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ジェイン・オースティン『高慢と偏見』(37)

3月29日(日)雪

 叔父であるガードナー氏と、その妻とともに旅行に出かけたエリザベスは、叔母が昔住んでいたダービーシャーに滞在することになり、その間、この地方の名所であるペムバリー邸を訪問することになった。ペムバリー邸の当主は、少し前にエリザベスが結婚の申し出を断ったダーシーだったので、彼女は彼との鉢合わせを恐れて訪問したくなかったのだが、彼が不在であることを確認して出かけることにした。実際に邸を訪問してみると、その広壮な様子や家具・調度の趣味の良さなど当主の性格についての彼女の認識を改めさせるようなものであった上に、女中頭がダーシーの人となりを褒めちぎっていたので、ますます彼女の考えは変わり始めた。
 一行が邸内の見学を終え、庭園を見て回ろうとしたとき、エリザベスは予定を早めて帰館したダーシーに出会ってしまった。ダーシーは彼女と丁重に言葉を交わして別れたが、その後、再び彼女と会って、次の日に彼の妹(ミス・ダーシー、ジョージアナ)が戻って来るので、ぜひ、彼女と会ってほしいという。エリザベスは彼がなぜそんなことを言い出したのか思案する。〔ダーシーとその妹は12歳あまりの年齢差があり、兄妹といっても気持ちの通じないところがある。しかも、ジョージアナはすこし前に、スキャンダルになりかねない事件を起こしたことがあり、そのことをダーシーはエリザベスに打ち明けていた。そのことも含めて、ダーシーが兄妹の中間位の年齢のエリザベスを頼ろうとするところがあったと考えるべきであろう。〕

 第3巻第2章に入り、いよいよ、エリザベスとミス・ダーシー(ジョージアナ)が対面することになる。ミス・ダーシーはこれまでその人物像をめぐっていろいろと噂されてきたが、エリザベス(と読者)はここでようやくその実像に触れることになる。
 「エリザベスは、ミスター・ダーシーが妹を連れて訪ねて来るのは明後日だろう、妹のペムバリー到着が明日だから当然そうなるだろうと決込んでいた。それで明後日の昼間はずっと宿を離れずにいるつもりであった。しかしその思い込みはどうやら誤算であった。自分達がラムトンの宿に着いた翌日に、つまりミス・ダーシーがペムバリーに着いたその日のうちに二人は早速やって来たからである。」(大島訳、439ページ)
 エリザベスはその日の午前中、新たに知り合いになった人たちとラムトンの町を散歩して、彼らとの昼食のために宿に戻って着替えようとしていたのだが、ダーシー兄妹が馬車でやって来るのに気づいた。そして、叔父夫婦は、突然の来訪とエリザベスの落ち着かない様子とから、これはただならないことが起き始めていると察したのであった。
 一方、エリザベスはダーシーが自分の妹に、彼女のことをよく言いすぎているのではないかと思い、自分が彼女の予想を裏切ることが心配になりはじめていた。

 いよいよ、ダーシー兄妹が現われて「恐るべき初対面の挨拶が取交された」(大島訳、441ページ)。自分と同じように、ミス・ダーシーの方も戸惑っていることにエリザベスは気づいた。事前に思っていたのとは違って、ミス・ダーシーは内気なはにかみ屋であることがわかった。ミス・ダーシーは大柄で、身長はエリザベスよりも高く(第1巻第8章で、ダーシーは自分の妹の背丈がエリザベスと同じくらいか、それよりも少し高いくらいだと言っている。ダーシー自身もかなり背が高い男性として描かれている)、16歳という年齢のわりに体つきも大人びていたが、おっとりとして気取りのない態度に好感が持てた。兄のように他人を鋭く観察するというタイプではないらしいということが分かって、エリザベスはかなり気持ちが楽になった。

 一同が席について間もなく、ダーシーは、ビングリーも間もなくやって来ると告げた。エリザベスはこの知らせに喜んで、彼の訪問に備える準備をしていたが、十分な心の準備をする前に、ビングリーがやってきてしまった。ビングリーは以前と変わらぬ調子で、エリザベスの家族の安否を尋ねた。
 ガードナー夫妻にとってもビングリーは興味ある人物であった(ビングリーは、エリザベスの姉のジェインが慕っている男性であり、ジェインは少し前までガードナー夫妻のもとに滞在し、現在はベネット家に預けられている夫妻の子どもたちの面倒を見ているからである)。そして夫妻は、ダーシーとエリザベスの間の感情の動きにも注意を払う。そしてエリザベスの気持ちはわからないが、ダーシーが彼女に関心を寄せていることは確かだと観察する。

 一方エリザベスの方は、自分が相手をしている3人が自分にどんな気持ちをもっているのかが不安で仕方がなかったが、3人が三様のやり方で、彼女に好意をもっていることは明らかに思われた。ビングリーは以前ほど喋らないように思ったが、しかし彼が彼女を見て、彼女の姉を思いだそうとしているのではないかと思ったりする一方で、ミス・ビングリー(ビングリーの妹)が言うように、彼がミス・ダーシーと結婚しようと思っているというようなそぶりはまったく感じられなかったので、その点では安心した。ビングリーはジェインのことを話さなかったが、彼のネザーフィールドの邸で前年の11月26日に開いた舞踏会のことを口にした。日付をきちんと覚えているのは、ジェインのことを忘れていない証拠だとエリザベスは思った。
 エリザベスはミスター・ダーシーの方にはなかなか目が向けられなかったが、ときどき彼の方を見ると、彼が以前と比べて愛想のよい態度をとっていることに気づき、驚いた。そしてその変化が何を意味するのかを不思議に思いながら考えていた。

 一行は30分ほど話していたが、辞去するときにダーシーが妹に声をかけて、エリザベスと叔父夫婦を翌々日に招待したいが、お前の方からも招待するようにといい、ミス・ダーシーはそういうことには不慣れな様子であったが、兄の言葉に従った。そしてガードナー夫妻はこの招待を受け入れた。
 ビングリーはエリザベスとまた会えることを喜び、今度会うときはハートフォードシャーの人たちのことをもっとよく聞きたいといったが、これは自分の姉のことを意味しているのだとエリザベスは受けとめた。

 その夜、エリザベスはなかなか寝付くことができないまま、自分の気持ちをはっきりさせようとした。彼女が、求婚された際に、自分が持っていた偏見も手伝って厳しい態度で拒絶したにもかかわらず、ダーシーが偶然にあった後で、これからも交際を続ける意思を示し、しかも彼女に直接そう伝えるのではなく、叔父夫婦の好意をえようとしたり、自分の妹に彼女とその身内を招待させようとしているのはどういうことかと考えたのである。彼女のダーシーを嫌悪する気持ちは消えて、それは好意にかわっていたが、彼と結婚することが自分の幸福につながるかどうかに確信が持てなかったのである。
 その前に、彼女は叔母と話し合って、ダーシーが妹の到着の直後に自分たちを訪問した好意に答えるために、自分たちも1日訪問を早めることを決めていた。そして翌日の午前中に、ペムバリーを訪問することになった。

 ペムバリーへの訪問はどのようなことになるか、それはまた次回に。
 英国の推理作家で、ダルグリッシュ・シリーズで知られるP.D.(フィリス・ドロシー)ジェイムズ(1920‐2014)の『高慢と偏見、そして殺人』(Death Comes to Pemberley, 2011)はこの、『高慢と偏見』のパスティーシュであり、2012年にハヤカワ・ミステリーから羽田詩津子訳で翻訳・出版されている。この本を書架の整理をしていて見つけ出したので、読み返しているところである。「訳者あとがき」で羽田さんが述べているように、P.D.ジェイムズはオースティンを長年敬慕していたのではないか、そして晩年を迎えて「彼女なりの決着」(同書、345ページ)をつけたいと思ってこの小説を書いたのではないかと思われる。ジェイムズの『高慢と偏見』への解釈と、自分自身の解釈とを較べながら読むと、一層興趣が増すと思う。物語は、『高慢と偏見』の6年後の出来事ということになっており、ペムバリー邸の敷地内で殺人事件が起こる。その真相の解明とともに、今回、紹介した箇所との関連でいうと、成人年齢に達したミス・ダーシーの結婚問題が物語の進行に絡む。興味のある方はご一読ください。 
 
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ジェイン・オースティン『高慢と偏見』(36)

3月22日(日)晴れのち曇り

 母親の弟であるガードナー氏とその夫人とともに旅行に出かけたエリザベスは、叔母が昔住んでいたダービーシャーに滞在することになり、その間、この地方の名所であるペムバリー邸を訪問することになったが、この邸の当主は、彼女が結婚の申込を断ったダーシーであった。彼との鉢合わせを避けたい彼女は、訪問する日に、まだ彼が帰館していないことを確認したうえで、叔父夫婦とともに邸を見学する。邸を案内しながら、女中頭は当主が地主として、またこの邸の主人として立派な人物であり、妹にとってよい兄であることを誇らしげに語る。その一方でウィッカムについては、先代に眼を掛けられたものの、現在は軍隊に入り、だいぶ生活が乱れているようだともいう。邸の中を見ながら、エリザベスは、ダーシーの趣味の良さに感嘆し、彼に対する認識を改めることになる。

 「館内の一般に公開されている所を全部見おえたので、皆は階段を下りて一階の玄関広間に戻った。そこで女中頭にお礼の心附を渡して別れを告げると、あとは玄関の出口で待っていた庭師が庭園の案内を引継いだ。」(大島訳、425ページ)
 エリザベスは芝生を横切って邸内を流れる川の方に向かいながら、もう一度邸を眺めた。この邸はいつ頃建てられたのかと考えていると、突然、この邸の当主が建物の裏手の厩に続いている道から姿を現した。
 二人(エリザベスとダーシー)の間は20ヤード(約18メートル)と離れておらず、それも彼が不意に現れたので、エリザベスは自分の姿を隠すことができなかった。「すぐに二人の眼が合い、見る見るうちに二人の頬が真赧になった。」(大島訳、425ページ、何も「赧」などという難しい字を使う必要はないだろう。なお、原文ではTheir eyes instantly met, and the cheeks of each were overspread with the deepest blush. Austen, Pride and Prejudice, p.241) それでもダーシーの方は一瞬、その場に立ちすくんだけれども、すぐに気を落ち着かせて、エリザベスに近づき、丁重な言葉で彼女に話しかけた。

 エリザベスはその場から逃げ出したかったけれども、相手が丁重に話しかけてきたのでそうするわけにもいかず、戸惑いを抑えきれないまま彼の挨拶を受けた。叔父夫妻は、ダーシーの姿を見るのは初めてであったが、彼の姿を見た庭師の驚いた様子でそれと察した様子である。エリザベスは自分がここに来たことが露見してしまった恥しさと戸惑いで、上の空になっていたが、ダーシーの方も同じ質問を繰り返すなど、思いが乱れていることは明らかであった。そして話すことが無くなったので、気を取り直すと、一礼して去っていった。

 ガードナー夫妻、つまりエリザベスの叔父と叔母はダーシーの様子が立派なことを褒めていたが、エリザベスには叔父夫婦の会話は耳に入らず、とにかくここで彼と会ってしまったことが恥しく、腹立たしかった。そしてダーシーが予定よりも1日早く帰還した不運を嘆いた。しかも彼の方から彼女に、それも鄭重な言葉づかいで話しかけてきたことが驚きであった。
 一行は川沿いの美しい遊歩道を進んで行ったが、その見事な景観もエリザベスにはほとんど眼に入らず、彼女の視線はペムバリー・ハウスの一箇所、ダーシーがいる場所に向けられていた。彼女が知りたかったのは、彼が彼女のことをどのように考えているのか、そしてどうしてあのような態度をとったのかということであった。エリザベスが上の空の状態であることに、叔父夫婦も気づいて、どうしたのかとたずね、彼女は我に返って、もっと普段の自分らしい態度をとらなければならないと思った。

 広壮な庭園の全部を回ることは無理だとわかったので、一行は一般観光用に指定された順路をたどることにして、先へ進んだ。そしていよいよ先に進むことが難しくなったところで、邸の方に引き返した。ところが釣り好きなガードナー氏が、邸内を流れる川がよい釣場だということに気づき、あちこちで立ち止まったので、なかなか先へ進まなかったのである。
 そうやって一行がのろのろと歩いていたところに、ダーシーまた現れた。エリザベスは、彼が自分たちに用があるとは思っていなかったが、それでも心の準備をする余裕があったので、彼にまた丁重に話しかけられたときに、自分も礼儀正しく答えることができた。ただ、多少のぎこちなさは残っていた。

 ダーシーがエリザベスに彼女の連れを紹介してほしいと頼むので、エリザベスは2人が自分の叔父夫婦であることを話す。上流階級の人士であるダーシーにとって、ロンドンのシティーで実業にたずさわっている商人のガードナー夫妻は彼の自尊心からいって付き合いかねると言っていたはずの人種なのだが(そして、ダーシーがエリザベスの姉のジェインと、自分の友人のビングリーの間の交際に水を差したのも、もともと中流階級出身のジェインとエリザベスの母の下品な言動がもとになっていたのだが)、ガードナー氏の趣味の良さや礼儀正しさに、ダーシーはすっかり感服した様子であった。
 そして彼は叔父を滞在中はいつでも釣りにおいでください、道具はお貸ししますと釣に招待する。エリザベスはダーシーのこのような変化に目を見張るのである。エリザベスは、このような彼の変化が自分のために起きたことが内心、得意であったが、彼がまだ彼女を愛しているとはどうしても思えなかった。

 二人で並んで歩くことになった時に、エリザベスはダーシーに予定では翌日に戻る予定だったのにと問うと、その予定だったが、執事に用があったので、予定を早めて戻ってきた、ビングリーとその姉妹も翌日に戻る仲間の中に入っているので会えば喜ぶだろう(喜ぶとは限らない)、さらにもう一人、自分の妹のジョージアナがいるので、ぜひ会ってほしいという。
 叔父夫婦がゆっくりと歩いてきたので、二人はエリザベスの旅行の経験などをしばらく話し合った。そして叔父夫婦が戻ってくると、エリザベスと叔母が馬車に乗るのを助け、そして邸の方に去っていった。
 帰りの馬車の中でエリザベスは叔母とダーシーのこと、ウィッカムのことを話し合い、これまでの彼らに対する認識に誤解があったことを認める。その日の残り、エリザベスはダーシーが自分に丁重な態度をとり続けたこと、また妹を彼女に紹介したがっているのはどういうことかを考え続けていた。

 法善寺一皮むけてめぐりあい(桑原狂雨)という川柳が好きである(私自身はあいにくとそういう経験はなかった)。まだ両者ともに、それほど気持ちの整理がついていないときに、再会してしまった。それでも、第2巻第11章で、無思慮かつ唐突にエリザベスに求婚して拒絶された時に比べて、ダーシーが思慮深くなってきていることは、再会後の彼の態度で分かる。なお、ここでダーシーはかなり唐突に出現するが、執事に用があったので、仲間の一行と離れて急いでやってきた、つまり馬を走らせてやってきたので、その馬を厩につないで、他の人から見れば思いがけない場所から姿を現したということである。

 これで第3巻第1章(第43章)を終り、次回はいよいよエリザベスがダーシーの妹のジョージアナと対面することになる。彼女が才芸をことごとく身に付けた完璧な令嬢なのか、高慢な存在なのかなど、これまで噂だけでしか登場してこなかった人物がいよいよその姿を現すのである。
 

ジェイン・オースティン『高慢と偏見』(35)

3月15日(日)朝のうちはまだ雲が多かったが、次第に晴れ間が広がる。

 今回から第3巻に入る。いよいよ物語の展開から目が離せなくなるので、これまでのあらすじを簡単にまとめておこう。
 19世紀初頭のイングランド。フランスとの間に軍事的な緊張が続いていたために、正規軍のほかに義勇軍が組織され、それが各地に駐在していた。その一方で国王(ジョージⅢ世)や王太子(後のジョージⅣ世)は贅沢で派手な暮らしぶりで、そのことが社会・文化に影響力を及ぼしていた。
 物語はロンドンの北にあるハートフォードシャーのロングボーン*という村の地主であるベネット氏の次女・エリザベスを中心に展開される。美しさでは姉のジェインに劣るとはいうものの、頭がよく、機知に富み、明るい性格の彼女は、近くの町メリトン*で開かれた舞踏会でダービーシャーの大地主であるダーシーという青年と出会う。ロングボーンの近くの邸を借りた友人ビングリーから、エリザベスと踊るように勧められたダーシーは、「まあまあってとこだな。だがこの僕を踊りたい気にさせるほどの美人ではないね。」(大島訳、31ページ)と言って、断る。エリザベスは深く傷ついたわけではなかったが、ダーシーにいい印象も持たない。「高慢」と「偏見」の出会いである。
 財産相続をめぐる取決めのために、ベネット家の家屋敷を相続することになっているコリンズという青年が、ケントのハンズフォード*の教区牧師の職を得たことから、ベネット家の5人の娘たちのうちの1人と結婚しようと考えて、一家を訪問する。そしてエリザベスに求婚するが、彼の尊大さと卑屈さが混ざり合った性格を嫌ったエリザベスは拒否する。コリンズはベネット家の隣家のルーカス家の長女シャーロットに慰められ、そして結局、彼女と結婚することになった。
 エリザベスはダーシーを子どものころから知っているというウィッカムという義勇軍の士官と知り合いになり、惹かれあう。しかし、彼は別の女性に興味を移し、2人は別れる。シャーロットの招待を受けて、エリザベスはハンズフォードを訪問し、コリンズのパトロンであるキャサリン・ド・バーグ夫人の邸で、ダーシーと再会する。キャサリン・ド・バーグ夫人はダーシーの叔母であり、自分の娘と彼を結婚させたがっている。
 いったんはエリザベスに魅力を感じないと言い放ったダーシーであったが、その後次第に彼女の魅力を認識しはじめていた。そして、ケントを間もなく離れるというときに、彼はエリザベスにぎこちなく求婚するが、エリザベスは彼女を取り巻く様々な事情を理由として、それを断る。ダーシーは、エリザベスから受けた非難への弁明の手紙を残してロンドンへと去っていく。
 ダーシーの手紙により、エリザベスは彼(と、ウィッカムと)を誤解していたことを知る。ロングボーンに帰った彼女は、ウィッカムからよりを戻そうと働きかけられるが、もはや彼を相手にしようとはしない。ウィッカムたちの連隊は、当時の王太子が休暇を過ごしていた保養地であり、港町であるブライトンへと移動していくが、ベネット家の5番目の娘であるリディアも招待を受けて、彼らに同行する。
 エリザベスは叔父であるガードナー氏夫妻(ガードナー氏はベネット夫人の弟である)とともに、イングランド北部への旅行を計画していたが、その日程が短縮されて、ダービーシャーまでの旅行となった。ダービーシャーにあるダーシーのペムバリー*邸も訪問先に含まれることになり、これまでの経緯から彼と顔を合わせたくない彼女は躊躇するが、ダーシーが不在だということを確認して、訪問に参加することにした。

 「馬車が進むにつれて、エリザベスはペムバリーの森が見えて来るのを軽い胸騒ぎを覚えながら待ち構えていたが、やがて門衛小屋の脇を通っていよいよ敷地内に入ったときは、昂奮に胸をときめかせていた。
 庭園(パーク)は実に宏大で、地形もさまざまな変化に富んでいた。馬車は敷地の最も低まった所から入り、左右に拡がる美しい森が延延と続く中を暫く走っていった。」(大島訳、415ページ) エリザベスは庭園の様子に感心していたが、やがて視界の中にペムバリー・ハウスが入ってきた。大きな石造りの建物であったが、自然が損なわれていない周囲の景観と調和した安定した様子を見せていた。「そのときエリザベスはふと、ペムバリーの女主人になるのは悪くないかも知れない、という気がした。」(大島訳、416ページ、一瞬、そう思ったということであろう。エリザベスの一瞬の心理の動きをとらえた描写と見るべきである。)

 「馬車は丘を下り、橋を渡って、館の玄関口を目指して進んだ。」(同上) 近づくにつれて、エリザベスはまたもやこの家の当主と顔を合わせるのではないかと心配になりはじめた。玄関先で、邸内を拝見したいと申し出ると、玄関広間(hall)に通された。女中頭(housekeeper)を待っているあいだ、エリザベスはなぜ自分がここにいるのだろうと不思議な気分がしていた。
 女中頭がやってきたが、彼女は気品のある年輩の夫人で、服装は思っていたよりも地味であり、応対も同様に丁重であった。彼女に案内されて邸内の部屋を見て回ったが、部屋の様子や家具調度など立派なものであったが、必要以上に華美なものではなく、当主の趣味の良さが現われていた。エリザベスもその趣味の良さには感心しない訳にはいかなかったが、自分がもしダーシーと結婚してこの邸の女主人になったら、商人である叔父夫妻を招くなどということはできなくなるだろうとも考えて、気を取り直した。

 エリザベスは、当主がいつ戻って来るかを尋ねたくて仕方がなかったが、聞くわけにもいかず、幸いに叔父がその質問をしたところ、今は留守にしているが、明日になったら大勢の友人たちを連れて戻ってくるはずだとの答えが返ってきた。エリザベスは、一日違いで鉢合わせを免れたことを喜んだ。
 その時、部屋に飾られている肖像画の一枚を見つけた叔母が、エリザベスに話しかけた。その肖像画はウィッカムのものであった。女中頭の話では、彼は先代の当主の執事の息子で、先代が自ら費用を出して養育されたのだという。「今は軍隊に入っていますが・・・生活が大分乱れておいでのご様子です。」(大島訳、418ページ)
 それを聞いた叔母はエリザベスに向かってほほ笑んだが、エリザベスは微笑み返す気にはなれなかった。

 女中頭は、一同の注意を別に肖像画に向けさせる。それはダーシーの肖像画で、8年ほど前に描かれたという。説明を聞いた叔母は、この邸の当主が美男だという噂は聞いているが、肖像画がどのくらい本人に似ているかは実際に会ったことがあるエリザベスならばよく知っているだろうと、彼女に水を向ける〔これはダーシーから求婚されたことがあるエリザベスにとってつらい質問である。〕 女中頭は、彼女が当主と知り合いだということを知って、認識を改めた様子である。そして、2階の画廊に行けばもっと立派な肖像画が見られるという。今、彼らがいる部屋は先代の当主が好んだ部屋で、先代の在世当時のままにしてあるのだというのである。 

 それから彼女はミス・ダーシー(ジョージアナ、ダーシーの年の離れた妹)の肖像画に目を向けさせる。彼女が8歳のころ(ということは、ダーシーやウィッカムの肖像画と同じく8年前)に描かれたものだという。(やはり、ダーシー兄妹の父親の生前に描かれたものだが、その絵から、現在の彼女の姿を想像するのは少し難しいかもしれない。多分、そのために)叔父がミス・ダーシーも兄と同じように美しい(handsome)かと聞くと、「あんなにお美しくて、しかもあれほどの才藝を身に附けたお嬢様はまたと見られません!」(大島訳、420ページ)という答えが返ってくる(なぜか大島さんは、「才藝」と「藝」の字を旧字体にしている。「身に附けた」というのも「身に付けた」とするほうがふつうではないか)。ミス・ダーシーは特に音楽が好きで一日中ピアノを弾いているという。隣の部屋にダーシーが妹のために求め入れた新しいピアノが置いてある、ミス・ダーシーも次の日に戻ってくる予定だという。

 ガードナー氏は持前の気さくで愛想のよい態度で、話好きらしい女中頭からいろいろな話を聞き出した。ダーシーは1年のうち半分ほどしかこの邸には滞在せず、ミス・ダーシーも同様だが、夏になると決まってペムバリーにやって来るという。「但し、ラムズゲイトにへ行く時を除いてね」(大島訳、420ページ)とエリザベスは内心で付け加える。
 ラムズゲイトはケントの南海岸にある保養地で、ミス・ダーシーは1年ほど前にここに滞在している時に、ウィッカムと駆け落ち未遂をしたことが第2巻第12章(第35章)で語られていた。ダーシーに対する印象を改めかけていたエリザベスであるが、ミス・ダーシーの方には会ったことがないし、高慢な令嬢ではないかという予測が付きまとっている。それで、彼女のことをダーシーをあきらめる理由にしようとしているのではないかと思われる。小姑の存在は結婚の障害となりうるというのは、イングランドでもいえることかもしれない。

 ところがエリザベスのそんな心の中の動きをよそに、ガードナー氏はこんなことをいう。
「御主人も結婚なされば、こちらにおられることが多くなるでしょう。」
「たしかに。でもいつのことになりますやら。うちのご主人に相応しい女性がそうはいるとも思えませんので。」(大島訳、420ページ)
 自分の主人を誇りに思う気持ち=少し後で出て来る言葉を使えば、family prejudice (主家贔屓)だと思ったガードナー夫妻は微笑したが、利害関係のあるエリザベスにとっては聴き逃せない言葉である。「あなたのようなかたからそんな風に思われているなんて、ご主人にとっては大変な名誉ですね」(大島訳、420‐421ページ)。これに対して女中頭は、自分は嘘偽りのないことを言っているだけだという。エリザベスは褒め方が少し大げさではないかと思ったが、女中頭は、ご主人には彼が4歳の時から知っているが、不機嫌で気難しいことを言われたことはないという。

 これはエリザベスが、これまで抱いていたダーシーについての見方とまったく反対の観察であった。彼女はダーシーが気難しい人間だと思っていたからである。〔つまり、ダーシーが身内には優しいが、外の人間には気難しいというタイプの人間だということではないか。もっとも、エリザベス自身が、外の人間にどう思われているかというのも問題である。彼女は、気難しいとは思われていないけれども、ミス・ビングリー(ジェインの愛するビングリーの妹)が言うように、油断のならない存在であるのかもしれない。ただしミス・ビングリーはダーシーと結婚したがっている女性だから、彼女の意見からその点を割引する必要はある。〕 もっと話を聞いてみたいと思っていたところ、叔父がさらに話を進めた。そこまで褒めてもらえる主人というのはなかなかいないものだ、あなたはそのような主人をもって幸福ではないかという。女中頭は、その通りだ、彼は子どものころから気立てがよかったし、大人になってもそのことは変らないという。

 これを聞いていよいよエリザベスは、信じられない気持ちでいっぱいになる。女中頭は家の中のことをいろいろと説明するのだが、エリザベスはそんなことは頭にはいらなかったし、ガードナー氏も女中頭の言っていることは一種の主家贔屓だろうと思ったので、もっと彼女の主人に対する論評を聞きたがった。女中頭は、自分の主人が小作人たちや召使から慕われている立派な地主であるという。それが本当のことであればと、叔母はエリザベスに囁いた。ウィッカムの言っていることは嘘だったということになる。エリザベスは彼女特有の機知でそれにこたえる。

 それからたいそうきれいな居間(sitting-room)に案内される。それはミス・ダーシーの部屋で、妹が気に入るようにとダーシーが最近、改装させたのだという。ダーシーは本当に妹思いだとエリザベスは言い、女中頭は彼が妹のためならばどんなことでもすると付け足す。それから画廊を見せてもらうが、エリザベスは絵が分からないので、ミス・ダーシーが描いたという何枚かのクレヨン画を見て、こちらの方が分かりやすいと喜んで眺めた。〔ミス・ダーシーに対する気持ちが少し変わったということかもしれない。〕
 それからダーシー家の一族の肖像を見たが、彼女が興味をもつことができたのは自分が知っている、ただ一人の人物の肖像だけであった。そして、その肖像を見ているうちに、彼女には何やらやさしい感情がこみあげてきた。自分は実は、彼に対して誤解を抱いていたのではないか、彼から愛の告白を受けたことを懐かしく思いだし、彼が彼女に対して向けた愛情に感謝し、そのときの不躾な言い方を許せるような気持ちになった。

 こうして一同は、建物のなかの見学を済ませ、今度は庭を見せてもらうことになる。そこではエリザベスが予期していなかった出来事が起こるのだが、それがどのようなものであったかはまた次回に。
 第3巻第1章(第43章)は中公文庫版の大島利光訳で24ページという長さであるし、物語の展開にとっても重要な部分なので、3回に分けて紹介する。エリザベスには叔父夫妻にも、案内をしてくれている女中頭にも隠しておかなければならない秘密があり、そのため、ペムバリー訪問は彼女だけでなく、読者にとってもスリルに富んだものになっている。彼女の気持ちはしだいにダーシーへの思慕へと傾いているが、そのたびに、いろいろな障害を思い浮かべてあきらめようとする。特にまだ会っていない、ダーシーの妹、もし結婚すれば小姑になる女性の存在が重要である。そのあたりの心理描写がなかなか手が込んでいる。
 女中頭はレノルズ夫人(Mrs. Reynolds)というが、これは18世紀の有名な肖像画家にヒントを得た命名(この前後でダーシー一家の肖像画が紹介されるところから思いついた、作者の遊び)であろう。*をつけてあるのは、架空の地名で、ついていないのは実在している場所だとご理解ください。

ジェイン・オースティン『高慢と偏見』(34)

3月8日(日)雨

 エリザベスはガードナー夫妻とともに、夏のあいだ、イングランド北部へと旅行するのを楽しみにしていたが、あと2週間で出発というときになって、ガードナー夫人から手紙があり、出発が延期になり、旅の日程も縮小されたと連絡してきた。ガードナー氏が仕事の都合で出発を2週間先に延ばさなければならなくなったのだという。そのため出発は7月に入ってからのことになり、また1か月以内にロンドンに戻らなければならないので、旅行期間は当初予定していたよりも短くなってしまった。それで、ゆっくり旅を楽しむために湖水地方まで出かけるのをあきらめて、もっと切り詰めた日程に変更せざるを得ない。そのため今回の旅行はダービーシャーから北にはいかないことにした。ダービーシャーには観光地が多いから、自分たちの全日程3週間のうちの大部分はそこで過ごすことになるだろうというのである。
 第2巻第2章(25章)に出てきたが、ガードナー夫人はダービーシャーのウィッカムの生まれ故郷の近くに長く住んでいたことがあった。だからこの地は、彼女にとって特別な思いのある州であった。それで「今回はその町に数日間滞在することになっていた。多分夫人にしてみれば、マトロック温泉地やチャッツワーツ屋敷、或はダヴデイル渓谷やピーク丘陵地帯などの有名な景勝地に劣らず、好奇心をそそってやまない町なのであろう。」(大島訳、407ページ)
 マトロック温泉地(Matlock)、チャッツワース屋敷(Chatsworth)、ダヴデイル渓谷(Dovedale)、ピーク丘陵地帯(the Peak)はオースティンが愛読したGilpin, Observations, Relative Chiefly to Picturesque Beautyという書物に取り上げられたダービーシャーの景勝地である。Chatsworth Houseはこの後登場するダーシーのペムバリー邸のモデルとされ、この小説の映画化である『プライドと偏見』のロケ地ともなった。詳しいことはまた、そのときに。

 エリザベスはこれを知った時はがっかりしたが、こういう時の気持ちの切り替えが早い彼女のことなので、間もなくそれもいいだろうと受け入れる気持ちになった。しかし、ダービーシャーと聞くと、思いだされるのはそこにダーシーのペムバリーの邸があるということであった。彼からの求婚を拒否したこと、その際彼女が彼を非難した内容についてダーシーから弁明の手紙をもらったことなど、生々しい記憶であった。しかし、彼の邸の近くに行ったところで、別にとがめだてをされるいわれはないし、埋もれ木のかけらを拾ってきても、それを彼に見とがめられることはないだろうと考えた。
 原文でa few petrified sparsとあるのを大島さんは「蛍石を2つか3つ」と訳しているが、ペンギン・クラシックス版の注では「化石になった樹木」となっているので、「埋もれ木のかけら」と訳しておいた。

 出発が延期されたといっても、やがて時間は過ぎて、ガードナー夫妻は4人の子どもたちを連れてロングボーンにやってきた。子どもたちは8歳と6歳の女の子、それよりも年少の2人の男の子であったが、彼らをロングボーンに残して旅行に出かけるのである。子どもたちの面倒は主に長姉のジェインが見ることになっていた。エリザベスがケントに旅立つ以前から、ジェインはロンドンのガードナー夫妻のところに滞在していたし、それ以前にも何度か訪問・滞在していたので、子どもたちとはなじんでいたし、それに彼女の堅実な良識とやさしい性格も子どもたちの面倒を見るのに適していた。

 ガードナー夫妻はロングボーンに一泊しただけで、エリザベスとともに北の地方への旅行へと旅立った。気の合った3人旅であったと作者は記している。彼らはオックスフォード大学、ブレナム宮殿、ウォリック城、ケニルワース城、バーミンガムなどを訪問した後、ダービーシャーのラムトン(Lambton)という、ガードナー夫人が以前暮らしていた町にたどりついた。彼女の昔の知り合いが今もこの町で暮らしていることが最近になって分かったのだという。一行は州内の主な名所を訪問した後に、この町に向かった。ガードナー夫人の話だと、ラムトンから5マイルも離れていないところにダーシーのペムバリーの邸があるという。ガードナー夫人は以前に邸を訪問したことがあったが、もう一度訪問したいと言い出し、ガードナー氏もぜひ行ってみたいという。ガードナー夫人はエリザベスにも同意を求めたので、彼女は困惑した。
 「オックスフォード大学、…バーミンガム」というのも、前記Gilpinの書物で紹介された旅行のルートをたどっているのだそうである。ラムトンは架空の地名である。

 ペムバリー邸は有名な場所であり、エリザベスの何人かの知り合いにゆかりの場所であるからぜひ行ってみようといわれて、エリザベスは、苦境に立たされた。なんとか自分が行きたくない理由を作って、断ろうとしたのだが、ガードナー夫人に一蹴された。ペムバリーの庭園を見ないで帰ろうということがあっていいのだろうかというのである。
 エリザベスが行きたくなかったのは、訪問している際に、ダーシーにばったり出会うことを恐れたからであった。もしそんなことになったら、恥しくていたたまれないような気持ちになると思ったのである。それで、窮余の一策として、宿屋の女中にペムバリー邸の主人は今、在宅中かどうかを訪ねて、在宅であることが分かったら、叔母にこれまでのことを打ち明けてしまおうと決心した。それで部屋係の女中にそれとなく様子を訪ね、ペムバリー邸の主人がまだ帰館していないと分かったので、安心して出かけることにした。こうして、一行はペムバリーに出かけることになった。

 ここで第2巻第19章と、第2巻全体が終り、第3巻に入ることになる。ペムバリーでどのような出来事が待ち受けているかは、また次回以降に。今回出てきた名所のうち、バーミンガム(イングランド第2の都市である)と、チャッツワースには出かけたことがある。この物語の時代、人々の移動は主に馬車によるものだったから、時間がかかったのである。チャッツワース・ハウスのあるベークウェルから、隣のヨークシャーのシェフィールドまで霧の中を自動車で移動したときのことが忘れられない(タクシー代が随分かかったけれども…)。自動車の運転をされる方は、英国を旅行するのであれば、自動車で移動することをお勧めしたい。

ジェイン・オースティン『高慢と偏見』(33)

3月1日(日)晴れ

 「もしエリザベスが自分の家族の姿だけを見て人生観を育んでいたなら、夫婦の幸せや家庭の慰めについてとても楽観的な考え方はできなかったであろう」(大島訳、402ページ)
Had Elizabeth's opinion been all drawn from her own family, she could not have formed a very pleasing picture of conjuugal felicity or domestic comfort. (Penguin Classics, p.228)
と、第2巻第19章(42章:第2巻の最終章である)は書き出されている。
 この個所を読むと、なぜかトルストイの『アンナ・カレーニナ』の冒頭部分が思い出される。
「すべての幸福な家庭は互いによく似ているが、不幸な家庭というものはそれぞれにおいて不幸である。」(英訳ではAll happy families resemble each another, each unhappy family is unhappy in its own way. ) トルストイはたぶん、オースティンを読んでいるし、いろいろと影響を受けたに違いない。

 エリザベスの父であるベネット氏は、(何度も書いてきたように、社会的な階級としては彼よりも低いが)美人で愛嬌のあるガードナー嬢と結婚した。ガードナー嬢すなわち、エリザベスたち5人姉妹の母親のベネット夫人である。結婚してみると、彼女はベネット氏に相応しい知性も、教養も持ち合わせず、性格的にも狭量であることが分かった。
 相手の美貌だけに眼がくらんで、知性や教養のつり合いを考えずに結婚した男性のいらだちは、『分別と多感』のパーマー氏においても見られるが、『高慢と偏見』では、そのような不釣合いな結婚を子どもの世代の結婚問題の背景として描いていて、物語としての奥行きの深さを感じさせる。社会階級的な見方からもう少し書いておくと、事務弁護士であったガードナー氏の娘であるベネット夫人とその姉の(夫が事務弁護士をしている)フィリップス夫人は無知な俗物として描かれているが、弟でありロンドンで実業に携わっているガードナー氏は立派な分別と思慮ある性格の持ち主として描かれていて、オースティンが中流階級全般を蔑視あるいは敵視していたわけではないことが分かる〔その意味では『分別と多感』のジェニングズ夫人の描き方などがいちばん真に迫っている〕。オースティンは自分の時代が産業革命の時代であり、中流階級の人々が自分の力で社会的な実力を向上させていることを肌で感じていたのである。

 結婚生活に満足できないために、他に快楽を求める男性もいる〔前記パーマー氏の場合は、快楽ではなく、国会議員になって権勢慾を満たすことが生きがいになっているようである〕が、ベネット氏はそういう人間ではなく、書物好きの読書家で田舎の暮らしのなかに人生の慰めを見出していた。「妻のおかげで味わえる楽しみは、せいぜいその無知と愚かさを面白がらせてもらうことだけであった」(大島訳、402ページ)。
 そういう父親の母親に対する態度が、夫の妻に対する態度としては適切なものではないことはエリザベスにもわかっていた。それだけでなく、父親が自分の娘たちの前で、母親を揶揄ったりするのを見て胸を痛めていた〔エリザベスは胸を痛めたが、他の姉妹がどう感じたかは、記されていない〕。それでも、父親が自分を理解してくれていることに免じて(エリザベスは母親とはあまりうまくいっていなかった)、大目に見ていたのである。
 「それにしても、不釣合いな結婚から生まれた子供達にはどうしても不利益が伴うことを今ほど沁じみと実感したことはなかったし、せっかくの才能も向けるべき方向を誤ると不幸に繋がることも今ほど痛切に感じたことはなかった。父の才能は正しい方向に向けられていれば、妻の心を豊かにすることは無理だとしても、せめて娘達の品位だけはここまで落さずに済んだかもしれないのだ」(403ページ)。

 エリザベスは、メリトンに駐在していた義勇軍の連隊がブライトンに移動しても、そのおかげでウィッカムと会うことが無くなったのを喜んだくらいで、他に何か感じることはなかった。ところが、母親とキティーは士官たちがいなくなったために退屈になったとしじゅう不平を言うので、そのために気分を暗くすることになった。キティーの不機嫌は時間が解決するだろうと考えて安心していたのだが、ブライトンに出かけたリディアの方はそれ以上に心配であった。
 その一方で彼女は、ロンドンのガードナー叔父・叔母とともにイングランド北部・湖水地方に出かける予定になっているのを心待ちにして、気分を和ませていた。姉のジェインと同行できないのは残念であったが、完全無欠な幸福を望んでも、何か失望が伴うものだと自分に言い聞かせたのである。
 ブライトンに出かけたリディアは、手紙はまめに出すと言い残していたのだが、実際には長く待たせるわりに、短い手紙しかよこさなかった。母親あての手紙には日常のとりとめのない出来事が断片的に記されているだけであり、キティーあての手紙はそれよりも量が多かったが、やたら下線を引いて、ここは2人以外の誰にも知られてはならない秘密だと断り書きがしてあったので、リディアの消息は分からないことだらけであった。

 「リディアがいなくなって2,3週間が過ぎたころから、健康と上機嫌と快活の気がロングボーンにも甦り始めた。すべてにそれまでよりも浮きうきとした気配が感じられて来た。冬をロンドンで過していた家族も次つぎと戻って来て、華やかな夏の装いが目立つようになり、本格的な夏の社交が始まった」(405ページ)。ベネット夫人もキティーも依然として不平は残っていたが、落ち着きを取り戻しはじめていた。
 はっきり書かれていないが、物語は6月に入っている。日本のように梅雨があるわけではなく、緯度が高い(したがって気温はあまり高くない)イングランドの土地柄、6月は過ごしやすい季節と言えるかもしれない。そういえばもう40年以上昔、金沢は梅雨時がいいんですよと言った元同僚がいたが、金沢大学に勤めている先輩に聞いたところ、誰ですか、そんなことをいう人はという答えが返ってきたのを記憶している。人によってそういう季節の受け止め方は多様なのである。
 さて、いよいよエリザベスは叔父夫婦とともに湖水地方に出かけることになる…かと思うと、予定が変更になり、彼女を当惑・狼狽させる。湖水地方(the Lake District)はイングランド北西部Cumbria州南部を中心とする美しい湖水と山岳とからなる観光地である。オースティンの時代≂18世紀の終りから19世紀の初めにかけて、ワーズワース、コールリッジ、サウジーの3人の詩人がこの地方に居を構え、「湖水詩人」として知られた――ということよりも、ピーター・ラビットの舞台という方がなじみのある方が多いかもしれない。1999年にリヴァプールに半年近く滞在したことがあって、そのときに、どうせなら湖水地方に出かけたらどうかと勧められたが、行かずじまいであったことを後悔している。
 脱線と寄り道が多くなってしまったが、第2巻第19章はあともう1回かけて紹介する。
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