉)と、ミス・ビングリー(ビングリーの妹)は、ミス・ベネット(ジェーン)の感じのいい(pleasing)態度に好意を持ったが、母親のベネット夫人は「何とも堪らない」(intolerable)人物であり、下の(3人の)妹たちは話しかける値打ちもないと見定めたが、上の2人とはもっと近づきになりたいと思ったので、2人にそのように告げた。ジェーンはこの申し出を喜んだが、エリザベスは2人の態度の尊大さにいい気分にはならなかった。それでも、ネザーフィールドの2人がジェーンにとにかく好意を示そうとしているのは、自分たちの兄弟であるビングリーがジェーンに好意を持っていることの反映だと察したので、それなりに意味があると考えた。と同時に、ジェーンがビングリーへの愛情をあからさまにしないこともうれしく思っていた。

 このことに対するシャーロットの意見はエリザベスと違っていた。シャーロットはジェーンが自分の気持ちを表に出さないことで、かえって機会を失ってしまうかもしれないという。「どんな愛情だって感謝の気持ちや虚栄心と決して無縁ではないのだから、愛情に何の手も打たないでほったらかしにしておくのは安全ではないと思うの。」(大島訳、47ページ、There is so much gratitude in almost every attachment, that it is not safe to leave any to itself. Penguin Classics edition, p.22)  最初のうちは、何となく好きになるというだけのことかもしれないが、相手の気持ちはなかなかつかみにくい。「だからね、大抵の場合、女は実際に感じている以上の愛情を見せといた方がいいのよ。」(大島訳、48ページ、a woman had better shew more affection than she feels. Ibid., p.23, shew はshowの古い形) エリザベスはジェーンはジェーンなりに一生懸命自分の気持ちを伝えようとしているのだというが、シャーロットは、ジェーンとビングリーが会ってお互いを理解する場面は限られているという。さらに、相手のことを理解せずに結婚しても、理解してから結婚しても、幸せになれる可能性は同じだと考えていると続ける。「結婚の幸福なんて全くの運次第だもの。」(大島訳、49ページ、Happiness in marriage is entirely a matter of chance. Ibid., p.24) 「双方の気質があらかじめ互いによく判っていても、また互いによく似ていても、だから二人の幸福が増すなんてことには決してならなくてよ。夫婦になってしまえば、いつだって互いに似ても似つかぬ者同士になろうと努めて、双方とも腹立たしい思いをするのが関の山なんだから。だからね、生涯を共にする人の欠点なんかなるべく知らない方がいいのよ」(大島訳、48‐49ページ)
 30歳近くなってきているシャーロットの現実的な意見にエリザベスは反発する。そんな意見は健全ではないし、シャーロットだって結局は健全な結婚をすることになるだろうという。健全な結婚だと彼女が考えるのは、男女がお互いを理解しあって、互いに尊敬と愛情を抱ける結婚をすることであった。
 エリザベスとシャーロットのどちらが正しいということは簡単に結論できないと思うが、エリザベスの考えのほうが作者自身の考えを反映していることは否定できない。この2人の結婚観の対立が、物語の今後の展開にどのように影響する事になるのかは、物語を読み進んで行く中で、気に留めておきたい事柄の一つである。

 さて、お話変わって、エリザベスを「まあまあってとこだな。だがこの僕を踊りたい気にさせるほどの美人ではないね。」(大島訳、31ページ)などと酷評していたダーシーは、その次にあった時も、大した美人ではないと思ったのであるが、そう言いながらも、彼女の表情に時々見られる聡明な表情が気になりはじめた。彼女をこき下ろしたダーシーにとって、それは癪に障ることではあったが、彼女の姿や振る舞いにも魅力を感じさせる部分があることに気づき、特に「その態度に見られる飾り気のない茶目っ気ぶりにはどうしても心が惹かれた」(大島訳、50ページ) こうして、エリザベスが自分の姉の恋の行方に気をとられているうちに、彼女自身が男性の好奇心の対象となり始めていたのだが、そのことに彼女は気づかなかった。彼女にとってダーシーは、「どこへ行っても感じの悪い男であり、自分のことを踊りたいほどの美人だとは思ってくれなかった男に過ぎなかった。」(大島訳、51ページ)

 ダーシーは彼女のことをもっと知りたいと思うようになり、その手始めとして彼女が他の人たちとどのような会話をしているかを聞くことを心がけた。サー・ウィリアム・ルーカスの家で大掛かりなパーティーが開かれたときに、エリザベスも、ダーシーが彼女が話している時に、ダーシーがその話を聞こうとしていることに気づいた。シャーロットに向かって、ダーシーの不可思議な態度を話題にしているときに、彼が近づいてきたので、2人の間に言葉が交わされ、シャーロットの勧めで、彼女はピアノを引きながら、歌を歌うことになった。
 「彼女の演奏は素晴らしく上手いというものではなかったが、感じのいいものであった。」(大島訳、53ページ、Her performance was pleasing, though by no means capital. Penguin Classics edition, p.25) 彼女の演奏で一座が盛り上がり始めたときに、その妹のメアリーがぜひとも自分に演奏させてと言ってさっさとピアノの前に座ってしまった。彼女は、5人姉妹の中では最も容貌に恵まれなかったので、その分を才芸で補おうとしていたのだが、才能も趣味もないので、その演奏には何の魅力もなかった。

 ダーシーは、この夜があまり会話が弾まないままに過ぎていくことにいら立っていたが、彼の気づかないままに近くにやって来ていたこの会の主催者≂アー・ウィリアム・ルーカスにエリザベスと踊るように勧める。ダーシーを嫌っていたエリザベスは、そのダーシーが鄭重に申し込んでも、彼と踊ろうとはせずに、断った。しかし、「エリザベスは悪戯っぽい眼付を見せて、その場を離れた。ダーシーは拒絶されたからと言ってエリザベスに対して別に不愉快な感情を抱くこともなく、むしろ満更でもない気持ちで物思いに耽っていた。」(大島訳、56ページ)

 その様子を見かけたミス・ベネット(ビングリーの妹)が彼に話しかける。彼女は、ダーシーと結婚することを熱心に願い続けている女性である。退屈しているのだろうという彼女の問いかけに対するダーシーの答えは(彼女にとって)意外なものであった。「僕は綺麗な女性の顔に具わった一対の美しい瞳が与えうる大いなる喜びについて考えていたんです。」(大島訳、56‐57ページ、I have been meditating on the very great pleasure which a pair of fine eyes in the face of a pretty woman can bestow. Penguin Classics edition, p.27)
 当然のことながら、ミス・ベネットはダーシーがどの女性のことを考えているかを質問する。ダーシーは、(普通このような場合、答えないと思うのだが)大胆にも、エリザベスのことだと答える。まったく意外なこの答えに、ミス・ベネットはいつ、2人の結婚のお祝いをいえばいいのかと踏み込んだ質問をする。これに対して、ダーシーは「女性の想像力は実にすばやいですからね――賞賛から愛へ、愛から結婚へ、一足飛びなんだから。」(大島訳、57ページ、A lady's imagination is very rapid; it jumps from admiration to love, from love to matrimony in a moment. Ibid., p.28)と答える。これはしばしば引用される言葉のようである。ミス・ビングリーはさらにダーシーをからかい続けるが、彼は一向に動揺する気配を見せない。

 こうしてどうやら、ダーシーの方はエリザベスに対する気持ちを募らせ始めたが、エリザベスは知らぬが仏である。その一方で、メアリーがエリザベスから演奏の席を奪ったことは、後に尾を引くことになる。こうして、物語はすこしずつ動いてゆく。

 今夜もブログ作成に時間をとられて、遅くなってしまったために、皆様のところに訪問することは断念せざるを得ません。お許しいただければ幸いです。 

ジェイン・オースティン『高慢と偏見』(2)

7月21日(日)曇り

 イングランド南東部(というよりもロンドンの北にあると言ったほうがいい)ハートフォードシャーのロングボーン村の地主であるベネット氏にはジェイン、エリザベス、メアリ、キャサリン、リディアという5人の娘があった。母親であるベネット夫人にとっては、この5人の娘たちの結婚がいちばんの問題であった。一家の住まいの近くのネザーフィールド・パークという邸宅を、ビングリーという名の裕福な独身男性が新たに借りることになったという知らせを受けて、ベネット夫人は色めき立った。
 この地方の中心地であるメリトンの町で開かれた舞踏会に、ビングリーは自分の姉とその夫、妹と彼の親友だというダーシーという青年を連れて参加した。快活で愛想のいいビングリーはたちまち参加者たちの人気を集めたが、同行していたダーシーは彼が年収1万ポンドと噂される富豪で美男であったが、尊大な態度をとっていたために不評を買ってしまった。
 姉妹のうちで一番美しい長女のジェインは、ビングリーと二度踊る機会を得て、満座の注目を浴びたが、エリザベスは踊るのを休んでいるときに、それを見たビングリーがダーシーに彼女と踊るように勧めると、ダーシーが自分の相手にふさわしいほどの美人ではないと言って断るのを聞いてしまった。もともと明るい性格の彼女は、それを笑い話の種にしたのであったが、不快感は残った。〔以上、第1章から第3章までのあらすじ。今回は、第4章と第5章を取り上げる。〕

 ジェインは他人の前ではビングリーについてあからさまに褒めないようにしていたが、帰宅後、エリザベスと二人だけになると、彼がすばらしい、理想的な青年であるとほめだした。〔両親や、他の妹たちがいるところでは言わなかったというところに、上の2人の姉妹の家族に対する気持ちが現れている。〕 エリザベスは、ビングリーの美点を認めながらも、ジェインが美人であるために男性たちから関心を集めやすいことを指摘して、慎重にふるまうように言う。姉がビングリーを好きになるのはかまわないが、その姉妹たちに無警戒であるのは心配に思われた。ジェインは、ビングリーの姉妹たちは好感の持てる人びとだと考えていたが、姉よりも観察眼の鋭いエリザベスには彼女たちの高慢で人を見下す態度が気に入らなかったのである。

 ビングリーは商売で富を築いた父親から約10万ポンドの遺産を相続し、どこかに地所を買って地主としての生活を始めようと考えていたが、のんきな性格のためになかなか実行しないままになっていた。ビングリーは気さくで、おおらかで、素直な性格の持主であったが、自分とは違う性格のダーシーと固い友情で結ばれていた。ダーシーは気位が高く、不愛想で、気難しかったが、頭がよく、判断力に優れていたので、2人はよく補い合ったのである。
 この2人の性格は、彼らがメリトンでの舞踏会について持った印象にも表れていた。ビングリーが舞踏会はすばらしかったし、素敵な人々や、きれいな娘たちに出会ったと感想を述べたのに対し、ダーシーは大したことはなかったというだけであった。ミス・ベネット(ジェイン)について、ビングリーが「想像し得るどんな天使よりも美しい」(he could not conceive an angel more beautiful,p.18、大島一彦訳、40ページ)と言ったのに対し、ダーシーは「綺麗なことは認めるが、それにしても少しにこにこし過ぎだ」(大島訳、同上)というだけだった。しかし、ビングリーの姉妹二人が、ミス・ベネットは感じのいい(sweet)女性だと認めたことで、ビングリーは彼女のことを好きなように考えていいのだと結論したのである。

 ロングボーンから少しばかり歩いて行ったところのルーカス・ロッジと名づけられた邸宅に住んでいるサー・ウィリアム・ルーカスの一家と、ベネット家は親しく付き合っていた。サー・ウィリアムはもともとメリトンの町で商人をしていたが、町長(大島さんは市長と訳している。翻訳によって、市長とするものと、町長としているものとがあって、どちらでもいい)をしていた時に、国王への請願がみとめられて爵勲士(ナイト knight)に叙せられた(それでサー・ウィリアムとよばれるのである。「サー」と呼ばれるのは、従男爵(baronett)と爵勳士の場合である)。もともとは地主ではないのだが、土地と邸宅を買って、紳士(gentry)として生活するようになった。とはいうものの、低調で、礼儀正しく、世話好きな人物であった。夫人は善良ではあったが、「あまり頭が良すぎるほうではなかったので、ベネット夫人には貴重な隣人であった。」(大島訳、41ページ、この訳は、やや問題があるように思うので、他と比べてみると、「ルーカス夫人は平凡かつ善良な婦人で、あまり頭もよくなくて、ベネット夫人にはありがたい隣人だった。」(中野康司訳、33ページ)、「ルーカス夫人は、ごく善良な婦人で、ベネット夫人の頼もしい隣人となるには才気がありすぎて困るというほどでもなかった。」(阿部訳、26‐27ページ) 原文は
Lady Lucas was a very good kind of woman, not too clever to be a valuable neighbour to Mrs. Bennet.
で、直訳すると、「ルーカス夫人はきわめて善良のタイプの婦人であり、頭が良すぎるということはなかったので、ベネット夫人の貴重な隣人となることが得きた。」ということであり、阿部訳がいちばん文意をつかんでいるように思う。この作品を後まで読んでいくとわかるが、ベネット夫人は、娘たちの足を引っぱってばかりいるのに対し、ルーカス夫人はそれほど愚かではない。とにかく、お互いに親しく付き合える程度に、頭のよさも近かったということである。
 ルーカス夫妻にも子どもは複数いて、長女であるシャーロットは27歳で、聡明な女性であり、エリザベスと仲が良かった。〔エリザベスは20歳を過ぎたばかりの年齢であり、この両者は年齢が離れていることが、後で意味を持ってくる。〕 

 両家の令嬢たちは、舞踏会があるとその後で会って話しあうのが常であり、例の舞踏会があった次の日の朝も、ルーカス家の令嬢たちがあれこれ意見を交換するためにロングボーンにやって来た。ベネット夫人は(社交上)、ビングリーが最初にシャーロットと踊ったことを話題にする。これに対しシャーロットはビングリーは、二番目に一緒に踊ったジェインの方が気に入ったらしいと遠回しにいう。それだけでなく、ビングリーが当日の会場に集まった女性の中で一番美しいといったことを立ち聞きしたといい、自分の立ち聞きの方がエリザベスの立ち聞きよりも聞きがいのあるものであったと続ける。(表向きとは裏腹に、さまざまな火花が散っている。) ベネット夫人とエリザベスはダーシーのことを思い出さないわけにはいかない。ダーシーは不愉快な人物であるというと、シャーロットは、彼は親しい人としか口を利かないが、そういう場合には愛想がいいと話す。(シャーロットの方が広い情報網を持っている。) ベネット夫人は信じようとしないが、シャーロットは、ダーシーとエリザベスが踊ってほしかったという。不愉快な思い出を持ったエリザベスは踊ることなどとんでもないと答える。しかし、ミス・ルーカス(シャーロット⦆は、ダーシーが強い自尊心をもっているのはそれだけの理由があるからだといって、彼を擁護する。「こんな云い方をしてもよければ、あの方には高慢になる権利があるのよ。」(大島訳、44ページ、個人的な素質に恵まれ、家柄がよく、資産家でもあるということである。) エリザベスは、それには反論せず、「私だって、あの人が私の自尊心を傷つけさえしなかったら、いくらでもあの人の自尊心は恕(ゆる)してあげられてよ」(同上)と答える。ここは原文を引用すると、
 ”I could easily forgive his pride, if he had not mortified mine."
である。Pride and prejudiceのうちのprideという言葉が、ここで登場していることに注目しておこう。

 この章はここで終わってもいいのだが、オースティンは2つほど、ユーモラスな付け足しをする。一つは、ベネット家の三女であるメアリが、自尊心について余計な論評をすることであり、もう一つは、ルーカス家の息子(シャーロットの弟)が、もし自分がダーシーほどの金持ちならば、「いくらでも威張ってやるけどな。フォックスハウンドを一隊分飼って、毎日葡萄酒を一壜空けてやる。」(大島訳、45ページ) Penguine Classics版では、この個所に注記して、「この時代の男性の消費傾向の興味深い例である。狐狩用の猟犬というのは1750年ごろにさかのぼる、比較的近年の現象なのである」と述べている。12歳か13歳くらいの子どもが、勝手なことを言っているのだから、聞き流しておけばいいのだが、ベネット夫人が飲みすぎですとムキになって反論し、いつまでたっても議論は終わらなかったというところで第5章が終わっている。

 今回は第7章まで進むつもりだったが、第5章までで終わってしまった。『高慢と偏見』を代表するのが誰であるかがここまでで読み取れたはずである。本来ならば、結ばれるはずがない大地主のダーシーと、小地主の娘エリザベスが、次第に惹きつけられあう。この時点では、まだ両者の距離は離れている。地味目の恋愛小説を得意とするオースティンにしては、思い切り派手な設定である。『分別と多感』に登場したブランドン大佐の年収が2千ポンドということであったが、今回のベネット家は年収2千ポンドということで、同じ程度の地主である。それに対し、ビングリーは年収4千ポンド、ダーシーにいたっては年収1万ポンドというのだから、金持ちといっても規模が違う。ただしビングリーは土地所有者ではないから、遊び暮らしているだけである。ベネット家の当主やダーシーは地主であるから、それなりの仕事がある。
 第5章で、ベネット家の隣人であるルーカス家の人々が登場する。「擬似紳士(Pseudo-gentry)」であるルーカス家には、何人かの(物語を読んだ限りでは2人以上の)令嬢と、1人(以上の)令息がいる。家柄からいえば、格上の(ただし、ベネット夫人の出自が問題である)ベネット家の令嬢たちの方が美人ぞろいであるのは否定できないが、ベネット家ではエリザベス、ルーカス家ではシャーロットが抜きんでて頭がいいようである。(頭がいいというのは、どういうことかというのも問題だが、物語の進行につれて、作者オースティンが思い描く頭のよさがどのようなものかはわかってくる。) 善人だが、俗物的なルーカス家の人々は、ベネット家の人々と対立することもあるかもしれないが、決して、悪役でも敵でもない。かれらが物語の進行の中で果たす役割は、けっこう重要である(と、わたしは思っている)。
 
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