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トマス・モア『ユートピア』(41)

2月23日(土)晴れ、午後になって雲が多くなってきた。

 こうしてラファエルの話は終わった。しかし、それを聞いたモアの心の中には釈然としないものが残った。
「こうラファエルが話し終わったときに、あの民族の生活風習、法律のなかでずいぶん不条理にできているように思われた少なからぬ事例が私の心にうかんできた。」(澤田訳、245ページ) これはわかりやすい文章とは言えない。平井訳では、
「・・・しかしこのユートピア人の風俗や法律の中には、必ずしもその成立の根拠が合理的とは思われない点が沢山あるように、私には感ぜられた。」(平井訳、181ページ)
 澤田訳で「不条理に」となっている個所の原文はabsurdeで、「調子外れに、不条理に」という副詞であるが、英訳ではここがどう翻訳というよりも、解釈されているかというと、ロビンソン訳では
 Thus when Raphaerl had made an end of his tale, though many things came to my mind which in the manners and laws of that people seemed to be instituted and founded of no good reason, ... (p.135) 
とあり、平井はこれをほぼ忠実に訳している。though とあるのは、まだこの文が続くからで、とりあえず気にしないでいただきたい。
 ターナー訳では
 While Raphael was telling us all this, I kept thinking of various objections. The laws and customs of that country seemed to me in many cases perfectly ridiculous. (ラファエルが私たちにこのすべてを話しているあいだずっと、私はいろいろな反論を考え続けていた。あの国の法律と習慣とは多くの場合に、完全にばかげているように私には思われた。)
 ローガン&アダムズ訳では
 When Raphael had finished his story, I was left thinking that not a few of the laws and customs he had described as existing aong the Utopians were really absurd. (ラファエルが彼の話を終えたときに、彼がユートピア人の間で行われていると述べた法律や習慣の少なからぬものがじつに不条理であるという考えが私には残った。)
 ユートピア人の制度の中のどの程度の部分が、モアにとって受け入れがたいものであったのか、「少なからぬ」ものとしているのが、澤田訳とローガン&アダムズ訳であり、「たくさん」「多くの場合に」としているのがロビンソン、平井、ターナーで、原文をみると、haud paucaとあり、直訳すれば「ほとんど小さくない」ということであるから、「少なからぬ」のほうが原文の雰囲気に近いのではないかと思われる。「不条理」と訳しても、「ばかげている」と訳しても、モアがラファエルの描き出したユートピアの姿の中で、かなりの部分に相当な違和感をいだいていたように記されていることは注目しておいてよい。

 ラファエルの語ったユートピアの制度の中で、どの部分が腑に落ちなかったのかというと、
「戦争のやり方、礼拝や宗教、かれらのそのほかの制度においてだけではなく、なによりも、彼らの全社会制度の主要な土台になっているものにおいて、すなわち共同生活制と貨幣流通皆無の生活物資共有制においてである。」(澤田訳、同上) なんだ、ほとんど全部じゃないかという気がしないでもない。
 そして、ユートピアの制度をヨーロッパに持ち込んだら、社会の秩序が崩壊してしまうと半ば呆れながらの感想を述べる。
 とはいうものの、モアはラファエルが話し疲れていることを感じていたし、他人の発見にたいして何か異論を述べないと自分が賢くないように思われると信じている輩をラファエルが嫌っていることも知っていたので、その場での反論を避けた。
 「そこで私は彼ら(ユートピア人)の制度と彼の話を賞(ほ)めてから、彼の手をとって食堂に案内した。けれどもその前に、『この問題についてもっと深く考え、そのうえでいっしょにもっとくわしく話しあう時がまたあるでしょうね』といった。そういう機会がほんとうにいつかでてきてくれでもしたら有難いものである。」(澤田訳、同上)
 だから、モアは、ラファエルの話に同意せずに、もっと深く考えたうえで、再度議論ができればいいという意向をラファエルに伝えたということである。そして、彼がこの書物を書いている時点で、「容易に認めるのは…ユートピアの社会には、諸都市に対して・・・実現の希望を寄せるというよりも、願望したいものがたくさんある」(澤田訳、246ページ)との思いを述べて、彼の記述を終えている。

 このように『ユートピア』という物語は、モアとピーター(・ヒレス)という実在の人物が、ラファエル・ヒュトロダエウスという(架空の)人物から聞いた話という一種の枠物語になっている。ユートピアの制度を紹介するだけでなく、自分が見たものの中で一番いいと賞賛するのは、この架空の人物であるラファエルで、それに対して、モアは懐疑的な姿勢をもち続けている。ラファエルと、モアの距離をどのように考えるかが、この物語の本質とかかわっているわけである。

 中公文庫の澤田訳は、この後、モアがヒレスに書いた書簡を掲載している。そこでは、モアがある人物から『ユートピア』についての批評を受け、その批評について反論・批判を加えるという形で、自分の執筆意図を語るという手の込んだ細工をしていると澤田は注記している。その批評者は言う:
 「もしことがらが真実として報告されているなら、そこには半ば不条理なものを見る。もし虚構として報告されているなら、モアのあの正確な判断もかなりの点で不正確だと見る」(247ページ) もしラファエルが語っているユートピアの社会制度が実在するのであれば、書中でモアが書いているようにその制度には「不条理な」部分が少なくない。もし、書物全体が作り話であるならば、モアの判断には不正確なものが含まれているというのである。
 これに対するモアの反論はさらに手の込んだものであり、(逆説に富んだこの書簡には、そんなことは一言も書かれていないが)簡単にいえば、ユートピアは作り話だが、自分の判断は決して間違っていないつもりだということになる

 彼の翻訳の「あとがき」で澤田昭夫は『ユートピア』を「未完の対話」と規定している。澤田は、登場人物としてのモアと、著者のモアとを区別することにより、この書物を自身の分身である登場人物としてのモアと、同じく分身であるラファエルとの対話と考えている。たしかに、モアがラファエルとの再会の機会を探るが、なかなか会えないという内容をもつ、後日談としての書簡を含めて、この書物は「未完の対話」でありつづけている。そして、理想の社会とはどのようなものかを、この未完の対話を通じて、読者に考えさせようというのが著者の意図だというのは、よくわかる話である。だから、後は、私のブログを読み返すか、さらに『ユートピア』という本を実際に手に取って読んで、読者各位が自分でこの問題について考えるのをお勧めするだけである.。ということで、このブログでの『ユートピア』への論及はここで終りにするが、付け加えておきたいことがある。

 イタリア生まれで、第二次世界大戦中、戦争直後に英国で活躍した無政府主義系のジャーナリストであるマリー・ルイズ・ベルネリ(Marie Luise Bernelli, 1918-49)はモアの『ユートピア』を彼の生きた時代との関連で考察し、「われわれはモアを、彼自身が作り上げた一連の法律と制度とに対するよりも、彼の時代の社会への告発(indictment)のゆえに称賛することを好むものである」(Bernelli, Journey through Utopia, p.88)と論じている。『ユートピア』を読み終えて、この論旨にあらためて強い賛意を表したいと思う。
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トマス・モア『ユートピア』(40)

2月16日(土)曇りのち晴れ

 1515年にフランドルを訪問したイングランドの法律家トマス・モアは、アントワープに立ち寄った際に、その市民であるピーター・ヒレスと親しくなる(ここまでは歴史的事実である)。ある日、ピーターはモアにアメリゴ・ヴェスプッチの新大陸航海に同行し、新大陸からさらに西へと進んで世界一周をして戻ってきたというラファエル・ヒュトロダエウスという人物を紹介する。ヒュトロダエウスの経験と知識とに感心したピーターとモアは、彼にどこかの王侯の顧問になることを勧めるが、戦争や民衆からの収奪にのみ関心をいだいている王侯が、自分の助言に耳を傾けるわけがないとラファエルはそれを拒否し、ヨーロッパ諸国、特にイングランドの社会の状態を批判する。そして、自分が訪問した中で最善の制度をもつ国は、新大陸にあるユートピアであるという。ピーターとモアの求めにこたえて、ラファエルはこのユートピアという国の社会や制度について語る。
 ユートピアはもともと半島だったのを、外敵からの侵入から自らを防衛しやすいように、開削によって島国となった。この島には54の都市があり、都市と農村の平衡が保たれている。すべての国民が(一部の例外を除き)農業を中心とする何らかの職業について働き、私有財産というものはなく、住居は都市では10年ごとに交換される。人々は質素な暮らしをしているが、共同の富として豊かな財産が築かれており、これは災害や戦争に直面したときに有効に使われる。死刑はめったに執行されず、その代わりに奴隷刑が科せられる。戦争をできるだけ避け、国民が戦闘に関わらないようにあらゆる手段が講じられる。信教の自由が認められているが、人々は一般に魂の不滅と、人間の死後の応報を信じている。他の人々の宗教を排撃することは禁止されており、異なる宗教を信じていても、同じ場所で礼拝をおこなうのが一般的である。

 こうして、ラファエルはユートピアについての話を語り終える。そこでは私有財産がないために、人々が絶えず公共のことを考えて生きているという。それは人々が口では公共の利益を語りながら、私利私欲を追求しているヨーロッパ社会とは正反対である。ユートピアには貧富の違いがなく、自分たちの生活の安全や幸福が子々孫々まで維持されることがわかっているから、人々は「あらゆる心配から完全に解放され、欣びに満ちた静かな心をもって生きてゆきます」(澤田訳、239ページ) また高齢で働くなった人々に対しても、手厚い配慮がされているという。

 「こういうわけですから、ユートピアのこういう公平さをほかの民族のあいだに見られる正義と比較しようなどという大胆な人がいたら私はお目にかかりたい」(澤田訳、239‐240ページ)とラファエルは言葉を続ける。贅沢な暮らしをする人々がいる一方で、貧乏でみじめな生活を送る人々がいるような社会の人々に正義や公平を語る資格があるのだろうかという。

 ラファエルは当時のヨーロッパ社会の不平等と不正への糾弾を続ける。「これこそ不正で恩知らずの社会ではないでしょうか。それはいわゆるジェントルマンや金細工師、その他同類の怠け者、居候、空疎な快楽用品生産者の連中にたいしてばく大な報賞を浪費しておきながら、百姓、炭鉱夫、日雇労働者、馬丁、鍛冶屋など、彼らなくしてはいかなる社会も存在しえないというような人々にたいしては、親切な面倒見は皆無という社会なのです。」(澤田訳、240‐241ページ)
 ここで列挙されている職業、身分については多少の疑問があるので、平井訳も見ておくことにしよう。
 「このような国家、すなわち紳士などと呼ばれている連中や金属商人や怠けることかお世辞をいうことしか知らない奴らやつまらない娯楽の創案者などに多額の報酬を払っているくせに、国家がたってゆくためにはなくてはならない貧しい百姓や工夫や人夫や鉄工や大工などに対しては何ら厚遇する道を知らない国家、…」(平井訳、177‐178ページ)どうもかなりの違いがあるので、ロビンソン訳(平井訳がこの英訳からの重訳であるのは何度も繰り返してきた)を見ると:
It is not this an unjust and an unkind pulic weal, which giveth great fees and rewards to gentlemen, as they call them, and to goldsmiths and to such other, which be either idle persons, or else only flatterers and devisers of vain pleasures, and of the contrary part maketh no gentle provision for poor plowmen, colliers, labourers, carters, ironsmiths, and carpenters, without whom no commonwealth can continue. (いわゆるジェントルマンにたいしてそして金細工師、また怠惰な人々であるか、あるいはおべっか使いもしくは空しい快楽の考案者たちのようなその他の人々にたいしては財産や報酬を与えるのに、その反対に、彼らがいなければどのような社会もつづいていくことができないような貧しい農夫、坑夫、工夫、荷馬車屋、鉄工(鍛冶屋),大工にたいしてはいかなる親切な備えもしないというのがこの不正義で、不親切な公共の福利というものなのです。)

 ターナー訳は:
Can you see any fairness or gratitude in a social system which lavishes such great rewards on so-called noblemen, goldsmiths, and people like that, who are either totally unproductive or merely employed in producing luxury goods or entertainment, but make no such kind provision for farm-hands, coal-heavers, labourers, carters, or carpenters, without whom society coudn't exist at all? (いわゆる貴族とか、金細工師とか、まったく非生産的であったり、ぜいたく品を作るため、あるいは娯楽のために雇われているだけの人々にはあんなにも多くの報酬をふんだんにあたえておき、それらの人々がいなければ社会がまったく存在できなくなるような作男(農場労働者)、石炭の荷揚げ人、工夫、荷馬車屋、あるいは大工のためにはそのような種類のものを提供しないような社会制度の中に公正さとか感謝の気持ちとかいうものを見ることができますか?)

 ローガン&アダムズ訳は:
Now isn't this an unjust and ungrateful commonwealth? It lavishes rich rewards on so-called gentry, goldsmiths and the rest of that crew, who don't work at all or are mere parasites, purveyors of empty pleasures. Ane yet it makes no proper provision for the welfare of farmers and colliers, labourers, carters and carpenters, without whom the commonwealth would simply cease to exist.(さて、これは不正で恩知らずな社会と言えないでしょうか? それはいわゆるジェントリー、金細工師、そしてまったく働かないか、ただの寄食者、空しい快楽の賄い屋でしかない残りの連中にたいしては豊かな報酬を惜しみなく与えます。そしてその反面で彼らがいなければ社会はまったく存在することをやめてしまうだろうような農夫たちと坑夫たち、工夫たち、荷馬車屋たち、鉄工たちと大工たちのためには適切な準備というものをしていないのです。)

 要するに社会を支えている多くの勤労者たちには、何ら手厚い報酬が与えられず、働かずに、その勤労者たちが作り出したとみに寄生しているような人々には多くの報酬が与えられるのは不公平だし冷たいといっている、その論旨はすべての訳が伝えているが、個別的な職業・身分については解釈の違いが見られる。そこで、私のおぼつかないラテン語も動員しながら、一つ一つ見ていくと、澤田訳の「ジェントルマン」はもともとのラテン語はnobilisで、名士とも訳せるし、貴族とも訳せる。身分の高い名望家、地主という意味で使っているのであろう。『リーダーズ英和中辞典』にはgentlemanについて、封建身分でKnightやEsquireより下位の者。のちにYeomanより上位で、貴族(Nobility)には含まれないが、家紋をつける特権を許されたもの)とある。ここではそれぞれの訳が貴族を最上位、ジェントルマンを最下位として、上流階級に属する身分をあてていることに注目すべきであろう。
 goldsmithはラテン語原文ではaurifexで、金細工師であるが、なんでこの職業が問題にされているかというと、これまた『リーダーズ英和中辞典』によれば、18世紀まではしばしば銀行業を営んでいたからである。つまりラファエルは、地主、銀行家と言えばいいのを遠回しにジェントルマン、金細工師と言っているのである。後はその取り巻きや寄生者が非難されている。
 「農夫」とされているのはラテン語ではagricolaで、まったくその通り。私の見ているラテン語の本文には「坑夫」に相当する語句は見当たらず(発見できず)、「馬丁」と澤田が訳しているaurigaは「馬車の御者」、また「大工」とも「鍛冶屋」とも受け取れるfaberというラテン語があった。どうもすっきりしないが、一生懸命働いている人々がそれにふさわしい報酬を受けていない世の中はおかしいという論旨ははっきりしている。

 ラファエルはさらに、それどころか、税金という名目のもとで、働かない人々が一生懸命働いている人々から多額の金をさらにとりたてていることを「社会に対する最大の功績を最悪の不義理で報いるというようなこと、それを彼らは今やすっかり歪曲して、公に発布された法律の力で正義にしてしまいました。」(澤田訳、241ページ)と指摘している。 現代にも当てはまりそうな話になってきた。

 金持ちたちは「まず、悪らつな手段でかきあつめたものを失う心配なく保持していくために、それから貧乏人たちみんなの労苦と労働をなるべく安く買ってそれを悪用するために、ありとあらゆる方法、術策を考案、案出します。そしてこれらの術策は、金持たちが公共――それには貧民も含まれます――の名においてこれを実施すると決定するや否や、法律になってしまうのです。」(澤田訳、241‐242ページ) 本来ならみんなのために分けても足りるだけのものを自分たちだけで山分けにしてしまったとしても、その結果はユートピア人の社会の幸福な状態からはどんなにほど遠いことでしょう。」(澤田訳、242ページ)
 そして、ユートピアでは貨幣が完全に廃止されているという(外国の貨幣を受け取り、それを国庫に貯蔵することは行われているはずである)。貨幣を廃止すれば、地上の諸悪はすべて消え去るという(現代社会の複雑に発達した通貨制度、キャッシュレス化を実現しようとする政策的な動きなどは、モアの想像を越えるものであろう)。
 「本来生活物資を手に入れるための素晴らしい発明であったあの聖なる貨幣が、生活物資に至るわれわれの通路を遮断する唯一の障壁になってさえいなければ、生活物資はきわめて容易に手に入れられるはずです。」(243ページ)
 このあたり、経済思想史的にみると興味深いところかもしれないが、そうした研究にはなじみがない。余計なものをいろいろ自分の身の回りにおいて、身動きができなくなっているよりも、必要なものだけで身軽な生活を送るほうがいいというのはその通りであるが、なかなかできない。なぜできないかの理由をモアは人間の心の中に巣くう高慢心に求めているが、そうとも思えない。

 ラファエルの話は高慢心の弊害の指摘をもって終わる。聞き終わったモアの心には、まだ釈然としないものが残っているが、それはまた次回に。法律が金持ち、強いものの利益を確保するためにつくられ、弱者を虐げているとラファエルはいうが、この後の人生でモアは、その法律を作る側の人間として活躍するのである。そのように法律を作る際にモアが自分の書いた『ユートピア』のことをどのように思い出していたかというのも興味ある問題である。

トマス・モア『ユートピア』(39)

2月9日(土)曇り、ときどき雪が降っていたのが、次第に本格的に降り出す。しかし、降り積もるほどではない。

 1515年にイングランド王の外交使節団の一員としてフランドル(英語でフランダース、オランダ語でフランデレン、ベルギー西部、オランダ南西部、フランス北部を含む北海沿岸地域。中世にはフランドル伯領として、国家的なまとまりがあった。この時代にはハプスブルク家の所領の一部であった)を訪問した法律家で、地方行政官でもあったトマス・モアは、外交交渉の中断中にアントワープを訪れ、その市民であるピーター・ヒレスと親しく交わる。ある日、モアはピーターからラファエル・ヒュトロダエウスという地球を一周してきたという人物を紹介される。各地を歴訪して様々な社会とその制度を見聞した経験と知識とに感心したピーターとモアは、彼にどこかの王侯の顧問として助言を与えるように勧めるが、ラファエルは王侯たちが戦争と収奪による蓄財にのみ関心を寄せているといって、宮仕えを承知しない。そしてヨーロッパ諸国の社会の状態や政治を批判した後に、彼が最善の社会だと思っているのは新世界で彼が5年間住んでいたユートピアという島国であるという。ピーターとモアの求めに応じて、ラファエルはユートピアの社会制度について語る。そこは一部の例外を除いてすべての人々が働き、私有財産というものをもたない独特の制度をもつ国である。ユートピア人の生活と制度についていろいろ語ったラファエルは、最後に彼らの宗教について語る。かれらは宗教の自由を認めているが、全体として、霊魂の不滅を信じ、この世の中の行ないは来世においてその応報を受けると信じている。キリスト教にも関心を寄せているが、自分たちが信じているのと違う宗教を攻撃することは国法で禁じられているという。

 ユートピアでは月の最初の日と、最後の日が祝日になっているが、その「最後の祝日」には神殿に出かける前に、「自分の家で妻は夫の足もとに、子どもは親の足もとに身を投げ出して、何かあやまちを犯したとか、義務をいいかげんにすませたとかいうように、犯した罪を告白し、犯したあやまちにたいする許しを乞い求めます。ですから、もし家庭不和の暗雲が広がっていても、このような償いで一掃され清く朗らかな心で礼拝に参列することができるわけです。」(澤田訳、234ページ)
 罪の告解はキリスト教における重要な秘蹟の一つであるが、それをモアはユートピアでは家族単位で行われるとしている。家族の問題は家族で解決すべきだということであろうか。(ユートピアの司祭が告解という秘蹟を行うかどうかは触れられていない。そもそも、ユートピアはキリスト教国ではないから秘蹟というものが存在しない。) では、家族の告白を受け入れる立場にある家父長自身の良心の呵責はどのようにして解決されるのかという問題は触れられていない。モアの家父長主義的な家族観がうかがわれる個所であるが、と同時に彼が人間の内面の良心の問題を重視していたことも見逃すことができない。

 神殿における礼拝は男女に分かれ、家族単位で席につき、それぞれ家父長、家母長の監督下で厳粛に執り行われるという。特に子どもは勝手にふるまうように放任されることはない。神々への宗教的な畏敬心こそが徳を実践させるための刺激となりうるのだし、そのような気持ちを植え付ける場として、神殿における礼拝に勝るものはないからである。

 彼らは動物を神への供犠にすることはしない。動物の命を奪うことが神の慈悲心にかなうと考えないからである。その代わりに、何種類かの香を焚き、またたくさんのろうそくに火をともす。そういうことが信仰心を高めると考えているのである。

 「神殿のなかで会衆は白衣をまとい、司祭は、形やしあげの点ではすばらしいがそれほど高価ではない生地でできた多彩色の祭服をつけています。」(澤田訳、235ページ) この祭服にはいろいろな鳥の羽が織り込まれており、その織り込み模様には、「ある不可視の秘儀がかくされている」(澤田訳、236ページ)。司祭にその意味を教えられることにより、ユートピア人たちは「彼らにたいして与えられた神の恩恵、また逆に神に対する彼らの信心とお互い同士の相互義務について教え諭される」(同上)という。

 司祭が祭服を着て内陣から出てくると、会衆は一斉に床に平伏し、それから司祭の合図で立ち上がり、神への賛美を歌で歌う。それは心からの歌声である。
 そして最後に、司祭と会衆が一緒になって祈りを唱える。祈りの言葉は、各人が納得して唱えられるように工夫されたものである。その祈りは、世界の創造者であり、支配者である神を賛美し、ユートピアにおける彼らの幸福な生活と彼らの信じている宗教が神の恩恵によるものであることを感謝するものである。しかし、もっとよい社会制度や宗教が存在するのであれば、それを自分たちに知らせてほしいといい、また自分たちのものが最善であるのならば、それをいつまでも維持できるように取り計らってほしいとも付け加える。さらにほかの国々の人々も自分たちと同じ制度や宗教をもつように計らってほしいともいう。しかしこの祈りにも次のような留保が付け加えられているのが注目される。「さまざまの宗教があるということのなかに彼(神)の測り知れぬ御旨をお喜ばせするものがあるのでない限り」(澤田訳、237‐238ページ)。つまり、世界に様々な宗教があるということ自体が、神意に基づくものである可能性を否定していないのである。
 そして自分が安らかに一生を終えることができるように祈りの言葉を添え、祈り終えるとまた平伏し、しばらくすると起き上がって、昼食をとり、その後の時間は遊戯にふけるか、軍事教練をして過ごすという。なお、澤田訳では「遊びとか軍事教練」(238ページ)となっているが、平井訳では「団欒と武術の練習」(平井訳、175ページ)、ロビンソン訳では”plays and exercises of chivalry" (p.130)とやや含みを持たせた訳し方になっている。しかし、 ターナー訳では"recreation and military training"(p.128), ローガン&アダムズ訳では"games and military training"(p.103)とあるので、ここは澤田訳の方が原文の趣旨に近いと考えられる。

 こうして、ユートピア人の宗教について語り終えたラファエルは、次のように自分の話を締めくくりはじめる。
 「これで、最善であると私が確信している社会、またそれだけでなく、私の判断では公共社会(レスプブリカ)という名称を自らに対し正当に主張請求することができる唯一の社会の形態を、できるかぎり真実どおりに皆さまにご説明申しあげたわけです。唯一のものと申したのも、ほかのところではどこでも、公共の福祉について語っている人々がかまっているのは私の利益だからです。」(澤田訳、238ページ) 
 この個所は、平井訳ではかなり違った形になっていることに注目すべきである。
 「以上、私はユートピアの国家形態とその組織をできるだけ正しく説明した積りである。思うに、この国は、単に世界中で最善の国家であるばかりでなく、真に共和国(コモン・ウェルス)もしくは共栄国(パブリック・ウィール)の名に値する唯一の国家であろう。いかにも共和国(コモン・ウェルス 公共繁栄 コモン・ウェルス)という言葉を今でも使っているところは他にいくらもある。けれども実際にすべての人が追求しているものは個人繁栄(プライヴェイト・ウェルス)に過ぎないからだ。」(平井訳、176ページ)
 何度も書いてきたように、平井訳はロビンソン訳からの重訳なので、そのロビンソン訳はどうなっているかというと:
 Now I have declared and described unto you as truly as I could the form and order of that commonwealth, which verify in my judgement is not only the best, but also that which alone of good right may claim and take upon it tne name of a commonwealth or public weal. For in other places they speak still of the commonwealth, but every man procureth his own private gain. (p.130)
 ターナー訳では
 Well, that's the most accurate account I can give you of the Utopian republic. To my mind, it's not only the best country in the world, but the only one that has any right to all itself a republic. Elsewhere, people are always talking about public interest, but all they really are about is private property. (さて、これがユートピア共和国について私がお話しできるいちばん正確な説明です。私の考えでは、それは世界で最善の国であるばかりでなく、共和国と自称する権利のある唯一の国です。ほかのところでは、人々は常に公共の利益について話していますが、彼らが実際に気にかけているのは私有財産なのです。)
 ローガン&アダムズ訳では
 Now I have described to you as accurately as I could the structure of that commonwealth which I consider not only best but indeed the only one that can rightfully claim that name. In other places men talk all the time about the commonwealth, but what they mean is simply their own wealth; (さて、私はできるだけ正確に、私が最善であるというだけでなく、実際にその名を正当に名乗りうると考えている共和国の構造について説明しました。他の場所では、人々は公共の富について常に語っていますが、彼らが内心で考えていることはただ単に彼ら自身の富なのです。)

 英語のrepublic(共和国、国家)の語源となっているラテン語はres publica でこれが「公共の事柄」という意味であるのはご承知であろう。ここでしばしば使われているcommonwealthも国家、共和国という意味をもつ。wealは「福利」(やや古い言葉のようである)、wealthは「富」である。なお、アメリカのマサチューセッツ、ペンシルヴェニア、ヴァージニア、ケンタッキーの4州はそれぞれ公式名としてStateではなくCommonwealthを採用している。

 ユートピアの宗教について語り終えて、ラファエルは自分の話の締めくくりを始める。ユートピアの社会制度がなぜヨーロッパの諸国に比べて優れたものであるといえるのか、全体を要約するような語りが続くことになるが、それはまた次回に。次回でこの紹介が終わるかどうかは予測できないところがあるが、読み終えての意見・感想を述べる場も設けたいので、たぶん、あと2回は続くことになりそうである。  

トマス・モア『ユートピア』(38)

2月2日(土)晴れ

 1515年、フランドルを訪れたイングランドの法律家トマス・モアは、アントワープの町で新たに友人になったピーター・ヒレスから、ある日、世界中の様々な国々の制度・風習を見聞してきたというラファエル・ヒュトロダエウスという人物を紹介される。ラファエルの経験と知識との感嘆したピーターとモアは、彼にどこかの王侯に仕えて政治上の顧問となるように勧めるが、ラファエルは王侯たちは戦争と民衆からの収奪に余念がなく、側近からは甘言しか受け入れようとしないので、宮仕えはしないと言い張る。
 そして彼がこれまで訪問した国々の中で、最も優れた社会制度を備えているのは新世界にあるユートピアという島国であるといい、ピーターとモアの求めに応じて、この国の様子を物語りはじめる。
 そこでは私有財産というものがなく、一部の例外は除いてすべての人々が働いている。人々は質素な暮らしをしているが、公共の財産として豊かな富が蓄えられている。宗教をめぐって信教の自由が認められているが、多くの人々は霊魂の不滅と、死後の世界における生前の善行・悪行の応報を信じている。ラファエルたちがキリスト教について話すと、それに帰依しようとする人々が少なからず現れた。かれらの世界における司祭は数が少なく、選ばれた人々からなり、社会と青少年の道徳的な指導者としての役割も果たしているという。

 ラファエルの話は続く。ユートピア人の間では司祭の職に就くものが最も尊敬を受けており、司祭の妻もまた民衆の中でえり抜きの女性である。当時のヨーロッパ世界では司祭は独身であることとされていたが、実際には様々な問題を起こし、エラスムスはこのような不品行を考えると、司祭の妻帯が次善の策であると考えた(彼自身が、司祭の不品行の結果としてこの世に生を受けたことが、微、妙に関係しているのかもしれない)。これに対し、モアは妻帯よりも独身の方が神意にかなうものと考えていたと澤田は注記している。女性も司祭になることはできるが、その数は少なく、なるのは未亡人か高齢者に限られているという。
現在でもカトリック教会では司祭は妻帯しない。これに対して、イングランド国教会(聖公会)では司祭の結婚は認められているし、それどころか、女性の司祭(さらには司教)の叙任も認められている。現在ではむしろ、女性の司祭の方が多くなっているそうである。
 ユートピアでは司祭は少数の選ばれた人々だけがなるので、もし重大な犯罪を犯したとしても、公法上の裁判にはかけられず、神と自分とだけに責任を取らされるという。司祭の数はきわめて少ないので、こういうことも可能なのである。それに引き換え、ヨーロッパでは数多くのいい加減な司祭がいることが嘆かれている。

 ユートピアの司祭は、外国人たちからも尊敬を受けている。彼らは戦争の際に、戦場からそれほど遠くないところで「何よりもまず平和を、次いで祖国の勝利を、しかしいずれの側にもあまり流血のない勝利を祈り求めます。自分の側が勝てば、前線まで走って行き、敗者に対して暴行を加えるなと命じます」(澤田訳、231ページ)。司祭にすがるものは、それだけで命を助けられる決まりであるという。自軍が不利になったときに、司祭たちが両軍の中に割って入り、戦闘の終結と公平な条件での平和条約の締結をもたらしたこともある。それが可能になるのは、両方の側でユートピアの司祭が尊敬されているからである。

 ラファエルは話を続ける:「彼らは毎月の最初の日と最後の日、また毎年最初と最後の日を祝日として祭ります。1年は、月の運行に従って1月、2月というふうに分割されています。」(澤田訳、232ページ) 
 平井訳によると:「ユートピア人は年を太陽の運行によって測り、月を太陰の運行によって測るが、さらに一年を月々に分け、毎年毎月の初めと終の日をそれぞれ祭日と定めている。」(平井訳、171ページ)
 ローガン&アダムズ訳によると:
 The Utopians celebrate the first and last days of every month, and likewise of each year, as feast days. They divide the year into months, which they measure by the orbit of the moon, just as they measure the year itself by the course of the sun. (ユートピア人たちは毎月の、同様に毎年の最初の日と最後の日を祝日として祝います。彼らは1年を月に分けますが、それを彼らは月の満ち欠けによって測定します。同様に彼らは1年を太陽の運行によって測定します。)
 澤田の訳注によると、「年に26日の祭日しかもたぬユートピアは、日曜のほかに40以上もの祭日をもっていた当時のキリスト者への批判になる」(澤田訳、293ページ)。モアがユートピア人の暦として、当時ヨーロッパで行われていたユリウス暦と同じようなものを考えていたことは確かであるが、1月1日は年の初めであるとともに1月の初めの日であり、12月31日は年の終わりであるとともに12月の終わりであるということを考えると、どうもこのあたりの記述はすっきりしない。月初めと月の終わりを祭日にすると、つまり2日連続で祭日ということになり、祭日を少なくするという趣旨からすれば、月半ばの15日あたりを祭日にするほうが合理的に思える。ローマの暦では毎月の半ばをIdus(イードゥース)と呼んで区切りにしていたことを、モアが知らなかったわけはないと思うのだが…。週と曜日について触れていないのも気になるところである。

 次にラファエルは神殿(delubrum)について語る:「あちらではすばらしい神殿が見られます。技術的に凝っているだけでなく、その数が少ないので、当然のことながら、大会衆を収容できるようなものです。」(澤田訳、232ページ) 会衆たちの気持ちを集中させるために、内部は薄暗くなるように設計されているという。アイルランドのダブリンの聖パトリック大聖堂(聖公会)を訪ねたことが2度あるが、その薄暗さに大いに感動したことを覚えている。ただし、『ガリヴァー旅行記』の作者であるスウィフトは、この寺院のDean (首席司祭)であったが、自分の説教中に居眠りをする信者の数の多さに悩んでいたという話を聞いたことがある。薄暗いと自分の意識を神様に集中するよりも、居心地が良くて居眠りをするという人の方が多いのではないか。
 delubrum (原文では複数形のdelubra)を澤田は「神殿」と訳しているが、ロビンソン訳、ターナー訳、ローガン&アダムズ訳と英訳ではすべてchurchesである。また、平井訳では「会堂」と訳している。church (教会)には信者の集合体という意味と、建物という意味があり、ここでは建物の方の意味なので、「神殿」、「会堂」という訳語が考えられているのであろう。
 寺院にはあらゆる宗教の人々が集まり、それぞれの宗教に共通するやり方に従って礼拝式を行う。自分の宗教に固有の礼拝は自分の家で行うという(ユートピア人たちは大家族で生活しているという以前の記述とどのように整合させるのか、気になるところではある)。「神殿のなかには神の像のようなものはひとつもありません。信心の極致において神様をどんな形で考えようが、各人の自由に任せておくためです。」(澤田訳、233ページ) そして各自が自分たちの神に祈りを捧げ、他人の神を傷つけるようなことは口にしないという。

 このように神殿にユートピア人たちが集まるのは、月の終わりの祝日の夕方で、食事をとらないでやってくる。「この祝日で終わる1年や1か月をめでたく過ごせたことを神に感謝するわけです。翌日、つまり「最初の祝日」には朝のうち神殿に押し寄せ、この祝日で始まる次の1年間、1か月間が幸運、幸福なものでありますようにと祈ります。」(澤田訳、234ページ) 除夜の鐘や、初もうでを思い出させるところのある記述である。月の終わりと初めに、連続して祝日があるのはこういうことを考えてのことのようである。
 このように、モアが小異を捨てて大同につく様な形での、寺院での礼拝を考えているのは、信教の自由の主張とともに興味深い。ユートピア人の宗教についてのラファエルの話は、まだもう少し続く。 

トマス・モア『ユートピア』(37)

1月25日(金)晴れ、雲がかなり多く、気温上昇せず。

 1515年、イングランド王ヘンリーⅧ世とカスティーリャ公カルロス(のちの神聖ローマ帝国皇帝カールⅤ世)の間に起きた貿易上の紛争をめぐる外交交渉に関わる使節団の一員としてフランドル(現在のベネルクス3国に相当する地域で、当時は神聖ローマ帝国の一部であった)に赴いた法律家で行政官でもあったトマス・モアは、交渉の中断中にアントワープを訪問し、その市民であるピーター・ヒレスと親しく付き合った。(ここまでは歴史的な事実である。) 
 ある日、モアはピーターから、ラファエル・ヒュトロダエウスという世界中を旅行して様々な国の制度を見聞してきたという人物を紹介される。ラファエルは、彼が訪問した国々の中で、いちばん優れた社会制度を発展させているのは、新世界にあるユートピアという島国であるといい、モアとピーターの要請にこたえて、ユートピアの様々な社会制度について語る。
 ラファエルは、ユートピア島の地勢について、首都アマウロートゥムに代表されるその都市について、役職について、職業について、市民相互のつきあいについて、ユートピア人たちの旅行について、奴隷について、戦争と軍事について語り、最後に彼らの間ではどのような宗教を信じようと自由ではあるが、霊魂の不滅と生前における行為の善悪をめぐる死後における応報とを信じる人々が多く、キリスト教について知ると、進んで信じようとするものが少なくなかった。しかし、ユートピアでは国の基本的な法として、他の宗教のことを悪くいうことは、紛争のもとになるので厳しく禁じられているという。

 ラファエルの話は続く。ユートピア人たちの中には、「仕事をすること、他人に対する善行の務めを果たすことによってのみ死後の幸福を得る」(澤田訳、227ページ)ことを求めている人々がいる。「この連中のあるものは病人を看護し、あるものは道路を改修し、どぶを清掃し、橋を修理し、雑草や砂や石をとり払い、木を切り製材し、材木や穀物、その他のものを都会に運搬するなど、要するに、公共のためのみならず私人のためにも、奴隷以下のしもべとして働きます」(澤田訳、同上)という。
 ユートピアではすべての市民が働き、また奴隷制度も存在するので、いやでつらい労働に自発的に従事する人々がわざわざ出現することはないと思うのだが、このような人々の存在はキリスト教社会における修道会の存在を念頭に置いて書かれていると思われる。とにかく、つらい、汚い、人が喜んで引き受けそうもない仕事を彼らは喜んでやってのけるというのである。

 ところがこれらの人々の間には2つの派があるという。「その一つは独身派で、肉体関係に対して完全な禁欲を守るだけでなく、肉食も避けその中のある人々は動物からつくられたものさえもいっさい控えています。現世の生活のすべての快楽を有害なものとしてしりぞけ、徹夜の祈りと汗水流す労働に没頭して来世の快楽だけを求め、まもなくそれを手に入れられるという希望をいだいているので、そういう生活を送りながらも彼らは快活で勢力旺盛です。」(澤田訳、227‐228ページ)
 「動物からつくられたものさえもいっさい控える」ということになると、卵も、チーズも、ヨーグルトも、蜂蜜もだめだということになる。この辺りは、議論の分かれるところであろう。彼らが欲する来世の快楽というのがどのようなものかというのがいまひとつわからないのも問題で、現世では禁欲生活を送っているが、来世ではどんな快楽をむさぼってもいいというのでは、大変な偽善者だといわれかねない。

 もう一つの派は、独身派と同様に労働を好むが、結婚生活を送ることを選ぶものである。「なぜなら彼らは結婚の慰めをあなどらず、自然に対しては仕事を、祖国に対しては子供を提供する義務があると考えているからです。」(澤田訳、228ページ) また肉食の方が体力を作るのに役立つと考えているので、肉食も避けないという。
 ユートピア人たちはこの結婚もするし肉食もするという人々を「より賢明な人々」(澤田訳、同上)、独身をつらぬき肉食はしないという人々を「より聖なる人々」(澤田訳、同上)と呼んでいる。ロビンソン訳では前者が”wiser", 後者が”holier"(p.124)、平井訳では前者が「賢明派」、後者が「敬虔派」と訳されている(平井訳、167ページ)。ターナー訳では前者が”more sensible"(より思慮深い)、後者が”more devout"(より信心深い)、ローガン&アダムズ訳では前者が"more sensible"、後者が"holier"となっている。
 ユートピア人たちは彼らがこのような生活を送ることを、理性に基づいて説明するのではなく、宗教的な動機によるものだと説明していることを尊重し、彼らを尊敬しているという。「なぜといって、宗教的確信についてはどんなものであれ、それに対して軽率に意見を述べないこと、彼ら(ユートピア人)がこの点以上に細心に気を付けていることは皆無だからです。」(澤田訳、228ページ)
 このように信仰と労働に専念している人々をユートピア人たちはブートレースカと呼んでいるが、キリスト教社会における修道士(レリギオースス)に相当する存在であるという。 
 ユートピア人の宗教問題、修道士に対する態度は極めて慎重であるが、それはモア自身の姿勢でもあったと考えられる。ルターがヴィッテンベルクの教会の扉に95か条の論題をはりつけて、宗教改革の火を切ったのがこの2年後の1517年のことである。モアはルターを論難するヘンリーⅤ世の論文を代筆したといわれるが、だとすれば、この慎重さがどこかで崩れたのかもしれない。そしてそれはきわめて危険なことでもあった。

 司祭は極めて神聖な存在だと考えられているので、その数は各都市において13人とかぎられている。ただし戦争に出かけるときは別で、13人のうちの7人が従軍し、その分だけ人員が補充されるという。戦争が終われば、従軍していた司祭たちが帰還するから、補充されていた司祭は司祭長(ボンティフェックス)の同伴者(コメス)として働く。司祭長というのは、つまり他の司祭の上に立つ役職だという。ここで澤田さんが司祭長と訳している役職について、ターナーは司教(bishop)と訳し、ローガン&アダムズは高位の司祭(high priest)と訳している。ラテン語の辞書でpontifexの語義を調べた限りでは、ローガン&アダムズの翻訳が一番適切であるように思われる。
 当時のカトリック教会の機構も、現在のカトリック教会あるいはイングランド国教会の機構ももう少し複雑で、モア自身もそんなことは十分に承知していたはずであるが、モアはユートピアの教会の制度をヨーロッパの教会の制度とは別のものとして構想している。

 「司祭はほかの役人と同様、個人的対立感情を避けるために民衆が秘密投票によって選挙し、選ばれた人たちは司祭団の手で叙階の秘蹟を受けます。司祭は礼拝祭儀をつかさどり、宗教生活の世話を行ない、生活慣習(モレス)に関する審査官(ケンソール)の役を果たします」(澤田訳、229ページ)。ただ、犯罪を犯した者の取り締まり・処罰はほかの役人の仕事になる。つまり市民の道徳的・宗教的な生活の指導者の役割を演じるのである。
 「子どもや青少年は彼らの手で教育され、その際、学問への配慮が生活風習や徳への配慮に優先せぬように注意されます。司祭たちは、まだ柔軟で、指導しやすい子どもの魂に、初めから良い考え、社会の保全に役に立つ考えを注入すること、これに最大の努力を払うわけです。」(澤田訳、229‐230ページ) 知育よりも徳育重視というのも、モアの教育観の特徴と考えていいのかもしれない。

 全体として、モアが考えているのは宗教的な存在によって指導される禁欲的な共同体であると推測できる。これは、ラブレーの「テレームの僧院」などと比べるとかなり堅苦しく、窮屈に思われるのだが、それが彼の理想の生活であったということであろう。ユートピアにおける宗教をめぐるラファエルの話はまだ続くが、それはまた次回に。
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