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E.H.カー『歴史とは何か』(24)

7月18日(木)晴れたり曇ったり、気温上昇

 今回も前回に引き続いて、この書物の最終章である「Ⅵ 広がる地平線」を最後まで読んでいくつもりである。その前に、これまでに読んだ部分の概要をまとめておく。
Ⅰ 歴史家と事実
 歴史は現在の歴史家と、過去の諸事実との間の尽きることのない対話である。
Ⅱ 社会と個人
 社会と個人との関係は相互的なものであり、歴史家もまた社会のなかの一個人であるから、現在の社会の一部である。それで、歴史は現在の社会と過去の社会との間の対話であるという性格をもつ。
Ⅲ 歴史と科学と道徳
 歴史は(自然)科学と同様に、人間とその環境に関わる学問であり、その環境の改善を目指し、問題を提示し、その解答を与えるという点で科学と同じである。歴史的な問題の解釈は道徳的な判断を含むものであるが、道徳的な価値が歴史的に変遷するものであることも考慮しなければならない。
Ⅳ 歴史における因果関係
 歴史研究は、過去の出来事をめぐる因果関係を探求するものであるが、その原因も結果も複数にわたるものであり、それらを重要性に即して選択し、整理する必要がある。その際の基準は過去と現在の関係だけでなく、未来へと向かう方向性も視野に入れて求められる必要がある。
Ⅴ 進歩としての歴史
 歴史研究の対象となるのは人間が自分たちの経験の集積によって達成した社会的進歩であって、生物学的な進化ではない。進歩は非連続的で、終わりのない過程と理解されるべきである。
Ⅵ 広がる地平線
 現代の歴史研究は、人間の自己意識の深化によって新しい局面を迎えている。

Ⅵ 広がる地平線(続き)
現代の歴史的転換
 カーは理性の機能および力が新しい領域に広がることが、現代世界への転換をもたらすと考えている。例えば経済の領域では、自由放任経済から統制経済への動きが顕著で、社会体制のちがいをこえて、経済活動が国家によって支配されようとしている。意識的な努力による社会改革が可能だという考えが支配的になっている。〔現在では、新自由主義的な政策が有力になってきて、市場原理の支配への回帰を目指している。これを一種の逆流と考えるか、むしろ自由放任経済が将来の方向性であるかは意見の分かれるところであろう。〕 人間は政治・経済・社会における制度を自覚的・合理的に統制できるようになってきているので、理性の役割が拡大してきている。

理性の役割の拡大
 現代の特徴は科学技術の進歩と教育制度の普及拡大を通じて、多くの人々が急速に高度な技術を身につけ、その結果として職業選択の自由が拡大していることである。カーはこのことによって、社会の「個人化」が進んだと評価している。〔これは1960年代の特徴であって、21世紀に生きる人びとは、AIに自分たちの職業を奪われる恐れを抱きながら生活している。〕 世界的な規模で技術的な進歩が展開している。

理性の濫用をめぐって
 しかし理性の役割の拡大には否定面もある。個人の自由が拡大する一方で、それぞれの個性が失われ、画一化と一様化が進むというのも現代社会の特徴の一つである。教育は個人の能力の伸長や機会の拡大を促す一方で、ある利益集団に都合の良い方向への社会の一様化を進める手段ともなりうる。マスメディアにも同様の二面性がある。どのような社会においても、支配的グループは、多かれ少なかれ強制的な手段を用いて大衆の意見を組織し統制する。これは理性の濫用である。
 このような事態に直面して、我々がとるべき方途は2つである。一つは進歩には否定面がつきものであることを認識し、その否定面の克服に取り組むことである。今一つは、逆戻りができないことを自覚して、理性の果たしうる役割を徹底的に意識することである。〔方途が2つあるようには受け取れない。〕

世界的バランスの変化
 20世紀における世界の変化の(人間の自己と社会認識の深化に加えての)もう一つの側面は「世界の形の変化」(220ページ)ということである。「大航海時代」を通じて、ヨーロッパの人間たちの世界は(それ以外の地域に住む人々の世界も)広がったが、20世紀に起きている変化はそれに勝るものであるという。第一次世界大戦の影響、ロシア革命や、世界各地におけるナショナリズムの高揚を受けて、欧米列強の植民地であったアジア・アフリカの諸国が独立し、工業化への道を歩んでいる。〔その後の事態の推移を見ると、歴史の歩みはそれほど単純なものではない。一方で社会主義体制が崩壊し、他方で第三世界の開発は不均等で先進国に肩を並べるところまで発展した国もあるし、停滞している国もある。〕 そのようななかで英国(英語社会)の地位は相対的に低下したが、それによって過去を懐かしむ傾向が増大することをカーは警戒している〔英語社会の地位は、情報化の進展に伴ってむしろ向上しているように思われる。しかし、その中での英語の変化を考えに入れる必要がありそうである。一方で、英語世界におけるアジア英語の進出、その一方で最近のBrexitをめぐる英国の政治と社会の混乱を含めて、この見通しは基本的には正しかったといえるのではないか〕。

地平線の拡大
 カーは彼が20世紀における「理性の拡大」と呼んだものは、「歴史家にとって特別の結果を生んで」(223ページ)いるという。その理由として、彼は「今まで歴史の外にあったグループと階級、民族と大陸とが歴史の中へ現れてきたことを意味する」(同上)という。これは「歴史」というものをどう考えるかという問題と関連する、きわめてラディカルな認識である。〔どうもはっきり言えないのだが、杉山正明さんが言っているように、(カーはその一つ:ヘロドトスにしか言及していないが)「歴史」には複数の起源がある。それが出会ったときに初めて「世界史」が成立したのだというのが杉山さんの意見であるが、要するに「歴史」というものを意識して知的生活を送っている人々と、まったくそういうことを考えずに、知的生活を送っている人々がいるということである。〕 ヨーロッパの中世においては、教会だけが唯一の制度であったが、その後の歴史の流れの中でもっとほかの制度が出来上がってきた、そのことにより「歴史」の対象とする範囲が拡大してきたというのがカーの意見である。さらに例えば、民衆の中の伝承を掘り起こして、歴史を再検討するというような試みも行われるようになってきた。

孤立するものは誰か
 カーは大学における歴史の講義の内容がどのようなものであったかという問題に足を踏み入れる。特に、彼の所属するケンブリッジ大学での歴史研究について踏み込もうとする。英国における歴史研究が、英語圏中心のものであったこと、過去400年にわたり、英語圏が世界の歴史的な動きの中で中心的な役割を担ってきたことを述べる〔異議のある人も出て来そうである〕。とはいえ、英語圏だけを世界史の中心としてみる見方は歪んだ見方であるという。「こういうポピュラーな歪みを正すことこそ、大学というものの義務であります。」(226ページ、異議なし!) 
 学生たちだけでなく、英国の歴史家たちが、英語圏以外の世界における歴史の動きに無関心であったのは恥ずべきことであるとカーは述べる。ここで、カーは、彼が最初に言及した英国の歴史家であるアクトンの歴史観について触れ、彼の考え方の中にあった「変化を歴史における前進的要素としてみる感覚と理性は変化の複雑な姿を理解するための私たちの案内人であるという信仰」(229ページ)を継承すべきであるという。

それでも――それは動く
 最後に、カーは彼の講演の少し前の時代、1950年代における様々な主張について言及する。一方に保守主義的な主張があり、他方に「ユートピアニズム」や「メシアニズム」の主張がある。〔このあたりのことを詳しく議論していると、かなり面白くなるのだが、今回は、素通りすることにする。〕 特にカーは、カール・ポッパーの「断片的な社会工学」(231ページ)という保守主義的な考え方に敬意を払いながら、より全面的な社会改革へと向かう試みを支持する。
 そう言いながら、彼は、英語社会における知識人たちが、「不断に動く世界に対する行届いた感覚」(233ページ)を失いつつあることを憂慮し、変化に対して、楽観的で開かれた姿勢を保つことを主張する。そしてあらためて、保守主義や、懐疑主義の様々な考え方をあらためて思い出しながら、自分は楽観主義を貫いていきたいと主張し、ガリレオ・ガリレイの次のことばをもって講演を締めくくる。
 「それでも――それは動く」(イタリア語:E pur si muove. 英語:Yet it does move.)

 最初の方で、カーは啓蒙思想→ホイッグ史観の<歴史は絶え間のない進歩の過程である>という考えに懐疑的であるような姿勢を見せながら、最後ではやはりその考えを継承する結論を述べている。実際のところ、わたしもカーの考え方に細部においてはいろいろ文句を言いたいことはあるし、最初に書いたように、清水幾太郎による翻訳は、再検討の必要があるという考えに変わりはないが、やはりカーと同様に歴史を進歩の過程と考えることに異存はない。それやこれやで、いろいろと勉強をさせてもらった読書であった。  

 
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E.H.カー『歴史とは何か』(23)

7月11日(木)曇り、午後になって雨が降りだす

 今回から「Ⅵ 広がる地平線」に入る。その前に、これまでの概要をまとめておこう。
Ⅰ 歴史家と事実
 歴史は現在を生きる歴史家たちが、過去の諸事実のなかから特定の事実を選び出す不断の過程の中から生まれる。この意味で歴史は現在と過去との対話である。
Ⅱ 社会と個人
 歴史家と過去の諸事実の間の対話は、歴史家も事実も社会的なものであるということから、社会的な性格をもつ。歴史は、現在の社会と過去の社会との対話である。
Ⅲ 歴史と科学と道徳
 歴史は科学と同じように、人間とその環境との関係をよりよくしようとすることを意図して取り組まれ、過去の事柄についての仮説を検証し、それをより高次の仮説に練り上げていくという性格をもつ。歴史的な解釈は、道徳的な判断を含むものであるが、その道徳は歴史的に変化するものであることも念頭に置く必要がある。
Ⅳ 歴史における因果関係
 歴史研究とは過去の諸事実の因果関係の解明を目指すものであるが、ある出来事の原因はいくつもあり、その一方で、それらには重要性の程度のちがいがあることを認識する必要がある。そして、その重要性は、過去と現在とだけではなく、未来も考慮しながら判断すべきである。
Ⅴ 進歩としての歴史
 歴史の進歩は、生物の進化と違い、人間たちが過去の経験に学んでより賢くなっていくことによって成し遂げられるものであり、ある特定の到達点があるのではなく、よりよい未来への不断の努力の集積によってなされるものである。

Ⅵ 広がる地平線
現代の新しさ
 カーは歴史は絶えず進んで行く過程であり、歴史家もこの過程に沿って生活し、研究を進めているのだと主張してきたが、彼が生きていた20世紀の中盤がきわめて変化の激しい時代であり、その結果として、人類の将来についての不安を抱く議論も盛んになっていることも認める。しかし、彼は人類の未来へ向かっての進歩を信じる立場から、議論を締めくくりたいという。
 そうはいっても、現代の歴史研究は、過去における歴史研究と比べると2つの点で目立った特徴を持つという。特にカーが関心を持つのは2つの事柄、「深さの変化」=(次に論じられる)人間の「自己意識の発展」と、もう一つは、(この章の後半部分で論じられる)「地理的な広がり」あるいは「世界の形」の変化である。

自己意識の発展
 カーは「自己意識の発展」の問題について論じるために、まず歴史についての注目すべき定義を述べる:「歴史というものは、人間が時の流れを自然的過程――四季の循環とか人間の一生とか――としてでなく、それに人間が意識的に巻き込まれ、また、人間が意識的に影響を与えうるような、そういう特殊的事件の連鎖として考え始める時に始まります。」(200ページ) 成り行きに任せるのではなくて、自分自身で環境に働きかける、その働きかけが歴史の起源だという。ブルクハルトのことばを借りると、歴史とは「意識の目覚めによって生じた自然との断絶」(同上)ということになる〔ブルクハルトは文化史学者であるから、自然と人間の文化との間の関係に敏感であったのだろう。しかし、自然と人間とを二分して対立させる考え方には生態学的な見地からすれば、問題があるという意見もあるだろう〕。

 私なりに説明を加えれば、人間が農耕に従事するようになり、四季の変化をより詳しく知る必要ができて、季節の変化と天文現象との観察から、年・月・日などという単位を工夫して暦を使うようになるし、自分たちの経験を蓄積するために、記憶に頼るのではなく、文字情報を集積するようになった。これは歴史的な記録の始まりである。いつ、どこで、何が起きたかの記録を集積すること≂歴史的な記録と、それらの出来事がどのような理由によって起きたかという歴史的な研究との間には、すでに述べられてきたように、かなり長い時間的な隔たりがある。 
 
 さらに、ここで述べられる「自己」という意識が定着したのは、デカルトの「われ思う、ゆえにわれあり」を出発点とする哲学が広く受け入れられるようになった結果である。彼は人間を外界の世界の観察者であるだけでなく、自己自身の内部をも観察することができる主体と考えた。だから人間は、自分自身の主体であるとともに、客体でもある。
 しかし、人間が自分自身を客観視し、その深い内面を知りうるということを自覚しただけでなく、自然に対して先祖代々っ繰り返されてきた伝統的な対応をやめて、自然と伝統的な文明に対する新しい見方を確立すべきだと考えたのは、18世紀の後半、ルソーの登場以後のことである。ルソーは人間が自分たちの意図と意識とをもって社会を改造することができることを明確にした思想家であり、その後、アメリカの独立革命とフランス革命によって、それが現実のものとなったことにより、人々の意識は根本的に変化することになったのである。

ヘーゲルとマルクス
 ところが、アメリカの独立革命とフランス革命が起きた18世紀から20世紀までの社会の変化は、「長い緩やかな」(203ページ)ものであったとカーは言う。この社会の変化についての哲学を提供したのはヘーゲルとマルクスであるが、両者はともに矛盾を含んだ存在であった。
 ヘーゲルは歴史を世界精神の現実化の過程と考えているが、それは一方で宗教的な神の信仰に根ざし、他方で人間の理性の自覚的な働きに信頼を置くものであった。彼は個々人が自分の利益のために働くことを神の意志の枠内での働きとして肯定したアダム・スミスの考え方を継承して、自己意識の働きを肯定したが、その具体的な結果についてははっきりとしたことを述べなかった。
 マルクスはアダム・スミスとヘーゲルの両方の思想を継承し、世界は合理的な自然法則によって支配されていると考えたが、その一方で客観的な社会の発展法則を見抜いた人々の革命的な闘争によって社会が変革されるとも考えたのである。しかし、そうなると、そのような変革の思想を、運動の主体となる人々にどのように植え付けていくかという課題が残ることになる。「階級意識の形成は、もう自動的な過程ではなく、企てるべき仕事になりました。」(207ページ)

フロイトの重要性
 ここでカーは、個人と社会との関係を別の角度から探求しようとしたフロイトの思想に目を向ける。彼は人間を社会的な存在というよりも、生物的な存在と見ていたので、社会的な環境を人間の歴史的にあたえられたものと考える傾向があった。かれは個人が社会にどのように適応するかという問題、また人間の心理と行動における非合理なものに目を向けたことにより、実はマルクスの考えを補うことになったのだとカーは考えている。フロイトの思想の重要性は、人間の行動の背景をなす深層心理について解明しようとしたこと、各人の自己意識を歴史的に問うべきことを主張したところにあるというのである。このように人間の行動のこれまで知られなかった背景を探求することにより、現代の歴史研究は新しい局面を迎えることになったのだという。 

 では、その新しい局面として、歴史研究のどのような展開が予期され吏の華という問題についてはまた次回に。
 カーがこの本のもとになる講演を行ってから、58年という年月が経っている。彼の意識の中にあった東西の「冷戦」は終わったけれども、21世紀の前半を生きているわれわれは、もっと得体の知れない不安に取り囲まれているような気がするし、カーが捨てなかった未来と進歩への希望をどのように持ち続けるかをさらに厳しく問われているように思う。
 お話変わって、最近、中江兆民の『三酔人経綸問答』を、作中に登場する三酔人=南海先生・洋学紳士・豪傑君のなかの洋学紳士が主張する「進化の理法」が、カーの論難する「生物的進化と社会的進歩」を混同する議論に他ならないなあと思ったりしながら読み進めている。議論が不完全なことよりも、兆民がヨーロッパの思想の流れを意識しながら、議論を組み立てていることの方を重視すべきであろう。

E.H.カー『歴史とは何か」(22)

7月4日(木)雨が降ったりやんだり

 今回で「Ⅴ 進歩としての歴史」を終えるつもりである。本論に入る前に、これまでの内容をまとめておこう。
Ⅰ 歴史家と事実
 歴史は現在を生きる歴史家と、過去の諸事実の間の不断の相互作用の過程であり、現在と過去との間の対話である。
Ⅱ 社会と個人
 社会と個人とは相互的な関係にあり、歴史家もまた社会的な存在であるから、歴史には現在の社会と過去の社会との対話である、現在の社会にとって価値があると考えられるものが、過去の諸事実の中から選びだされるという性格がある。
Ⅲ 歴史と科学と道徳
 歴史も科学も人間とその環境についての研究であり、人間とその環境のよりよい関係を実現するという共通の目的を持っている。また両者は仮説を検証して、さらに詳しい仮説を練り上げていくという研究の手続きにおいても共通している。また道徳の基礎となる価値は超歴史的なものではないことを考えるべきである。 
Ⅳ 歴史における因果関係
 歴史は過去の諸事実がなぜ起きたかを解明するものであるが、その原因としてあげられることがらは多様である一方で、それら多様な原因のなかでの重要性の大小も問題とされる。そのような判断は、現在と過去だけでなく、未来も視野に入れてなされる必要がある。
Ⅴ 進歩としての歴史
 歴史における進歩は、前の世代が経験によって得た技術を後代に伝えていくことによって実現するものであり、明確な始まりとか、終わりとかがあるものではない。進歩の方向性は未来も含めた広い視野において探られる必要がある。

Ⅴ 進歩としての歴史(続き)
「存在」と「当為」
 「存在」と「当為」というのは哲学用語で、「存在」は現実にあるものをいい、「当為」はその現実にあるものが理想としてそうあるべき姿をいう。
 カーは、現在存在するものはすべて正しいという考え方、さらにより新しいものはすべて正しいという考え方が、俗受けするし、支配的な考え方であると述べる。啓蒙時代から19世紀にかけての歴史家たちは、すでに何度も述べてきたように、歴史における進歩を信じていたので、人類の社会や文化は向上の道をたどっていくものと考えていた。ところが19世紀末の不安やペシミズムの風潮や、第一次、第二次世界大戦の経験を経て、歴史の意味を歴史の外に求めるような神学的傾向と、歴史的な懐疑主義の流れが有力になってきたというのである。これらの議論においては、「存在」と「当為」とが切り離されて論じられる傾向があるとカーは言う。そして、価値を事実から導き出すことはできない(歴史研究から社会をよくしていくための教訓を得ることはできない)というのである。しかし、歴史はそれほど価値のないものであろうか。過去の歴史家たちの著述に即して考えていこうとする。

 先ず18世紀英国の歴史家ギボンであるが、彼は『ローマ帝国衰亡史』において、東ローマ帝国とその首都であるコンスタンティノープル(現在のイスタンブール)がイスラーム教徒による攻撃、またスラヴ人など周囲にいる「蛮族」の攻撃を受けたことをめぐり、イスラーム教徒については多くの紙面を割いているのに、「蛮族」についてはそうではないのは、けっきょく、イスラーム教徒がコンスタンティノープルを陥落させただけでなく、今日に至るまで地球上で大きな力を保持してきているからであると述べている。『総じて、歴史は人々が行なったことの記録であって、行ない損ねたことの記録ではありません。その限りでは、歴史は否応なしに成功の物語になるのです。」(187ページ)

 経済史家のトーニー(Richard Henry Tawney, 1880-1962) は次のように述べている:
 歴史家は「勝利を占めた諸力を前面に押し出し、これに敗れた諸力を背後に押しのけることによって」、現在の秩序に「不可避性という外観」を与えるものである(187‐188ページ)。勝てば官軍ということであろうか。
 トーニーはあまり納得していない様子であるが、カーはこれが歴史家の仕事の本質ではないかという。「歴史家はけ反対派というものを軽視することがあってはなりませんし、辛くも得られた勝利を独走のように描いてはなりません。時には、究極の結果に対して、敗者が勝者と同じ大きな貢献をしたこともあるのであります。・・・しかし全体として、歴史家は、勝者にしろ、敗者にしろ、何かを成し遂げた人々を問題にします。」(188ページ)

 さらに見ていくと、自分たちの社会をある程度まで組織化することに成功した民族が歴史の世界に登場する資格を持つのだと、カーはヘーゲルのことばを解釈しながら言う。〔この議論はかなり問題があって、例えば、インドは歴史を持たない国であるということがいわれ、それに対して、それは欧米人の偏見だというインド人の側の反論もあるが、16世紀の終わりごろに、ムガール帝国のアクバル大帝の一代記である『アクバル・ナーマ』が書かれるまで、この種の歴史は執筆されず、しかもこの執筆はイスラーム的な伝統の中でなされたことも考える必要がある。〕

 それからカーライルの発言を引き合いに出して、ある時代には適法であったものが、次の時代、あるいは別の時代には適法でなくなる例もあるという。つまり、歴史を判断する基準というのは、時代によって変化する、「もっとも役に立つ」基準だということである。〔「役に立つ」ということをどのように理解するかによって、例えば、歴史修正主義の問題も生まれてくるわけである。〕

「もっとも役に立つもの」
 もっとも役に立つものというのが何を意味するのかについては、広い視野に立って、歴史的な文脈を考え、妥協に妥協を重ねて決定される必要があるという。
 このように考えると、「存在するものはすべて正しい」という議論に付け入るスキを与えることになりそうである。しかし、待て、しばし。「歴史上には意味深い失敗というのがなくはありません。歴史には『成功の遅延』とでも呼ぶべきものがあります。今日の明白な失敗が明日の成功に対して決定的な貢献をするようになるかもしれません――つまり、自分の時代よりも早く生まれた予言者です。」(192ページ) 

 ルイ・ナポレオンのクー・デタについて抽象的な道徳的原理の見地からこれを認めたプルードンと、そのような原理を認めなかったマルクスのどちらが正しかったかという問題をカーは取り上げる。より長期的な見地からすれば、マルクスのほうが正しかったことは明らかであるとカーは論じる。〔プルードンが抽象的→普遍的な原理に依拠しながら、長期的な見通しを見誤ったという点が注目されるところであろう。〕 より多くの情報を得て、より広い視野から過去の諸事実を見ることができるほうが、より客観的な見方ができるはずであるが、その延長上に、眼前の事実だけでなく、それが向かうべき未来の方向性を見定めることによって、歴史はより大きな意味と客観性を持つようになるという〔そのままでは信じがたいところがある〕。「歴史が過去と未来との間に、一貫した関係を打ち樹てる時にのみ、歴史は意味と客観性とを持ちことになるのです。」(194ページ)というのもにわかには信じがたいところがある。

真理の二重性
 この章の最後に取り上げる問題として、カーは「事実と価値」との間にあるといわれている対立に触れておくという。価値は事実から引き出すことができないと論じる人びとがいるが、それはなかば真実、なかば虚偽であるという。価値の体系は事実から引き出されているという実例は枚挙にいとまない。ある時代にふつうの事柄、あるいはいいことがらであったかもしれないことが、他の時代には忌まわしい、否定されるべき事柄になっているような例はいくらでも見つかる。
 事実と価値について、カーはあまりはっきり言っていないが、両者の関係は相互的なものであると考えているようである。そして、「真理」という言葉が、インド=ヨーロッパ語族の様々な言葉で二重性を持っているという事実に読者の目を向けさせようとする。どの言語においても、「真理」は事実の判断と、価値判断の両方の意味を持っているというのである。歴史家は価値を離れた事実と、事実になろうと努力を続けている価値判断という2つの極の間のどこかに歴史的な真実のありかがあると考えて、それを探っているのだという。対象は静止しておらず、動いているので、見定めるのが難しい。とはいうものの、そうした流動的で見極めがたい事実の探索である歴史研究を通じてこそ、我々は自分たちの社会の性格をよりよく知ることができるのである。
 ということで、「Ⅴ 進歩としての歴史」を終り、いよいよ最後の「Ⅵ 広がる地平線」における議論を取り上げ、社会観と歴史観の問題について検討することになる。

E.H.カー『歴史とは何か』(21)

6月27日(木)曇り、夕方になって雨

 今回も引き続き、「Ⅴ 進歩としての歴史」を見ていく。その前に、これまでの内容についた大まかにまとめておく:
Ⅰ 歴史家と事実
 歴史研究とは過去の諸事実のなかから、現代を生きる人びとにとって価値があると思われるものを選び出す作業であり、その意味において現在と過去との対話である。
Ⅱ 社会と個人
 社会と個人とは相互的な関係にあり、歴史家もまた社会の構成員であるから、歴史研究は現在の社会と過去の社会の対話であり、過去の社会に照らして現在の社会を理解する作業である。
Ⅲ 歴史と科学と道徳
 歴史研究は仮説を立ててそれを検証し、より高次の仮説を作り上げていくという性格において、また人間と環境の関係についての研究であるという点において共通性がある。道徳的な価値もまた歴史的なものであり、それによって歴史を評価することはできない。
Ⅳ 歴史における因果関係
 歴史研究は過去の事件がなぜ起きたかという因果関係の研究である。そしてそれらの事件の連鎖がどのような方向に向かうかということも関心の対象となり、次に取り上げる歴史における進歩の問題が浮かび上がる。
Ⅴ 進歩としての歴史
 歴史における進歩は、生物の進化とは違い、過去の経験の蓄積を伝えていくことによってなされている。進歩はある理想の社会の実現に向かうもので、その社会が実現すれば歴史は終わると論じる人びともいるが、それは間違いである。歴史は未来に向かって限りなく前進していくものと考えるべきである。

Ⅴ 進歩としての歴史(続き)
歴史における方向感覚
 歴史を通じて社会が進歩しているという考えは、現在を生きている人間は未来の世代がより良い社会に生きるように努力することと結びつく。と考えると、社会がどのような方向に向かって進歩しているのかを客観的に見定めることができるのかという問題にぶつかる。しかし、社会の一員である各個人が、どのように社会を客観視できるといえるだろうか。社会と個人との関係は相互的で、主体≂客観という二分法を用いることはできないのである。
 そうはいっても、社会がある方向に向かって変化していることをカーは否定していない。ヘーゲルは人間の社会が自由の拡大という方向に向けて変化を重ねてきたことを正しく洞察したが、その背後に世界精神という神秘的な存在を想定し、また歴史の進歩を現在で終わるものと考えるという過ちを犯したという。これに対して、トックヴィル(Alexis de Tocqueville, 1805- 59、フランスの社会理論家、政治家、名著『アメリカのデモクラシー』で知られる)は平等の発展を人間の歴史における特徴であり、さらにこの傾向が未来までつづいていくことを予言している。〔最近、講談社学術文庫から宇野重規『トクヴィル 平等と不平等の思想家』という本が出ている。わたしはまだ読み終えていないが、読んだ限りでは、なかなか面白い本なので、読んでみてください。なお、宇野さんによるとトックヴィルというのは英語読みで、フランス語読みだとトクヴィルだそうである。それから、これは私の意見だが、トクヴィルの偉大な点は、単に平等とかデモクラシーがその時代の傾向だというだけでなく、大衆民主主義が社会の凡庸化というような弊害も持っていることも予見しているところではないかと思う。〕
 マルクスはヘーゲルの影響を受けていたので、歴史には終りがあると考えたが、それでも階級のない社会という歴史の終わりを未来の出来事と想定したのである。アイルランドの古代史学者ジョン・バグネル・ベリー(John Bagnell Bury, 1861-1927、清水はビュリーと表記しているが、ベリーのほうが正しいようである)は『進歩の観念』(The Idea of Progress, 1920)において、進歩の観念とは、「過去と未来の予言との綜合を含む理論」(182ページに引用)と論じている。未来だけが、過去を解釈する鍵を与えてくれるのだとカーは言う。これはなかなか厳しい議論である。歴史研究は未来を正しく予見したときに、その客観性を示すことができるということだからである。

過去と未来との対話
 それではある歴史家が、他の歴史家に比べてより客観的であるということができるのはどういうことであろうか。過去の諸事実の中から重要な事実を選ぶ際に、より正しい基準を持つことができるということである。さらに、そのためには、「その歴史家が、社会と歴史とのうちに置かれた自分自身の状況からくる狭い見方を乗り越える能力――・・・半ばは、いかに自分がこの状況に巻き込まれているかを認識する能力・・・――を持っているということ」(183ページ)が必要であり、より長期的な見方ができることが求められるという。さきに述べたトクヴィルが貴族(侯爵)の出身であったが、民衆とデモクラシーの台頭を予見することができたというのは、こうした能力を発揮した例と言えるだろう。
 多少個人的なことを書けば、わたしの生涯を通じて最も大きな出来事は大学を中心とする高等教育の大衆化ということであったが、私が大学時代に習った先生たちについてみると、「大学紛争」が一過性の出来事だと思って、それが非常に大きな教育の変化の一部であることを認識できなかった先生が多かったように思う。私自身、自分が教師になって経験を積むことで(つまり長期的に経験を重ねることで)見方が変わってきたのである。

 それで、歴史は過去と現在との間の対話であると述べたことをあらためて、むしろ、「歴史とは過去の諸事件と次第に現われて来る未来の諸目的との間の対話と呼ぶべきで」(184ページ)あるという。社会の発展につれて、未来の目標とされるものも変化してくる。そのことが過去の見方にも反映されるというのである。例えば、19世紀を通じては選挙権の拡大というように、政治的な目標が追求され、そこから政治史が関心事になっていたのが、経済や社会保障に関心が移ると、そうした面が歴史の関心事になってきたのだという。これは見方が変わったというだけでなく、やはり人間の社会に対する洞察が進歩したからであるとカーは論じる。

 そして歴史は進歩するという考え方こそが、歴史記述に重要性の基準を与え、本当のものと偶然的なものとを区別する標準を与えるものだとカーは論じる(そんなに簡単に区別できるかどうかは、疑問に思われないでもない)。

 「進歩としての歴史」を今回で終わらせるつもりだったが、もう1回分検討を続けることにする。カンパネッラの『太陽の都』を読んでいると、その社会観が、モアの『ユートピア』に比べるとむしろ後退しているような印象を受けることについてはすでに別のところで書いたが、それがモアとカンパネッラの個人的な能力や資質によるものなのか、16世紀のイングランドと16‐17世紀の南イタリアの社会的な環境の違いによるものなのかは、考えてみなければならない問題だと思う。このような問題はあるにしても、社会は、大きな目で見れば進歩しているし、その進歩の方向も変化しているというカーの見解にはおおむね賛同できると思うのだが、皆さんはどうお考えだろうか。
 

E.H.カー『歴史とは何か』(20)

6月20日(木)曇りのち晴れ、その後また雲が多くなる。三ツ沢グランドの陸橋付近で富士山のシルエットが見えたが、今の季節としては珍しいことである。暑くて、考え事をするのが億劫である。

 今回も前回に引き続き、「Ⅴ 進歩としての歴史」の内容を検討していく。その前に、これまでに読んできた部分の概要をまとめておく:
Ⅰ 歴史家と事実
 歴史研究は、現在を生きている歴史家と過去に起きた諸事実との絶え間のない対話である。
Ⅱ 社会と個人
 社会と個人とは相互的な関係にあるから、歴史研究には現在の社会と過去の社会との対話という性格もある。
Ⅲ 歴史と科学と道徳
 歴史と(自然)科学は、ともに人間とその環境に関する探究であり、仮説を立てそれをより精緻なものに更新していくという性格をもっている。超歴史的な道徳的価値は存在しないので、歴史研究に道徳的判断を持ち込むべきではない。
Ⅳ 歴史における因果関係
 歴史研究は過去の事件がなぜ起きたかという因果関係の探求である。そしてそれはそれらの事件の連鎖が未来のどのような出来事へとつながっていくのかという問題と関連してくる。
Ⅴ 進歩としての歴史(前回までの内容)
 歴史にはある方向に向かって進む変化(進歩)があるのかないのかというのが歴史研究における問題の一つである。

Ⅴ 進歩としての歴史
生物的進化と社会的進歩
 啓蒙思想家たちは、人類を自然の一部であり、自然の法則にしたがうものと考える一方で、人類の進歩も信じていた。しかし、自然は容易に変化するものではないので、この2つの信念を両立させることは困難であった。
 ヘーゲルは自然は変化しないが、人類の歴史は進歩すると考えて啓蒙思想家たちの歴史観の直面していた壁を打ち破ろうとした。
 その後、ダーウィンの進化論が有力になり、自然も人類の社会も共に進化するということで、問題は解決したかに思われた。しかし生物の進化と社会の進歩とを同一視するのは明らかに間違いである。生物の進化の根元にあるのは遺伝の法則であり、歴史における進歩の根元にあるのは社会的な獲得であって、両者は同一のものではない。遺伝による進化は極めて長い年月を経て起きるものであるのに対し、社会の変化は人類がその経験の蓄積を通じて達成するものである。「歴史というのは、獲得された技術が世代から世代へと伝達されえて行くことを通じての進歩ということなのです。」(169ページ)

歴史の終りということ
 次に、歴史の進歩には明確な始まりや終りがあるという風に考える必要はないし、またそう考えるべきでもないとカーは論じる。進歩には終りがあるという考えは、魅力的であるかもしれないが、ヘーゲルの場合も、マルクスの場合も、(前回引き合いに出したフクヤマの場合も)、歴史そのものによって否定されてきた。むしろ歴史は自由に向かう人類の限りない歩みであるというアクトンの考えのほうに、カーは好意を寄せる。しかし、カーの意見がアクトンと違うのは、進歩の向かう先がまだ本当には見えていないところにあると考えている点である。

進歩と非連続性
 常識的に考えても、歴史的な進歩というのは「逆転も逸脱も中断もなく一直線に進んできた」(172ページ)ものではありえない。実際にこれまで起きてきた様々な文明の興亡を見ても、進歩もあるし、退歩もあったことは明らかである。進歩の仮説を引き続き持ち続けていくためには、進歩の非連続性ということを考えに入れる必要があるとカーは言う。

獲得された資産の伝達
 では、歴史的行為という点からみて、進歩の本質的な内容はなんであるのかという問いに、カーは議論を進める。市民の自由や権利の拡大、富の平等の促進といった価値の実現のための努力は、それ自体としては歴史の進歩を実現しようとするものではなく、それが歴史の進歩とどのようにつながっているのかを判断するのは歴史家の仕事であるという。(だからと言って、そのような努力の意味を否定しているわけではない。)

 歴史における進歩が先人たちの経験と知恵の継承・伝達であり、その限りにおいて、進歩とか反動とかいうことは空虚な言辞ではないという点で、カーは(これまでその意見をさんざんに批判してきた)バーリンとも意見の一致をみていると述べる。とはいえ、その進歩の内容がどのようなものであるのかに見えにくいものがあることも確かである。さらに、目に見える技術の進歩や、生活の変化に比べて、社会の制度のほうが立ち遅れているのではないかという疑問もわいてくるというのである。しかし、はっきりと目に見えるものではないが、人間は次第に、自分の可能性を少しずる広げているのではないかというのがカーの言う「進歩」の意味のようである。

 最初にも書いたが、本日は暑くて、考え事をするのには不向きである。最近、山崎雅弘『歴史戦と思想戦――歴史問題の読み解きかた』(集英社新書)を読み進んできて、本日、読み終わったところである。あまり面白くなかった。山崎さんの議論がつまらないというのではなくて、この本で批判を受けている歴史修正主義的文献の内容があまりにも一方的で学問的な意義が欠如しており、つまらないということである。山崎さんが対象のくだらなさはともかくとして、歴史修正主義の特徴とみられることがらについて、しっかり把握している点については評価してよいだろう。また、この『歴史とは何か』という書物の現在取り上げている部分で、「進歩」として考えられていることの文脈で、歴史修正主義の考え方を検討してみるのも意味のあることかもしれない。
 たしか、小泉信三の『読書論』(岩波新書)の中に、新しい本が出たら、古い本を読み返せと意見が紹介されていたと記憶するが、『歴史戦と思想戦』を読む一方で、ヘロドトスの『歴史』を読み返している。ヘロドトスの書物は、歴史というよりも説話ではないかという批判もあるかもしれないが、そのような説話の叙述を通じて、彼が歴史についてどのような考えをもっていたかが浮かび上がってくることも否定できない。
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